くだらない日々
クリシュタンド裁判と呼ばれる話し合いが行なわれたのはその日の晩。
裁きを下されるのは、クリシュタンドにおいてはその影の支配者として暗躍する『クリシェ様可愛いです教(積極的原理主義。邪教)』教祖にして使用人ベリー=アルガン(被疑者)であった。
権謀術数に長け、あらゆる政争を言葉巧みに勝利してきた赤毛の使用人は部屋の中央の椅子に座り、顔を伏せ、その姿はまさに判決を待つ虜囚といった様子。
あるいは彼女の頭脳をもってしても、ここからの巻き返しは不可能であると考えているのか――彼女にはいつもの覇気というものが感じられない。
その正面。
不作法ながらも机に腰掛け足を組み、一枚の下着を眼前に広げるのは『クリシュタンド風紀向上会議(議員数1。議長のみ)』議長にして王国元帥、セレネ=クリシュタンド(審問官)であった。
彼女はガーターベルトなる面妖な下着をじっくりと眺め――そして隣で紅茶を飲みつつ状況の推移を見守る『食後の話し合い推進委員会(無力)』委員長クリシェ(被害者。食後で満足)に目をやる。
セレネはじっと妹の顔を眺め、そして目を閉じ。
ベリーに対し、手に持つガーターベルトを見せつけるようにして言った。
「一体あなたは、どういうつもりでこんなものをクリシェに穿かせようと?」
「もちろん、クリシェ様のためですお嬢さま。それ以外に理由などありましょうか?」
事の発端は食事後のこと。
新しい下着の付け心地がとても良いのだと、セレネに早速はしゃぎながらガーターベルトを見せつけたクリシェにあった。
職人の腕が良いこともあったのだろう。
仕立て屋は大貴族の三女で、アリカ=サーズベルン。
女性の仕立て屋だけあって、デザインの良さも当然ながら下着や肌着に関しては何よりもまず付け心地を重視する。
そしてクリシェが衣服に求める点もそこにあった。
また、彼女の中には『ベリーがわざわざ自分のために注文してくれた』という何より大きな評価ポイント――『ベリーボーナス』があり、この喜びようも当然と言えよう。
しかしセレネには愛する妹が突然何やら卑猥(に見える)な下着を嬉しそうに見せびらかしているという事実が受け入れがたく。
クリシェが自分に従順であることを良いことに、ベリーが彼女を良くない方向へ導こうとしているのではないか――そういう方向でベリーを責めるのもまた必然であった。
アリカ=サーズベルンの名前は有名である。
仕立ても元々は商売ではなく、自分の衣装や装飾から趣味で始めたものであったらしい。
それが社交界で貴族女性の話題を呼んだものであるらしく、その人気は少し大人びた色気のあるデザイン。
なるほど、このガーターベルトなるものも刺繍は優美。
デザイン含め、実に美しいものであるということには異論も無かったが、恐らくこの下着が目的としているものもまた例に同じく、女性の色気というべきものであろう。
見るものを悦ばせるような、そのような意図が垣間見える下着である。
このような下着をクリシェに身につけさせるだなんて。
普段はやられっぱなしのセレネにとって、ベリーを責めるには格好の材料であった。
「本当に? とてもそうとは思えないわ。個人的でよこしまな願望がそこにないと、どうして証明が出来るのかしら?」
「……? どうしてわたしがそのように責められるのか、よくわからないのですが」
「あなた……開き直る気?」
「開き直るもなにも、おかしなことを仰っているのはお嬢さまではないですか」
ベリーは顔を上げると、余裕のある笑みを浮かべた。
「それは単なる腰巻きに靴下留めのついただけの、機能的なだけの下着。もしやお嬢さまは、それが何か卑猥なものであるかのように見えていらっしゃるのでしょうか?」
「……は?」
「そうですね、もしかするとお嬢さまの中ではこれがとても、卑猥でいかがわしい代物のように見えているのかも知れません。……わたしにはコルセットと変わらぬ、単なる補正具にしか見えないものなのですけれど」
「っ……」
――卑猥に思ってしまうのは、あなたがそういう眼で見ているからなのでは?
裁くものと裁かれるもの――これは立場を逆転させる一手。
ベリー=アルガンはただ一手、開き直ることで自らの弱点を相手のものへと置き換えて見せたのだった。
「へ、屁理屈を捏ねないでちょうだい! あなたね――」
「屁理屈だなんて。思った通りのことを述べているだけでございます。そして心配に思っているだけ……お嬢さまはどうにも、クリシェ様に対し妹ではなくそれ以上の――」
「見てないわよ馬鹿! それはあなたのことでしょう卑怯者! 屁理屈ばっかり捏ねて……っ」
「困ったときの人格批判。……ムキになるところを見るとますます怪しいですね」
「この……っ」
ベリーは呆れたようにため息をついて見せる。
そして勝利を確信していた。
これを見たセレネが自分を責めることは間違いない。
さりとて、クリシェが非常に満足している現状、今更この下着が見た目としてあまりに大人びたものであるなどという理由で着用を禁じることも出来ない。
彼女はクリシェ原理主義者であった。
クリシェを悲しませたくはなかったし、本来の用途はベルトに対する腰当てであり、単なる下着。
身につけたところで誰に見せると言うわけでもなかったし、わざわざ作ってもらったものを見た目的に不適当として使わないというのはやはり申し訳ないものがある。
セレネには悪い気もしたが、しかし、もはやベリーも後には引けなかった。
「この場合裁かれるべきはわたしではなく、恐れながらお嬢さまなのではないでしょうか。どうか、ご自身を顧みてくださいませ。本当によこしまなのはどちらで――」
「……なるほど、あなたはこれが卑猥に見えるわたしがおかしいって言いたい訳ね」
「……?」
しかしベリーはセレネの言葉に眉を顰めた。
後は激昂したセレネを丸め込むだけ――そのはずであったが、怒気を浮かべかけたセレネは一転、落ち着き払った様子でベリーを睨んだ。
「あなたにはそう見えないし、これが至って普通の下着であると?」
「はい。……先ほどからそのように申し上げております」
答えながら良くない流れだとベリーは視線を揺らす。
握っていたはずの主導権、それがいつの間にかセレネの手に戻っているように見えた。
「……そう。じゃあベリー、わたしが間違っていたのかも」
セレネは微笑み、
「でも、それだけ良いものだと言うのなら、クリシェだけではなくあなたも身につけてみてはどうかしら? 随分と気に入っているようだもの、この下着」
「……え?」
ベリーは硬直した。
それは当然の反逆――強いて言うなれば、ベリー=アルガンはこれまで勝利を重ねすぎたのだった。
一方的に、完膚なきまでに、あらゆる政争で勝利を収め。
彼女の中にあったのは、ある種の驕りと言えるだろう。
口論でセレネが自分に勝てるはずはないという思い込み。
自分の能力に対する絶対の自信――彼女はクリシェと同じく、敗者の気持ちが分からぬ人間。
セレネがこれまでの敗北から何も学び取ってはいないと、彼女はそう高をくくっていたのだ。
しかしセレネは彼女に勝つため、その理由を一人、何度も検証していた。
屁理屈によって主導権を握り、冷静さを失わせては思考を誘導する。
ベリーの卑劣なやり口は常にそのようなもので、こちらに冷静さを失わせることでいつも思い通りに物事を操っていた。
勝つためにはどうするべきか――答えは一つ。
屁理屈に惑わされず、冷静さを失わず、相手の予想だにしない一手を繰り出してやること。
この場合であれば、相手の論理に自ら乗ってやれば良い。
「そうね。ベリーならこういう大人びた下着はとっても似合いそう。良い機会だもの、たまにはベリーも最近のお洒落というものに手を出して見るべきだと思うの」
「わ、わたしはですね……その、し、使用人ですので……」
「使用人だから、だなんて、そんな風に遠慮しなくていいのよ。そうね、クリシュタンド家当主として、いつも頑張ってくれるあなたにもこれをプレゼントしようかしら」
セレネは立ち上がり、ガーターベルトを広げながらベリーに近づく。
うぅ、と唸りながら、顔を赤らめ視線を揺らすベリー。
彼女はどこまでも魅力的な女性であったが、しかしそういう女らしさを見せることを誰より苦手とする女性であることもセレネはよく知っている。
「……それとも何、身につけたくない理由があるのかしら? まさか、自分が身につけるのも恥ずかしいようなものをクリシェに?」
「そ、それは……」
「そうよね。なら何一つ問題なく……クリシェもベリーとお揃いがいいんじゃないかしら?」
突然水を向けられたクリシェは少し考え込み、微笑む。
「えへへ、はいっ。クリシェもベリーとお揃いがいいかもです」
「うぅ……」
大方、ベリーもクリシェの喜びように口を挟めず説得を諦めたのだろう。
もはやセレネも、これに関しては済んだことと諦めていた。
どうあれクリシェは気に入っている。手遅れである。
しかし今後同じようなことを繰り返させるわけにはいかないし、そして何よりベリーの望むまま言いくるめられるというのが何より気に食わない。
彼女に罰を与え、一矢報いる。
今はそのためだけにセレネは動いていた。
――クリシェに望まれては、ベリーも決して嫌とは言えまい。
これが彼女の詰みであった。
勝利というより引き分け――だが、どうあれこれでベリーも大きな痛手を負うことになる。
勝利することだけを望んで動いたベリーとは違い、セレネは最初から勝つことを諦め、彼女に痛手を負わすこと――それだけを考えていたのだ。
結果はこの通り、試合としては勝ちとは呼べぬまでも、勝負には勝った。
それを証明するように、悔しげに顔を赤らめ視線を泳がすベリーの表情。
セレネにあるのは満足感――しかし。
「おねえさま、見てくださいまし。わたくしもお揃いですわ」
下着姿にガーターベルトを身につけ。
上機嫌に姉へと抱きつくのは第三勢力『とりあえずおねえさまとお揃いですわ同盟(快楽主義)』盟主、クレシェンタ=アルベラン(裁判官。食後で満足)であった。
ベリーとセレネの下らないやりとりを気にせず、アーネにドレスを脱がせてもらい手早くガーターベルトを身につけたクレシェンタはご満悦。
クリシェの上に跨がると、楽しげに姉へとその着用姿を見せつける。
「似合ってますよクレシェンタ、どうですか?」
「これはこれで悪くないですわね。ガーターリングは太ももがきゅっとなって、どうにも煩わしさがありましたし」
長い靴下を太ももの上で押さえる、輪っかのようなガーターは多少不便な代物であった。
緩めれば意味をなさず、かといって締め付けを強めれば太ももが縛られ窮屈に。
そう言う意味で腰から吊り下げるという発想は悪くないと、素直にクレシェンタは感心していた。
垂れ下がったガーターに若干の煩わしさはあるが、これは仕方の無いこと。
何より姉とお揃いという点でクレシェンタには重要なのである。
「……ふふ、クレシェンタ様にもお気に召して頂いたようで何よりです」
「……あなた」
ベリーは二人を見て、一瞬目を閉じ、そう告げる。
ベリーはセレネが帰ってくる前に、クレシェンタを湯浴みに誘った。
無論彼女を味方に付けるためである。
流石のベリーとは言え、セレネとクレシェンタ、二人同時に責められ優位に立ち回れるとは思ってはいない。
相手にするならば一人ずつ――戦力の分散という基本的原則を正しく守り行動を開始していた。
脱衣の最中、ガーターベルトを見せびらかしたクリシェを見て、当然のようにクレシェンタはベリーに噛みつき。
しかし喜ぶクリシェという強みを持つベリーに負ける要素など無い。
『実は女王陛下にも試供品をと頂いたものがあるのです。どうでしょう? クリシェ様とお揃いでございます、クリシェ様もきっとお喜びに。後でお試しになっては?』
クリシェとお揃い。クリシェも喜ぶ。
クレシェンタに対する殺し文句である。
『そうですね、クレシェンタも長い靴下穿くことが多いですし。穿いてみると多分気にいりますよ? えへへ、クリシェとお揃いです』
『お、お揃い……』
『はい。……お揃いは嫌ですか?』
『い、嫌じゃありませんわ。おねえさまがそう仰るなら……』
そこからはクレシェンタの機嫌を損ねないよう持ち上げつつ。
この食後のタイミングに身につけてみるよう仕向けたのも全て、ベリーの仕込みであった。
勝負は戦う前に決まっている。
その通り、突発的に始まったはずの戦いは全て、この使用人の掌の上。
セレネは自分が嵌められていたことを理解し、唇を噛む。
しかしそれでも、セレネは彼女に勝ちを譲る気はない。
「……だからと言って、あなたがこれから逃れられると思ったら大間違いよベリー。こうなったら意地でもあなたにも穿かせるわ、絶対」
「仕方ありません。状況は少し悪く転がってしまいました。もはや悪あがきも致しません」
もう少しクレシェンタの参戦が早ければ、今回も上手く丸め込めたかも知れない。
だが、全てが遅すぎたとベリーは嘆息する。
自分の中には、セレネへの侮りもあったのだろう。
「けれど、クリシェ様とクレシェンタ様が、そして更にわたしまで身につけるとなれば……」
「っ……」
それを理解した上で、ベリーの目に浮かんだのは愉悦であった。
「当然クリシュタンド家ご当主であるお嬢さまが、一人これを身につけないだなんてこと……まさかそんなことはありませんでしょう?」
「な、なんでわたしまで……」
「この状況でもしや、何か? もしかするとお嬢さま、この下着に何かご不満が? 身につけたくない理由でもあるのでしょうか?」
お言葉を返すようですね、とベリーは悪意に満ちた笑みを浮かべた。
勝てないと知るや、焦土作戦。
試合には勝てずとも、勝負には意地でも負けず。
物腰穏やか、理知的な淑女とは仮の姿――ベリー=アルガンはその実、どうしようもない女である。
「クリシェ様、どうでしょう? こうなればいっそ、みんなお揃いというのは」
尋ねた言葉は必ず、肯定を持って返されるだろう。
セレネは呆然とそれを聞くしかなく、悔しげにベリーを睨み付け。
クレシェンタのドレスを抱きながらその戦いを見守るアーネ=ギーテルンス(傍聴者)は、その下らない戦いを固唾を飲んで見守っていた。
戦争を控え、亡国の憂き目にありながら。
クリシュタンドは平和であった。
「大体ね、あなたはね……」
「お、お嬢さま、それくらいに……わかりましたから」
日は落ちて、クリシェとクレシェンタは既にベッドで抱き合いながら眠っていた。
アーネも部屋へと戻らせ、部屋で起きているのはベリーとセレネの二人であった。
金の髪優美な令嬢は眉尻を吊り上げ、ボーガンの酒を飲みながらベリーを睨み、食ってかかる。
「わかってないの。そうやっていつもいつも誤魔化そうとして……」
既にベリーはネグリジェに着替え終え、セレネも服を脱がせて着せ替える。
その間もセレネは小言を繰り返し。
仕方ない、とベリーは苦笑する。
悔しくて堪らなかったのか、セレネは湯を浴びに行った後、酒瓶を二本手に持ち戻ってきては飲み始め――巻き込まれたクリシェとクレシェンタは早々に眠ることを許されたが、しかしベリーは当然のように、今もこうして付き合わされていた。
セレネは酒を掴むと空いたベリーのグラスに注ぎ、ベリーの前に叩きつけるように置いた。
「逃げようってしたって駄目よベリー。主人の酒が飲めないのかしら?」
「わたしはやっぱりこういう、あんまり強い酒は……」
「飲むの」
ベリーは嘆息しながらグラスを受け取る。
一杯で既に中々のもので、顔は火照るよう。
セレネが持って来た内の一本はボーガンが好んだ北国の蒸留酒。
アーナの北にある島国では酒造りが盛んで、そこでは日常的に飲まれているらしい。
琥珀の液体には風味付けの香草。ピエリムだろうか、甘い香りだった。
そうした香りで楽しめるという点で酒は悪くないものであったがしかし、ほんの少し口付けると、酒気が喉を灼くようで。
口元を押さえ、困ったようにセレネを見る。
「やっぱり強いですね。できればわたしはそちらの方が……」
棚に置かれたワインを指さす。
寝付けない時のために常備している寝酒であった。
セレネは駄目、と一蹴した。
「たまには酔ったベリーを見てみたいわ。あなたはいっつも普段通りなんだもの。わたしは使用人ですから、だなんて一歩引いて見せちゃって」
「そんなことはないのですが……」
「そう見えるの」
セレネは言って立ち上がり、ソファへ腰を降ろす。
そして隣をパンパンと叩いた。
ベリーは嘆息しつつそれに従い、隣へ腰掛け。
セレネは楽しげに笑って、肩を寄せた。
「わたし、あなたのそういう大人ぶったところとか大っ嫌いだわ」
「まぁ。ふふ、ですが実際、わたしはお嬢さまと比べると大人でございますし……」
「そーいうところが気に食わないの。どんな顔してそんなことを言うのかしら」
セレネはベリーの頬を両手で挟み、その顔をじっと見つめた。
困ったように視線を泳がせ――いつ見てもその顔は少女のようで、整いながらも幼げで。
セレネは唇を尖らせる。
「あなたとわたしが黙って立ってたら、絶対わたしの方が年上に見えるわよ」
「見た目だけでございますよ。きっともう十年もすれば多分わたしももう少し……」
「どうかしら。あなたってなんだか、ずっとそのままの気がするわ。五十になっても見た目が変わらない人の話は有名だもの」
セレネは不満げに言って手を離し、ソファにそのまま腰を沈めた。
「それできっと、わたしばっかり歳を取ることになるのよ全く。なんだか貧乏くじだわ」
「想像で責められても……」
「いいえ、きっとそうなるの。今から苦労を掛けてごめんなさい、って謝っておくべきじゃないかしら」
「はぁ……申し訳ありません」
「ふふ、許してあげる」
楽しげにベリーに腕を絡め、その肩に頭を乗せた。
「……謝り損にしないよう頑張らないと」
そしてぽつりとそう零す。
ベリーはセレネの頭に手を伸ばし、その髪を溶かすように撫でた。
「何かありましたか?」
「……ない。作戦会議も平穏無事、何事もなく順調で……こーやってあなたと下らないお喋りが出来るくらい平和。日々は充実順風満帆、幸せな毎日かしら」
絡めた腕をぎゅっと抱いて、肩に頬を押しつけた。
「でも、だからこそかも。……どこかに見落としがないかだとか、本当にやるべきことをやったのかだとか、そういうことばっかり考えるの」
「……そうですか」
十五の少女が王国元帥。
流れのままにそう決まり、それは避けられない必然であった。
けれどやはり、それはあまりに大きな責任だろう。
ベリーは彼女に向き直ると、細い体を抱きしめた。
「本来なら打つ手無し。どうしようもないような状況で、頼みの綱はクリシェだけ。こんな馬鹿げた作戦なんてありはしないわ。倍以上の戦力を相手に負けなく三回、素人だって無理ってわかるようなことをやるつもりなの」
顔を胸に押しつけて、セレネは息をつく。
「わたしはそんな大博打をさもよくできた作戦みたいに押しつけて、後ろでふんぞり返るのが仕事よ。自分の無能が嫌になるわ」
「ファレン様も他の方も、皆様が頭を捻って出した結論でしょう? ならばやはり、それは最善の結論……お嬢さまが悪い訳ではございません」
「……それでも、もっと何かなかったのか、って思うのよ。もっと他に、できることがあったんじゃないかって……」
背中をさすって、目を閉じて。
ベリーはくすりと微笑んだ。
「……わたしが思うにですね」
「……何?」
「やはり背伸びはよくないというのが結論でしょうか」
そしてそのままセレネを抱き上げ立ち上がる。
ぽかんと口を開いて、潤んだ目を向けるセレネを見て笑い、そのまま二人が眠るベッドへ。
「今日から夜は、お嬢さまもご一緒に」
「何それ……」
くすくすとベリーは笑ってセレネの隣に。
その体を抱きしめた。
「ほら、少なくともこれで少しは安心でしょう?」
「……馬鹿にしてるの?」
「いいえ。最近わたしも一人で考え込むのは良くはないと気付いたところでございますから、早速お教えせねばと思っただけです」
ベリーの乳房から顔を上げ、少女のように拗ねた顔。
そんなセレネの頬を撫で、ベリーは微笑む。
「それにお嬢さまには少し、背伸びをしないでいられる時間が必要なように思えますから。……なにも考えず、存分に甘えてくださってよろしいですよ?」
セレネはベリーを睨み付け、もう、と怒ったように眉間に皺を寄せる。
「あなたはいつまでわたしを子供扱いするつもりなのかしら?」
「ふふ、わたしにとってはいつまで経ってもお嬢さまですから」
「わたしはクリシェみたいなお馬鹿と違うんだから。あなたがその気なら、もうわたしを子供扱いできないようにしてやろうかしら」
セレネは悪戯っぽく笑い、ベリーの胸に手を伸ばした。
恥ずかしそうに胸を隠しつつ、ベリーはセレネの額に額を押しつける。
「もう、お嬢さまには今後、あんまりお酒を飲ませないようにしませんといけませんね。悪いお酒、やはりわたしがお守りをしなくては」
「……あなたがわたしを小馬鹿にするからいけないのよベリー。あなたが今後もそういう態度を取るなら、そのたび悪い酔っ払いになってやるんだから。……慰めるのを口実にして、わたしの酒から逃げたのもお見通しよ」
「気付かれてしまいました?」
「当たり前でしょ、馬鹿にして。まったく、何様のつもりなのかしら」
くすくすと笑って、そのまま抱きつき目を閉じて。
「……でも、ふふ。あなたのそういうところ、大好き」
囁くようにセレネは言った。
「知ってますとも。……お休みなさいませ、お嬢さま」
「……うん。おやすみ」
ベリーもまた楽しげに目を閉じて。
そうして二人、抱き合いながら眠りについた。