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××男と異常女共  作者: 双人 シイタ
3/19

××男の一日(2)

 目の前に、俺とチリノが通う学校が見えてきた。

 何とか遅刻することなく、辿り着くことができそうである。

 あとは校門まで横道もなく真っ直ぐに続くこの道を歩いていけば、五分も掛からない。

 そこで俺はチリノに目配せをすると、彼女はその意図をちゃんと理解し、一人で歩き出した。

 俺がチリノと一緒に登校するのは、いつもここまでだ。

 ここからはお互い離れた位置を取って、校門まで歩いて行くようにしている。

 なるべく他の生徒に俺達が一緒に登校しているところを見られないようにし、変な噂を立てられないようにする為だ。


 まあ、すでにここまでの登校途中で遭遇してしまった何人かの生徒には見られてしまっているのだが、それは仕方がないと割り切っている。

 今より早く起床して、他の生徒がほとんどいない時間帯で登校すればそういうのも減らせるかも知れないが、それでも絶対見られないという保証はない。

 そこまでして、チリノと一緒に登校していることを隠すのも面倒である。

 そこを妥協した所為で変な噂が立ったら、その時はその時だ。


 俺はチリノが校門に向けて歩いて行く後ろ姿を眺めつつ、時間差で彼女の後を追うように歩き出した。

 校門の前には先生が立っており、その校門を俺達と同じ制服を着た生徒達がくぐっている。

 そんな生徒達の中、完全装備(軍手・黒いゴミ袋・トング)で登校してきたチリノは、同じように登校してきた他の生徒達から奇異の目を向けられるが、彼女は気にした様子もなく校門前にいる先生に朝の挨拶をして校門を潜って行く。

 そんなチリノの変わった格好に、他の生徒と違って先生達は不思議がったりせず、他の生徒と同じように彼女に挨拶を返していた。

 先生達はその格好の理由を知っているし、もう何度も見てきた光景だからである。


 チリノは他の生徒とは違い校舎には入らず、ゴミ集積所がある所に向かって行った。

 その後ろ姿を見届けて、俺は他の生徒と同じように校舎に入って行く。

 すると、見知ったおさげヘアの女子生徒が下駄箱の前で上履きに履き替える姿を見つけた。

 あちらも俺のことに気が付いたようで、目が合う。

 その女子生徒は俺に軽く頭を下げて挨拶すると、その場から立ち去って行った。

 立ち去って行く彼女を見て、俺は思い出す。

 そういえば、今日は()()()だった、と。



×××



 放課後。

 退屈な授業から解放された俺は、図書室に足を運んでいた。

 ドアを開いて一歩中に入った瞬間、『静かに』という空気が襲ってくる。

 慣れていない人だったら、少し息苦しく感じてしまい、思わずきゅっと口を引き締めてしまうような空気。

 図書室の中はそんな空気に包まれおり、普段は聞き逃しそうな小さな物音を察知してしまうぐらい静かである。

 俺は慣れているので、少しも息苦しく感じはしない。

 むしろ、この空気を心地良く受け入れていた。


 図書室の中に入った俺は、『今月のおすすめ』と書かれたPOP紙の前に並ぶ本を一冊手に取って、迷わず隅の方へ向かう。

 そこにあるのは、一つの丸テーブルに一人掛けソファが二つ、グラウンドが見える窓際に置かれていた。

 俺は一つのソファに腰掛けて、持ってきた本を開いて適当に読み始める。

 しばらくすると、目の前にあるもう一つのソファに誰かが座り、「お待たせしました」と小さな声を掛けてきた。

 俺は読んでいた本から視線を上げると、朝に目が合ったおさげヘアの女子生徒が目の前に座っていた。


「今日は教室の掃除当番でしたので、いつもより遅くなってしまいました」


「本読んで待ってたからな。全然問題ない」


「それならよかったです」


 俺の言葉に少し安心した様子を見せる女子生徒。

 この女子生徒の名前は、折紙(おりがみ)美影(みかげ)

 俺より一個年下の後輩だ。


「今日はどんな本を読んでたんですか?」


「山荘を舞台にしたミステリー小説。登場人物が続々と出てきて、そろそろ誰か死ぬかなってところまで読んだとこ」


「物語の初めも初めですね。面白そうですか?」


「序盤すぎてまだなんとも言えないけど、面白いんじゃないか。『今月のおすすめ』って所に置いてあったし」


 それに今までも、『今月のおすすめ』と書かれた場所に置かれた本を読んできたが、大きなハズレは無かったしな。


「そういえば、前読んでた本はどうだったんですか? 面白かったんですか?」


「前読んでたって言うと……、主人公がタイムリープで過去と未来を旅するSF小説だな。普通に面白かったぞ」


「五段評価するとどうですか?」


「……三だな」


「面白かったと言う割には低いですね。どうしてですか?」 


「俺が特別好きな話じゃなかっただけだよ。お前の()()にだってあるだろう。普通に面白かったけど、そこまでじゃなかったっていう時」


「そうですね、確かにあります。……というか、今日用意してきたお話もちょうどそんな具合です」


「なら、そろそろ始めるか? いつもの『趣味語り』」


「そうですね。では、始めさせて頂きます」


 美影はいつものように、自分の趣味を語り出した。



×××



 俺は時たまに、こうして放課後の図書室で美影と会っては、彼女の『趣味語り』を聞いている。

 美影の趣味は変わっていて、人に言えるようなものでもなく、世間一般的に推奨されるようなものでもない。

 彼女の趣味を初めて聞いた時は、こんな人畜無害そうな女の子()()()がそんな趣味に夢中にしまっているなんて世も末だなと思ったもんだ。

 そんな美影の異常な趣味をそこそこ面白がって聞いてしまっている俺という存在も、この世の終わりに拍車を掛けてしまっているんだろうけど……。


 美影の『趣味語り』が終わった。

 初めに彼女が言ってた通り、今回の『趣味語り』はそこまで面白いと言えるもではなかった。

 五段階評価で言えば、二と言ったところである。

 そう思っていると、ちょうど美影に「どうでしたか?」と感想を聞かれたので、正直にその評価で伝えれば、「ですよねー」と彼女は苦笑いしていた。


「次回に期待だな」


「はい。次は先輩にも面白いと思って頂けるように頑張りますね」


「ああ、頑張ってくれ」


 俺は適当に返しながら、スマホを取り出して時間を確認する。

 まだ帰るには少し早い時間帯だ。


「もう、帰るお時間ですか?」


 寂しげな雰囲気が漂わせて、美影はこちらを窺うようにそう聞いてくる。

 そんな彼女の気持ちを俺は簡単に察する。


「いや、まだだな」


「それなら、もう少し私とお喋りに付き合って頂いてもいいですか?」


「ああ」


「ありがとうございます」


 俺の答えに美影は嬉しそうに感謝を述べ、早速と言った感じで質問してきた。


「先輩の生き甲斐ってなんですか?」


 またいきなりな質問だな。

 そう思い、なんでそんな質問をするのか聞いてみる。


「先輩の死人のような目を見てると、この人は何を生き甲斐にして生きてるのかなと気になったもので」


「死人のような目で悪かったな。生まれつきなんだよ」


「そうなると、生まれた先輩を見た親御さんはさぞかし心配したでしょうね。生まれた瞬間に、死んでると勘違いしたんじゃないですか?」


「知るかよ。聞いたことないし、自分が生まれた瞬間なんて興味ないしな」


「あまり可愛げないのない赤ちゃんだったんでしょうね」


「だから知るかっての」


 何かを想像して、くすくすと笑う美影。

 彼女が想像した何かについては考えないようにし、話を戻すことにする。


「それより、俺の生き甲斐についてだろ。生き甲斐……生き甲斐ねぇ……」


 自分の生き甲斐というものを考えてみるが、特に思いつかない。

 生き甲斐なんてなくても、別に不満はないしな。


「ないな」


「ないんですか?」


「ああ、ない」

 

「なら、探してみたらどうですか? 生きがいがあれば先輩のその死人のような目も、辛うじで死ぬ寸前の目になるかもしれませんよ」


 それでも生きた目にはならないんだな。


「死人のような目をしてても、生き甲斐なんかなくても俺は至って健康体だ。お前と違って、ちゃんと()()されてるしな」


 俺の言葉に美影はムッとした顔をする。


「嫌みはやめて下さい」


「言い出しっぺはお前だろ」


「先輩は後輩に優しくするものだと思います」


「十分優しいだろ。こうやってお喋りに付き合ってやってるんだからな」


「――あれれ、何やってんのこんなところで?」


 ムッとした顔を深くする美影を眺めていると、そこに割り込むように横から声が掛けられる。

 そちらを振り向けば、カチューシャで前髪を上げた黒髪ヘアの男子生徒――若林(わかばやし)麟太郎(りんたろう)がこちらに歩いてきていた。


「図書室でやることと言ったら、読書か勉強しかないだろ」


 俺は自分の手にある本を見せつけるように、目の高さまで掲げた。


「麟太郎こそ何やってんだよ。図書室とは縁の遠い人間だろ」


「いやー、昨日見た漫画で文学少女もいいなと思って。ちょっと探しに」


「お前巨乳好きじゃなかったけ?」


「もちろん文学()()少女だよ」


 麟太郎は恥ずかしげもなく言い切る。

 その右手のグッドサインと、歯をキラリとさせるのをやめてほしい。


「それで、見つかったのか?」


「残念賞。見つかったのは図書室の隅で()()寂しく本を読んでる級友だけだった」


 ガッカリというため息を麟太郎が吐く。

 すると何故か俺のことをもう一度見て、次は首を振って先程よりも深いため息を吐いた。

 そのあからさまな態度にイラっとしてしまう。

 残念賞で悪かったな。


「俺は福引きの白玉賞品かよ」


「ポケットティッシュの方が需要がありそうだけどねー」


「……クラスメイトをポケットティッシュよりも下扱いする人間ってどうなんだよ」


「ならポケットティッシュよりも扱いが上になるように、努力しないとね。ジュースを奢ったり、課題を見せてあげたりして、好感度を上げるべきだね」


「なんで俺がお前の好感度を上げないといけないんだよ……」


「数少ないの級友は大事にし方がいいと思うよ。ただでさえ目つきが悪い所為で、友達少ないんだし」


「……」


 こいつとの付き合いは、一度改めた方がいいかもしれない。

 内心でそんなことを考えてると、くすりと今までだんまりだった奴が笑った。


「――嫌みですね」


「ん? なんか言った?」


「……なんも」


 麟太郎が一人不思議がっている中、一人はくすくすと遠慮がちに笑っている。

 麟太郎はすぐそこで笑っている美影がいることに気付いていない。

 そして、彼女は気付かれていないことに動じていない。

 気付かれないことが、彼女にとって普通で当たり前だから。


 影が薄い、存在感がない、認識できない。

 そんなこいつを俺はこう呼ぶ、『影女』と。

 

 逆に気付かれたならば美影は激しく動じるだろう。

 あの時の様に――


「んー、まあいいや。んじゃ、文学巨乳少女は見つかんなかったし、俺は新たな巨乳美少女を探しに行くけど、一緒にどう?」


「興味ねぇよ。女のケツを追いかけたいなら一人でやってくれ」


「いつもいつもつれないなー。じゃあまたねー」


 麟太郎が手を振って去っていくのを見送った後、俺はスマホで時間を確認した。

 帰るには、丁度いい時間帯だ。


「そろそろ帰るわ」


「そうですか。今日持ってきた話は不評でしたけど、また用意して置きますので楽しみにしていて下さいね、先輩」


 次会うときにする話を心待ちにするかのように、美影は笑顔で答える。

 『影女』である彼女にとって、俺と会うことは誰かと会話できるという数少ない機会だ。

 しかし、美影がそれだけを楽しみにしているわけではないと、俺は知っている。


「……俺にはするなよ」


「もちろん。先輩には嫌われたくないので」


 そう言って別れる間際に、俺は美影の肩から下の部分を彼女にバレないようちらりと確認する。

 そして、先ほど俺のことをポケットティッシュよりも下扱いした男に向けて、ざまあみろという言葉を密かに送る。

 もしも目の前の彼女を麟太郎が認識でき、見つけることができていたならば、こう思っただろう。

 『特賞だっ!』と。


「じゃあな、美影」


 俺は図書室を後にし、帰途についた。

カクヨムにも投稿しています。

誤字・脱字ありましたらご報告いただけると嬉しいです。

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