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かくれんぼ

オールガンは象の上で、天を見上げ、顔をその掌で覆う。

右翼――その本陣から旗が倒されていた。

そしてその内の一本にエルカールの首が刺され、再び立ち上がる。


開戦から半刻足らずの時間であった。

戦獅子長二人、そして将軍を失い、ガルシャーン右翼は完全に組織的抵抗力を喪失――蜘蛛の子を散らすように戦列維持を諦めどこかへ走り出していた。

東の山へ逃げるもの、南部の草原へと駆けるもの――兵士達の中にはこちらに逃走、合流を図り、この状況に陥ってなおオールガンの下で未だ戦いを続ける勇気を見せる勇者もいたが、精々3000というところだろう。


残りは戦列から離れられず混乱の最中虐殺されているか、逃げだしているか。

無理もない。

一点突破などではなく、アルベリネアの結論は全面突破。

真正面から、ガルシャーン右翼の完全撃破であった。


ガルシャーンはアルカザーリスを失い、獣全てを血祭りに。

そこから立て続けに左翼、中央の戦獅子長を二人失い、将軍を失った。

残る右翼の戦獅子長もまた優秀な男であったが、敵は後方の一軍団を左翼から推進、突撃させ、中央突破を果たした軍団が包囲を形勢。

東側を開けているのはわざとだろう。

完全包囲は難しく、そして決死の状況であれば兵士達は戦うしかないと奮起する。

だが、そこに希望を与えれば、兵士は灯りに引き寄せられる虫のように、自分が生き残る事を優先する。


半刻前にあった右翼の見事な戦列はもはや形を成していない。

混沌のるつぼと化している。


――全ては士気であった。


そしてあちらの狙いはそれだったのだ。

オールガンはそれに気付かず、それに乗ってしまった。

初めから全力を尽くし――いや、10万対5万、この状況ではそんな必要はない。

単なる平押しであれば、ここまでとはならなかっただろう。


――5万で10万に挑む。ならば必ず戦術的奇策があるとオールガンはそう思い込んだ。

ガーカと会い、アルベリネアと会い、その疑念をオールガンは確信的なものとし、だからこそ早期決着を目指し全力を尽くすことを決めた。

しかしだからこそ、この結果が生まれてしまったのだ。


得体の知れない巨人、そして異様なまでの投槍兵をあちらが持っていたことが問題だったわけではない。

それを前に、初動から全力をぶつけてしまったことこそが問題だった。

そして全力突撃を圧倒され、兵達に取り返しの付かない士気喪失を起こさせたことこそが。


常理の通り、何も考えずに平押しという形を取っていればここまでの状況にはなっていなかった。

そうすれば仮に初動で押し負けても厚みで受け止め、エルカールにも戦獅子長の二人にも、考える猶予を与えることは出来たはず。

同じ結果が生じていたとしても、オールガンが彼等の敗走に対し何かしらの手段を講じる余裕が生まれただろう。


原因はエルカールでも、その配下でもなく、この自分にある。

僅か半刻足らず――その時間で右翼を崩壊させた原因は、自分の決断にあった。


油断をせず、一切の手を抜かない。

その考えこそが、オールガンという将軍の油断と無能。

油断にこそ敵のつけいる隙があると考えたのが、そもそもの間違いだったのだ。


――こちらの最大の一撃を、真っ向から切って落とすのがあちらの望みだったのだから。


覆った顔の下で、オールガンは頬を吊り上げた。


「……副議長?」

「クク……はっはっはっは――ッ!! 堪らんなザルヴァーグ!? あれを見ろッ、これほど呆気なく右翼を消失させるなど、アルベリネアはまたしても想像を超えたぞ!!」


陣形変換に慌てふためいていた配下は、突如笑い出したオールガンを怯えたように見る。

この短時間での右翼崩壊――あまりの状況に狂を発したのかと。


冷静なのは古参の配下と、ザルヴァーグだけであった。

ザルヴァーグは眉を顰め、嘆息する。

彼が狂った戦争狂であることを、誰よりもザルヴァーグは知っていた。


「……不謹慎ですよ副議長。笑える状況ではない」

「ははは、笑わずにいられるものか。これほど愉快なことが生涯に一度でもあったか――王都を陥落させたときですら、これほどではない」


10万対5万という状況は7万対5万――いや、2万3000対1万5000へと切り替わった。

右翼で起きた衝突はもはや完全な虐殺でしかなく、恐らく向こうは大した被害も出ていない。

万を超したぶつかり合いで勝者が100人足らず、敗者のみが数千を殺されるという結果に終わったことなどいくらでもあった。

そしてあれだけ士気の差があれば、戦いはそのようにして決着する。


疲労はあれど、敵はほぼ完全充足の三個軍団というわけだった。

そしてあちらには黒塗りの精鋭部隊と、得体の知れない巨人が十体ほど。

こちらとは兵数で1万近い差はあれど、数字ほどの違いはない。

むしろあちらが優位を取る可能性は大いにあった。


敵右翼――ガーカは最初の突撃こそ多少押し込んだが、そこからは無理をせず兵を入れ替え戦線構築。

迂回するこちらの最左翼その遅延を行い、持久戦の構え。

ガーカが持久し、アルベリネアがこの本陣を仕留める。

そういう策なのだろう。


あのガーカらしくはないが、しかしこれだけ見事な突破を見せるのであれば、文句をいうことも出来まい。

それは当然――いや。


「……あまりにも綺麗に過ぎるな」

「綺麗……?」

「この本陣とアルベリネアの戦い――この形はあまりに美しすぎる」


想定を超える戦列突破。右翼の完全崩壊。

アルベリネアの初動は見事であった。完璧と言っていい。

惜しみない称賛と敬意を向けるべき見事さであった。


初めからこの形を狙っていたに違いない。

事実、こちらの優位はひっくり返され、士気を考えれば不利はこちら。

右翼が半数の敵を前に崩壊という状況のせいで、本陣にも動揺が広がっている。


こちらの『仕返し』は左翼、キルレアにガーカを仕留めさせるくらいであるが、あちらは徹底した持久戦の構え。

ガーカを討つためにはそれなりの時間を要する。

つまりこちらはどうあっても、不利な条件で戦わざるを得ないというわけだ。


――アルベリネアは自分を討つ条件を十分に整えた。

オールガンが向こうの立場であれば、間違いなく攻める。

ここを勝負の際と見て。

この状況にあるのは、そういう『美しさ』であった。


「誰もが考えるだろう。ここが勝負の際となると。アルベリネアはここで俺の首を狙って攻めると」

「…………」


オールガンは右翼ではなく左翼――ガーカとキルレアに視線を向ける。

この状況、オールガンは左翼に背面を向けざるを得ない。

ガーカはどう見ても、こちらを抜ける状態ではない。

――普通であれば。


「アルベリネアは真正面からこちらを圧倒し、この状況を作った化け物……だが、あの化け物が果たして、この程度で満足するのかと言えば疑問が残る」

「……ガーカ将軍の所にもあのような巨人があると?」

「あり得ないと思うか? いや、それ以外の何かかも知れん」


ザルヴァーグは真剣な目で考え込み、告げる。


「……あり得る話です。本命はあちら、という可能性は」

「ならば――」

「しかし本陣からこれ以上兵力は割けません。万が一の備えとして予備を多く、というのもいけない。全てキルレア将軍に対処させるべきです」

「……理由は?」

「そう悩ませることが向こうの目的である可能性は大いにあるでしょう? 事実、右翼を破ったのは奇策ではなく、正攻法。この状況は確かに仰るように美しいのかも知れませんが、十分に形が成っています」


その言葉にオールガンは目を伏せ、頷く。

裏の読みあいに破れた。

衝撃はオールガンにも少なからずあり、それ故警戒しすぎているという可能性は大いにある。


「伝令! キルレアに敵の本命がそちらにあった場合に備え、突破に備えろと伝えろ! 旗手、先んじて防御陣形の指示を!」


キルレアには5万5000の兵力――本陣に5000、3万で敵を受け止め、2万で迂回という選択を当初取ろうとしていた。

しかしアルカザーリス、右翼の戦象を失ったのを見て危うさを感じたのだろう。

迂回の2万を1万5000へと変更、ガーカの正面に厚みを持たせた。

ガーカの正面に対して兵力は3万5000と本陣5000。


対するガーカは右翼後方、迂回の遅延防御に5000近くを割き、正面に対し2万5000。

とはいえ、ガーカが取ったのは左翼からの斜線陣。

もし突破がありうるにしろ、その内この本陣に迫ることができるのは距離的にも中央と左翼の1万5000――3個軍団の内いずれかだろう。


当然キルレアもそれを理解し、その正面に兵力の厚みを持たせていたが――しかしキルレアの取ったこの行動が英断であるかと言えば、手放しには称賛出来ない。

迂回の2万を最初に削った時点で、キルレアは受け身に回ってしまった。

敵の突破よりも先に相手を強引に包囲し押し潰すという攻撃的選択を手放した。

決断があまりに早すぎたのだ。

結果としてオールガンも、戦列を固持し突破を防げと言葉を掛ける他はない。


オールガンがアルベリネアの攻勢を受け止め、その間にキルレアがガーカを打破、アルベリネアを孤立させ両軍でこれを撃破するという選択は消えた。

以降はアルベリネアの軍と戦いながら、キルレアとガーカの戦況にも気を配る必要がある。

後出来るとするならば、あちらからこちらへ兵力を回させることくらい――しかしどうあれ、ガルシャーンは完全に守勢に回っている。

主導権はあちらにあるのだ。それこそが狙いであったならば?


オールガンの優れた頭脳こそが、敵の可能性を無数に提示する。

そしてアルベリネア軍による右翼の完全突破という、本来あり得ざる攻撃を成功させたことがオールガンを悩ませた。

将軍は無数の可能性、そこからあり得ない選択を切り捨て、正解を導き出す。

だがアルベリネアを相手に、『あり得ない選択』というものがもはやあり得ない。


「副議長。結局戦は単純なものです」

「……?」

「どちらが相手の将の首を獲るか、重要なのはそれだけ。戦術はその手段に過ぎないもの。そうでしょう?」


オールガンは目を見開き、苦笑した。

そして頷く。


「そうだな、その通りだザルヴァーグ。もし仮にこの状況でガーカが突破したならば、勝つ目はどちらにせよないか。……予備は任せる」

「は。……しかし、懸念は分かります」


ザルヴァーグは言って、アルベリネアの軍を見る。

後方に残された翠虎。そこにアルベリネアの姿は無い。


間違いなくどこかに紛れているはず――だが、その存在を前面に出さないのは何故か。

士気を高揚させるなら、あれほどの存在もない。

アルカザーリスを討った化け物が先頭を走るのならば、今以上に――いや、今の時点で敵の士気は最高潮。

アルベリネアが前面に出なくとも、最高の結果を生んでいる。


この本陣との衝突のため体力を温存しているという可能性は大いにあった。

もしくは、あの小柄さ――気付いていないだけで、この異常な戦果の影には彼女の姿があったのかも知れない。

象の上、その高みから戦場を見渡している。

多くの情報を手にしてはいるが、人の注意力には限界がある。

単に自分やオールガンがそれに気付いていないだけという可能性も十分にある。


オールガンが警戒しているのは、あれからあの銀の髪を見ていないというのも理由であった。

いつ彼女が翠虎の側から消えたのかすら定かではない。


「……どこにいる、アルベリネア」


ザルヴァーグの目はただ、戦場に踊る銀の髪を探して、戦場を揺れ動いた。










「むぅ……それにしてもお馬鹿さんでした。丈夫だからって剣が折れちゃった時のこと、全然考えてませんでしたね」


――塔の上だった。

毛布を下に敷き、だらしなくそこに寝そべり両肘を突くはクリシェ。

塔の上にある胸壁の隙間からパンを囓り観戦しつつ、唇を尖らせパタパタと足を揺らす。


戦闘が開始、象狩りが始まるとクリシェはガーレンに後のことを任せて移動を開始。

目立つ翠虎を置き去りに、ミア達と第一軍団の影に隠れナクリアの中へ。

それからは途中のパン屋で買ったパンを囓りつつ、ここから暢気に戦場を見ていた。

状況推移は想像通り、アルベリネア軍は初動で敵右翼を壊滅させたが、クリシェの不満はじゃらがしゃである。


「……申し訳ありません。まさかあの状況で敵将が飛び出してくるとは想定しておらず」


工作班――片足義足の兵士の一人が、胸から提げた魔水晶を握り締めながら告げる。

自分のジャレィア=ガシェアをエルカールに潰された兵士であった。

王国、アルベリネアの秘密兵器。

戦場に革新的変化をもたらすジャレィア=ガシェアを初戦で失ったのだ。

後悔と罪悪感――今日までの苦労を思えば、そして与えられた責任の重さを考えれば、容易に受け入れられることではない。

顔には悲痛なものが浮かんでいる。


「クリシェは危ないって言いましたよ、ネッキ。まぁ、多少の損害は想定内です。今回は初めて実戦でピカピーカを使ってるんですから大目に見てあげましょう。直せば済む話です」

「……は」


ジャレィア=ガシェアに関わった工作班は全員がこの場にあった。

塔の上にある理由は視界の確保――そして送信機であるピカピーカ(クリシェ命名)使用のためであった。


基本的にジャレィア=ガシェアは自律兵器。

与えられた命令通り、殺せというなら止めろと言うまで敵を殺し続ける。

ただ問題は敵味方の識別機能。

ジャレィア=ガシェアが敵と味方を区別するのは兵士の身につける鎧であった。

アルベラン軍で用いられる鎧を記録させ、光学的にそれを読み取り判別する非常に高度な機能が備わっているが、しかし戦場。

鎧の破損、兜の消失、様々な要因で誤動作の可能性はあるし、敵の識別は『味方以外全部敵』という極端なものにならざるを得なかった。

コルキスやベーギルなど特注の鎧を着込んでいる人間はあらかじめ記憶させているが、ガーカ軍に関してはそれもない。

偶然何かの拍子にガーカ軍に突入でもすれば、特注の鎧を着込む大隊長や軍団長を殺しに掛かる可能性も大いにあった。


そのため基本的に外部から進行方向や戦い方に関して指示を飛ばす必要があり、そこで用いられるのが送信機ピカピーカ。

魔力の光を送信することで命令を伝える優れものであるが、問題が二点。


一つは障害物。

魔力の光が何かしらの障害に完全遮断されてしまうと、それだけで命令は伝わらなくなる。

当初杖の先に取り付けジャレィア=ガシェアに随伴するという案もあったが、それでは操手が死にかねないし、操手がジャレィア=ガシェアを見失うという可能性もあり却下。

懸念事項のもう一つにも引っかかる可能性が大いにあった。


もう一つの問題は――魔力は比較的、地表付近に集まりやすいという点である。

不規則に見える魔力であるが、動きには多少の法則性があり、その一つが地面に吸い寄せられるという点。

大気中を風に乗り魔力は飛び回るが、運動力を失うとすぐに地表付近へと降下する。

重力の影響を受けるのか、あるいは別な理由があるのか――どうあれ、魔力は下に落ちてくる。

濃密な魔力の結晶、魔水晶が基本的に地中で生じることを考えても、魔力というのは下に落ちやすいものなのだった。


特にここは戦場である。

一人一人は微弱でも、これだけ集まればその体から生じる魔力によって魔力密度が高まり、魔力の光に何かしらの影響を与えかねない。

魔力はそもそもが人の意思に反応する挙動の安定しないものであるし、送信機から送られる魔力の光も大容量とは言えず、その影響は受けやすい。

それによって生じる不都合を考えれば、なるべく高い位置から光を放った方が良く、塔の上というこの場所を送信基地として選んだのもそれが理由であった。


現状、基本的には大きな問題も生じておらず、問題があったとすれば――


「重量……んー重心で判別させるようにすべきか、いやでもそれだと装甲が剥がれてしまうと面倒な……自分で見てもらうのが一番でしょうか……」


腕の巨剣が折れたことにも気付かず振り回していた一体である。

元々実力ある魔力保有者を相手に打ち破ることを目的としていたわけではない。

戦列を薙ぎ倒すのが当初の目的。


とはいえ、あまりに間抜けな死に様である。

正確に自分の状況を判断出来ていたならば、あのような無様は見せなかっただろう。

アレハやコルキスが到達するまで持ちこたえ、今も元気に動いていたかも知れない。

ぶつぶつと改善策を考えるクリシェは不満げであった。


ジャレィア=ガシェアによる今回の戦果は凄まじいもの。

単純に平均すれば、一機で百人近くを切り刻んでいる。

だがその戦果は彼女の中では当然――そのように作った殺人機械が当然の成果を挙げたに過ぎず、彼女はその欠陥にだけ目を向けた。

冷ややかな紫色は、戦場に立つジャレィア=ガシェアを遠目に捉え、現状の問題点、不足点を洗い出す。


この短時間で千人を十二機で斬り殺して、破損が一機。

常軌を逸した戦果に対して、喜びなどはそこにはなく。

考えるのは、どうやればもっと多くを殺せるかという効率だけ。


隣に立っていた班長ネイガルは、そんな彼女の様子を見て背筋に冷たいものが走るのを感じた。

彼女はどこまでも純粋で、優しく――そして異常者であった。

自分の作った兵器が無数の命を奪ったのを見て、喜ぶでも悲しむでもなく、彼女の目はただ、数字だけを見つめていた。


感情も命もない魔導人形を操作し、多くの命を奪うこと。

ネイガル達が考えぬよう、感じぬようにしている何とも言えない感情は、きっと彼女には存在しないのだろう。

彼女は損害なく勝利出来るのならば、十万の命をそうして奪うことにすら疑問を覚えまい。

彼女に取って、戦場での生死は単なる帳面上の引き算であった。

名誉や栄誉を誰より冷淡に眺める彼女には、その英雄行も血文字の帳簿に記される。


いとおしげに屋敷のことを語る少女の愛らしさを知ればこそ、彼女の優しさに接すればこそ、それに反した彼女の歪みが浮き彫りになって見えた。

価値を置くもののためならば、それ以外を呆気なく無に出来る。


――彼女は戦争に、英雄譚など望まない。

邪魔となれば世界全ての人間を、そうやって殺し尽くして見せるのだろう。

それを現実にする叡智が、彼女には宿っているのだから。


その側にあることを喜ぶべきか、恐れるべきか。

左手の義手を眺めて目を閉じた。


少なくともネイガルには、考えるまでもないことであった。


「ジャレィア=ガシェア一機を失ったのは痛いが、切り替えろ。それを恐れて臆病になれば、代わりに死ぬのは前線で戦う仲間達だ。我々が今握っている送信機には仲間の命が入っていると考えろ。むしろ兵士達の盾となり、壊れることこそがジャレィア=ガシェアの役回りなのだ」

「は!」


彼女がこれを作った理由は自分達のため。


『ほら、この前の戦いで黒も沢山死んじゃいましたし、ネイガル達も腕が飛んだり足が飛んだりです。でもこういう作り物の兵士なら手足が飛んでも直せばいいですし、壊れちゃっても作り直せますから……これなら安心でしょう?』


この兵器がどのように冷酷なものであれ、彼女の根本にあった理由を知っている。

そして彼女には才能があった。

ただ、それだけのことなのだ。


ネイガルはそれを知っている。


「……ネイガル」

「は! なんでしょう」


忠誠を込めた敬礼を行うネイガルに対し。

不機嫌そうに少女は眉間に皺を寄せ、ネイガルを見上げた。


「じゃらがしゃ、ピカピーカっ。良いことを言おうとしたのは分かりますけれど、そういうのは班長のあなたがしっかりしなきゃ駄目なんですからね、もう」

「す、すみません……」


ぷりぷりと頬を膨らませ、ぱたぱたと足で床を叩くクリシェは、どこまでも愛らしく。

ネイガルは苦笑し、戦場の動きに眉根を寄せる。


「……敵本陣、動き出しました」

「ああ、みたいですね」


クリシェは再び戦場に目をやり、その紫の瞳を細めた。


「先ほどと同じくにゃんにゃんかアレハからの合図が来るか、一定距離まで来たら突撃を」

「は」

「敵の予備が迂回を始めたらここから合図を。クリシェは下のヴィンスリールの所に行っておきます」

「了解しました!」


クリシェは告げると身を起こし、塔の反対側から飛び降りる。


「ネッキ、クリシェ様への合図役を」

「は!」

「ここからは助言者もなし。一層気を引き締めろ」


ネイガルは返ってくる返事の心強さに微笑を浮かべ、首から提げた送信機に手を当てた。

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作者X(旧Twitter)

  2024年11月20日、第二巻発売決定! 
表紙絵
― 新着の感想 ―
戦争相手が判ってるなら、相手の鎧を登録……しても駄目か。都度情報を更新できればいいんだけど、難しいな。AⅠは流石に無理があるだろうから、誰かの脳を埋め込むか?
[一言] …えっ、望まぬ英雄譚ってそう言うこと?よくある「何でこうなったァァァ!」じゃなくて、そう言うことなんだ…(*'Д')ほえぇ⤴︎
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