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少女クリシェと和平の使者

ガルシャーンは軍を大きく三つに分け、本国からアルベランへと向かわせた。

大軍勢を動かすに当たって、一番の問題は兵站にある。

十万規模の軍を編成すること自体はそう難しいことではない。ガルシャーンのような大国であれば金をばらまき募兵すればそれで済む。

だが問題は何より、それを養うための糧食であった。

人口1000に満たない村で十万の兵を満たす食料など出せるわけがない。

人口10万の大都市であっても同様、数週間程度彼等を満たすことは可能かも知れないが、限界はすぐに来るだろう。


一度編成した大軍は一箇所に留まることを許されない。

常に食料を求めてさまよう大蛇となり、そして規模が増せば増すほどその飢えは加速度的に増大していく。

同行商人を雇い、輜重を後ろに引きずり飢えを凌ぐにしても、大軍が作るは必然的に長蛇の列。

先頭は日の出に出発し、最後尾は日暮れに出発するということになりかねない。

現実的に十万の兵を一つにまとめ行軍させるというのは不可能で、それ故アルベラン周辺の国々は行軍時の編成を最大でも3万から4万と定めていた。


「エルカール将軍、キルレア将軍、共に行軍は順調なようです。多少占領時の小競り合いはあったようですが、大きな抵抗はありません。合流は予定通りに」


大天幕の内側、南方の果実酒を味わうのは一人の男。

褐色の肌に硬い髪と髭を撫で付けた筋肉質な男であった。

六尺足らず――大男、というほどではなく、しかし衣服を内側から破きかねない筋肉と獣のような凶相。

ガルシャーン副議長オールガンは、例えようもない威圧感を備えている。


「うむ。それは何よりだ。紳士的に、手荒い真似はするなと改めて伝えておけ。後にガルシャーンの国土となる」

「は」


東のエルカール、西のキルレア。

反乱軍時代にはオールガンと共に戦った男達で、将としては有能ではあるが少々荒っぽいところがある。

その悪い面が出て、戦後の占領統治に悪影響が出るのは避けたい。


征服にはやり方がいくらかある。

暴力により恐怖を植え付け支配するやり方は確かに一つの手で、しかし相手は蛮族ではなくアルベランである。技術や学問、様々な面でガルシャーンを上回る点があり、そこに住む民衆も比較的頭が良い。

できる限り平和的に自国へ組み込みその知識や民衆を吸収すべきで、ガルシャーンに対する悪感情を持たせてしまうのはまずかった。


かつてガルシャーンはアルベランの属国であり、そうした歴史的経緯からアルベランの南部は元々シャーン人との血の交わりも深い。

占領後の統治は暴力的手段を避けるならそう難しいものではなく、上手く行くかどうかは今回の侵攻で彼等にどのような態度を取るかに掛かっていると言っても良い。


「ガーカの動きはどうだ?」


伝令と入れ替わりに天幕に入ってきたのは長身の男。

偵察から戻ってきた自身の右腕、ザルヴァーグに目を向けると、開口一番オールガンは尋ねた。


「特に。ナクリアの周辺で訓練に励んでいるようですね。ただ……」

「ん?」

「アルベリネアの文字が刻まれた雷と鷹の旗――副議長の望み通り、中央から出向いてきたのはクリシェ=クリシュタンドのようです」

「まことか?」

「私が嘘を言ってどうするのか、是非ともお教え願いたいところですが」


愉しげなオールガンに呆れたように返すと、疲れたように彼の隣へ腰掛けた。

若い従兵は慌てて酒を注ごうとし、


「いい。疲れているところに酒を飲むと寝てしまいそうだ。黒豆茶を」

「は、申し訳ありません。すぐに」


ザルヴァーグの言葉に黒豆茶を取りに走る。

困ったようにザルヴァーグは頬を掻き、嘆息した。


単なる平民からオールガンの腹心にまで昇り詰めたザルヴァーグは、平民出身の兵士からはある意味、オールガン以上に尊敬の念を向けられている。

ザルヴァーグとしてはむしろその対応がむず痒く、居心地が悪い。


「いい加減に慣れろザルヴァーグ。堂々としていれば良いのだ」

「靴屋からこのような立場になって、堂々と振る舞える人間がいるなら見てみたいものですが……」

「お前は靴を作るより死体を作る方が向いている。雨が大地に注ぐよう、望む望まずに関わらず――天職というのはそういうものだ」

「……嫌な天職ですね」


ザルヴァーグは肩を落とし、愉快げにオールガンは笑ってその肩を叩いた。

そして愉しげに酒を煽ると、真面目な顔でザルヴァーグに尋ねる。


「して、結局敵軍は?」

「見えた限りでは4万5000といったところでしょうか。軍団で数えているので数千程度の誤差はあるかも知れませんが」


一軍団5000。

アルベランやエルスレンでは基本的に軍をそのように分ける。

獣兵を運用するガルシャーンでは、その部隊の性質や目的により編成人員数に大きな差異があるのだが、彼等はその定数に妙なこだわりを持っていた。

運用からの都合なのだろう。


「想定よりも一軍少なく。どうにも気に掛かりますね」

「ふむ。あっさりと軍を引き、こちらを招き入れ……ここに及んでガーカが小細工をするとは思えんが。しかしあの娘が出てきたとなればわからんな。愉快なことだけではないという訳か」


西の樹海を通って迂回、こちらの側背を狙う可能性は大いにある。

そうなるとこちらも兵を割かねばならず――この戦いは単純な決戦から、知恵比べ、戦略勝負となるだろう。

むしろ本来的にはこの戦い自体がそうしたもので、真正面からの激突というシナリオは敵将ガーカとオールガンの暗黙の了解によるものでしかない。


「悩ましいところだな。とりあえず……おい、西のキルレアに樹海からの浸透に注意を払うよう伝えておけ。伝令が走る前にだ」

「は」


オールガンは指示を飛ばすと顎髭を弄びながら考え込む。


「うーむ、俺としては小賢しいものは抜きに、真っ向からのぶつかり合いがしたいのだが……いや、ガーカもそう考えるはず……」

「仕方ありませんな。アルベリネアは先日副議長がお誘いになったもの、身から出た錆というものです」


ザルヴァーグは当然のように言った。

どう見てもアルベランの不利で始まるこの戦い。

その上、負ければアルベランも王都陥落を免れない状況である。

アルベラン側が必死で勝利をもぎ取ろうとするのは当然で、そのためにはどのような手段を取っても不思議ではない。

十万に対し真正面から戦おうなど馬鹿のすることだった。


オールガンとダグレーン、二人の因縁はやはり、国家の大事には二の次だろう。


「これに懲りたら今後はもう少し慎ましく――」

「いや、決めたぞザルヴァーグ」

「は?」


突如オールガンは言って立ち上がる。


「あちらの真意を問いに行く。お前もついてこい」

「……は?」


ザルヴァーグは呆然と、仕える主君の顔を見上げた。


「これほどの戦。歴史に残る一戦にして、俺とガーカの因縁の決着となろう。ここに悔いを残しては俺も死んでも死に切れん。奴が国のため、ただ勝利を目指すというのであれば俺も諦め、それに合わせて戦おう。しかしそうでない可能性もあるはず――」

「ありませんよ副議長、正気ですか?」

「正気だとも。安心しろ、どうあれ使者として訪れたものを斬りはせん」

「……少し冷静になってください。しかも私は偵察から今帰ってきたところなのですが……」


半ば諦めながらも、心底嫌そうにザルヴァーグは告げ。


「雨は逃さず実りに変えて。思い立った今こそがその時だ。」


しかしオールガンは男らしく朗らかな笑みを浮かべた。









城郭都市ナクリアは文字通り、周囲を城壁に囲まれた王国中央と南部の境、その要衝であった。

城壁の外に街が作られ、そこにまた城壁が。

高い内壁と比べ、外周を守る城壁は胸壁も合わせ精々二十尺。

あちこちにひび割れがあり、造りも堅牢とは言い難いが、その代わりに等間隔で防御塔が築かれ、小さいながらも空濠が掘られている。

防御能力は都市の大きさを考えればまずまずと言ったもの――しかし精強とも言えず、十万の大軍を相手に籠城戦を出来るような都市ではなかった。


そんな塔の上――


「うーさちゃん、そろそろ戻っておかないと日が暮れて寒くなって来ちゃうよ」

「ふぁ……そうでしょうか?」


翠虎を枕に昼寝をしていたクリシェは、呆れた様子のミアとカルアに起こされ眠たげに欠伸をし、主人に倣うように翠虎も欠伸を重ねた。

夕暮れ、というにはまだしばらく時間はあったが、傾き始めた太陽を見て気怠げに伸びをする。


ちょっとした訓練の他やることがあるわけでもない。

概ね方針は決まっているし、敵の到着までは形ばかりの会議がある程度。

兵士達はダグレーンの兵士からガルシャーンの獣やその対処法を教わっているようだが、その辺りは軍団長達の自由にやらせている。

特段クリシェにやることはなく、旅で疲れた体をここぞとばかりに癒やしていた。


黒旗特務も同様で、体が鈍らない程度の訓練をやるほかは自由。

既に教えることは全て教えてあり、ここに来て改めて伝えることもない。

疲労回復の名目で、基本的に午後からは休暇を与えていた。


「……はぁ、クリシェ様ももう少し、こう……お暇なら新しい人に訓示だとかをつけて頂けると嬉しいのですが……」

「そういうのはハゲワシとミアやアレハの役目ですよ。それにいざとなって逃げ出されるより今脱走してくれる方が楽でいいです」


休暇を与える理由は厳しい戦いに備え、英気を養うという意味合いもあったが、ふるい落としの面もある。

いざ戦う段になって臆病風に吹かれ足並みを乱されるよりは、事前に逃げだしてもらっている方がずっと良い。

再三非常に危険な役回りであると説明し、その上で与えた休暇。

脱走兵が出るのは当然のことで、既に黒旗特務でも新兵から三人ほど脱走兵が出ていたが、特に気にもしてはいない。


「もちろんそうなのですが……クリシェ様がそうしてくれれば、逃げだした人ももう少し頑張る気が生まれたりしたんじゃないかと」

「他の兵と違ってくろふよはちゃんと動いてくれないと困りますから。兵力が劣勢だってくらいの状況で逃げ出す兵士はいりません」


上官に口答えをしないのです、とクリシェはミアの唇を指でつついた。

カルアが楽しげに笑って、ミアの頭をわしわしと撫でる。


「そーそー。そういうのに巻き込まれて他の兵士が死ぬことに比べればずっといいよ」

「うーん……とりあえず髪の毛ぐちゃぐちゃにしないで」


ミアはカルアの手を叩き、栗色の髪を指で梳いた。


「まぁ今日はガーカ将軍のところで盛大に見せしめをやってましたし、この辺りで脱走も減るんじゃないでしょうか」


脱走は問答無用で死罪に出来るが、さじ加減は上官次第。

今回は最初の見せしめと言うことで、脱走者の班員全員が助命を嘆願したという形を作って全員に軽い鞭打ちを与えることで許した。

そして明日以降は同じ班の人間に死ぬまで脱走者を打たせ処刑する、という宣言をしている。


厳しすぎれば士気を落とす。

かといって緩ませ過ぎれば脱走者がますます増える。

単純に殺せば良いのではないかと尋ねるクリシェに、バランスが大事なのだとダグレーンは説明していた。


「見せしめも中々奥が深いものです」

「あ、あはは……まぁ、あれで効果があると良いのですが……?」


そうして話していると、突然城壁の上が騒がしくなり始める。

ガルシャーンが来たにしては随分早い。

クリシェが首を傾げ、立ち上がって南を見ると、やってくるのは騎兵が七人。

使者を示す青旗を掲げ、もう一本の旗には小麦で左右を囲われた雷雨――ガルシャーンの国旗であった。


「……使者、でしょうか?」

「みたいですね。ガルシャーンの副議長と、そのお供の人です」

「副議長?」

「はい。結構偉い人です」


ガルシャーンの使者――何とも似合わぬ白のマントを棚引かせたオールガンは、そのまま何の警戒もなく近づき、南門の前まで来ると声を張り上げた。


「我が名はオールガン! ガルシャーンからの使者である! アルベリネア、そして汝らが将軍、ガーカに会いに来た。門を開けよ!」


敵地の真正面にて小勢を率い、まさに堂々たる様子であった

衛兵達はざわつき、ダグレーンの屋敷へ伝令が走って行く様子が見える。


「うへぇ……オールガンって敵の大将じゃなかったっけ?」

「そのはずなんだけど……なんというか、勇気あるなぁ」


聖霊協約に則り、青旗を掲げていた。

とはいえアルベランは周辺三国に追い詰められた状況で、しかもその上攻められている理由は聖霊協約に反したという理由なのである。

ここに来ては聖霊協約などと考え、こちらが彼を殺さない保証などどこにもない。

仮にこの場で殺さずとも帰り道で始末するという選択もあり、知らぬ存ぜぬでこちらが押し通すという可能性も十二分にあり得た。


恐れ知らず、無謀。

そのような言葉が良く似合う行動である。


「クリシェ様、どうされます?」

「んー……使者のようですし、ひとまず行きましょうか。ぐるるん」


クリシェは翠虎に跳び乗ると、そのまま塔から城壁に。

怯える衛兵を飛び越えるようにして南門の上へ辿り着くと、そのまま下へ。


再び声を張り上げようとしていたオールガンの眼前に飛び降りた。


「っ!?」


砂埃すら立てず、突如目の前に現われた翠虎の巨体。

彼等の跨がる馬は怯えいななき暴れ出し、オールガンの右後ろにいた長身の男――ザルヴァーグは咄嗟に馬を飛び降り剣を引き抜きかけていた。


「あ、びっくりさせちゃいましたね、すみません」


しかし制止するようにオールガンが広げた手と、そんな少女の声に固まり、彼は眉間に皺を寄せる。

銀の長い髪――美麗な顔と紫の瞳。

雷と鷹の紋様が薄暗く胸に描かれた黒き外套。

翠虎の上に座る少女の姿に誰もが目を見開き、オールガンだけが笑い出す。


「……これはこれは、アルベリネア直々のお出迎えとは恐れ入る」

「クリシェとガーカ将軍に会いに来たって聞こえたので。お久しぶりです、オールガン副議長と……ザルヴァーグさん、でいいのでしょうか?」

「はい。……しかし、私のことはお気になさらず」


ザルヴァーグは渋面を作ったまま、その紫の瞳を見つめた。

未だ自分が構えも解かず、腰の双剣を握り締めていることに気付き、深く呼吸を整えながら姿勢を正す。

猛獣を相手に、その警戒心を刺激せぬよう――そんなゆったりとした動き。

目の前にある巨大な魔獣以上に、その上に座る彼女に対して体が危機感を覚えていた。

構えを解くことで体に絡み付くような圧迫感が消え失せ、そしてそのどこか無機質な視線も切られる。


横乗りで翠虎に座りながら、その姿は隙だらけに見え。

しかし感じたのは命を握られるような、本能的な恐怖。

王都で見た時既に、彼女が見掛けによらぬ卓越した武人であると感じてはいたが、実際にその敵意を肌で感じてみれば別物であった。

少なくとも戦場で、オールガンの前に立たせて良い相手ではない。

背後に続く護衛の男達も、少女に警戒するような険しい顔を浮かべていた。


「顔が硬いぞザルヴァーグ、お前達もだ。話をしに来たのであって、何も戦いに来たわけではない。お前がその様子ではアルベリネアも何事かと思うだろう」

「……は。申し訳ありません」

「配下の無礼をお許し願いたい、アルベリネア。少なくとも今日この場は使者として、剣を交えに来たわけではありませんからな」

「ん……びっくりさせちゃったのはクリシェの方ですし、気にしてないですよ」


クリシェの背後に遅れてきたミアとカルアが降り立ち、両手を後ろ腰に。

護衛として姿勢を正した。

オールガンはそれを気にせず翠虎に目をやり、目を細める。


「しかし獣をお見せすると豪語しておきながら、先に獣を見せられ驚くとは。この体たらく、象の一頭でも連れてくるべきでしたな。……翠虎の前には見劣りするものとなるでしょうが」

「そう言えばそんなことを言ってましたね。でもわざわざクリシェのために象を連れてきてもらうというのもなんだか悪いですし……」


困ったようにクリシェは首を傾けた。

未だに『獣をお見せする』という言葉の真意を理解していないクリシェである。

文字通り彼がクリシェを喜ばせるため珍しい獣を見せてくれようとしているのだと、ここに至っても考えていた。

戦いを控えているにも関わらず随分好意的なオールガン。

クリシェにはよく分からない人物である。


「翠虎を従えるとは聞いたこともない。自ら手懐けて?」

「そうですね、適当に餌付けをしたら懐いたので……えへへ、オールガン副議長もにゃんにゃんは好きですか?」

「好きかと問われれば困るところですが……まぁ、武人としては強き獣には憧れがありますな。それが乗騎として扱われているとなると、心が躍る」


オールガンは笑って続けた。


「……心から良かったと思います。此度はこちらも、きっとあなたを楽しませるであろう巨獣を連れてきた。連れてくるかどうかは迷ったものですが……」


オールガン様、と、主の言葉を止めようとする声が向けられるが、オールガンは手を振ってそれを諌めた。


「いずれ分かること。どうせ隠しようもない大きさの獣だ」

「……?」

「……世にも珍しい象の魔獣です、アルベリネア。この城壁を跨いで通らんばかりの巨躯、今は後ろにおりますが……早く御覧に入れたいところです」

「大きな象の魔獣……」


象というものすら絵でしか見たことのないクリシェ。

そんなクリシェに、その中でも特に珍しい大きな象まで見せてくれる気であるのだという。


「ありがとうございます、オールガン副議長。あの……」

「なんですかな?」

「どうして戦いを前にここにいらっしゃったのかと、クリシェ、ちょっと疑問に思っていたのですが……」


やはり実に好意的である。

ここに来て、何故ここまでクリシェを喜ばせようとしてくれるのか。


桜色の唇を指先でなぞり――それは熟考の末の言葉であった。


「もしかして、オールガン副議長はガルシャーン降伏の使者なのでしょうか?」


その場にあった誰もが言葉を失い、クリシェは微笑む。

事情はよく分からないが、きっとクリシェには勝てないと理解してくれたのだろう。

熟考のわりに、その理由については深く考えない。

彼女の思考は短絡的――自己中心的であり、そして誰よりも傲慢であった。


「それなら話は早いです。クリシェに気を使わなくてもいいですよ」


唖然とした彼等の表情にも気付かずうんうんと頷き、クリシェは実に満足げであった。


「クリシェ、今回は結構大忙しですから、無駄な戦が避けられるというなら大歓迎。ガルシャーンとオールガン副議長の英断を、えーと……そう、心から喜ぶのですっ」


十万のガルシャーンが五万足らずのアルベランに対し、降伏を促し、それを尋ねるのであれば妥当であろう。

しかし逆。

五万足らずのアルベランが、十万を率いるガルシャーンに対しさも当然のように口にする。

そして無駄な戦と言ってのけるのだ。


もはや明確な挑発であった。


「貴様……!!」

「この状況に至ってなお、我らを挑発するとは……」


明らかな挑発に激昂したオールガンの護衛が次々に声を荒げ、クリシェを罵倒する。

あれ、と不思議そうにクリシェは首を傾けた。

そして振り返りミアを見れば、彼女は必死でぶんぶんと首を横に振る。

カルアですら呆れたように頬を引き攣らせていた。


二人のこの様子――どこでクリシェは間違えたのでしょうか。

根本的な部分から間違っていることを知らないクリシェは困り顔を浮かべ、閃きにぽん、と手を叩く。


「ああ、すみません。降伏っていう言い方はなんだか良くないですね。この場合和平の使者でしょうか」

「まだ挑発するか!」

「ふざけたことを……! 降伏すべきは貴様らであろう!」


当然の反応である。

何を間違えたのかとますます首を傾げるクリシェ。

愚弄されたと怒りに満ちた護衛達。

そんな場に響いたのは笑い声であった。


面食らった様子であったオールガンは突如、おかしくてたまらないと言わんばかりに笑いはじめ、自らの腿を何度も叩いた。

クリシェは不思議そうに彼を見つめ、そして声を荒げていた男達も困惑したようにオールガンへと目を向ける。

しばらくの間そうしてオールガンは笑い続け、それから顔を上げ、滲ませた涙を拭いながらクリシェを見た。


「くく、いやはや、これだけ笑ったのはいつ振りであろうか。どこまでも楽しませてくれますな、アルベリネア」

「はぁ……楽しませるつもりはなかったのですが」


やや不満を浮かべるクリシェに苦笑し、オールガンは言った。


「戦を前にガーカを交えて話したい。……是非ともお許し願いたいところですが」

「はい。まぁ拒否する理由もありませんし……聖霊協約の遵守を?」

「……実り育む雨に誓い」

「ではそれを信じ、帯刀及び護衛の入門を許可します」


クリシェは背後を振り返り、慌てたようにミアが城壁の上――衛兵へと開門の合図を送った。

そうして決戦を前にした両将の会談が、城郭都市ナクリアにて行われることになる。

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作者X(旧Twitter)

  2024年11月20日、第二巻発売決定! 
表紙絵
― 新着の感想 ―
オールガン、中々に変わった人だなあ………。 あちらの真意を問いに行く、って策を教えろっていってるようなもんじゃん。 普通なら教えないよ? そもそも聞こうなんて思わない。
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