狂った無垢
新女王のお披露目を兼ねた会談は間もなくとなっていた。
返信のなかったエルスレン神聖帝国も最終的には周辺国との歩調を合わせるためか参加を表明し、王都は少し慌ただしい。
ガルシャーンからは副議長オールガンが、アーナ皇国からはザーナリベア大神官がすでに王都入りしており、エルデラント王国からは宰相クロルス、エルスレン神聖帝国からも大司教エルベバートが近くまで訪れていた。
各国第二位、もしくは三位の地位にある人間が訪れているのに対して、エルスレンのみいくらか格を落とした大司教。
これは神聖帝国が王国より上位にあるという意思表示であった。
アルベラン王国を統べる女王のお披露目である。
本来であれば帝国西部地域の司教を束ねる大司教ではなく、大司教を束ねる総大司教、あるいは枢機卿を送るのが筋であったが、そうしないのは示威を目的としているためだろう。
帝国からすれば王国など西部辺境の小さな国、一領主の就任と変わりないとそう言っているようなものだ。
王国貴族にはそれに不満を覚えるものもあったが、特に女王クレシェンタは気にしない。
会談が行なわれることのみがクレシェンタにとっては重要なことであった。
王国財政を立て直し、軍備の再編を図る。
そのための時間稼ぎが目的であり、他国が王国に対してどのような態度を取るかというのは大した問題ではない。
彼等がこのお披露目に顔を出すという選択をした時点で、更に半年の時間は稼げる。
慣例的なもので、このように新王就任というめでたい行事を祝福しておきながら、即座にその国へ軍を向けるなどという不作法は基本的に行なわれない。
聖霊協約で明文化されているわけではないが、外交上のマナーのようなものだ。
少なくともこれで次の秋――収穫期までは侵攻を受けずに済むという安心を得られた事となる。
特に王国にとって重要な南部と南東部にある穀倉地帯から、来期は安定した収穫が行えるというのは非常に大きい。
「遠路はるばる、ようこそザーナリベア様。歓迎しますわ」
「ええ、女王陛下。まずはそのご戴冠に心からの祝福を」
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
赤に煌めく金の髪を揺らし。
クレシェンタは女王の顔で微笑んだ。
会談を前に一度挨拶をしておくのは当然のことで、こうした些細な根回しが後々に効果を発揮する。
会談会議、どのような話し合いも結局は単なる茶番劇のようなもの。
事前の話し合いで九割のことが決まっている。
「……そちらのお方は、もしや?」
「お察しの通り、クリシェ=アルベリネア=クリシュタンド、わたくしの姉君ですわ」
行儀良くクレシェンタの後ろで立っていたクリシェは、いつもより少し上品な白いワンピースドレスを身につけ、作法通りの優雅な一礼をした。
ザーナリベアを紫色の瞳で眺め、興味なさそうに隣のベリーへと目をやる。
ベリーは静かに耳打ちし、クリシェは指示されるままクレシェンタの隣へ失礼しますと腰掛けた。
行儀良くすればどこまでも行儀良く。
静謐な美貌はまさに人形姫といった様子で、明るく可憐なクレシェンタとはいかにも対極であった。
しかしその妖精のような姿と纏う雰囲気はどこまでもクレシェンタと重なって見え、二人が姉妹であると言われればすぐに納得が出来る。
無双の戦士であり将軍であるという噂とは乖離がはなはだしかったものの、クレシェンタの容姿に見合わぬ知性と胆力を知るザーナリベアに彼女を侮る気持ちはない。
「これはこれは、初めまして。ザーナリベアと申します、アルベリネア。こうしてアルベラン救国の武人にお目見え出来たこと、嬉しく思います」
公爵や辺境伯などという爵位を持たず、固有の名誉爵位を持つ相手には尊称としてそれを用いるのが一般的には好ましい。
礼儀通りにザーナリベアが手を伸ばし、クリシェは応じる。
ザーナリベアはその細く小さな手に柔らかさよりも剣を握るもの特有の硬さを感じ、この少女が紛れもなく戦う者であることを理解する。
やはり侮るべきではないと考えつつも、顔には出さない。
「はい、クリシェも光栄……です?」
クリシェは側で紅茶を注ぐベリーの方に少し目をやり、視線を合わせてひっそりと微笑みあう。
以前女王の側についていたことから察してはいたが、随分と信用されている使用人なのだろう。このような場に平然と立ち会う使用人となればよほど良家の生まれなのか、もしくは――
ザーナリベアは顎を撫でた。
表向き側仕えの使用人として過ごしながらも、その相談役として国政を裏で操り支配する存在は歴史上多くあった。
忌み子二人からこれほど信頼を置かれる人物――機会あれば調べておくべきかもしれないと考えながら、クレシェンタに視線を戻す。
「アーナ皇国のおかげで、他の国への牽制にもなり……本当に助かりましたわ。こうして一時の平穏を掴めるのは巫女姫様のご助力あってのこと。お礼を伝えてくださいまし」
「承知致しました。巫女姫様も女王陛下のお言葉をお喜びになることでしょう」
この会談の決定と共に、既に皇国軍は引き揚げている。
内戦終結と同時――増援として現れたアーナ皇国軍の役割は非常に大きく、若干不穏な動きを見せていたらしい南のガルシャーンが侵攻を断念したのはそれが理由だろう。
こうして会談を行えるのもアーナの助力あってこそ、とするその言葉はまさにその通りで、彼等の功績は非常に大きい。
しばらくはおんぶに抱っこ、便利に使わせてもらおうとクレシェンタは考えていた。
「けれど、またすぐに助力を請うことがあるかもしれませんわね。恐らく来年にはこの平穏も崩れるでしょう」
「でしょうな、残念ながら。エルデラントとガルシャーンの間にも五年の休戦が結ばれたとか」
戦争中であったエルデラント王国とガルシャーン共和国の間では先日休戦条約が締結。
始まりこそガルシャーン優勢であったが、次第に膠着状態を見せ、これ以上はむしろ互いに不利益が大きいと考えたのだろう。
それに何より、彼等の横にはアルベラン王国という美味しい獲物がすぐ側に転がっているのだ。
膠着に陥った戦よりも、こちらを狙う方が両国にとって旨味がある。
「エルスレンがこうして来たことを考えると、三国同時、というのもありえますな」
「ですわね。そうなると大変ですわ」
さらりと言った言葉にクレシェンタは同意を示した。
会談という事実上の休戦。
それに応じるメリットがなければ彼等も女王お披露目などという馬鹿げた行事に参加はしない。王国を狙うならば今以上の機会はないのだ。
それを捨て、このような会談に応じるとなれば考えられることは限られる。
「同盟を結ぶかどうかはともかく、最低でもエルスレンとガルシャーンの二国は動くでしょうし……全土防衛というのは難しそうですわね」
他国と共同歩調を取っての同時侵攻――その下準備のためというのが濃厚であった。
王国を攻めるに当たって問題はアーナ皇国。無傷のこれがある限り、王国に対して他国は常に二国対一国の状況を迫られる。
これに対応しようと思えば、先日のエルスレンのような大軍勢による侵攻か、同時侵攻という手しかない。
エルスレンにとっても先日の敗戦は痛くなかったはずがなく、内戦中に仕掛けて来なかったところを見るに、再度の単独侵攻には踏み切れない状態にあるはずだった。
エルデラントと小競り合いを行なっていたガルシャーンも同様――となればこの二国が裏で通じ、同時侵攻を画策するというのは十分過ぎるほどあり得る話。
「手と手を繋いで平和を謳歌、という気持ちになってくださったのなら何よりなのですけれど……そういうわけでもないでしょう」
クレシェンタは困ったように言って、ザーナリベアは苦笑する。
「そうはなりませんでしょうなぁ。戦は避けられないでしょう。こちらでもあらゆる事態を想定し、遠征用の準備を行なっているところです」
「ありがたいことですわ。次の収穫期には北部で共同軍事演習というのはどうかしら?」
「……牽制としては悪くありませんな」
ザーナリベアは目を細めた。
王国と皇国には距離があるため、有事の際にやはり一歩出遅れる。
演習という名目で、他国への牽制のため先んじて王国内に軍を入れておくことは選択として考えていた。
王国防衛上の問題として、一番は要となる北部クリシュタンド軍が失われたことにある。
北部の軍はエルデラントとエルスレン、東西からの侵攻に対して横腹を突く防衛の要。
そんな北部の動きがあればこそ王国の領土は守られてきたと言って良く、王国において北部将軍は最も長い前線を担当する南の将軍と同じく、東西の将軍よりも重要視されている。
内戦で将兵が失われた結果、空白となっている王国北部に対しては皇国も懸念を覚えており、対応策をいくらか考えていたのだが――そこでふと、ザーナリベアは眉を顰めた。
何故未だに重要な北部が空けられているのか。
改めて考えれば女王クレシェンタの意図が読めてくる。
「いや……最初からそのおつもりでしたな?」
「……なんのことかしら?」
赤く煌めく金の髪を揺らして、わざとらしくクレシェンタは小首を傾げた。
仮に能力不十分であっても、王国としては誰かを北部将軍として据えておかねば問題がある。
でなければ、いざという時に軍は行動に移れない。
しかし王国の北にはアーナ皇国。
アーナが王国の防衛のため動くのならば必然的に北部へ収まり、東西への増援を派遣することになることは間違いない。
この女王は完全にそれを当てにして、北部を完全に放置しているのだ。
北部将軍へと据えるに適当な人物がいなかった、などという理由もあるのだろう。
しかし一番の目的は軍事費の削減――アーナ皇国を仮の『北部方面軍』として動かすことによって、北部の莫大な軍費を浮かそうとしているのだった。
一国家が国防の要を他国へ完全に委ねるなど、半ば呆れるような発想である。
矜持の欠片もないと思いながらも、恐らくこの女王はそれを恥とすら思っていないのだろう。
ただどこまでも自身の利益を追求する――彼女はそういう生き物だった。
アーナの国防上、王国への協力は必須であり、どうあれ王国を守るため軍を出さざるを得ない。そのあからさまな便利使いに不満を覚えてもどうすることも出来ないのだった。
王国が沈むなら皇国も共に沈むもの、と足元を見られている。
どうするべきか、と渋い顔を浮かべたザーナリベアを見て、クレシェンタはくすくすと笑いを零した。
「ふふ、冗談ですわ。もちろんこの恩を王国は忘れません。以前から打診のあった関税緩和に関してもちゃんとこちらから歩み寄る気でいますわ」
「……全く、そういう心臓に悪いからかいはお許し願いたいものですが」
対価として関税の緩和は悪くないかとザーナリベアは甘い紅茶を口に含み、一息をついた。
アーナ皇国は魔水晶をはじめとする鉱石の産出が多く、その細工や加工にも力を入れている。国の輸出品として最も大きな割合を占めるのがそうした鉱石加工品であったが、同じく王国北部でもそれなりの鉱山が存在するため競合してしまい、王国への輸出には問題があった。
皇国のものの方が良質で、職人の腕も良く、値段もむしろ安いほど――王国内の採掘、加工業保護の観点から高い関税が掛けられるのは必然だったと言えるだろう。
海路を用いて輸出を行なってはいるが、海路はやはり沈没のリスクもあって思った以上の利益も上がらず、国内では飽和状態で値も下がる一方。
そこに来て王国からの関税緩和は非常に大きなものだった。
以前から打診をしていたが、王国側が難色を示していた関税緩和。
皇国軍の遠征という一時の負担で生まれる長期的な利益を見れば、取引としては悪くなかった。
「ちょっとした悪戯心ですわ」
ザーナリベアが安堵を見せたのを、クレシェンタは楽しげに見つめて言った。
ジャレィア=ガシェアをはじめ、クリシェを中心に今後も魔水晶を使った研究が発展していくならば魔水晶の価値は王国を中心に跳ね上がる。
関税緩和にかこつけて、今のうちに皇国の安価で良質な魔水晶を大量に買いあさるつもりであったが、それを口に出すことはない。
「代わりに、交流だとかなんだとか、適当な理由をつけて向こう数年は皇国から軍事面での助力を頂きたいですわ。丁度良い機会ですし、色々国を改革したいのですけれど、現状では手が回りませんの。信用出来る方というのも、今の中央では限られますし……」
困ったような上目遣いでクレシェンタは告げる。
あまりに突然だと疑われかねないため、軍隊派遣の対価というのは関税緩和の口実としては実に良かった。
実質無料どころか、おまけまでつけて皇国は王国へ軍を派遣してくれるのだから、浮いた軍事費含め王国の利益は莫大である。
クレシェンタは心の内で満面の笑みを浮かべていた。
「まぁ、致し方ありませんな。王国の事情はこちらもよく理解しております」
「そう言って頂けて助かりますわ。北部も信用出来るかわからない方に預けるよりは、皇国にお願いする方がずっと安心ですもの。決して、便利使いにしているわけではないですわよ?」
なんとも言えずザーナリベアは苦笑した。
実際、便利使いには違いない。
だがザーナリベアも王国の事情をある程度理解していた。
内戦の恐ろしいところは何よりも国内の不和を招くこと。それは更なる火種を生み、北部将軍という立場に据えるべき人材を見誤れば、それは最悪王国を滅ぼす大炎となるだろう。
今を慎重に動きたいと考えるのは真っ当な考えで、妥当なものだ。
便利使いどころか食い物にされようとしていることにも気付かないまま、ザーナリベアは彼女の立たされている状況を良識的に見て、仕方なし、と納得する。
「関税についての話はまた後日として、ひとまずは国防についての話ですわね。おねえさま」
クレシェンタはクッキー割り人形――姉クリシェに目を向けた。
視線を向けられたクリシェはクッキーを食べつつ首を傾げる。
クレシェンタが呆れたような顔で、もう、と頬を膨らませた。
「北部の軍備に関しての話ですわ。ザーナリベア様はそちらにも明るいですから、おねえさまから伝えてくださいまし」
「……やっぱりセレネの方が良かったように思うのですが」
クリシェはやや不満げに言ってザーナリベアに目を向ける。
こういう話し合いにはセレネの方が向いている。クリシェがここにいるのは半分クレシェンタのわがままであった。
「えぇと、ザーナリベア様でいいですか?」
「はい、アルベリネア。よろしくお願いします。まずはどの程度の兵力をと考えていらっしゃるか、お聞きしたいところですが」
静かに響くような、甘い声音。
どこか凜としたクレシェンタの声とは違い、覇気もなく。
クリシェの口から零れるのは見た目通り少女の声。
気質の問題なのだろう。二人は姉妹として似ているようで、正反対にも見えた。
彼女からは軍を動かすためのあらゆるものに欠けているように見え、ザーナリベアは少し不安に思えたが、
「希望は1000か2000程度でしょうか。ただし一軍指揮が可能な将兵が二面展開できるよう、百人隊長より上の人材を選別して頂きたいです」
続く言葉はなおさら不可解で、流石のザーナリベアも困惑を顔に浮かべてしまう。
「……1000か2000?」
「はい。兵士に関しては都合がつきますから、皇国からの人員はそれで十分です。北部は指揮者がいないだけで、兵士自体がいないわけではないですし」
「王国の兵士を使わせるというのはどうにも、問題が多く感じますが。それに、その程度の数では他国への牽制にならないでしょう?」
何を言い出すのかとますます眉間に皺を寄せるザーナリベアにクリシェは頷く。
横で聞いていたクレシェンタもぬるい紅茶を飲みつつ、ちらちらと姉の方を見ていた。
「それで構いません。牽制にもならず攻め込まれる方がどちらかと言えば都合が良いです。それに大軍を派遣となれば維持費の問題がありますから、長期の維持は出来ません。向こうからすれば少し待てば良いだけですし、クリシェなら皇国が引き上げるか、財政の負担で王国が苦しくなってから攻撃を仕掛けます」
「……確かに、それはそうかもしれませんが」
王国軍は平時、軍を数分の一、場合によれば数十分の一に縮小し維持している。
基本的に王国での常時雇用は百人隊長以上の士官が対象で、王国中央から軍の維持費という名目で各地域に預けられるのは精々兵長以上を養うくらいの金額でしかない。
もちろんその地域の重要性や緊張度合いで大きく変わるが、どうあれ2万の軍を養うというのは財政負担が大きく、一地域に対して2万の軍を常備できるほどの体力が王国にないためだった。
仮にここへ皇国軍が大軍を持ってくるならば、その糧食や維持費――給金を除く全ては王国の負担となるが、そこで皇国の兵士であることが大きな問題となる。
皇国からの遠征である以上、どれだけ負担が大きくとも現地で軍の縮小が行えないのだ。
一時増援が欲しいというだけならまだしも、長期になればその財政への負担は無視出来ない額になってくることは間違いなく、敵が待つことを選択した場合、引くに引けない状況が生じてしまう。
軍を引き上げれば攻められる。
かと言って残しておけば、財政が破綻する。
そういう状況に追い込まれてしまうことは避けねばならない。
「ですから人員は最小限。軍事的な交流という名目で王国兵を使って訓練を行い、そちらの将官士官は滞在中に齟齬を埋めてもらう。実戦はあまり考えず、ある程度で十分です。見せかけの軍ですから」
「……見せかけ」
「はい。東西どちらが来たとしても北部侵攻はありえません。皇国が王国に軍を派遣しているというだけで敵の可能行動は絞られます」
「なるほど……北部を狙うなら敵は皇国そのものと戦わなければならない」
「そういうことです」
北部を敵が狙うならば、仮に北部方面に展開する皇国の遠征軍を撃破したところで後ろに控えているのは皇国本体。
そこを狙うような馬鹿はどこにもいない。
だから皇国の遠征軍は脆弱でも構わない、そういう意味合いであった。
ザーナリベアからは先ほどの不安と困惑は消えていた。
既に十二分なほど、この少女は将来の戦を頭の中に描いている。
「重要なのは皇国が軍を率いているという状況です。それさえ満たされれば十分。それに、皇国の大軍に他国が怯んでしまうと、緊張が続いて大変ですし……攻めて来るなら来るで、早めに来てもらった方が楽ですから」
「時間を稼げる方が王国としては都合が良いのでは?」
「その場合皇国軍の維持費で大変ですし、結局数年先までには攻めてきちゃうでしょうから、どのみち結果は変わりません」
王国を攻める絶好の機会を逃すことはないでしょう、とクリシェは続けた。
どうあれ、王国が完全に安定する前に敵は攻めてくるのは間違いない。
多少遅らせても無意味だ、という判断は果断であった。
「……随分な自信がお有りのようですな。三国に狙われた、今の王国の複雑な状況……私が王国の、例えばあなたの立場なら心労で胃が痛んで食事も通らなくなりそうですが」
そして、随分な自信家であるとも言える。
控え目にも周囲三国に攻められかねない危うい状況。
皇国ですら王国の今後には緊張が高まっているのだ。
だというのに銀髪の少女は不思議そうに小首を傾げ、クッキーをつまんで飲み込み。
「んむ、三国とも攻めてくるなら一つ一つ潰してしまえばいいだけです。そうしたら平和になりますし……複雑なことなんてありませんよ?」
むしろすごく単純なことだと思いますけれど、と愛らしい少女の顔でそう答えた。
負けることなど想定もしていない。
自身が勝利することに対し、一切の疑念を覚えていない。
――心の底から当然だと感じていなければ、こんな言葉は出ないだろう。
「……なるほど。女王陛下が信頼するのもよく分かりますな」
それがどこまでも自然な言葉であるからこそ、彼女はどこまでも狂って見えた。