虚飾の王国
王城の応接間であった。
クレシェンタの斜め後ろに姿勢正しくアーネが畏まり、紅茶を飲み終わった瞬間には新たな紅茶が注がれる。
差し出されたものとなれば冷める前には飲まなければならないような強迫観念に駆られ、リラは礼を言いつつそれを受け取り四杯目。
胸と腰の巻き布の間、さらけ出されたしなやかな腹部。
その内側は紅茶でたぷたぷであった。
彼女の隣にあるアルゴーシュはなんというべきか困った様子で、リラとアーネに目をやる。
父の前で立派な使用人としての姿を見せたいらしいアーネはいつになく張り切っているらしく、どうたしなめるべきか、女王の御前でたしなめて良いものかと頭を悩ませていた。
クレシェンタもまた何とも言えない様子で、アーネに向かって口を開く。
「……アーネ様、ちょっとクッキーを作ってきてくださるかしら?」
「クッキーでございますか?」
机の上には既にベリーの作ったクッキーが用意されていた。
この上クッキーとはいかなる理由かと首を傾げ。
「ちょっとさっぱりとしたものが食べたい気分ですの。干した果実を加えたものが良いですわ」
「はい。そういうことでしたらすぐにっ」
アーネは妙にきりりとした様子で部屋を出て行き、クレシェンタは目頭を押さえる。
果実を混ぜたものならば多少手間取るはずだった。これでしばらくは帰ってこない。
アーネがやる気に満ち溢れた様子で出て行ったのを見て、アルゴーシュが慌てたように立ち上がり、頭を下げる。
「も、申し訳ありません。行き届かない娘で……」
「いいえ、ふふ、気になさらないでくださいまし。お父様がいらっしゃったんですもの、いつもより張り切ってしまうのも無理はないですわ。そういう一生懸命なところも含めて、わたくしはアーネ様を結構気に入ってますのよ」
「そう言って頂けると助かります……」
アルゴーシュは気が気ではなかったが、クレシェンタは彼を安心させるべく言葉を紡ぐ。
タイミングが悪く、気が利かない、あるいは気を使いすぎ――アーネは七色の欠点を持つ不器用すぎる女である。
不愉快に思うことはもはや日常的、既に慣れていた。
とはいえ身の回りのことを『ある程度』任せられるという点では有用であったし、代用となる無難な使用人であるエルヴェナはクリシェの用事で使われている。
女王に対し敬意の欠片もない悪辣邪悪な使用人はクリシュタンドの仕事がメインであるため普段は使えないこともあり、消去法で我慢するほか無かった。
頭の回らないお馬鹿な点はむしろ、安心出来ると考えれば悪くはなく、気に入っているという表現は正しくなかったが体面的にはそれで良い。
「リラ様もそんなに気を使わないでくださいまし。過剰なくらいにもてなすのが王国では本来歓迎の作法ですの。クレィシャラナの文化とは異なり、少し戸惑われるかも知れませんけれど」
「は、はい……ありがとうございます」
「ふふ、そんなに飲んでしまってはお腹がたぷたぷじゃないかしら」
くすくすとクレシェンタは少女のように笑い、リラは頬を赤らめた。
王国の女王と聞いて、礼儀を損ねないようにしなければ――そう考えていたリラであったが、彼女は想像とは違い随分と気さくであった。
緊張するリラへの気遣いもあるのだろう。
子供と言える年齢にも関わらずこちらを気遣い、気品と風格ある女王の姿。
見習うべきは多いと感じながらも頭を下げる。
「まぁ話の続きを。ギーテルンス侯爵の視察が無事に終えれば、今後は簡単な交易から始めましょう。作物に関してはこちらにも協力できるところがあると思いますの。嗜好品はともかく、実りは多いに越したことはなく。気候的には南方由来のものが丁度土地に合うんじゃないかしら」
話していてもその聡明さがよく分かる。
赤に煌めく金の髪――そこに包まれた小さな頭ではどれほどの情報が処理されているのか。
「ありがたい話……なのですが、しかしこちらから出せるものに大したものは――」
「そちらにある魔水晶との交換で構いませんわ。良い鉱山のあるアーナとの取引ではそれほど価値がないのでしょうけれど、質の良い魔水晶は王国だとそこそこの値段がつきますの」
クレシェンタは困ったように告げる。
「もちろん王国にも鉱山はあるのですけれど……品質の良いものとなれば今ではあまり採れなくなってしまっていて」
そして部屋にある常魔灯を指で示した。
「この程度であればそれでも十分――わたくしみたいな人間はあまり気にしないものなのですけれど、こういうものの品質には結構こだわる人が多いですもの。こちらは種を、そちらは質の良い魔水晶を。まず最初の掛かりとしては本当に簡単な、商人同士のやりとりのような交易程度、その辺りが丁度良いのではないかと考えてますの」
「はい。ただ交易に関しては私の一存では決められませんので、返答については改めて、という形でもよろしいでしょうか? もちろん、前向きに取り組むつもりではあるのですが……」
「もちろんですわ。クレィシャラナの事情は了解してますもの」
クレシェンタは美しい微笑を浮かべ、頷く。
「特に、王国以上にそちらへ根深い問題。この交易に関してはまず、こちらからということでも構いません。場合によればこれより先に、こちらから農業に詳しい人間を派遣して、という形も考えてますわ。そのようにお伝えになってくださいまし」
「何から何まで、お気遣いありがとうございます」
「いいえ、将来のことを思えば些細な投資ですもの。それくらいのことで両国の関係が明るくなっていくのならばいくらでも」
理知的な紫の瞳を柔和に細め、テーブルを示し、部屋を示した。
それからリラへとまっすぐ目を向ける。
「両国の人間がこうして会話をすることが、何よりもまず大事なことだとわたくしは思いますの。交易というのは単なる交流の建前。これはあくまでお互いを身近な存在として感じるための理由付けでしかなく、そして本当に価値があるのは商品ではなくそちら」
お許しになってくださいまし、とクレシェンタは悪戯っぽい笑みを見せた。
「こうした本音を隠した建前や虚飾をクレィシャラナの方々は好んでいないと知っているのですけれど」
「いえ、ふふ……そういう気遣いを飾りなどとは言いません。きっと女王陛下のそのお気持ちは、他のものにも届くでしょう」
リラもまた満面の笑みでそれに応じる。
「わたしは心から、女王陛下の代に生を受け、クレィシャラナの巫女となったことを嬉しく思います。きっとこれがわたしの役目――尽くせるだけの力を尽くし、その架け橋になれればと。こうして再び、両国の間に繋がりが生まれようとしていることを何より嬉しく思います」
立ち上がって頭を下げ、クレシェンタは苦笑する。
どこまでも気品ある笑い声だった。
「顔を上げてくださいまし。ふふ、クレィシャラナの方は率直に過ぎて、こちらが困惑してしまいそう……」
リラが顔を上げると、少し恥ずかしげに小首を傾けたクレシェンタが側にいた。
「あまり気を張りすぎてもいけませんわ。わたくしも王国を統べるものとして、可能な限り協力を……手を取り合って頑張っていきましょう?」
幼い女王は鈴の鳴るような甘い声でそう語り。
その小さな右手をリラに差し出す。
リラはその手を両手で掴み、微笑んだ。
王国の女王がこの幼い少女で良かったと、心の底から思いながら。
その日の夕刻。
午前にそうしてクレシェンタとの話を終えると、誘われていたクリシュタンドの屋敷へ。
クリシェとベリーにクッキーの作り方を教わり、軽いお茶会を済ました後はクリシェに湯浴みはどうかと誘われ、屋敷でそのまま風呂を頂くことになった――のだが。
「ベリーはやっぱりお肌がもちもちで触り心地がいいですね。ずっと洗ってたいです」
「そ……そうですか。ありがとうございます、クリシェ様」
大きな湯船と錬成岩造りの広い浴室。
クリシェはベリーの体に跨がりつつ、互いの体を薄手のタオルで丁寧に磨くように洗いながらリラの方へと振り向いた。
「えへへ、リラも洗ってあげましょうか?」
「え、えと……」
純真無垢を全身に貼り付けたようなクリシェである。
彼女と使用人が行なう『洗いっこ』なるやりとりはなるほど、子供のそれと見れば一切の不埒さを感じないものではあったが、しかし。
美しき少女の肉体は女としての丸みを帯びていたし、使用人の赤毛の女性――ベリーに至ってはその裸体も肉感的、色気有り余る女性美を体現していた。
少女のような童顔でありながら仕草一つも女のそれで、リラの視線にどこか恥じ入るような様子がなんとも言えない。
体中を泡立て密着させて、お互いを洗い合う二人の女性。
覚えるのは『洗いっこ』という言葉の響きからは想像も出来ない不純さである。
それに驚き不純さを感じるリラがおかしいのか――いや、もしかすると王国では、こういう行きすぎたように思えるスキンシップが普通であるのかもしれない。
どうあれ、自身は控えめに見ても田舎者。
自身の尺度で物事を正確に測れるとは思ってもいないし、こちらの高貴な身分の方々というのは供と共に入浴するものであるとは知っていた。
知識から照らし合わせるに、これは妥当なようにも思える。
これまで見たところ、ベリーなる彼女の使用人は実に礼儀正しい淑女であって、一つ一つの所作美しく、まさに彼女が思い描く『姫様の使用人』といった様子の女性である。
そんな彼女が客人の前で、よもや主人と睦み合いの如きものを見せているなどということはあるまい。
――やはりこれは、王国では普通のことなのではあるまいか。
自分の体を洗おうとしつつ目の前の光景に固まっていたリラは、そんなどうしようもない思考の迷路に迷い込む。
ここに訪れてからというもの、彼女らの心配りは何よりもありがたいものであった。
少なからずクレィシャラナの生活について学んでくれていたのだろう。
その上でこちらに合わせて歓迎してくれている。
そのことを考えれば、次はこちらの番――羞恥心などにこだわっている場合ではあるまい。
他国へ招かれた上でこれだけの歓待を受けているのだ。
こちらからも当然歩み寄るべきで、これが王国のスタンダードというのであればそれに従い受け入れるが筋というもの。
ましてや提案してくれたのは聖霊と同じく、これからは同じ敬意を向けるべき相手――クリシェである。
彼女の人柄も知っている。
そこに欠片の悪意があるとも思えず、まさに善意そのものの提案であるのだろう。
断る理由などはどこをどう見ても存在しなかった。
感情的なものを除いては。
「……もしかして、クレィシャラナの人は洗いっこするのは駄目だとか――」
「い、いえっ。そのような決まりはありません。……その、クレィシャラナにはこのような文化がありませんでしたので、少し戸惑いがあっただけで……よ、よろしいのでしょうか?」
浴室は暖かく、しかしそれとは別な理由で顔を赤らめていたリラは意を決したように告げる。
「はいっ、えへへ、ベリーはすっごく洗うの上手ですから癖になっちゃうかもですね」
クリシェはベリーの上から立ち上がると彼女の手を引き、リラの側へ。
ベリーは困ったように視線を左右に揺らしつつも、曖昧に笑みを浮かべた。
「で、では……その、失礼してもよろしいでしょうか? リラ様」
「は、はい……」
「じゃあクリシェ、リラの髪洗ってあげますね」
「……ありがとうございます」
人に体を洗われるなど、母が生きていた頃――子供の時以来。
果たして何年ぶりであるだろうか、ふと考え、目を伏せて。
しゃがみ込んだベリーが視界に入る。
リラの胸はどちらかと言えば大きい部類であるが、彼女のそれはそれに勝るもの。
形良く豊かに実った乳房であった。
意外なほどくびれた腰から肉付きの良い太ももまでのラインは何とも言えない曲線美。
クレィシャラナの女性美の観点からすれば、もう少し肉があってもいいだろうか――しかし、その華奢と豊かさが見事に調和したアンバランスさはやはりある種の完成形。
キレのある美人というには華やかさに欠けるものの、瞳の大きいどこか幼げな顔立ちはしかし、非常に整っている。
仮にクリシェでなくとも、なるほど、この女性のためとならば畏れ多くも聖霊に挑む気になれるものなのかも知れない。
女のリラであっても、どこか庇護欲を掻き立てられそうな女性であった。
つい不躾に彼女を眺めていると、視線が合い、慌ててリラは目を逸らす。
彼女は少し恥ずかしそうに苦笑すると、お気になさらず、と手を取った。
肌を滑るなめらかな感触は絹だろうか。
随分ときめ細やかな繊維のもので、優しすぎる感触は少しこそばゆい。
木綿のタオルでごしごしと洗うのが常であったリラにはなんとも、その心地よさが奇妙に思える。
指の先から間まで、丁寧に宝石でも磨きあげるように。
すっごく洗うのが上手、というクリシェの言葉は本当らしい。
母にわしゃわしゃと洗われていた子供の頃のそれとは一線を画している。
王家の使用人とはそのようなものであるのだろう。
あまりの丁寧さにリラなどでは恐縮してしまいそうだった。
毎日こうして奉仕を受けることなど、自分では精神的に耐えられまい。
無言で体を洗われるという状況。
すぐに耐えかね、リラは意識を逸らすべく口を開いた。
「その……クッキーの作り方、教えてくださって……ありがとうございました。料理は不得手なのですが、あれならば里に帰っても頑張れそうです」
教えてもらったのは二種類の小麦を使ったこだわりクッキーに加え、クレィシャラナでも手に入りやすい、森の木の実などをベースにしたもの。
要点を分かりやすく、失敗例などを交えながらの説明はリラにも理解がしやすいようかみ砕かれていた。
作り方自体もシンプルなもので、それほど技術が必要なようには思えない。
料理が得意でないと知って、特に簡単なものを教えてくれたのだろう。
「ふふ、何よりです。でも木の実のクッキーはわたしもクリシェ様に教わったものですから、お礼ならクリシェ様に――」
「ほとんどベリーですっ。クリシェ、ベリーに教えてもらうまであんなに美味しい木の実のクッキー作れませんでしたし」
被せるようにクリシェが言って、後ろからリラの髪を泡立て始める。
「えへへ、ベリーはクリシェの先生なのです。ベリーは教えるのもすっごく上手ですし、他にも色々なんでも出来ちゃうんですからっ」
リラから顔は見えないながらも、どことなく自慢げで。
ベリーは少し恥ずかしそうに笑い、告げる。
「もう、いけませんよ。何をやってもそうやってすぐお褒めになるんですから。そんな風に舞い上がるようなことばかり言われてしまうと、わたしも段々と付け上がってしまうかも」
「でも、事実ですし。それにいいのではないでしょうか? ……実際ベリーはある意味、クリシェのご主人さ――むぐっ」
何やら微笑ましい会話であったが、ふと不穏な言葉が聞こえ、
「っ……!?」
その瞬間、リラの視界を覆い揺れるは豊かな双球――乳房である。
「わたしはクリシェ様の使用人。クリシェ様の言わんとするところはわかりますが、そうですね、えと、ややこしく誤解を招きかねないので、そういうことは言っては駄目です。……よろしいですか?」
「えと……はい……?」
大きい。
実に大きい。
視界を乳房に奪われ、リラに起きたのは唐突な混乱であった。
頭上で話されるベリーの言い訳めいた言葉も目の前のインパクトで右から左へと流れていく。
「そのお話は改めて、お客様が帰った後に……あ」
そこでようやく自分の体勢に気付いたか。
慌てたようにベリーはしゃがみ、顔を真っ赤にしながら乳房を押さえた。
形のいい乳房がひしゃげる様子。
むしろそうして隠す姿の方が色っぽく見え、見ているリラもまた赤面する。
「も、申し訳ありません……つい不作法を」
「い、いえ……」
そうして恥ずかしがる様子はまるで少女のようで、落ち着きある使用人の姿とはまた別物。
クリシェも以前見たときの物静かな様子とは随分違って明るく見え、子供のようで。
ふと笑いが零れて肩を揺らした。
「本当に仲がいいんですね。ふふ、本当に、快復されて良かったと心から思います。……ベリー様のことはクリシェ様から少しは聞いていたのですが」
リラは言って、ベリーを見つめた。
「クリシェ様がベリー様を大切に思っておられる理由がよく分かります」
「な、何やらお恥ずかしいところをお見せして、わたしとしては恐縮なのですが……」
「いえ、いえ。むしろ見ていて、気持ちが安らぎました。……やはり王国の方も、わたしたちと変わらない、普通の人達なのだなぁ、と」
王国に使者として出向くことになった時には、やはり多少の緊張もあった。
クレィシャラナに伝わる王国の人間は、悪意に満ちた邪悪な人々であるかのように語られていたからだ。
皇国からの使者が語る平地の話を聞けば、流石にそんなことはあるまいなどと思ってはいたが、実際がどうであるかなど分からない。
厳しい環境ながらも長く平穏に満ちた生活を送ってきたクレィシャラナ。
そこに育った身としては、戦争を繰り返す王国に対してはやはり、少し野蛮な印象がないではなかった。
「クレィシャラナで語られる王国の印象はあまり良いものではありませんでしたから。やはり、聞くより触れよ。物事は自らが感じて見なければわからないものです」
「良い言葉ですね。でもこちらも同じく……恐れながら、クレィシャラナの方々はもう少し気難しい方ばかりかと思っていたところがありますので、お互い様かも知れません。……遠くにあれば、当たり前のことすらも見失ってしまうものですから」
困り顔でベリーは言ってリラの左手を取り、泡立てたタオルを滑らせた。
「些細な、当然のことですら見えなくなって、不安だけが募って。人の心など曖昧で弱いものです。クレィシャラナと王国の間にある年月の隔たりは大きいもの、それ故の勘違いや思い込みがきっと多くあるのでしょうが……」
そして優しげな、美しい微笑を浮かべる。
「目指すもの、求めるものはそう変わることなく。単なる一使用人の身ではありますが、両国が笑顔で同じ方向を向ける日を楽しみにしております」
「はい、……ありがとうございます」
「クレシェンタ様はそのおつもりで、クレィシャラナにもリラ様のような方が――ふふ、その日は思った以上に近いのかも知れませんね」
「……わたしは微力ながらも」
リラも微笑み、女王の顔を思い浮かべた。
「でも女王陛下は、道理を知る聡明な方のように見えます。きっと、そんな女王陛下のお力添えがあれば叶う未来でしょう。わたしは助けられてばかり。まだまだあの方を見習わなくては」
「……クレシェンタを見習うんですか?」
「はい。女王陛下を見ていると、わたしは今まで何をやってきたのかと恥ずかしくなってしまいます。こうしてクレィシャラナの代表として来ているにも関わらず」
「んー……」
年齢からは想像できない知識と知性。
その落ち着き方や立ち居振る舞い、全てにおいて格が上だろう。
女王クレシェンタもまた、クリシェと同じく凡人とは比べものにならぬ存在であった。
しかし、クリシェからすればやはり妹である。
彼女の能力の高さを考えれば、評価が辛くなってしまうのも必然だろうか。
「わたしなどからすれば、そのような方ですよ。クレシェンタ女王陛下の治世に、こうして友誼を結ぶ切っ掛けを得られたというのは本当に幸運なことでしょう。きっといずれ、あの方は歴史に名を残す名君となるのだろうと、非才の身であるわたしにも――?」
リラがそう告げようとした時であった。
荒々しい足音が脱衣所の向こうで響き、お待ちを女王陛下、などというエルヴェナの声。
しかし足音の主はバサバサと、まるで服を脱ぎ捨てるかのような音を脱衣所に響かせ、
「ずるいですわアルガン様! わたくしを差し置いて先におねえさまと湯浴みを済ませようだなんて!」
ばーん、と浴室の扉を開け放つ音が続いた。
「前々から思ってましたけれどっ! あなたは職権乱用も甚だしいのですわ! 使用人という立場を悪用して、そうやってわたくしからおねえさまを――」
湯煙の中を仁王立ち。
靄が晴れれば、そこに映るのは裸体の美少女。
赤に煌めく金の髪を揺らし、起伏のない体。
現れた人物はリラの尊敬するアルベラン王国女王――クレシェンタ=ファーナ=ヴェラ=アルベランであった。
「……クレシェンタ、お行儀が悪いですよ。お客様のリラが来てるのに」
「…………」
リラは呆然とそれを眺め、ベリーは顔を押さえ、クリシェは眉間に皺を寄せて彼女を睨む。
女王はしばらくそのまま硬直し、そしてぴしゃりと扉を閉めた。
一瞬の静寂が場に満ち、少しの後。
再び扉が静かに開いた。
「あら、リラ様、ようこそいらっしゃいました。ゆっくりとおくつろぎになって」
体をタオルで隠し、何食わぬ顔で現れた彼女はまさに、偶然浴室に現れた女王。
先ほどのことなどまるでなかったかのように再演する彼女の姿はまさに、堂々たる王族――過ちなど何一つ無い完璧な存在であった。
「は、はい……そ、その、ありがとうございます……」
「……クレシェンタ、前にも言いましたけれどそうやって乱暴に扉を――むぐっ」
「ま、まぁまぁ、クリシェ様……」
再び眼前を覆うように揺れた乳房を眺めつつ。
その日、リラは王国という虚飾で塗れた国の本質を知ったような気になれた。