戦場の乙女
クリシュタンド軍本陣は乱れに乱れていた。
左翼第三軍団を突破し、突破してきたのはギルダンスタインとサルヴァの率いる1500。
対するセレネにあるのは一大隊1000と騎兵100、そして黒の百人隊。
左翼から突破してきたギルダンスタインに対しセレネはすぐさま大隊を展開。
隊列を組ませるも、しかしギルダンスタインは本陣防衛突破をも速やかに成功させる。
とはいえ突破のみを優先したため、本陣への突入に成功したのは精々100名超。
ガーレンにより後続は続かず、また、そこにはセレネを守護する黒の百人隊。
ギルダンスタインが引き連れた100名は皆優秀な兵であったが、流石に黒の百人隊には分が悪く、肝心のセレネを捕らえることに手間取り際どいながらも場の流れはセレネ側が掌中に納めていた。
だが、そこへ新たに現れたのはナキルス=フェリザー率いる300の兵。
自身の持つ兵力5000――そのほとんどを捨て石に、第四軍団長エルーガ=ファレンを無視して強引な突破を図ったのだった。
中央と左翼の隙間を抜いて現れた兵力に対し、セレネが向けられるのは騎兵100。
元より訓練期間の長い騎兵。
その中でも将軍護衛の騎兵となれば質も高く、並の兵であれば容易に打ち砕く強さはあったが、相手は剛腕のナキルス=フェリザー。
その進軍を止めるほどではない。
そうして、状況はギルダンスタイン側に大きく傾く。
「――意地を張る。諦めてはどうだ、セレネ?」
「随分と、心をくすぐられるお誘いですね」
言葉に対し、セレネは肩で息をしながらも努めて笑みを浮かべる。
ギルダンスタインの呼吸は少々乱れる程度。未だ落ち着いていた。
体中には無数の傷――しかしどれも浅い。
むしろ消耗はこちらのほうが激しい。
致命傷こそ避けてはいるが、セレネの護衛三班14名の疲労は限界。
少し離れ、他の百人隊を指揮するミアも上手くやってはいるが、サルヴァ含めた精鋭を相手に立ち回ったおかげで、あちらの方は死人も多い。
その上エルーガを突破してきたナキルス=フェリザー。
その対処に追われ、これ以上は手が割けない。
ミアにもガーレンにも、これ以上の負担を掛けることはできなかった。
「……ここまで来ると、追い詰められる一方。アーグランド軍団長が来るまでにはもうしばらく。絶体絶命というやつでしょうか」
セレネは笑う。自分のために、周囲のために。
体にはカルアをぶつけられた打撲の鈍痛。
左腕の調子が少し悪い。ヒビが入っているかも知れなかった。
隣のカルアに傷がなかったのは何より。
先ほどの脳震盪は一瞬。
無理をしているのかもしれないが、まだ目は死んでいない。
他の者も同様だった。
だからこそ、ここが引き際だろう。
「そこで、わたしは敬愛する王弟殿下を見習ってみようと思いますの」
「ん……?」
セレネは満面の笑みを浮かべ、
「強い敵からは逃げますわ」
――言葉と同時、背を向けた。
「ミア! セレネは行ったぞ!」
ガーレンの声。
「っ、はい! 全員、殿下に続かせないで!」
ミアは一瞬セレネの方を見る。
彼女らが向かったのは前方――中央エルーガのところであった。
一瞬反応に遅れながらも、ギルダンスタインはそれを追う。
「フェリザー軍団長、ここはいい! 殿下を護衛せよ!!」
「わかってますが――ちっ!」
駆けようとするフェリザーの眼前に、ミアの指揮する百人隊。
「アーグランド軍団長が来るまで時間を稼ぐの。いい?」
「わかってますよ、ミア隊長」
「りょーかい、頼むぜ隊長」
現在員五十三名。二十人ほどが動けないほどの重傷か、死んだ。
ここからどれだけ持ちこたえることが出来るかは分からない。
ここが正念場であった。
『――仮にこの攻撃が本命、わざわざこちらを狙いに来たとするなら、目的はわたしの身柄だけだと思うの。状況が悪い方向に転がるならわたしは逃げてでも時間を稼ぐわ。仮にの話だけれど、わたしを狙いに来るなら向こうは全力、短時間で事を終えたいはず。向こうだって統制の取れない大乱戦になる可能性は高い』
開戦の少し前、軍団長と一部の大隊長を集めてセレネは告げた。
『わたしはその時、本陣を捨てて統制を保っている軍団に逃げ込む。ガーレンに後を託してね。逃げ込まれた軍団長は情けない将軍を全力で保護してちょうだい。そうね……やれるならもちろん、そこで上手く王弟殿下を討ち取ってくれてもいいわ。そうしたら逃げだしたんじゃなくて、後でそういう策だった、ってわたしも言い張れるからね』
無数の戦場をくぐり抜けてきた勇壮な指揮官達の前で、口にしたのはそんな言葉。
堂々と、恥じることなく胸を張って――クリシェがよくする偉そうな仕草にどこか似ていた。
当然のように口にする言葉は情けないものであるはずなのに、ミアにはむしろ格好良く思えてしまう。
自分の弱さを認め、未熟さを踏まえ、それでいながら臆することなく冗談交じりに。
セレネ=クリシュタンドはまさに敬愛されるべき将軍であった。
彼女の事を悪し様に語るものはいない。
誰もが守るべき主として、彼女の事を語る。
周辺諸国にすら名を轟かせるクリシュタンド。そこにある指揮官達に比べれば大した実績があるわけでもなく、ミアよりずっと年下の15の少女だ。
だというのに、誰もが彼女を将軍として認め、受け入れている。
すごいと思う。彼女のことを素直にミアは尊敬していた。
対して自分はと考えそうになるが、首を振ると全員に告げる。
「軍団長が『死なずにセレネを守る事があなたたちへの命令です』って言ってたのを思い出してね。軍団長は厳しいから、命令違反は厳罰間違いなし――わたしが怒られないようにしてくれると、その……嬉しいかなぁ、って」
言ってる途中で怪訝な視線が向けられ、ミアはそれに耐えられずに語尾が弱まった。
それを見た者達は誰からと言わず笑いを零し、それは全体に広がっていく。
一人が叫んだ。
「だそうだ! その代わり活躍して生き残れば、罰を免れたミア隊長がご褒美にキスしてくれるらしいぞ!」
「ちょ、そんなこと言って――」
周囲の兵は口笛を吹き、囃し立て。
うぅ、とミアは顔を真っ赤に唸りながら、無駄口を叩かないの、と自分を棚に上げて声を張り上げた。
「……ガーレン副官にカルデラ将軍は任せる! あなたたちは増援をやる! わかった!?」
了解を笑い声で返し、彼等は切り込んでいく。
こちらも疲労が大きい。多くが死ぬことは確かだろう。
命令した後、一瞬だけ瞼を閉じ、切り替えた。
「指示は先に同じ、全員突撃――!!」
――ナキルス=フェリザーは目を細める。
この敵は単なる精鋭などではない。
少なくとも、ナキルスが相手にした中では一番に数えてもいいだろう。
魔力保有者としてみれば個々の能力は中堅レベル。
抜きんでて優れたものはいない。
だが、全員が魔力保有者のみで構成され、そしてそれを前提とした部隊――彼等は魔力保有者だけであるが故に、歩調の取れた戦闘連携を成立させることができる。
敵にすればこれ以上恐ろしいことはない。
魔力を使えぬ雑兵には優位に立てても、魔力保有者同士となればその身体能力という優位を失う。
相手の魔力保有者を暴れさせぬよう、同じくこちらも魔力保有者を当てるというのは戦闘の基本であり、周囲と歩調が合わない魔力保有者は必然、そうして擬似的な一騎打ちを繰り返すことが多くなる。
培った戦闘技術で、どちらが相手を上回るか。
通常その戦いは個々の技術の差で勝敗が決まり、その場の流れを作っていく。
しかし、この部隊は魔力保有者のみで構成された部隊。
歩調の合わない不純物を完全に排することで純度を高め、可能となるのは独自の高速連携。
魔力を扱えぬ兵達では相手にならず、こちらの孤立した魔力保有者は身体能力という優位を失わされ、その上で強制的に二対一、三対一を迫られる。
引き連れて来た腕利き達は集中的に狙われ、そうやって各個撃破されていっていた。
魔力保有者を狩る――そのためだけに特化しているのだ、この部隊は。
魔力保有者のみで構成された、クリシェ=クリシュタンドの直轄部隊。
黒の百人隊のことは聞いていた。強いのだろうとあやふやに思ってもいた。
だが目の前にすればこそ、その本当の恐ろしさが理解出来る。
「サルヴァ殿、殿下の所へはこれを片付けないと行けそうにない。先にこれを潰す」
「……わかった」
一時、麻痺させる。そして抜ける。
指揮官と見える目障りな小娘――それを潰して進むほか、この場に道はない。
でなければ被害が増えるだけだった。
「ベラル、脇を固めろ。俺のケツが取られないようにな」
「は!」
副官に告げ、両斧を握り締めると踏み込む。
抜けないことはない。少なくとも真正面から戦えば、ナキルスに対抗出来る相手はここにいない。
ただ、問題はそれに意識を囚われ脇からの攻撃を受けること。
それをこの敵に許すことはナキルスであっても致命傷となる。
「どけぇい!!」
右手の斧を振るい、敵兵の肩から脇腹までを切断する。
技術、能力、経験。
真正面からならば、どれを取ってもナキルスが負ける要素はない。
ごっそりと肉と骨、鎧を断つ感触。
尊ばれるべき命を紙切れのように千切る感覚。
ナキルスは頬を吊り上げた。
両手に斧を持つのは、囲まれることを前提とするためだ。
いつだって最先頭、ナキルスはそこで戦う。
視界の及ぶ範囲の敵――そこからならばどのような攻撃が来ても対処が出来る。
左手の大斧を横薙ぎに、敵との間合いを広げながらその反動で身を起こす。
勢いのまま右手の斧を叩きつけ、再度左手。
その遠心力によって巨体を浮き上がらせ、重量武器特有の隙を消す。
七尺の体躯を存分に活かし、刃圏を広げるように踏み込ませない。
ナキルスのそれは対多数を目的とした独自の大斧術であった。
剣をへし折り、骨を断つ。
一度狙いを絞れば止まることはない。
大地に足をめり込ませるように進む。
兵はその脇を狙わせぬように固め、必死に追いすがる。
「ひっ」
胴を右から左に両断すると、視界の端から迫る敵の影。
左の斧を牽制、体重移動に、右の斧を攻撃に使う。
そんなナキルスの動きを見ていたのだろう。
相手は隊の中でも腕利きらしい。
――だが当然、それは釣り餌だった。
迫る剣を振り上げた男の眼前で、右手の斧を手放す。
相手に生じた一瞬の虚――左の斧にて切り上げその胴を薙いだ。
ナキルスの利き腕はむしろ左。
速く鋭く、右腕の振るう斧とは威力も違う。
右を主体に使うのは、機を見た敵の腕利きを返り討ちにするための餌であった。
修羅場における経験と技巧。
その全てにおいて、自身のそれが上回る。
負ける要素がない、そうナキルスは笑う。
「どけ、雑魚共! 俺様の邪魔をするな!」
その姿を表すならば、巨大な猪か猛牛か。
前に進む。それだけに特化した武力の塊。
遠目に見えた栗色の髪の指揮官――ミアの目を見る。
そしてミアも、ナキルスの目を見た。
「っ……」
ナキルスの選択は真正面突破。その速度は尋常のものではない。
両翼に分けた班の挟撃はタイミングをずらされ、ナキルスの脇を固める敵兵を抜けずに完全な突破を許してしまっている。
『いいですか、ミア。両翼包囲は戦術として素晴らしいものですけれど、記録を見るとそれにこだわって中央を抜かれるお馬鹿さんが多いものです。ミアも結構お馬鹿ですから、そういうことにならないよう相手とこちらの力はちゃんと見るように』
――失敗した、とミアは思う。
まさに、クリシェの言ったお馬鹿さん、なのだろう。
ナキルスの突破力を見誤った。
ここは兵を固めておく場面だったのだ。
足が震えて二の足を踏む。
けれど更に後ろには逃げず、剣を握り込む。
『まぁ、なんにせよ、だ。隊はお前に任せる。お前だから任せられると思えた。頼まれてくれるな?』
ここにあるのは自分に任された隊で、自分に任された戦場なのだ。
軍に来たときは、戦場で戦うつもりなんて欠片もなかった。想像もしてない。
なのになんでこんなことになったのだろうかと色々思うところはあって、けれど、そうして任されたのだ。
『……はい、隊長』
どうあれミアはそれを了解して、ここにいる。
逃げるわけにはいかない。
ほんの少し、カルアのことを考える。
あっちは大丈夫だろうか。ちゃんと逃げられているだろうか。
心残りは確かめることすら出来ないところ。
けれど――
『――じゃ、わたしの剣は軍団長と、あなたのために振ってあげる』
――約束は忘れない。
まだ間に合わないわけでもない。
敵は鏃隊形。中央集中型、先頭には強力な軍団長。
対抗出来る戦力があるか――現状部隊に存在しない。
近接戦闘では対抗出来ず、包囲、あるいは遠隔攻撃によってのみ対応出来る。
こちらの両翼にはそれぞれ四班。この八班は攻撃継続。
手元には七班、内三班が突破されかけている。
「二、九、十一班後退、落ちてる武器を拾って! 八班、前面に。接敵寸前に散開!」
「了解ぃ!」
包囲は不可能、敵の突破力が高い。
敵の突破は防げないものとして組み立てる。
もし敵の中央突破が防げない場合はどうするべきか――
『クリシェなら最初から弓兵を一部残しておきます。正面突破の労力は常に大きなもの。よほど下手を打たない限りは敵が疲労しているでしょうし、注意力も散漫になってることでしょう。……抜けた先の正面に長槍を置き、相手の注意を誘って、真横から弓兵で一網打尽です』
敵中突破――黒の百人隊の能力について言えば他とは隔絶しているものの、それにしたって敵の壁を抜くのは重労働に変わりない。
敵の群れの中へ切り込めば、気持ちは前へ前へと行くものだ。
周囲を敵に囲まれるというのは恐ろしい。
だからその中から飛び出すために前へと進む。
突破したときに得られる、ほんの少しの安心感。
誰もがそれを欲しがって。
『いつだって大事なのは相手の立場で考えることですよ、ミア。ベリーも言ってました。相手の目線に立って、もし自分なら何をされるのが一番嫌なのかを考えながら……ん、いや、この場合逆のような……んん、なんだか違いますね……まぁいいです。ともかく、そういうことなのです』
思い出し、苦笑して。
ミアにあの大男の気持ちがわかるとは思えないが、とはいえ想像は出来る。
大男――ナキルスは脇と背後をしっかりと兵で固めている。
あの猛者ですら、この部隊に囲まれるのが怖いと思っているのだ。
敵が突破を最優先にさせているのはそれが容易だからではない。
それだけこの百人隊に脅威を抱いているからだ。
無理にでも突破し、自分を仕留めてこの百人隊を壊滅させなければならないと考えている。
一班を抜けた敵の正面に置き、意識を向けさせる。
残る三班は横合いから手に持った武器を投げつけさせる。
動きを一瞬止めれば、それで――
「――ニケラ! 少しでいい、弓兵をやれ!」
「は!」
ガーレンの声にそちらを見る。
近くにいた数名の弓兵がミアの動きに呼応していた。
本陣全体の指揮を執りながらこちらにまで目を向けていたのだろう。
視野の広さは全く敵わない。ミアはこの百人隊で手一杯だった。
感謝の念しかない。
目の前では更に四人が大斧に殺される。
百人隊の仲間のことは全員知っている。
顔も名前も、趣味や恋人、娘の名前まで知ってる人間もいる。
けれど、死んだのだ。
尊い犠牲――あるいはダグラならば、もう少し少なかったかも知れない。
今日何度、失敗があったか、助けられたか。
抜けてきた大男の姿を目に映し、告げる。
「八班、散開!」
「散開しろ!!」
接敵寸前に八班は後ろへ跳躍。
それを合図に横合いから、剣と槍が投擲される。
その速度、威力は一般兵の投げるそれとはレベルが違う。
「ちぃっ!?」
両斧を振り回し、振り払う。
――剛腕のナキルス=フェリザー。
称される異名は偽りではない。
小剣を振るように、巨大な斧を振り回して飛来する凶器を弾き、叩き折る。
だが――所詮その腕は二本だけ。
矢と合わせ二十に届く飛来物全てを叩き落とすなど不可能だ。
その肩を、腕を、足を、抉り、削り突き立っていく。
鎧があっても、至近の矢、魔力保有者の投擲全てを防ぐことなど出来はしない。
――動きが止まる。
ミアはそう確信し、
「ッ、……舐めるなァ!!」
だが、ナキルスは吠えるように、それでも進んだ。
全身から血と魔力を噴き出しながらも前へ、ミアの方へ。
止めに入った一人が両断される。
この状態になって尚、戦意に衰えはない。
戦う気なのだった。
地位か名誉か意地か――ミアにはわからない何か。
それが、この男を前に進ませる。
死の予感に、足が震えた。
多分、自分はこれで死ぬのだろう。
「っ、全員でこの男の後ろを狙って! 絶対カルアの所に行かせないように!」
声を張り上げた。
その足に力を込めて。
「ミア――」
「――命令! わたしが死んだら指揮代行は第二班長コーザ!」
狙うは指揮官の自分。
どうあっても、行かせはしない。
自分が死んだって、行かせるわけにはいかないのだ。
でなければ、誰にも顔向けが出来なくなる。
望んだ立場でもなく、やりたかったことでもない。
でも、受けた責任だけは自分のものだった。
巨人のような男。
こんな人間を相手にすることなんて、これまでの平凡な人生、想像もしたことはない。
でも、自分がやらねばならないのだ。
――せめて、ほんの少しでも時間を。
「……っ!!」
そう考えて、震える足で踏み込んだ。
巨人は斧を振りあげる。
大上段。
まだ間合いが遠い。何故。
「ぁ……」
直後、その腕が振り抜かれ――轟音を響かせながら大斧はミアの眼前に。
避けることはできない。ミアは前に全力で踏み込んでいた。
咄嗟に剣を前に――ああ、駄目だ。
剣ごと真っ二つだろう。あんな大斧の前では小枝のようなものだ。
痛いのには慣れた。けれど文字通り、これは死ぬほど痛いのだ。
せめて綺麗な死に方が、いや、出来れば痛くない方が――
一瞬の間に、そんなことを考えて。
「お馬鹿」
――眼前に迫った大斧が金属音と共に消えていた。
「……え?」
代わりに、顔の前には鉄で補強された茶色のブーツ。
戦場ではそうそう見ることないスカートが見えて、黒い外套がひらりとたなびく。
左右に揺れるのは二本の銀色――尻尾のように、長い髪。
「まったく、これだからミアは……後でお説教ですからね」
その場の誰もがその小さな少女に目をやって。
――途端、歓声が響いた。
ミアの視界も、合わせて滲む。
「うぅ、軍団長……」
ミアの前にあるのはクリシュタンド軍、第一軍団長。
黒の百人隊が剣姫。
「……あんまりクリシェに手間を掛けさせないで下さい。忙しいんですから」
――クリシェ=クリシュタンドであった。