ストーカー女のストーカー(9)◯喫茶店◯
◯喫茶店◯ Side:八切キリヤ
映画を見終わった俺達は、今日一番の目的地であるひとみのバイト先――喫茶店『たけみや亭』へと足を運んだ。
ひとみがドアを開くと、からんからんとベルの音が鳴り響いた。
どうやらドアの上部に来客を知らせるベルが取り付けられていたようだ。
ひとみが喫茶店の中に足を踏み入れ、後ろから俺も続く。
中へ入って、ざっと店内の様子を確認する。
店内は木造を中心としたレトロな雰囲気で建てられており、コーヒーの香ばしい香りとおしゃれなBGMで包まれていて、とてもリラックスできそうな雰囲気だ。
そして、カウンターにいる女性から「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」との声が掛けられる。
「店長、お疲れ様でーす」
「おっ、ひとみちゃんじゃん。なにぃ、男の子と入って来ちゃって。……デート?」
「はーい、そうでーす」
ひとみが慣れ親しんだ感じで会話を始めた相手はカウンターの向こう立っていた女性。
その女性がこの喫茶店の店長だったようだ。
ひとみのある言葉に引っ掛かりを覚えつつも、余計なことは口に出さず黙って成り行きを見守る。
ただ、心の中で「違います」とは返答しておいた。
すると、店長が俺を値踏みするように目を向けてくる。
「……」
「……」
少し無言の時間が続くと、ちょいちょいと手招きでひとみを呼ぶ店長。
ひとみは何事かと疑問に思いながら近づくと、距離が足りないのか更に近づくように手招きをしてくる店長に従って、カウンター越しに顔を近づける。
どうやら店長は、こそこそ話しをご所望のようだ。
「彼氏さん、なんか怖くない? ずっとだんまりだし、目付きだけで人殺せそうなんだけど」
「カッコいいですよね」
「あっ、ひとみちゃんってこういうのがタイプだったんだ。いつもはぐらかしてたから、店長驚き」
「別にタイプとかないですから。ちなみに、彼氏じゃなくて、ただの従兄弟です。店長が味見もさせてくれないカップル限定スイーツを食べるために、ついて来てもらっちゃいました」
「あっ、なんだそうなんだ。でも、付き添いでもなんでもひとみちゃんとデートできるんだから、従兄弟さんも運が良いのか悪いのか」
「良いに決まってるじゃないですか。こんな可愛い子とデートできるんですから」
「世の男子の恨み辛みを一身に受けると考えたら、分からないよ。ちなみに従兄弟さんは、今回のデートは乗り気だった?」
「……当たり前じゃないですか」
「って言ってるけど、どうなのかな従兄弟くん?」
途中からこそこそ話ではなくなった会話から、店長が俺に問い掛けてくる。
その問いに、俺は無言で首を振って答えた。
「あらら」
「彼はシャイなので、素直に答えられないんですよ」
「えぇ、そうなの?」
「そうなんです!」
再び俺に問い掛けようと視線を向けて来た店長だが、その視線はひとみが身体で壁を作ったことにより遮られる。
ちなみに、二度目の首を振る準備はできていた。
「もう、店長とのお喋りはここまでです。さっ、早く座ろっか」
「カウンターに座ってくれてもいいんだよ」
「絶対に店長の茶々が入ってくるじゃないですかそれ。却下です。あっちの奥の席にしますね」
「えー、それは残念。ゆっくりして行ってね、従兄弟さんも」
店長さんの言葉に、俺は無言で少し頭を下げて返しておく。
ひとみの後に付いていき、先程彼女が指を刺していた壁際の席まで向かう。
「ここでよかった?」とひとみが確認してきたので、「ああ」と返事をして椅子に座った。
俺は壁と対面になる椅子に、ひとみは壁を背にした椅子に。
店長がいたカウンターは俺から背になって見えないため、
余計な視線が目に入らなくて済みそうだ。
座ってすぐに、店長と同じで白と黒を基調とした制服を着たウェイトレスがやって来て、「いらっしゃいませ」との言葉と共におしぼりとお冷をテーブルの上に置いていく。
そして、最後に「こちらがメニューでございます」と二枚のメニュー表を机の上に置いたところで、ひとみがウェイトレスに話しかけた。
「お疲れ様、今日はえまちゃんだけなの?」
「ううん。ランチタイムの時は、みこちゃんもいたよ。でも、夕方から予定があるみたいで、店長と相談して抜けさせて貰ってた」
「そうなんだ、一人で大丈夫そう?」
「ランチタイム過ぎれば、全然大丈夫だよ。今はお客さんもほとんどいないし、ゆっくりしていって」
「うん、ありがとう。注文が決まったら、また呼ぶね」
「うん、よろしく」
ウェイトレスはひとみとの会話を終えると、ぺこりと頭を下げて離れて行った。
「ごめんね、さっきからお店の人とばっかり喋って待たせちゃって。先に選んでいいよ」
「別にバイト先に遊びに来たんなら、同僚と会話するなんて普通のことだろ。……ところで、誰が誰の従兄弟だよ」
「家族に近い関係なら、過剰に反応する人間も減るかなって思ってね。それとも、彼氏設定の方が良かった?」
「嫌に決まってるだろ。お前にお熱な奴らの恨み辛みを受ける覚悟なんて、俺にはないね」
「そうは言っても、こうやって一緒にデートしてくれてるよね」
「それは認識の違いだろ。俺は同級生の女子と遊びに来てるだけなんだから」
「私にとってはデートだけどね」
「さいですか」
しつこく否定するのも面倒なので適当に流して、ひとみから受け取った二枚のメニュー表を見る。
一枚は飲み物や食べ物などが書かれた通常のメニュー表で、もう一枚は期間限定と題されたスイーツが描かれているメニュー表だ。
ひとみが目当てにしていたものはこれかなと思って期間限定のメニュー表を見てみるが、一つ疑問が湧いてくる。
「食べに来た限定スイーツって、別にカップル限定とは書いてなくね。他にメニューがあるってことか?」
「ううん、ないよ。メニューはそれで全部だし、目当てのスイーツも今見てるので合ってるよ」
「じゃあ、なんでカップル限定スイーツって言ってたんだ?」
まさかひとみの妄想の中では、期間限定スイーツがカップル限定スイーツになっていたのだろうか。
このストーカー女なら、あり得そうな気がする。
「このメニュー表自体、カップルで来たお客様にしか出さないようにしてるからだよ。店長の趣味だかなんだか知らないけどね」
「そういことか」
どうやら、ひとみの勝手な妄想によるものではなかったみたいだ。
「そんなにカップル限定スイーツが食べたかったの?」
「違うわ。お前の妄想じゃないか確認しただけだ」
揶揄うように聞いてくるひとみの言葉を即否定して、何を頼むかを決める。
飲む物はコーヒーに、食べ物は期間限定のメニューにあるスイーツ――バームクーヘンにする。
というか、期間限定のメニューにはこれしかない。
「決めた」
「何にしたの?」
「コーヒーとバームクーヘン」
「じゃあ、私は紅茶とバームクーヘンにしよっと。えまちゃーん」
手を振って先程のウェイトレスを呼んだひとみは、俺の分の注文も伝えてくれ、ウェイトレスが「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」と言って下がって行く。
俺は机に置かれたお冷で喉の渇きを癒すしていると、ひとみが話しかけてきた。
「そういえば、今日の服って先月に妹さんと買いに行ってたものだよね?」
「そうだけど」
「妹さんと仲良いよね。何回かキリヤくんの部屋に泊まりにも来てたりしてたし」
「こっちからしたら迷惑だけどな。事前の連絡もなしに泊まりに来られても」
「私も泊まりに行きたいなぁ、なんて」
「ふざけんな」
「えぇ、ざんねん」
俺の答えが分かり切っていたようで、ひとみは微塵も残念そうな顔を見せない。
今までも何回かひとみが俺の部屋に行きたい入りたいと言ったことを口にして、俺が断るというやり取りをして来ているので、もう慣れているのだろう。
「妹さん、今年で受験生だっけ?」
「ああ」
「うちの高校受験するの?」
「聞いてないけど、違うんじゃないか。家からだと距離があるから電車通いになるし。大変だろ」
「キリヤくんみたいに、一人暮らしっていうのはないの?」
「俺と違ってあいつは女の子なんだし、親も反対するだろうな」
「それだったら、キリヤくんと同じアパートに住めばいいんじゃない? 部屋に空きがあるかどうかは知らないけど、それなら親の方も安心しそうだけど」
「一応、何部屋か空きはあったはずだけど、正直気は進まないな。そのまま家から近い高校にでも通って欲しいところだ」
「それはまたなんで?」
「なんでって、去年のことを思い出せよ。お前もその目で見ただろ、あの異常な出来事をよ。あれ見たら、こっちの高校なんて進められんだろ」
「あはは、確かにねぇ」
ひとみが俺の言葉に、何かを思い出しながら半笑いで納得する。
ちなみに、ここまで自然に俺の義妹の話しをひとみとしているが、俺は義妹を彼女と合わせたことは一度もない。
義妹がいることだけは話したことがあるが、アパートの部屋に泊まりに来ていたり、先月に妹と買い物に行ったことなどは話していない。
普通なら不思議でならないことだが、別に驚くことでもない。
だってこいつは『ストーカー女』なのだから。
「ちょっと手洗いしてくる」
俺はそう言って立ちあがり、トイレに向かうために席を離れた。
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