ストーカー女のストーカー(15)◯最良の結果◯
◯最良の結果◯ Side:八切 キリヤ
目の前の脅迫状は、ひとみにお熱な人間が送ってきたというのは考えなくてもすぐ分かる。
休日に俺とひとみが遊んでいるところを目撃し、それに嫉妬して脅迫状を送ってきたというところだろう。
なるべく顔を隠して目立たないよう努力してたとはいえ、面倒な奴に見られてしまったようだ。
しかも、そんな奴に住んでいる場所までバレてしまった。
……本当に、面倒である。
「……」
というか『彼女に近づくな』という脅迫は、伝える相手が間違っているのではないだろうか。
俺があいつに近づいているのではない、あいつが俺に近づいてくるのだ。
突き離したいというのが、こちらの希望である。
まあ、そんなことを伝えたところで、盲目野郎には伝わらないのだろうけど。
「さてと、どうするか……」
「どうするの?」
「考え中」
ユウノの問いに答えながら、どうするかを考える。
あっちにはこっちの住んでいるところまでバレてしまっているのに、こっちはあっちのことを全く知らない。
ひとみにお熱な人間ということがただ一つ分かっていることだが、そんな奴等はそこら中にいるし。
こちらからできることは、とりあえず相手の要求に応えることだけ…………。
「………別にいいのか」
「ん?」
ある可能性に気付いて、独り言のように呟いた言葉にユウノが反応したが、俺は構わず考えを巡らせる。
相手の要求に応えて、俺に不都合なことなど欠片もない。
むしろひとみを突き離すことができるなら、こちらには好都合なことしかないではないか。
付き纏われることはなくなるし、盗撮もなくなるかもしれない。
ストーカー被害から逃れるとしたら、今の状況はピンチではなくむしろチャンスでは。
そう思うと、この面倒だと感じていた状況も、まあまあ面倒だなと思う程度には気が楽になってくる。
とりあえず元凶にこの状況を報告し、今後はストーキングをキッパリと止めるように伝えるか。
思い立ったら即実行。
盗撮された写真を適当に床に並べ、スマホのカメラで撮る。
そして、チャットアプリの『LINK』を使って、ひとみにその写真を送りつけた。
@@@LINK@@@
キリヤ『――[写真]――』
……
ひとみ『なにこれ!? どうしたの???』
キリヤ『今朝見たらドアポストに入ってたんだよ』
キリヤ『お前にお熱な異常者がやったんだろ』
ひとみ『なんて酷い! せっかくのキリヤくんが写った写真をこんなにするなんて!!』
キリヤ『……いや、気にするところはそこじゃねぇ』
ひとみ『こんな酷いことをするぐらいなら、私にくれればいいのに!』
キリヤ『だから、そこじゃねぇ』
ひとみ『特に私とキリヤが写ったツーショットとかっ! 良い値で買っちゃうよ!!』
ひとみ『諭吉さん出ちゃうよぉぉぉぉぉぉ!』
キリヤ『……』
ひとみ『熱くなっちゃったw』
ひとみ『――てへぺろ[スタンプ]――』
……
キリヤ『――冷めた目[スタンプ]――』
ひとみ『ごめんごめん。まさか、こんな事になっちゃうなんてねぇ』
ひとみ『本当に申し訳ない』
ひとみ『――ぺこり[スタンプ]――』
キリヤ『本当に申し訳なく思ってんのかよ』
キリヤ『――疑いの目[スタンプ]――』
ひとみ『おもってるおもってる』
ひとみ『信じて!』
ひとみ『――ピュアな目[スタンプ]――』
……
キリヤ『申し訳なく思ってんなら、今後俺に近づいて来んなよ』
キリヤ『俺の平穏な日常のためにもな』
ひとみ『えー……』
ひとみ『そんなぁ……』
ひとみ『――悲しい[スタンプ]――』
@@@
良し、これで解決だな。
ひとみのスタンプは無視して、俺はスマホを閉じる。
これで脅迫者の要求には応え、ストーカーからの被害も解決できた。
まさに一石二鳥の結果である。
さてと、今日はゆっくり部屋でゲームでもして過ごすか。
脅迫状を見ていた状況とは一転して上機嫌にそう考えていると、スマホからLINKの通知音が鳴る。
なんだと思うと、ひとみからのLINKが来ていた。
@@@LINK@@@
ひとみ『――ひらめき[スタンプ]――』
ひとみ『そうだ! 私がボディガードしてあげるよ!』
……
キリヤ『――は?[スタンプ]――』
ひとみ『私がボディガードすれば、キリヤくんと離れなくても良いし、キリヤくんの平穏な日常も守れる』
ひとみ『――ナイスアイデア[スタンプ]――』
ひとみ『任せて』
ひとみ『キリヤくんは私が守るよ!!』
ひとみ『――アイアムユアヒーロー[スタンプ]――』
キリヤ『なにトンチンカンなこと言ってんだ』
キリヤ『それじゃあ、相手を煽るだけの逆効果だろうが』
キリヤ『――バッドアイデア[スタンプ]――』
キリヤ『お前はただ俺に近付かなければいいんだよ』
キリヤ『余計なことすんな』
キリヤ『――しっしっ[スタンプ]――』
@@@
まったく、何を言い出すのやらあのストーカーは。
ひとみの意味不明な思考回路に呆れてしまう。
次に意味不明な提案をしてきたら、既読無視して放置してやろう。
そう決めると、さっそくスマホからLINKの通知音が鳴り、ひとみからのLINKがまたもや来た。
@@@LINK@@@
ひとみ『今からそっち行くねぇ』
ひとみ『待ってて』
ひとみ『――ウインク[スタンプ]――』
@@@
「…………」
そのLINKの意味を俺は一瞬理解できず、思考が停止ししてしまう。
しかし、すぐに再起動して返信をひとみに送った。
@@@LINK@@@
キリヤ『――は?[スタンプ]――』
キリヤ『――は?[スタンプ]――』
キリヤ『――は?[スタンプ]――』
キリヤ『ふざけんな』
キリヤ『マジやめろ』
キリヤ『来んじゃねぇ!』
キリヤ『――NO!![スタンプ]――』
ひとみ『待ってて』
ひとみ『すぐ行く!』
ひとみ『――全力ダッシュ[スタンプ]――』
@@@
「チッ」
ひとみの返信に思わず舌打ちが出てしまう。
このままでは、ストーカーが部屋に来るのも時間の問題。
そんなところを脅迫してきた奴にでも見られたら、何をしてくるか分かったもんじゃない。
最悪、後ろから背中を刺されるなんてこともあるかもしれない。
そんな事態は御免である。
「今日はゆっくり過ごすつもりだったんだけどな……」
諦め気味にそう口にしながら、俺は外出のために身支度を整えることにした。
「学校のふく着てどこ行くの? きょうは土曜日だから休みじゃないの?」
「休みだけど、こいつの元凶が部屋に突撃しに来そうだから、学校に避難しようと思ってな」
俺は写真を入れ直した封筒をユウノに見せながら、制服を着る理由を説明する。
だが『元凶』という意味が理解できてないのか、「げんきょう?」と口に出して首を傾げるユウノ。
わざわざ丁寧に説明する気はないので、無視して準備を進める。
学校に避難するのは、ユウノに説明した理由だけではない。
突撃しに来る元凶を止められないなら、突撃される場所を変えることで、何処から見てるか分からない脅迫者の目から少しでも逃れられるようにするためだ。
学校なら脅迫者が学生や先生などの学校関係者でなければ、容易には入って来ない筈。
もし中に入ってきて学校関係者に見つかれば、不審者として騒ぎが起こるのは間違いない。
そこまでリスク負うような奴なら、初めから隠れて写真を撮り脅迫状を送るなんて遠回しな方法は使わず、もっと直接的な方法で脅迫してきてるだろう。
それに脅迫者は学校関係者ではないと、撮られた写真の場面と脅迫の仕方から、俺はそう予想していた。
封筒に入っていた写真の中で唯一ひとみと写った写真以外は、俺は制服姿で写っており、撮られた場面は登校時や下校時のものばかり。
学校の関係者なら学校内で撮られた写真があってもいい筈だし、脅迫の仕方もこの201号室の部屋まで来る必要もなく、下駄箱や机の中などに入れれば済む話だ。
そういう理由から学校関係者ではないと予想しているのだが、あくまで予想なので間違ってる可能性もある。
まあ、脅迫者が学校の関係者だったとしてもあそこなら大丈夫だろう。
部屋を出る前に、こちらに向かって来ているだろうひとみに、LINKで学校の屋上に呼び出しておく。
立ち入り禁止のあそこなら小山内以外の先生や鍵を持っている俺以外の生徒が簡単に立ち入ることはできない。
脅迫者以外の人目も避けて、ひとみと会うには丁度いい場所だ。
「いってらっしゃーい」
ユウノの見送りの言葉を受けながら、休日の学校に向かって俺は部屋を後にした。
×××
学校には何事もなく、あっさりと到着することができた。
誰かに見られていないか向けられる視線に注意しながら歩いてきたが、特に変な視線は感じなかったし、脅迫者は四六時中監視しているわけではないようだ。
少し安心である。
人気の少ない学校の中に入っていき、上履きに履き替え最短距離で屋上に向かう。
部活動などで学校にいる生徒や休日だが仕事で来ている先生などがいる筈だが、誰ともすれ違うことなく屋上に辿り着くことができた。
中に誰もいないことをドア越しから確認し、鍵を開けて屋上に足を踏み入れる。
見渡しても誰もいないことを再度確認して、静かにドアを閉じて鍵をかけた。
あとは、ひとみが来るのを待つだけだ。
俺は適当な所に腰を落ち着けて、スマホを弄りながら時間を潰す。
少しして、入り口の方からガタガタッと誰かがドアを開こうとする音が聞こえてきた。
しかし、俺が鍵を閉めていたためドアが開くことはない。
ひとみが来たのか、他の誰かが来たのか、どっちだろうかと思っていると、LINKでひとみから連絡が来た。
@@@LINK@@@
ひとみ『着いたけど』
ひとみ『まだ屋上にいない?』
キリヤ『もういる』
キリヤ『今ドアを開けようとしたのがお前でいいんだよな?』
ひとみ『そうだよ』
ひとみ『だから開けて!』
キリヤ『自分で開ければいいだろ』
ひとみ『――お願い[スタンプ]――』
@@@
「……はぁ」
面倒だなと思いつつ、俺は腰を上げてドアの前まで歩いていく。
ドア越しに人の気配を感じながら鍵を開けてやり、そのままドアを開けようとした。
しかし、何か嫌な予感がして手が止まる。
「……」
どうするか考えた後、俺はドアを開くことを止めて後ろに下がり、ドアから離れる。
そして、あちらからドアを開くのを待つことにした。
一旦の間があり、ドアがゆっくり開いていく。
そこから、ひとみが顔を覗かせてきた。
「鍵を開けてくれたなら、そのままドアも開けてくれればいいのに」
口を尖らせて不満そうな顔で、そんなことを言うひとみ。
それを聞いて、ドアをこちらから開かなかったのは正解だったなと思う。
「こっちから開けてたら、飛び付いてきたりしてきたんじゃないのか?」
「…………。そんなぁ、しないよそんなことぉ」
ちょっと目を逸らして、白々しい様子で否定するひとみ。
その様子から、予想通りのことをしようとしていたみたいだ。
本当、油断も隙もないストーカーである。
「早く鍵を閉めてくれ。他の奴が入ってきたら面倒だ」
「はーい」
ひとみは言う通りにドアを閉じ、鍵を閉めた。
それを確認して、俺はさっそく話を始めることにする。
「とりあえずLINKでも伝えた通り、今後俺に近づくのはやめろよ。脅迫者が何処から俺を見てるか分からないんだからな」
「見られてても大丈夫だよ。LINKで言った通り、私がボディガードしてあげるから」
「いらないって言っただろうが」
「えー、良いアイデアじゃない?」
「それはお前にとって良いアイデアってだけだろう」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「なら、脅迫者から見られてない場所なら遠慮なく会いに来てもいいよね。学校の屋上みたいに」
「いいわけないだろ」
「どうして?」
「ここも絶対に見られないとは限らないからだよ」
……とは言いつも、それはないだろうなと考えている。
学校の屋上にいる俺たちを見ようと思ったら、同じ学校の屋上にいるか、学校の外から学校の屋上と同じかそれ以上に高さのある建物にいるしかない。
だが、同じ学校の屋上にいれば視線を感じるし、学校の屋上と同じかそれ以上に高さのある建物は近くに存在しない。
なので、気を付けた方がいいのは屋上の出入りを見られないかどうかだけだ。
「そもそも、お前が俺の所に突撃しに来るようなことがなかったら、休日に学校の屋上に来ることなんてなかったんだよ」
「先週は映画デートで、今日は学校デートだね。来週はお家デートかな? 楽しみ ♪ 」
「次なんてねぇから。寝言は寝てから言ってくれ」
「寝てる時は、夢で毎日デートしてるから大丈夫!」
「……」
何が大丈夫なのか、ひとみの言動を理解できない。
理解する気もないので、無視する。
「もしお前の身勝手な行動で今後何か実害があったら、損害賠償でも求めるぞ」
「そうなったら、私の体で支払うよ」
「いらない」
「ちぇー」
「…………」
残念そうに口を尖らせるひとみ。
こちらが何を言っても、ああ言えばこう言いテコでも引かないストーカー。
そんな面倒な奴に、俺の精神はヘロヘロである。
何か妥協案を出して、納得させるしかないか……。
そう思ってどうしようかと考えていると、ひとみの方から提案をしてくる。
「じゃあ、この脅迫者をなんとかしたら、いつも通り会っても問題ないってことだよね?」
「……」
確かに脅迫者をなんとかしてくれれば、いつも通りひとみと会っても問題はない。
ただ、脅迫者が誰なのか手がかりもほとんどなく、どうやって見つけるつもりなのか。
また、見つけたとしてどうやって解決するつもりなのか。
「なんとかするって、どうするんだよ?」
「なんとかするって言ったら、なんとかするんだよ。どうするかは、なんとかした後に教えてあげる。ねぇ、それならいいよね?」
「……できれば、その後も近づかないでくれた方が俺的には有り難いんだけど」
「どうして?」
「理由なんて分かりきってることだろ。容姿が目立って人目を惹くし。今回みたいに誰に恨まれるかも分からない。何より俺を付け回すストーカー。近づいて欲しくないことだらけだ」
「こんな可愛い子が近づいてくれるなんて、普通は幸せなことじゃない?」
急接近してきて、見せつけるように俺の眼前まで顔を近づけてくるひとみ。
ひとみの言うように容姿の良い女の子が近づいてきたら、一般的な男なら喜び幸せを感じるのかもしれないが。
「そう思うのは、人それぞれだろ」
俺はひとみを押しのけて、眼前にあった顔を遠ざける。
それに対して、「いけず〜」と口にするひとみ。
何がいけずなのか、意味が分からん。
「まあ、とりあえず分かった。お前が脅迫者をどうにかしたら、いつも通りでいい」
「やったね ♪ 」
「ただし、どうにかするまでは俺に近づくなよ」
「……」
「返事は?」
「はーい」
素直にではなかったが、最後の忠告は特に逆うことなく返事をしたひとみに一安心だ。
ひとまず、今回の件はこれで良いだろう。
思い通りとはならなかったが、この状況を解決するのに俺が動く必要がなくなったのは、最良の結果だ。
俺はひとみから解決したという報告が来るのを待っているだけでいいし。
それに、ひとみが脅迫者をどうにかするまでは、ひとみのストーキングに悩まされることなく――もう慣れてしまって悩んでもないが――過ごせるし。
「それじゃあ、脅迫者をどうにかしたらLINKしてくれ」
そう言って帰ろうとすると、ひとみが俺の腕を掴んで邪魔してきた。
「えー、もう少しお喋りしようよ。しばらく会いに行けないんだから」
「嫌だよ。さっさと帰って今日はゆっくりしたいんだよ」
「明日ゆっくりすればいいじゃん」
「嫌だ」
「いいじゃん」
今すぐにでも帰ろうとする俺とそれを引き止めようとするひとみ。
「離せっ!」
「いーやっ!」
力尽くで振り解こうとするが、ひとみも頑なに離そうとはしない。
話しは済んだというのに、最後の最後でなんて面倒なストーカーなんだ。
「…………っ!」
「……………っっ!」
ひとしきりもがき合った後、決着がつく。
俺はため息を吐いて引き離そうとしていた力を弱めると、ひとみもそれに気付いて引っ張る力を弱める。
根負けした俺は諦めて、ひとみの要望に応えることにした。
本気で力を入れれば引き離すことはできたかもしれない。
だが、それで万が一怪我でもされたらそれこそ面倒だ。
そう考えると、腕を掴まれた時点で俺の負けは決まっていたのかもしれない。
「早めに終わらせてくれよ……」
「やったぁ!」
それから、ひとみが満足するまで俺は学校の屋上に居続けることになった。
誤字・脱字ありましたら、ご報告していただけると嬉しいです。
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