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異文化交流

薄く積もった雪の上。

数百の兵士達が見守る中、中央で戦うのは二人の男。


六尺を超えて筋肉質。

軍服姿――大柄な男が操る槍はその見掛けからすれば意外なほどの繊細さであった。

僅かな挙動で相手の槍をいなし、躱し、常人からすれば必殺であろう一撃を自然に放ち。

時には隙をあえて生みだし、攻撃を誘っての返しの刃。


重いアルガナの木で作られた、八尺の白兵槍。

風切り音はまるで棍棒を振るうようで、その突きは矢のように大気に風穴を空け――荒々しく振るえば槍の柄すらも凶器に変わった。

その上で背後には確かな理論の組み立てがあり、それら全てを含め計算され尽くした術理の内にある。


しかし、それに対する長身美麗な男も彼に劣らぬ技量の持ち主。

同じく八尺の槍を自在に操り、その動きは流麗夢幻。

水が岩間を伝うように、風が木々の隙間を駆け抜けるように。

操る槍は無駄を削ぎ落とし受けを躱して相手の構えをすり抜ける。

瞬きの間に放たれる、本来であれば必殺であろう槍を躱し続け、その上で反撃を返すゆとりすらがあった。


風も吹かない今日の日に、その場だけは嵐の如く。

粉雪が舞い上がっては両者の槍、その軌道を白銀がなぞっていく。


王国一の戦士、コルキス=アーグランド。

クレィシャラナ一の戦士、ヴィンスリール=シャラナ。

双方共に、超人的技量を惜しみなく振るいながら半刻余り。


槍の穂先から戦意を失わせたのは大柄な男――コルキスの側であった。


「いやはや、所詮は戦場を知らぬ槍と、俺にも無意識に侮るところがあったようだ。この様子では手合わせでの決着などつきそうもないな。お互いに疲れ果てるまで槍を振るうことになりかねん」

「そのようだ。……手合わせとは言え勝負は勝負。勝つ気ではいたが……あなたの守りを崩すにはどうにも、今以上に鍛練が必要なようだ」


ヴィンスリールもまた構えを解き、槍を担いで呆れたように言った。


クリシェのような規格外であればまだしも、それ以外の相手であれば余裕を持って勝利出来るはず。

だがそんな考えもまた驕りであったのだろう。


コルキス=アーグランドの槍は父、族長アルキーレンスの槍を思わせる老練さすらを備え、そうでありながら迸るような荒々しさを併せ持っている。

ヴィンスリールは手合わせの範疇で全力を出していたが、しかし、そんなコルキスを追い詰められたという自信はない。


「侮りと言ったが、それはこちらの言葉だコルキス殿。……豊かさに慣れた平地の人間――クリシェ様だけが特別な存在であると思い込んでいたが、王国にあなたのような武人がいるとは」


ヴィンスリールはコルキスを名で呼んだ。

クレィシャラナにおいて、敬意に値する戦士に対しては家名ではなくそう呼ぶことが礼儀となる。


「あなたがクレィシャラナに生まれていたならば、戦士長の地位にあっても不思議ではないだろう。世界の広さというものがわかるというものだ」

「そう真っ向から褒められると、流石に俺も照れるものがあるな」


コルキスは頭を掻いて苦笑する。


「くく、しかし、こうして互いを褒め合うというのは何やら気持ちが悪いものがある。この辺りでやめにしよう」

「確かに。言葉以上のものが既に伝わっている」


ヴィンスリールは端正な顔に男らしい笑みを浮かべ、彼に近づく。

コルキスもまた大股で彼に近づき右手を差し出す。


「コルキス殿、あなたの力量は十分に。クリシェ様の下で共に轡を並べ戦う友としてはこれ以上のものはない」

「同じことを思っているとも。貴公のような武人と出会えたことは何より喜ばしい、ヴィンスリール殿。これからは共に槍の腕を磨きながら、長く付き合っていきたいところだ」


そして二人の手が組み合い、周囲には歓声が響き渡った。


王国中枢――王宮貴族には受けの悪いクレィシャラナの戦士であったが、武と名誉を尊ぶ軍においてはそうではない。

古くから、戦士としての強さは階級、身分を超えて尊敬の対象となるもの。

それが一騎当千に値する武人ともなれば、彼等が蛮族であるなどと愚弄するものはそういない。


クリシェを除けば王国一の戦士と言えるコルキスと対等に渡り合った武人。

ヴィンスリールは少なくとも、多くの兵士にとって敬意を向けるべき相手であった。


コルキスは彼の肩に手を掛け、周囲の全てに見せつけるように吠えた。


「クレィシャラナが一の戦士、ヴィンスリール=シャラナの実力は見ての通り――この俺、コルキス=アーグランドの力量に等しい! この男とその配下を愚弄することは、こうして槍を交え戦った俺をすら愚弄することと心得よ!」


そして例の如く、特等席で紅茶を飲みながら観戦していたクリシェ――ではなく、クリシェとリラ、その間に座るセレネへと目をやる。

セレネが頷くのを見て、コルキスはヴィンスリールをそちらの席に誘いながら兵士達に告げる。


「ここからは交流会、腕に覚えのあるものは好きに前に出ろ。俺の見たところ、このヴィンスリール殿を除いてもクレィシャラナの戦士は皆腕が良い。侮れば恥を掻くぞ、心して競うがいい」


その声に腕に覚えがある王国戦士が前に出る。

コルキスの第二軍団に所属する男であった。

そしてクレィシャラナの戦士からも一人が前に――そんな光景を眺めながら用意された椅子に座り、注がれたワインを手に取ってヴィンスリールと酒杯を交わす。


「おかげさまで良い勝負が見られたわ、ヴィンスリール殿」

「ありがとうございます、クリシュタンド元帥閣下」

「例外を除けばコルキスはこの広い王国でも一番に数えていい戦士だもの。戦士の国とは言え、あの山の中にそれと対等に渡り合える人がいるだなんて」


セレネは呆れたように言って、両手を広げた。


人口で言えば千分の一を下回るであろう。

クレィシャラナがいかに戦士の国であるとは言え、その戦士長が王国の頂点に近いコルキスに並ぶほどの力量というのは驚きがあった。

コルキスが彼に華を持たせるために手を抜いたというわけでもない。

事実として、コルキスに極めて近い領域にヴィンスリールは立っているのだ。


ヴィンスリールは笑うと、首を左右に振った。


「所詮は手合わせ。本気の決闘となれば話が違ったでしょう」


彼はコルキスの背後――そこに立つ彼の副官が手に持った、総身鋼の大戦槍へと目をやった。

コルキスは身軽な軍服姿であり、槍も兵士が使うそれと同じ白兵槍。

手合わせということで、彼は万全の状態でもない。


「全身に鎧を着込みその槍を振るわれては、どう考えても負けはこちら。先ほどの手合わせで勝利して、それでようやく勝ちが見えるという程度――真正面での戦いとなれば互角ではなくこちらの負けですね。私もまだまだ精進せねばなりません」

「本気の戦いというならば、そちらはグリフィンに跨がることを前提とした軽装だろう。そもそもこれは、最初から徒歩で戦うことを前提としている俺に優位な条件なのだ。本気でやり合えばやはり勝敗はわからん」


全身に鎧を纏っての戦いであればコルキスが勝つだろう。

鎧を盾に強引に踏み込み、それで強引に勝負を決められる。

馬は単なる足代わり。

王国において魔力保有者は徒歩戦闘が主体であり、それを前提とした重武装、それに合わせた武技を身につけている。

例えばこれがコルキスではなく、ノーザンやギルダンスタインであっても勝敗は変わるまいが、しかしクレィシャラナの戦士はグリフィンに騎乗し戦闘することを主眼に置く。


それ故の軽装。

そもそも戦う手段と目的が違うのだから、単純な戦いなどでは比べようもない。


「グリフィンを盾に、その隙を狙って俺を刺せるかどうか。本気でやり合うならば勝負の分かれ目はそこになるだろうな」

「それでは二対一だ、コルキス殿。その上で勝負がわからぬとなっては、やはりこちらの負けであろうさ」


ヴィンスリールは楽しげに言った。

生粋の戦士と言える二人であるからか。

先日の食事会で打ち解けて、二人は様々なものを取り払った友人のような関係になっている。


リラは嬉しそうにその様子を眺め、机に置かれたクッキーを美味しそうに口にした。

ここに来てから美食の数々。

里へ帰った時に果たして自分は耐えられるだろうかと怖くなりながらも、それらはあまりに強い誘惑であった。


「美味しいですか? リラ」

「はい、とても。贅沢は慎むべきなのですが、どうにも……恥ずかしながら手が止まらず」

「えへへ、そうですか。良かったら今度、リラにも作り方を教えてあげますよ。クッキーは結構簡単ですし、多分向こうでも作れるんじゃないでしょうか」

「本当ですかっ?」

「はい。本当です」


リラは嬉しそうに頷き、ありがとうございますと頭を下げた。

クリシェも満足そうに微笑み、ヴィンスリールに目をやる。


「ヴィンスリール、いいですか?」

「ええ、もちろんです。リラ、あまりはしゃぐなよ」

「わ、わかってます……」


中央ではクレィシャラナからも一人の男が出て、二人の男が戦い始めた。

歓声が響き、どちらを応援するものか。

声援が響いては場を満たす。

クッキー作りについて考えていたクリシェは、再びそちらへ意識を向けた。


クリシェが料理を楽しむように、彼等は殺し合いの技術、その応酬を楽しむ。

不健全に見えて、真っ当ではないように思え――それが何やら不思議であった。

他人を傷つけるのが楽しいのか。

自分が優秀であることを示すのが楽しいのか。

後者であれば理解が出来なくもないが、しかし今となってはやはり、それも健全ではないように思える。


「それにしても、なんでみんなこういうのが好きなのでしょうか?」

「こういうの、とは?」

「戦うことです」


不思議そうに尋ねたヴィンスリールにクリシェは答える。

どこか無機質な瞳で、腕を競い合う男達を眺めながら。


「社会を守るため、命を賭けて剣を取ることが称賛される理由はわかります。仕事としての能力、その優劣を競っているという意味では理解できます。でも多分、それだけじゃなくて……多分みんな、根本的に楽しいと思っているのですね」


クリシェの周りにも多いのですが、とカルアを思い出して続けた。

人を傷つけるのは基本的に悪いこと。

けれどその技術を高めることはむしろ称賛される。

外敵から身を守るため――ガーレンの言うような理屈は理解できなくもない。

ただ、彼等にとってそれが全てではないだろう。


「クリシェがお料理を楽しむみたいに。殺し合うのが楽しいと、みんなどこかで思っているのではないでしょうか」


グランメルドもそうであったし、そういう人間は多く見て来た。

人を痛めつけるのが楽しいのか、それとも別な理由か。

クリシェにはよくわからない楽しみが彼等にあるのだ。


「特にクレィシャラナの人達は皆、一生戦う訓練をして生きるのでしょう? そうやって生きるのは何が楽しいのか、クリシェにはちょっと疑問なのですが……」

「……クリシェ様も、唐突に難しいことを仰る」


ヴィンスリールは苦笑し、隣のコルキスやセレネは呆れた顔でクリシェを見た。

あなたたちは生きてて何が楽しいのか――場合によればあまりに失礼極まりない質問である。


「しかしまぁ事実、これは楽しいものなのでしょう」


けれど不快に思った様子もなく。

少し考え込むと、あっさりヴィンスリールは答えた。


「でなければ、世界は既に争いなく、平和なものになっているのではないでしょうか。人は他者と自分を比べて、優位に立つことを望む生き物です。……羨み、嫉妬し、見下すことに快楽を覚えるもの。私とてそれらの感情とは無縁でいられません」

「そうなのですか?」

「ええ。単に感じないよう、気にしないよう務めているだけ。自分が優れた存在でありたいという感覚は本能であると思います。でなければ、私もこうして戦士長にはなっていないでしょう」


自らの腰に提げた曲剣を軽く叩いて示した。


「優れ秀でるを示すこと……そういう意味で強さというものはあまりに明確なもの。単純で誰の目にも分かりやすい。これを楽しむものが多いのはそれが理由と言えるのではないでしょうか」

「……その理屈はクリシェにも理解が出来なくはないです。でも、クリシェとしてはあんまり、こう……結局人を殺すための技術ですし、あまり良い楽しみ方とは思えないような気がして、それで、どうなのかって、ちょっと」


無闇に人を傷つけるなかれ。

そんなのは、子供の頃には誰もが教わる決まりであった。


軍人にとって強いことは存在意義の一つとして不可欠なもの。

軍人として訓練のため、というのであれば理解もできるが、こうした戦い自体を催し事の一つとして楽しめてしまうというのが、クリシェにはよくわからない。


「こういう風に見世物として楽しむこと自体があんまり平和的ではなくて、暴力的な気がしますし……なんとも言いがたいのですが」


クリシェは腕を組んで考え込み、首を傾け。

ヴィンスリールは苦笑する。


「強さは一つの明確な指標です。その明確さ故に、強きことは増長を生み、驕りを生み、結果として平穏を乱し――仰るとおり、危ういものにもなり得る。だからこそクレィシャラナの掟の多くはそれを戒めるもの」


そして中央で戦う二人に目をやった。


「他者より多くを求めるのは獣の本性。我々は知恵こそあれ、獣と変わらぬ不完全な生き物です。だからこそ、それを律する倫理と法、理性が備わって、初めて完成されるのだと聞きました」

「……完成」

「競い、多くを欲しがるのは逆らえぬ人の本性です。禁欲だけでは限界があると知るがゆえ、たまにはこうして発散させて慰める。殺し合いの技術もこのようにルールを決めた腕比べとなれば実にのどかなものだ。……クリシェ様の言う料理やその他と変わらぬ娯楽となり、和となり、そしてそれで満たされるならば、何一つ問題はない」


酒杯を傾け、その美酒を舌の上で転がした。

酒も美味く、心地良く。

より多くをと求める気持ちは確かにあった。

律する心がなければ、より多くをと求めて際限なく得ようとするだろう。

何事も自らの器を超えて求めれば、それはいつしか身を崩す切っ掛けとなる。


「本性は本性、それ自体はあって当然、考えても仕方の無いことです。重要なのはそれを律することと、足るを知り、あるがままを楽しむ心のゆとりを持つこと。……我々クレィシャラナの人間が目指すものは、聖霊ヤゲルナウス様なのですよ」

「リーガレイブさん?」


ヴィンスリールは頷き、酒杯に酒を注いで見せた。


「欲望が注がれる酒とするならば、理性は器。分を超えて求めれば溢れて必然……収拾がつかなくなるでしょう。しかしこうして器の内に収めるならば問題なく。零した酒は飲めはしないが、それが酒杯にある限り、この酒は自分のもの」


中程まで注がれた酒を揺らして、再び口づけ。

美酒を味わいながら微笑む。


「我々が日々鍛練するのはこの器を広げるためと言えましょう。……千年を超えて、ヤゲルナウス様はあの山で静かに過ごされています。物事の移り変わりをただ眺め、干渉せず、多くを求めず――ヤゲルナウス様が持つのはある意味、湖の如き器と言える」


特に苦手とする例え話である。

クリシェは眉を顰め、難しい顔でそれを聞き、ヴィンスリールはそんな彼女に苦笑しながらも続けた。


「全てを手にする力を持ちながら、ささやかな日々に足るを知り。かつてクレィシャラナの先人達はそんなヤゲルナウス様の強さにこそ、その秘訣があるのだと考えました。……心身を鍛え上げればいつかはそのような器を持つに至れると、そう思って私も日々鍛練を」


未だ遠く険しい道ですが、とヴィンスリールは飲み干した酒杯を置く。

なおも難しそうに考え込みつつ、クリシェは呟く。


「わかるような、わからないような……何やら非常に難し――ぅにっ」

「はぁ……あなたは賢いはずなのに、どうしてそんなにお馬鹿なのかしら」


セレネは隣からクリシェの頬を引っ張り、嘆息する。

むにむにとその頬を歪めながら、ほんの少し考え込み、告げる。


「ベリーに甘えるのが好きだからって、一日中甘えてばかりじゃ単なるお馬鹿な甘えん坊。きちんとやるべきことをやった後に甘えるクリシェが、我慢出来る良い子のクリシェ。そしたらわたしもあなたに小言を言わなくていいし、お屋敷は毎日平和で世は事もなし。理屈はおわかり?」

「なるほど……」

「なるほど、じゃないわよ。あなたもクレィシャラナの人達をもう少し見習うべきじゃないかしら。最近特に目に余るんだから」

「うぅ……」


むにーっとその柔らかい頬をつまみながら、セレネは眉を吊り上げる。

竜にすら恐れぬ少女に対し、平然と叱りつける王国元帥。

ヴィンスリール達は半ば唖然と二人を見た。


「ちゃんと我慢できたら、甘える時も一日中甘えるよりずっと幸せな気分になれて、わたしにも怒られない。ほら、どっちがいいの?」

「お、怒られない方がいいです……」

「そうよね、わたしだって怒りたくないわ」


優美な金の髪を揺らし、微笑み。

クリシェの頭を優しく撫でて、ヴィンスリールを見る。


「素敵な考えね。クレィシャラナの考え方はわたしも見習いたいところがあるわ」


客人の前で行なうにはどうにも過剰な戯れであったが、特に気にした風もなく。

ベリーの影に隠れてはいるが、彼女もクリシェとの距離感に対しては完全に麻痺していた。


「そ……そう言われるのは私としても、少し安心できるところがありますね」


ヴィンスリールは王国元帥のそんな姿に若干困惑しながらも答える。


「平地の人間からすれば、我々の文化は奇異に映るものではありましょうから」

「……そうかしら?」

「鍛練は過酷。娯楽もなく。しかし厳しい生活であればこそ、ささやかな喜びで満足が出来、それで十分とさえ思えれば確かに、そういう生活も悪くはないものです」


考え込むようにして、背後の王都を見ながら告げる。


「……ですがやはりその暮らしには合わず、外の世界に憧れ、平地に出て行く人間も少なくはないもの。こうして王国を目にすればやはり、自分達の教えが絶対のものかと聞かれて迷うところはあります」


日々を鍛練に捧げる日々。

昔には辛いと思える時期もあって、里から出て行く者達の気持ちも理解は出来る。

初めてクレィシャラナに訪れるものは誰もが、クレィシャラナという世界を見ては奇異の目を向けた。

外からすればそのような世界であるのだろう。


「今は去る者追わず……しかし過去には外に出ようとするものを厳しく罰した時代もありました。望まぬものを押しつけることが良いことかどうか、何が正しきかはわからぬものです」

「まぁ、修行者の生き方だものね。立派なものではあるけれど、全員が全員、そんな風に強くはないというのも事実……」


セレネはまたふにふにと、無意識にクリシェの頬を弄びつつ続けた。


「国交が開かれて、行き来が増えるなら……ちょっと怖いところがあるかしら?」

「怖がるものもあるでしょう。とはいえ我らが目指すべき方を考えれば、それは受け入れるべきもの。……そして変化を受け入れきれず、全てが失われるということもありはしないと思ってもいます。今のような形ではなくとも」


ヴィンスリールは苦笑し、腰の曲剣を示した。


「少なくとも私は今の生活に満足し、それを受け入れていますから。次の世代がどうであれ、これが正しいものであるならば先は細くとも根付き、残っていくもの。私はそれで良いと思っています。そしてそれが、聖霊を見習う在り方と言えましょう」


そしてクリシェに目をやる。


「少し話が逸れましたね。……クリシェ様の疑問に対し、明瞭なものではありますまいが、私個人としての考えはこのようなものでしょうか」

「……ありがとうございます。クリシェも何が聞きたかったのか、ちょっと曖昧なので申し訳ないのですが……」


考え込んで、また首を捻り。


「クリシェは単に、世の中殺しあいを楽しむ人ばかりだから永遠に平和なんてこないものなのかなって、ちょっと思って……それでさっきみたいな質問を」


ヴィンスリールの言葉は、ベリーやガーレンが言ったところとよく似ていた。

正しいかどうかはともかく、そのやり方が正しいと感じ、だからそのために努力する。

考えや方法論は違えど、目的はやはり近しいもので。

そう思えば確かにこのような催しも野蛮とは言い切れず、何とも言えない。


「けれどそれを結論とするのはやっぱりなんだか極端なような気がしますし、何やら難しいです」


困ったように告げると、クリシェは微笑んだ。


「……でも確かに、みんながみんなリーガレイブさんみたいに変態なら、えへへ。世界は平和になるかもです。一つの解決策のような気が」

「……その仰りようはなんとも言いがたいものがありますが、少なくとも理想の世界と呼べるものではあるでしょう」


ヴィンスリールは笑い、クリシェは頷く。


「まぁとりあえず、今すぐ答えが出たりはしなさそうです。それはその内に考えることにしましょうか」


いつかは戦争もなくなれば良いと思う。

毎日が平和で――けれどきっと、それはそう簡単なことではないのだろう。

自分一人のことだって満足に出来ないのが現状なのだ。

世界を変えるというのはずっとずっと難しいことに違いない。

少なくとも、ゆとりを持ってからでなければ考えても無意味だろう。


「まずは外の敵をなんとかしないとですね。ヴィンスリール、後でクリシェの私兵――黒旗特務のところに顔見せを行ないたいのですが」

「はい、仰せのままに」

「グリフィンは空を飛べるので便利ですし、黒旗特務と一緒に運用しようかなって。セレネ、いいですよね?」

「好きになさい。三十騎だもの、わたしじゃ護衛や伝令に飛んでもらうくらいしか思いつかないし」


セレネは軽く伸びをして、彼女の頬を指で引っ張る。

手練れとは言え三十人、戦場全体からすれば所詮は微々たるものだ。

やれることは限られる。

ただ、クリシェが手にするならばいくらでも使いようはあるだろう。

彼女は王国最強の戦士であり、不足のない手足を持っていた。


「はい。クリシェ、もっといいことを思いつきましたから」

「いいこと?」


首を傾げたセレネに、クリシェは頷き。


「三十騎もあれば十分でしょう。上手く行けば倍の戦力が相手でも、ほとんど被害無く勝てるかも知れません」


美しい微笑を見せた。

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  2024年11月20日、第二巻発売決定! 
表紙絵
― 新着の感想 ―
その優秀な戦士がクリシェにどう呼ばれているかを知った時、クレィシャラナの皆さんはどんな顔をするんだろう? 周囲の人が、少しずつ少しずつクリシェを補完していくような感じがしてきた。 昔、読んだTRPG…
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