父と子
明けの暁が終わり、日が昇って大地を照らす。
真白い雲は天高くまだらに蒼穹を彩っていた。
クリシュタンド軍は前日と同じ配置を保ち、そしてそれはサルヴァ=カルデラの軍も同様であった。
ただ一点違うところは、カルデラ軍右翼に増援――ナキルス=フェリザーの軍団5000が存在していることだろう。
セレネは自身の率いる5000の内4000を左翼、敵右翼に対することになる第三軍団長テリウスの下へ向かわせる。
進軍の旗が振られ、ラッパの音が鳴り響き。
動き出したのは同時――まるで鏡合わせだった。
どちらも右翼を推進させ、そこから順に中央、左翼。
片翼を主攻として進ませ、もう片翼の接敵を遅らせる。
――斜線陣であった。
とはいえそこで兵の練度が明確に差を生じさせる。
隣とタイミングをずらしながら歩調を合わせる斜線の進軍は特に難しいもので、それまでの訓練期間に加え、伍長や兵長の質こそがもの言う。
隙のない見事な斜線を描くクリシュタンド軍に比べ、カルデラ軍のそれは至る所で歪みが生じていた。
生じた歪みが明確な隙となり、脆弱点を作ることを考えれば、本来それはカルデラ軍が選ぶべき戦術ではない。
「……嫌な動きだな」
「コルキス様?」
右翼にあったコルキスは馬上から敵左翼の動きを見て呟く。
滑稽な斜線陣。
まるで突破してくれと言わんばかりの動きであった。
無策でこのような動きをあの慎重なサルヴァが取るとは思えない。
向こうが両翼どちらかに力を集中させるだろうことは予想していたが、しかし。
セレネの本陣から兵が左翼に向かうのを見ながら、コルキスは顎を撫でる。
――敵がこちらの左翼へ極端な戦力を集中させる恐れがあった。
短期決戦を敵が考えている可能性は高い。
「……流石はファレン軍団長だ。動きが早い」
中央第四軍団は進む前衛の隊列をうねらせる。
斜線の中、左翼側に凸部を作り上げ、弓兵をそこに集める。
中央に敵の集中が来ないと分かった瞬間、作り上げた凸部に即席の射撃陣地を設け、狙われる左翼への援護を行なえるよう隊列を可変させたのだ。
エルーガ=ファレンは統制と連携を何より重視するよう兵を鍛えている。
結果可能となるのは変則的、曲芸染みた隊列変形。
これにより前進する敵主攻――右翼は、中央から横合いの矢雨に晒されることとなる。
判断の速さを素直に称賛しながら、そのあからさまな動きにはコルキスへのメッセージも含まれていることに気が付いていた。
――援護は期待するな、と。
エルーガは左翼に危うさを感じ、そちらへ力を注ぐ事へ決めたのだ。
変則的な隊列は当然弱点を生む。
突出した凸部は格好の標的となり、エルーガはその防衛に力を注がねばならない。
コルキスのいる右翼に増援を回す余力はそれでなくなると見たほうが良かった。
「しかし、ファレン軍団長には無茶を振られたな。信頼してもらえていると思えば悪い気分ではないが」
「はは、ですがこういう状況は血が滾るのでは?」
「ああ、確かに。……幸い、問題はなさそうだ」
コルキスは正面に目を向けた。
そろそろ敵弓兵の射程に入る。
こちらは元々弓兵を中央と左翼に回しているため、接敵前の射撃は行なわない。
被害を考え、射撃に対し万全の構えを取るか――それとも一気に間合いを詰めるか。
――敵は短期決戦の構え。決まっている。
「馬を降りて俺は前に出る。敵は間の抜けた斜線陣、突破は容易だ。グランの阿呆を無視して抜け、背面を取るぞ」
目的は敵左翼中央寄り――そこの乱れが最も大きい。
恐らくは敵左翼を分ける二軍団、その継ぎ目であった。
中央寄りにある内側左翼の軍団長の首を獲り、分断。
その後別働隊を作り敵本陣、もしくは右翼の背面を狙う。
中央と分断されたグランに戦術的価値はない。
張り付けにして放置する。重要なのはこちらの左翼テリウスに対する敵の攻勢であった。
「俺はその際左翼に向かう。グランは任せるぞ」
「は!」
グランはコルキスの動きを見て、一瞬目を閉じた。
そして命令する。
「――敵は動いた、行くぞ。私についてこい」
こちらに真正面から向かってくる、そんな父の姿は無い。
父が先頭に立ち、狙ったのは軍団の継ぎ目。
ほんの少しの期待はあった。
父が真正面から、自分に槍を向けてくるのではないか、と。
グランは騎馬隊を指揮し、先頭。
寄せ集めの軍団の中でも能力高い軽装歩兵に大盾を持たせ後ろに引き連れると、最左翼から膨らむように前進する。
コルキスの最右翼にあるのは長槍兵。
騎兵に対する側面防御として、必ずコルキスは予備と最右翼には長槍を配した。
それは、今日も同じ。
知っているとおりの父――いつも通りの兵種配置であった。
――コルキス=アーグランドという軍団長を考えた場合、その最も優れた点は何か。
それはコルキス自身の武力ではなく、その練兵力にある。
コルキスは過酷な戦闘訓練によって、剣と槍を持ったことがない素人でさえ数ヶ月で勇猛な戦士に仕立て上げた。
そしてその兵の力によって、普通ならば成功しない突撃や防御を容易に成し遂げる。
コルキスが複雑な戦術を用いないのは、常にそうして鍛え上げた兵の力を最大限発揮出来る、単純明快な命令を至上とするためだ。
『兵が理解出来るのは動けと止まれ。俺達がどれほど頭を捻って戦術を練っても、兵には欠片も理解が出来ん。……戦術なんてもんは結局、囮を作って相手を乱す技術でしかないからな。囮にされた兵士に取っちゃ堪ったもんじゃないし、士気も下がる』
幼い頃聞かされたコルキスの戦場哲学。
一字一句、忘れていない。
『それよりは、前進し敵を打ちのめせ、ここを守って返り討ちにしろ、こういう指示はわかりやすくていい。誰にとっても与えられた命令と状況は平等――だからこそ他の隊と競うことができ、士気も上がる。そして俺はそのように教育する』
戦術ではなく戦略なのだとコルキスは言った。
『最強の戦士として兵を鍛え上げ、そして最強の戦士で軍を構成する。いつの時代も結局、兵力の優越こそが勝敗を決める。真正面から敵の戦術ごと圧倒出来る軍を作れば、それで戦いは終わりだ。……戦術は小手先の技術。知っていて当然のものであって戦いの本質じゃない。それに頼り過ぎ、基本をないがしろにするなよ』
――記録にある父の戦いには全て、目を通した。
いつだって父は単純明快――真正面から敵に対峙し、無謀とも言える突破を成功させ、相手の攻勢に対しては幾度も絶望的な状況を防ぎきってきた。
曖昧にただ、父が強いのだと認識していたグランはコルキスの語った言葉にまず驚き、その強さの本質をそうして理解し熱心に戦術を学んだ。
剣と槍が全てではないと知ってからは、夜の寝る間すら惜しんだ。
父のように。
ただその背中を追って。
グランの人生はずっとそうやってこれまで続いてきた。
追い抜く機会は、今の他にない。
「……そう、ここが、最初で最後だ」
馬に跨がり敵戦列の脇を疾走する。
引き連れる騎兵は300。
敵の最右翼は足を止め、騎兵突撃に備え長槍をこちらに突き出す。反応は早い。
疾走する馬上からそれに目をやり、そして更にその先へ目を向ける。
ここからは戦場のほとんどが見渡せた。
空を黒く染める矢雨。
遠く向こうまで先の途切れぬ戦列。
響く喊声――そして肉の衝突と金属音、悲鳴。
それらの音は時間と共に数を増し、膨れあがり――この見渡す限りの広大な平原に戦場音楽を奏で始めた。
その音一つ一つに人の命が花散らし、生の終わりを示していく。
尊ぶべきは命ではない。
狂気に満ちた戦場はただ一つ――その全てが勝利を掴むために動いていた。
この戦場で、自身の命は些細なものだった。
向かい合えば圧倒される。
そんな圧力を持った父の軍団ですら、戦場全体から見れば小さな世界。
グランが手にするべきは、その小さな世界の小さな勝利。
――心が落ち着く。
すっと体の中にあった恐怖が消え、沸騰しそうな頭の血液がようやく体全体を回り始める。
正面から現れるのは敵騎兵と予備の長槍兵。迂回阻止の部隊であった。
こちらは馬を左に背を向ける。
そして続いていた歩兵に向けて槍で示す。
「――勝利への道が生まれたぞ! 狙うべきはそこだ!!」
グランを先頭にした騎兵によって敵最右翼に長槍を構えさせ、結果生じるのは前へ進む前衛との間に生じる僅かな間隙。
それを作るため、グランは先行したのだった。
後ろに続いていた軽装歩兵は方向転換。
彼等は敵の横腹に対し大盾を構え走り寄る。
そして投槍を繰り出し、その体ごと乱れた長槍兵へと叩きつける。
軽装歩兵を先頭に、彼等へ続くのはおよそ4000――グランが持つほぼ全軍であった。
コルキスの突破を前提とし、横から全力を持って第二軍団に突撃、前後に分断する。
それがグランが考えた捨て身の策であった。
コルキスの第二軍団に兵の質では決して勝てない。
真正面からやりあえば負ける。
なぜならその軍団は、グランが誰より尊敬するコルキスの作り上げた最強の軍団だからだ。
兵の質では勝てはしない。
だが、いかに強兵と言えど、横合いからの攻撃には脆いもの。
飽和的な攻撃によって長槍兵の戦闘能力を完全に奪い、その身深くへ斬り込む。
文字通り捨て身――失敗すれば後はない。
だが、成功を確信していた。
コルキスはグランを無視し、中央寄りに斬り込んだためだ。
結果第二軍団の前衛はグランの軍団に対しては攻撃を空振り、完全に脇腹から背後を突かれることになる。
グランは会心の笑みを浮かべる。
だが、まだ終わりではない。
敵騎兵はこちらに迫ってきていた。
彼等はこちらの突入を防ぐため、必死の表情でこちらに向かう。
この段階で横合いから突撃を喰らえば全てが台無しだった。
当然、コルキスは最右翼の長槍兵――その内側へ熟練兵を配してある。
そこを完全に抜ききるには多少の時間が必要で、その時間を稼ぐためにもこの騎兵は必ず仕留めなければならない。
再びグランは反転し、敵騎兵に向き直る。
そして――槍を構え疾走する。
「総員、私に続け!!」
――真正面からの衝突。
それに気付いた相手は僅かな怯みを見せ、グランは頬を吊り上げる。
馬を全力で走らせながら、グランは槍を大振りに構えた。
コルキスのものに比べれば短く、細い。
だが鋼の芯を通した大槍――威力は十分。
その全身の力を振り絞って上体を捻り、大槍の腹を先頭の騎兵に叩きつけた。
敵騎兵はそれを受けようとしたが、ものが違う。
相手の騎兵槍はへし折れ、その胸甲の鋼がひしゃげ、グランの大槍は鎧ごとその骨を砕いて敵騎兵を絶命させる。
吹き飛ぶ体は叩きつけられ、後続の馬の足を乱した。
その一撃にて相手の衝力を消し崩したグランは、乱れた騎兵を討ち取っていく。
足の止まった騎兵など物の数ではない。
頭蓋を叩き割り、心臓を、首を貫き――その場にグランを止められるものはいない。
そして後続の兵は歓喜に叫びグランに続く。
「後は任せるぞ! ボーネッツ、ついてこい!」
「は!」
一度の交錯で敵騎兵を半壊させると、後の始末を任せ騎兵百を率いて敵戦列へ。
その間に敵長槍兵は十分なほどに乱れ、もはや騎兵突撃を防ぐ力もない。
「ここに槍で刺される間抜けはいない。行くぞ!」
「は! 総員――突撃ぃ!!」
――走らせる。
馬の調子は良い。興奮しながらも落ち着いている。
眼前の敵を見る。
槍は構えられていない。
構えているものも、その顔には怯えが浮かんでいた。
腰の入らぬ槍などで馬の命を奪うことなど出来はしない。
彼我の距離は急速に縮まり、潰れ――奔るは衝撃だった。
鞍と鐙が生まれてから、騎兵は仮に武器を構えずともそれそのものが凶器であった。
人の十倍近い質量を持ち、その全身は強靱な筋肉の鎧で覆われ。
それが疾走し、その体ごと運動エネルギーの全てを衝撃へ変えるのだ――人の体など小枝のようにひしゃげて潰れる。
それが百騎も連なれば、その衝撃は千に届く兵に波及し、その統制を一瞬の間麻痺させる。
響くは鈍い無数の音。
腰の引けた兵士の骨をへし折ると、一瞬グランは愛馬の様子を見る。
愛馬には無数の傷――無茶をさせた。恐らくこの戦場が最期だろう。
けれど今なお愛馬は進む。敵兵を蹴散らすように。
進めという、そんな主人の気持ちに応えるように。
良い馬だった。
これまで出会った中で最高の馬だろう。
この馬の気性はむしろ温厚――けれど主人が望むこの場において、彼は騎兵の乗馬として最高の力を発揮していた。
愛馬の声に応えるように槍を振るう。
纏わり付く敵を蹴散らし、前へ。
もしもこの愛馬が生き残ったならば、例え走れなくなったとしても必ず死ぬまで面倒を見てやろう。
背後を見る。
追随する騎兵も死に物狂いでついてきていた。
右手には斬り込む兵士達の姿。
父の――最強の第二軍団はその中程までをこちらに食い破られている。
――分断した後はそのまま孤立した前方集団、コルキスを討つ。
それは破竹の快進撃と言えた。
第二軍団、その兵はいずれも勇壮。
これほど切り込まれてなお崩れず、バラバラにされながらもこちらへ向かう。
誰一人欠けることなく、一人一人が戦士であった。
生じるのは、兵士達をこれほどまでに鍛え上げた父への畏敬の念。
グランは何度か交代を繰り返しながらも、可能な限り先頭を走った。
既に騎兵は半数になっている。
しかし、彼等はグランに続いた。
常に先頭を走る指揮官――勇敢なるグランに対し尊敬の目を向け、その体を押し上げる。
戦う前まではなかった視線。
主君を裏切ったグランに対する侮蔑の目は、少なくとも今この時は存在しない。
歩兵を先導するように、その道を切り裂くように。
そうしてグランは敵陣を斜めに分断し――
「っ!?」
そこにあったのは味方の軍団ではなく。
――自身に向けられる槍だった。
咄嗟に馬上から飛び降り転がる。
愛馬の首はへし折られ、悲鳴と共に地に伏せた。
虎を象る勇壮な鎧兜。
大柄な、その筋肉質な体躯は内側から鎧を引き裂かんばかりで、手に持つ槍は八尺三寸――総身鋼の重槍であった。
先端の刃はまるで分厚い小剣がついているようで、石突きは岩を易々と砕くだろう。
重厚な鎧兜は身を守るためのものではない。
その常軌を逸した槍を振るうための重石であった。
歩くだけで、その足は大地に深い爪痕を残す。
名実ともに、王国一の槍使いであろう。
コルキス=ナクトラ=リネア=アーグランドはグランの眼前に立った。
尋常ならざる敵として。
「威勢がいい。お前を甘く見すぎていたようだなグラン。……中々の快進撃じゃないか」
「……父上」
グランは右手――左翼へ共に布陣していたはずの味方へ目を向ける。
そこは既に壊乱状態にあった。
そこで理解する。
コルキスは左翼を突破した後、脇腹を貫いたグランの動きから意図を察した。
そしてすぐに引き返すことを決め、その上で残る左翼を行きがけの駄賃とばかりに背面から貫き、ひねり潰したのだ。
グランからの横やりが入らないことを確信して。
グランが考え得る限り、最高の横撃であった。
理想的で、狂いなく、掛かった時間など僅かなもの。
――こんな時間で、父が戻ってこれるはずがない。それも一軍団を壊滅させた上で。
そう考えるが、けれど現実は目の前にある。
「おい」
「……は」
コルキスの合図に、横にいた兵が何かを放る。
グランの目の前に転がったのは首。
共に左翼を指揮していたはずの軍団長、トーバルのものだった。
「だが、突破を許したのがお前達の敗因だ。俺が背を向けた相手に手こずるとでも思ったかグラン。お前達の引き連れるその寄せ集めで、小手先の技術で、俺の軍団をどうにかできるとでも思ったのか?」
一歩近づく。
大地にコルキスの足がめり込む。
グランには目の前にある父の姿が、巨人か何かのように見えた。
「そして今、お前達は足を止めた。ここから始まるのは戦術比べではない、単なる力比べだ。……グラン、父をこれ以上悲しませてくれるなよ」
「っ……!?」
振るわれた槍を寸前で回避する。
槍と思えぬ轟音が響く。
風を裂くような――形容されるのはそんな言葉ではなく。
その場にある空間を押し潰し、ひしゃげさせる、そんな一撃。
いつの間にか周囲の兵達は後ろへ下がり、円を作る。
父と子――コルキスとグラン。
そこにあるのは二人だけであった。
引き連れて来た兵達はコルキスの姿に戦意を喪失させている。
明確な敗北を悟り、そこに先ほどまでの覇気もない。
これから起こることを悟ったように。
「周囲を気にしている余裕があるのか?」
「ぅ、っ!?」
――突き出せば槍は遥か後方までを貫くように。
その一撃は鎧に風穴を空け、肉を貫き、骨を砕くこと容易い。
尋常ならざる一撃でありながら、しかしそれは単なる牽制であった。
無数に繰り出される突きの一つ一つ――その全てが必殺と呼んでなお不足する。
その常軌を逸した重量の槍を、まるで手槍の如く。
重心は安定し、常に体の芯が保たれていた。
槍だけが重力に反した流麗な動きを見せ、グランの寿命と心を削り取る。
穂先はグランを両断する。
鋼の柄はグランの鎧ごと骨を砕く。
石突きは掠っただけでその部位を粉砕する。
グランの持つ鋼の槍――常人では扱えぬその槍ですら、コルキスの槍の前には小枝のように思えた。
見ているものですら言葉一つ発することが出来ない。
コルキスの槍が奏でる轟音――風圧。
瞬きの間に振るわれる槍の数はどれほどか。
それを躱し続けるグランは並の使い手ではなかったが――しかし勝負は見えていた。
コルキスがその戦いですら、手心を加えているのが見て取れたからだ。
かちあげるように柄を振るい、受けるしかなかったグランの槍をコルキスがへし折る。
吹き飛ばされ、転がされたグランはすぐさま立ち上がり、剣を引き抜き再度迫る。
「っ、まだ……っ!」
グランは叫んだ。
踏み込みは獲物の首に食らいつくような跳躍に。
それでもなお、コルキスの槍の方が早かった。
歯を食いしばりながらも容赦なく、コルキスはその剣をへし折る。
――グランの初陣のため、かつてコルキスが贈った剣だった。
体ごとグランは弾き飛ばされ、再び転がる。
剣で威力は弱まり、けれど腕も、あばらも折れていた。
今度は起き上がる事も出来ず、グランは顔だけを上げコルキスを見る。
コルキスはその顔に様々な感情を滲ませ、
「……不出来な父で悪かったな。どうあれ……悲しく思う」
「ぁ……」
その胴を、槍で鎧ごと貫き、引き抜く。
コルキスは一時の間その死体の前で立ち竦む。
赤子の時に抱え上げた、その感触を思い出しながら。
「――貴様らの軍団長、リーバ=トーバル、グラン=アーグランドはこのコルキス=アーグランドが討ち取った!」
そして咆哮を上げるように、叫んだ。
「その上でこの槍で殺されること望むものがあるならば前に出るといいッ! 誰であろうとこの俺が八つ裂きにしてくれよう――!!」
大気を揺るがし、大地に響き。
多くのものはその声に剣を下ろす。
しかしそこで、兵列を割って声が響いた。
「――軍団長、本陣の旗を!」
コルキスがそちらに目を向ける。
こちらに向けて右から黄旗が六つ、そして左端には赤黒赤。
軍の中でもその内容を知る者は将軍や大隊長、旗手と伝令の一部に限られていた。
兵士の士気低下を鑑みた結果、そうすることになっているのだ。
「……メルキコス軍団長が」
コルキスは目を見開き、拳を握る。
それは左翼軍団長の喪失――テリウス=メルキコスの死を告げる旗であった。