ジャレィア=ガシェア
「……これがクリシェの作っていた兵器」
王宮の地下実験室――セレネは恐る恐る鉄人形に近づいた。
体高は八尺近く。
大柄なグランメルドやコルキスよりも高さがあり、鉄で出来た体のせいだろう。
骨組みの状態でも異様な威圧感があった。
クリシェが送信機を光らせると、突如鉄人形はセレネの眼前で膝をつき、
「っ!?」
驚いたセレネは咄嗟に真後ろへ跳んだ。
単に全体が見えやすいようにという配慮であったのだが、驚きのあまりかセレネの手は左腰の剣に掛かっている。
その過剰な反応に、クリシェが呆れたようにセレネを見た。
「……何してるんです?」
「う、うるさいわね、ちょっとびっくりしたのよ」
恥ずかしそうに頬を染めつつ、セレネは再び鉄人形に近づく。
エルーガもまたいつも以上に真剣な顔で、眉間に皺を寄せて鉄人形の各部を眺めていた。
発するどうにも邪悪な気配。
怯えたアーネはじりじりとエルヴェナの背中に隠れて袖を掴み、エルヴェナが困ったような顔で頼りない先輩をちらちらと見る。
エルーガが悪い人ではないのだろうと知ってはいるが、エルヴェナにとってもエルーガは怖い。
「その魔水晶で命令を送ってますのね。短い発光と長い発光のパターンかしら?」
原理をすぐに理解したらしいクレシェンタは姉に擦り寄り腕を絡ませつつ。
質問というより姉に近づく口実であった。
原理を理解さえすれば、後のことはクレシェンタにも容易に想像出来る。
魔水晶に無数のパターンを記憶させ、それに応じて司令塔となる頭部の魔水晶が情報を各部に伝達――後は相互の連絡によって魔力のある限り、別命あるまで一定の行動を繰り返す。
魔力を飛ばすという発想には感心したが、それだけであった。
他の者のような驚きもない。
「ピカピーカです」
「……あの?」
「ぴか、とぴかーで命令を送りますから、わかりやすくそういう名前を付けたんです。今度からピカピーカと呼んでくださいね」
むしろ驚いたのはそのネーミングセンスである。
ガイコツわんわんぶるるんと、クリシェのネーミングセンスが壊滅的なことは知っていたが、やはり姉のセンスは幼女相当であった。
クレシェンタの頬は引き攣る。
「そ、そうですの……」
「この鉄人形はじゃらがしゃと名付けました。ふふん、良い名前でしょう」
自慢げに告げる姉。
クレシェンタの頬が引き攣り、どうしたものかとセレネを見る。
セレネにはなんとかしろと言わんばかりに目線を返され、クレシェンタの優秀な頭脳はいつになく目まぐるしく稼働し――自身のデータベースを探った。
そして彼女は、ぽん、と手を叩く。
「よ、良い名前ですわね。ジャレィア=ガシェア――ええ、とっても良い名前」
「……? あの、ちょっと発音が変です……じゃらがしゃ――」
「勝利の鉄……無骨ですけれどとても勇ましい名前ですわ。流石はおねえさま」
姉の言葉が聞こえないふりをしつつ、クレシェンタはセレネに目をやる。
音から知識にある適当な古代語に当てはめたものであった。
ジャレイアは倒す、優位、優れた。
ガシェアは鈍く輝くもの、鉱石。
それぞれ勝利、鉄と翻訳されることが多くあり、この鉄人形を表わす名前としては素晴らしいとは言えないまでも悪くはない。
「じゃら――ジャレィア=ガシェア、珍しく良い名前ねクリシェ、褒めてあげるわ」
セレネはそれらしい名前を考案したクレシェンタに頷きつつ。
睨むように工作班へと目をやる。
「……あなたたちもそう思うでしょう?」
「っ、は! とても素晴らしい名前であると感じます。ジャレィア=ガシェア……なんと勇ましい名前なのでしょう」
突如始まった茶番劇。
兵士達は先ほど忠誠を誓った主の希望が歪められているのを感じながらも、この流れには逆らえない。男達は示し合わせたようにジャレィア=ガシェアとは良い名前だと口々に言い合った。
クリシェはんん? と首を傾げて、口を開く。
「あの、だからジャレィアじゃなくてじゃら――」
「おねえさま、それよりお二人ともこれの能力について知りたいみたいですわ」
「えと……んー、なんだか……むぅ……」
露骨。完全な誤魔化しである。
流石のクリシェも疑念が生じていたが、セレネが畳みかける。
「そうね、名前よりもまずはどういうことを目的としたものなのか、というところかしら。コストや配備、生産と色々なことを考えて行かなきゃいけないし、まずはそっちの説明してほしいわ。お願い出来る?」
セレネは機嫌を取るようクリシェに近づき頭を撫で、
「えへへ……それもそうですね」
クリシェは照れ照れと、いとも容易く誤魔化された。
「じゃらがしゃは敵戦列の突破を目的とした短期決戦用の兵器です」
壁際の大きな木板に布を被せ、クリシェは箱に乗りつつそこに炭で図を描いていく。
描くのは向かい合う戦列、上を敵軍、下を自軍。兵力同数の戦場を記号によってさらりと描き出した。
「基本は戦列の前に配置。兵士による突撃に先行して突撃させ、敵戦列を乱し突破することに特化させた兵器と言えるでしょうか。矢で怪我をすることも死ぬこともないので多少雑に扱っても平気という点が魅力でしょうか」
装甲騎兵よりもその点で勝ります、とクリシェは続けた。
「見ての通り重量があるので緩んだ足場は苦手ですが、その分重量武器を扱うことが出来、わんわんみたいに適当に突っ込んでも重装歩兵程度はなぎ倒していけます。長槍もこの重量を前には無意味ですし、兵力同数、あるいは兵力劣勢の闘いであっても、ある程度の数を揃えれば真正面から打破出来るでしょう」
じゃらがしゃのモデルとしたのはグランメルドであった。
大鉄棍を振り回し、敵を盾の上から砕いて進む。
クリシェからすれば力任せで乱暴な戦い方であったが、雑兵を相手にするにはそれで十分。単に殺した数だけを競うならば、クリシェの戦い方よりもグランメルドの方が圧倒的に効率が良い。
わんわんが一杯いたら楽が出来そうです、という発想がこの鉄人形の方向性、その根本にあった。
じゃらがしゃは文字通りグランメルドのように戦えるわけではないし、行動もある程度パターン化がなされている。
細かく指示を出しても生身のグランメルドほど臨機応変とはいかないだろう。
とはいえ鎧を着込めば総重量は成人五人分――人を遥かに超えた重量と怪力、単純な装甲強度をもってすれば、戦列を整えているだけの雑兵など相手にはならない。
技術や対応力は純粋な素体能力で補えば良いとする単純な考えでこれは作られている。
「胸の心臓部に魔力を充填することで、稼働時間は戦闘機動で一刻半といったところでしょう。もちろん予備の魔水晶を増設することで単純に稼働時間を増すことは出来ますが、一つにつき魔力保有者が三人程度必要なことを考えると現状ではコスト効率が噛み合いません」
「……一刻半。短いわね」
「長くすることもできますけれど、戦闘機動時の性能が低下してしまいますから。あくまでこれは短期決戦用――」
クリシェは図に書き込みつつセレネに答える。
「小競り合いに用いるものじゃなくて、一撃で敵戦列を粉砕するためのものです。こちらの初動を確実に成功させれば役目は終わり、そして初動が成功すれば勝ちなんですから、残兵処理のことはあんまり気にしなくていいです」
「そういう考え方。……南で扱うという象みたいなものかしら」
人の身丈の倍はある、長い鼻と牙を持つ巨大な怪物。
実物を見たことはないが、そのような生き物を南では使うと聞いていた。
「そうですね。運用としては似ているのではないでしょうか。こちらのほうが融通が利くでしょうし、維持や運搬、防御能力で勝ると感じますけれど」
象に関してはグラバレイネの時代における記録に詳細なものがある。
見た目の威圧感で兵士を恐れさせ、その怪力は戦列をなぎ倒す。
腰の入らない槍ではとても突き立てられないような丈夫で分厚い皮膚を持ち、真正面から戦いを挑むのは無謀とされていた。
ただ生来臆病な生き物であるらしく、小回りは利かず、頭も悪い。
走り出せば直進しか出来ず、すぐに逃げ出す。
道を作って走らせ、横合いから槍と矢を突き立てれば恐るるに足らずという対処法も確立されていた。
南の猛将ダグレーン=ガーカは何度かやり合ったことがあるらしく、いつぞやの晩餐会で自慢話を聞かされた覚えがある。
「ふむ……面白い。しかし魔力保有者を相手には厳しいのでは?」
鉄人形――じゃらがしゃの観察を終えたエルーガは、クリシェにそう尋ねた。
「わんわんくらいの相手だと厳しいですね。でもこれは戦列を突破するためのもので、それを目的にしていませんから別に構いません。目的とするのはあくまで戦列を構成する一般兵です」
それに、とクリシェは続けた。
「今は骨組みですが、この後布を巻き付けて厚みを出し、上から板金鎧を着せます。衝撃に対しては非常に強いですし、鎧も普通のものより分厚いものを着せられますから頑丈です。程度の低い魔力保有者相手なら軽く返り討ちに出来るでしょう。……倒すだけならセレネくらいでも頑張れば行けるかもですが、セレネの腕じゃ動いてる鉄は切断したりできなさそうですし」
「あ、あのね……」
さりげなく腕前をけなされたような気持ちになったセレネは、半ば呆れ混じりに睨み付ける。
板金鎧ごと敵を両断出来るような人間なんてこの世界でも一握りの中の一つまみ程度だろう。
コルキスのような超人達を除けばそれなりに強いという自信はあり、それらと比べられてそのように言われるのは何やら理不尽であった。
事実を述べただけ。
おかしなことを言っただろうかと不思議そうに首を傾げるクリシェの頬をつねり、それを見たエルーガが愉快げに笑う。
「くく、なるほど。まぁ確かにそれだけの重装甲となると相手を出来るものは少数……考えなくても問題はないでしょうか」
「うぅ……そうですね。基本的に心臓部か司令塔となる頭の魔水晶を砕かれない限り止まりませんから、仮にそういう相手に狙われても少しは働いてくれるでしょう」
クリシェはセレネに引っ張られた頬をさすりつつ答える。
少し痛いが、頬をつねったり引っ張ったりするのはセレネの愛情表現でもあると彼女は認識する。
頬を膨らませながらもクリシェは微妙に喜んでいるようにも見え、隣のクレシェンタは頬をつねられ何やら嬉しそうな姉のよくわからない反応に困惑し、その将来に不安を覚えた。
痛いことをされて喜ぶのは変態だけである。
きっと何もかも赤毛の使用人のせいだと原因を断定しつつ、クレシェンタは手を伸ばして姉の頬をさすった。
「弱点は頭ねぇ……わかりやすいというか」
「敵味方の識別のためある程度露出させる必要がありますから、ここは仕方ないです。攻撃を受けにくくするため背は高く作ってますし、結構速いですし、ある程度問題ないかと」
「速いの? これ」
「そこそこです」
クリシェは言って送信機――ピカピーカをかざす。
鉄人形の頭部コアが発光し、
「っ……!?」
その瞬間、驚くほどの俊敏さでクリシェに向かって踏み込む。
地下室を揺るがす轟音と風切り音。
――整ったクリシェの顔面、その僅か左に拳が貫いた。
「ほう……これだけ速いとなると想像以上ですな」
エルーガが邪悪な笑みを浮かべる。
セレネは驚きつつも確かに、とエルーガに同意を示す。
巨躯でありながら、速度は魔力保有者のそれとそう変わらない。
「有用……というか、すごいわね。この大きさでこの速度……量産されれば他国に対し圧倒的な優位に立てる……」
「そうですな。戦場での問題は、画期的に過ぎてこれをどう戦術へ組み込ませるかと言ったところですが」
「……そうね」
クリシェの後ろにいたエルヴェナはのけぞり、アーネは腰を抜かしかけエルヴェナに抱きつき――二人で支え合って人の字を作っていた。
セレネは不憫なものを見るような目でそちらを眺める。
基本的にクリシェは何かと配慮が足りない。
「……クリシェはともかく、他の人には中々扱いが難しそうね。将の立場からしてもいきなりこれに最前列を任せるというのは不安があるし、兵士達に受け入れられるまでにも少し時間が掛かるでしょう」
「んー、仕組み自体は単純ですし、動き出せば自動的にお仕事をしてくれるのですが」
「試験運用というのは大事よクリシェ。あなたの頭の中では完璧ですごく便利なものなのかも知れないけれど、他の人間に取ってはそうじゃない」
セレネは顎に手を当て歪な鉄人形を眺めた。
「今は常識となっている隊列だってその有用性が認められるまでに何十年と掛かったし、投石機みたいなわかりやすい代物でも、普及したのは試験運用という形でみんなにその能力を周知したから。特に軍人は経験を重視するから保守的なのよ」
個人の武勇こそが第一とされていた時代。
アルベランの元となった小部族は弱小と言え、どちらかと言えば他部族に搾取される側であったが、ただ彼等は他に負けない知恵と技術を持っていた。
敵の勇者に対し統制の取れた矢で射抜き、盾を並べて槍を繰り出し、砦を築いて寄せ付けず。
群れと言うべき敵部族を戦術によって打ち負かす術を見いだし、瞬く間に周囲の小部族を併呑していったのだ。
彼等の戦術に有用性を感じてはいても、他の部族はその矜持からそれを受け入れることが出来ずに滅び――戦士というものは時に名誉や誇りで思考停止に陥り、新たな道理と秩序よりも古い観念にすがって死んでいく。
それは別にごく稀な例と言うわけではなくままあることだった。
武人の活躍の場を奪いかねない、この『クリシェの作った革新的で超すごい兵器』に嫌悪感を示すものはそれなりに出るだろう。
そこから問題が生じる可能性は十分に予想出来た。
クリシェはそうした想像力が皆無であるため、酷い結果にならないようセレネ達が気を配り、慎重に根回しを行なっていく必要がある。
「お父様が参謀部の設立で困っていたのもそこ。非効率的であっても、誰も自分が得た地位や権力を削られたくないの。これは確かに素晴らしいものだけれど、命を張って武勇で名を挙げてきた者達からは必ず不満も出るでしょう。……戦場という勇者達の戦いで、このような人形に先陣を切らせるのはどうか――なんて文句を言う人も出てくるでしょうし」
「……訳がわかりません」
「んー……そうね……」
セレネは少し考え込み、指を立てた。
「とっても料理が上手な人形が出来たとして、仮にその人形にあなたやベリーの料理っていう仕事を取られたらどう思う?」
「人形程度にクリシェやベリーがお仕事を取られることは――」
「……あくまで例えば、よ。もしも、で考えなさい」
クリシェは少し考え込んで、嫌かもです、と答えた。
セレネは満足げに頷く。
「そういう感じの気持ちかしら。だから、少しはそういうところに配慮と時間が必要になるって話……ほら、拗ねないの。この子が駄目って話をしてるんじゃないんだから」
セレネは唇を尖らせるクリシェの頬をむにむにと引っ張った。
ケチをつけられていると思っているらしく、クリシェはやや不満げであった。
「別にこの子がどうって話じゃなくて、少なくともわたしやファレン補佐はとっても有用だと思ってるわ。個人的には本腰を入れて、すぐにでも人員の育成や生産体制を構築していきたいところだけれど……」
セレネはクレシェンタを見た。
「学校関係と違って、随分お金が掛かりそうですわね。あっちは寄付金が集まるから問題はないのですけれど……おねえさま、制作費は?」
「ん……最初の一体目なので結構高いですね。カボ――」
「おねえさま、カボチャに換算しなくていいですから金額で教えてくださいまし」
クレシェンタは姉とは違い別に昨今のカボチャ相場事情に詳しいわけじゃないし、興味もない。
呆れたように先手を打った。
クリシェは折角気を使ったのにと言わんばかりに妹を見つつ、適当な椅子に腰掛けクレシェンタを膝の上に乗せる。
女王を適当に膝に乗せるクリシェに兵士達は困惑したものの、クリシェならばさもありなんと特に慌てもしなかった。
「これ単体で掛かった費用を合計すれば小金貨三枚とペネツ銀貨四枚ですね。今度から余分なパーツを減らしますし、頼んだところに継続注文を行なうなら小金貨三枚を切ってくるとは思うのですが」
「あら、結構安いですわね」
クレシェンタはそんな視線を気にしてやや恥ずかしそうにしながらも、嫌とは言えない。
僅かに頬を赤らめつつも特に反応は示さず、当然のように振る舞って見せた。
「原価なので工作班の人件費は入れたりしてないですけれど」
これもクリシェからすれば高級品であったが、とはいえ大部分が魔水晶と鉄の加工費。
純粋に鉄の棒を叩いて作るのに手間が掛かるし、魔水晶の方は純粋に数がいる。クリシェ個人の買い物でもないため、出費としては仕方が無いと考えていた。
兵士達に貸し与える数打ちの剣にしろ革鎧にしろ、給金糧食から何から、軍というものが日々飲み込む金額からすれば些細なもの。
むしろ維持コストの安さやこれ一体で精鋭数十人の活躍が見込めることを思えば安い買い物であった。
軍人としてある時は、クリシェもその辺りに真っ当な感覚が存在している。
「最終的に、一軍に対して何体ほどあれば?」
「……そうですね。最終的には一軍団当たり十体程度、四十体で考えてます。生産コストが結構高いのと、これ自体の維持コストはともかく魔力充填に三人の魔力保有者が必要なことを考えると、現実的には限界がその辺りでしょう」
現状ではそれでもちょっと難しいですが、とクリシェはクレシェンタの腰を抱く。
「ひとまず何かしらの体制が整うまでは、クリシェの軍で十体程度配備して使ってみようかと思っています。黒旗特務がいますから」
「それがよろしいですわね。セレネ様が仰っていたように、実戦での能力証明を行なっておいたほうが色々とわたくしもやりやすいですもの」
クレシェンタは体面を気にするのは諦めた様子で、クリシェの手を掴んでにぎにぎと弄ぶ。
可憐な少女二人――あまりにこの寒々しい地下室には不似合いな姿であった。
「職人の方に問題なければ、後々王国から長期継続の注文が生まれることを伝えてあげてくださいまし。多分もう少し安くなりますし、職人も熱を入れるでしょう」
「ん、わかりました」
「魔力保有者の確保にももう少し、国として力を入れた方が良いかも知れませんわね。魔水晶の研究なんかを行なっている方達もいますし、市民からの選別手段なんかも考える必要があるかしら……王宮が落ち着いたら色々効率化を考えますわ」
クレシェンタは期待するような目でクリシェを見上げ、クリシェはそんな妹の頭を撫でた。
妹は嬉しそうに頬を姉の控え目な胸に擦りつける。
クリシェの直轄とは言え、兵士の前であっさりと女王としての建前を放り出したクレシェンタに、セレネは呆れたように溜息をつきつつまぁいいか、と髪を指先に巻き付け弄んだ。
こうしてクリシェに甘えてる間はこの女王も無害な子供――悪い印象は与えまい。
特に問題はないと言えた。
「とりあえず、進める方向でいいのかしら?」
「ええ、わたくしはこういうことに関しておねえさまを誰より信頼してますの。そのおねえさまが有用だと言うならわたくしにとっても有用なもの……進めないという選択肢はありませんわ」
「はぁ、そうでございますか」
もちろん、色々な事情で待ってもらうかも知れませんけれど、とクレシェンタは続けた。
「しばらくはおねえさまの個人的なものとして。けれどいずれは王国主導で全軍配備することを考えて動きますわ。セレネ様とファレン元帥補佐もそのつもりで、色々とその辺りを考えておいてくださいまし。おねえさまはそういう細かいところは苦手ですもの」
「まぁ、そうね。考えておくわ」
「は、かしこまりました」
その後数百年に渡って世界を支配する鉄機兵――その原型。
ジャレィア=ガシェアは王宮の地下室で、そうしてひっそりと誕生した。
「……あの、お話も終わって落ち着いたところで名前のことなのですが……やっぱりちょっとおかしい気がするんです。クリシェが言ったのはじゃらがしゃで、ジャレ――」
「クリシェ、ひとまずお仕事も終わりでしょう? そろそろ帰ってベリーとお茶をする時間じゃないかしら」
「あ、そうですね、そんな時間……んん? あの……?」
数百年後――その誕生の経緯については手記や学問書から娯楽小説に至るまで、多くの書物に想像を絡めて記されていたが、
「どうしたの? わたし達も今日は屋敷で休憩しようと思ってたところだし一緒に行きましょ? ファレンもどうかしら」
「え……ええ、もちろんお誘いとあらば」
「えと、なんだか……むぅ……」
じゃらがしゃん。
その名前の本当の由来について、語られた書物が生まれることはなかった。