生への執着
クリシュタンド軍右翼はコルキス率いる第二軍団7000。
中央にはエルーガ率いる第四軍団7000。
そして左翼にはテリウス率いる第三軍団6000。
セレネは中央後方5000を率いて陣を敷く。
対するサルヴァ――カルデラ軍はコルキスに対する左翼に1万2000。
中央に8000、右翼に1万。
本陣5000を右翼寄りに置いてセレネに向かう。
クリシュタンド軍は敵の本陣の位置から敵の攻撃が右翼と中央を主体に行なわれると判断した。
サルヴァはクリシュタンド軍を知る。
コルキスが率いるのは1万2000からすれば小勢7000――しかしその内の半数以上が数多の戦場をくぐり抜けた歴戦の猛者であると知る。
当然、ここの正面突破を狙う愚を犯すまい、と考えたのだった。
1万2000は二人の軍団長に率いられており、片方はグラン=アーグランド。
コルキスを釘付けにするための餌であると考えるのが妥当で、それは逆に言えば、敵は7000のコルキスの軍団に1万2000の兵力を貼り付けさせられているということ。
悪い話ではなく、セレネ達は敵の誘いに乗る。
結果として敵軍損害およそ5000に対し、こちらの損害は2000程度。
この戦いをヴェルライヒ軍による敵軍打破までの戦線維持と考えれば、現状は優勢と言えた。
――これはクリシェの突撃が成功し、影武者の首を奪った日の晩。
その会議でのことであった。
「……ナキルス=フェリザーね。この状況で質の良い一軍団、5000の増加は痛いところだわ」
「俺の責任です。……今日突破が出来ていれば、状況は変わっていたのでしょうが」
「わたしの決断が遅かったわ。あなたのせいじゃない。……それに、十分な成果もある」
ノーザンからの伝令は今日の昼に敵増援を知らせた。
少なくとも、防御だけを考えるならば問題ない状況であり、ここで攻勢に出るか、守勢に出るかを迷っていたセレネはその報告に攻撃を決断。
右翼と中央――コルキスとエルーガによる反撃を命じる。
とはいえ、敵は攻勢に出ながらもこうしてこちらが反撃に移ることを予期していたのだろう。
敵はむしろこちらの攻撃を誘うように機動防御を取る構えを取っていた。
誘い込み、コルキスを討つ気であったのだ。
最終的には時間もなく、こちらは突出した敵兵力を削り取ることで精一杯――流れるようであった敵の動きを見る限り、敵の増援は当初より予定されていたと見て良い。
そしてその増援に対し、こちらがどう出るかを読んでいたのだ。
面倒であった。
現状生じている問題の多くは第三軍団長テリウスの元副官サルヴァと、コルキスの息子であるグランの存在にある。
元々二人に近しい人間だっただけに、テリウスとコルキスの手の内を知られてしまっている上、クリシュタンド全体の戦術に対する造詣も深い。
「……ふぅ」
セレネは濃い黒豆茶に口付け、その強い苦みに思考を弛緩させる。
濃厚な黒豆茶。
夜だからと気を使ったアーネの手によるものだが、眠気覚ましにしても濃厚である。
これを口にするのは中々の苦行であったが、セレネの前の飲み物はこれしかない。
飲み干すと空になったコップにすかさずアーネがおかわりを注ぐ。当然濃い。
その素早さは半ば嫌がらせ染みていたが、眠気覚ましとしてはパンチが効いていて悪くはないとセレネは非常に好意的な解釈を行なう。
隣のガーレンなどはその濃い黒豆茶を全く平気な顔で飲み、その気遣いに感心したようにアーネへと頷くくらいであった。
アーネはアーネで照れたように頬を染め、そんな様子を見ると変えてくれとは中々言いづらい。
嘆息すると、セレネは本題を口にした。
「ヴェルライヒ将軍ではなく、わたしに5000を割いた理由は何かしら?」
「第一として、ヴェルライヒ将軍への攪乱――あわよくばあちらの戦力をこちらの増援に回させようとしたか」
エルーガは腕を組み、顎を撫でた。
「――ですが今日の動きを考えるに、元より狙いはこちらであったと考えるべきかも知れませんな。今日の防御は即席とは思えない、練り込まれたものがありました」
敵はこちらの攻撃を単に防ぐのではなく中衛にわざと穴を開けた機動防御の構え。
防御の穴をわざと生じさせ、誘い込んで敵を討つ――機動防御はそういう攻撃的防御で、クリシェがベルナイクの撤退戦で行なったものと同じ戦術である。
気付いたエルーガは攻撃の最中、すぐにコルキスへ深追いをしないよう伝令を飛ばし、同じく違和感を覚えていたコルキスもすぐに戦術を切り替え、突破ではなく兵力の削り落としを行なうことで難を逃れた。
機動防御は決まればこれ以上ないほどの打撃を相手に与えるが、わざと穴を作る関係上、それを読まれてしまえば前衛が単に孤立することになり、守備側が多大な損害を被る。
戦術に長け、誰より広い視野を持つエルーガなればこそ寸前で気付くことが出来たが、とはいえ、一歩間違えば大打撃を被っていたのはこちら。
それほどに敵の仕掛けは巧妙であった。
「一辺倒な攻勢――単なる無能の采配かと思ってはいましたが、敵はこちらの油断と反撃を誘っていたのでしょう。増援の報告にこちらが反撃に移る――それを読んで、周到に用意されていたと考えるべきですな」
「やっぱりあなたもそう思うかしら? あまりに上手く行きすぎているとは思っていたのだけれど」
エルーガは頷く。
第三軍団長テリウスは渋面を浮かべ、告げる。
「それを踏まえ決めるべきは明日の方針ですな。攻か守か――」
「……それとも退くか」
告げたのはガーレンであった。
軍団長とその副官――場にあった視線のほとんどが彼の方に向く。
「単なる後退ではなく、今日の内に西へ。キールザランを通り越したところで再度敵の動きを見る」
「……ガーレン、後方を荒らさせる気?」
「場合によれば。離す距離は精々四十里――半日としましょう」
ガーレンは指でクリシェ達が布陣する丘を示した。
「この戦の要点は、ヴェルライヒ将軍が勝利するまで持ちこたえること。無為に刃を交えずとも、適当な距離を保ち時間さえ稼げば良い。敵が後方を荒らすにしろ他国の軍ではない。略奪を行なえば大義名分を失う以上、彼等は節度を守るでしょう」
ガーレンは目を鋭くさせ、こちらの軍を示す駒と敵軍を示す駒を操る。
「敵が後方を狙うなら、我々は彼等が完全な自由を手にできない距離を保ち、その背後をつけ回しておけばいい。敵軍を遊ばせる事が目的です。増援の5000もそれで意味をなさなくなる。……そうなれば王弟殿下の軍は5000を無駄にしただけ。ヴェルライヒ将軍は予想より優位な状況で敵と対することができる」
「こちらに追った場合はどうなさる、ガーレン殿」
エルーガが尋ねれば、ガーレンはそのままです、と答えた。
「その場を再戦の場とします。夜の移動となれば兵が堪える。敵の到着まで休息させれば良いでしょう。どうであれ、迫ってきた場合であってもそれで刃を交えることなく半日の時間は稼げます」
「……懐かしい戦術ですな」
コルキスが笑って言った。
敵の一部を誘って引きつけ逃げ回り、そして主攻で本命を狙う。
百人から数百人という小規模部隊を用い森で行なうゲリラ的な戦術であったが、ガーレンが隊を率いていた頃にはよくやっていたものだった。
その時は主にガーレンが敵の引きつけを、ボーガンが主攻を担い――ガーレンはそのように、隊長としては無用な戦いを避けることに重点を置いた。
「敵はどうあれ、策の失敗により今日手痛い打撃を受けた。援軍を待たず夜の追撃を行える心理状態ではないでしょう――間違いなくこちらの動きを罠と警戒する」
「兵糧はキールザランを寄るときに掴めば良い、というわけですか」
エルーガはガーレンの提案を吟味し、黒豆茶に口付ける。
軍の戦略、戦術と言うよりは単なる戦闘術の発想――とはいえ一笑に付して退けるには惜しいものがあった。
ガーレンは大軍指揮経験のない叩き上げの軍人であり、その能力判断に迷う点が存在していたが、その思考は驚くほどに柔軟であった。
隊を動かすことと軍を動かすことは大きく異なる。
しかし、ガーレンはその違いを弁えた上で、自身の得意とする隊の運用に軍を落とし込んでいた。
ボーガンが心よりの尊敬を向けた百人隊長――クリシェが親愛を向ける義祖父。
エルーガ個人としても元より同じ娘を溺愛する彼に対し共感を覚えていたが、改めてガーレンは優秀な軍人であるとも認識する。
「……その場合、殿を私が務めましょうか。追ってくるなら誘って、向こうが懸念するであろう罠をあからさまに見せてやれば良いでしょう」
「俺もガーレン殿の提案は悪くないと思います……まぁ、ガキにケツをまくるというのはどうにも、思うところはありますが」
コルキスは腕を組み、言った。
「一つ言っておくなら、逆にこのまま討って出るというのも悪くない案です。敵の力量は大方把握ができました。明日も同じようにファレン軍団長の支援を頂けるなら、右翼の突破はゆとりを持って行えます。敵増援は高々一軍団――足並みが揃う前に反抗すれば、この戦いを終わりに出来る可能性は十分にある」
「……どちらかと言えば私もそれに賛成ですな。敵は構えた策を空振りし、大打撃を受けた後――今頃は立て直しに手一杯でしょう。今は機でもあります」
テリウスはコルキスの言葉に同意を示した。
どちらの言葉にも利があり、ガーレンとエルーガ、コルキスとテリウスで場は二分。
撃滅のチャンスがいつかといえば、明日の朝を逃す手はない。
とはいえ後退するのであっても、今日を逃す手はない。
意見を聞いて考え込んでいたセレネは背もたれに身を預ける。
両手を上げて、しなやかに伸びをする。
ここのところ座る時間が多いためか、腰がすぐに固まったようになってしまう。
「……ファレン軍団長、増援のフェリザーは?」
「猪ですな。勇猛で力に優れるが、前に進むしか知らぬ。……とはいえ、実力は確かです。敵の目的がセレネ様であるならば、率いているのは精鋭と見たほうが良い」
「そう。その上でアーグランド軍団長、敵が左翼に増援を向けた場合の公算は?」
「……突破は難しくなりますね。ですが本陣からの増援を頂けるならば、フェリザーの首は狙えるでしょう。何度か戦場で会ったことはあります。過信ではなく、正面から戦えば殺れる。兵の質という点でも俺の軍団ならば問題ないでしょう」
一定の領域を越えた魔力保有者は、大小あれどそれそのものが戦場に影響を与える。
戦うのであれば、名のあるフェリザーは早めに始末しておかねばならない。
そして逆に、コルキスが討たれてしまうような事態は絶対に避ける必要があった。
コルキスは一見単純な男に見えて、冷静に彼我の力の差を見極める力を持っている。
そうでなくては完全な実力主義者であったボーガン=クリシュタンドが軍団を任せはしない。
その言葉には一定の信用を持つことは出来た。
「では、そっちはどう?」
「私にはアーグランド軍団長ほどの自信はありませんな。討って出て、フェリザーの首を狙えるとまでは豪語できん」
中央は戦術家エルーガであり、そして後方には本陣5000。
敵がここを狙うことはまずありはしない――であれば左翼第三軍団であった。
テリウスはその鷲鼻をなぞり、告げる。
「とはいえ、突破阻止という一点であれば問題はないでしょう。アーグランド軍団長が敵を貫くまでの間、こちらに集中しても食い止めることは可能です」
「敵にはあなたの元副官よ? その場合中央のファレン軍団長はアーグランド軍団長の支援、頼れるのはわたしだけだと思ってちょうだい」
「ある程度の余裕は見ています。ご安心を」
力ある言葉であった。
コルキスとテリウス。
一番の問題はこの二人がこの戦に熱を入れすぎているのではないかという懸念。
息子と元副官――その二人が相手となれば、どうしても力が入る。
問題はその上で冷静さと余裕が二人にあるか。
当然、ここで敵を打ち破れるのであればそれで良い。
それが最高の答えで、セレネが求める最高の結果。
――クリシェであればきっと、考えるまでもなくそれを選択するだろう。
クリシェはずるいくらいに優秀で、なんでも出来てしまう。
誰より愛らしいと思って、けれど同時に、競うべき相手でもある。
クリシェならば戦う。考えるまでもなく。
そんな彼女に追いつきたいとも思う。
では、セレネならばどうするべきか。
求める結果はできる限りの最上を――けれど今のセレネ=クリシュタンドの実力は、クリシェと同じ選択が出来るほどに評価して良いものなのか。
「……ここに座っているのがクリシェなら、考えるまでもなく反撃を選択するわね。わたしが考える不安――どれだけ最悪の場面を想像したって、クリシェならば何一つ問題なく、対処出来ると思うもの」
敵の目的はこちらで、増援にはこちらの首を獲るために考え得る限りの精鋭が送り込まれている。
なおかつギルダンスタインが向こうにいるという情報は間違いで、実はこちらに来ているのだとか。
最悪の想定をすれば、いくらでも不安は湧いてくる。
「ミア、どうしてあなたはここに?」
「っ、は、はい!」
口を挟めぬ状況に天幕の端で石像と化していたミアは、突如の言葉に飛び跳ねるように敬礼した。
隣にいたカルアは笑いたくても笑えない状況に下を向く。
「ま、万が一の場合、将軍をお守りせよと」
「万が一とはどのような状況かしら?」
「想定より大なる兵力がこちらに向かい、防衛維持が不可能になるような状況です。えと、王弟殿下がこちらに向かう可能性を常に考慮し、将軍のお側を離れるなと、そのように命じられました」
伝令の伝えた情報が嘘とは思えない。
向こう――フェリザーと分離した時点では、あちらにフェルワース=キースリトンと共に歩くギルダンスタインの姿は確かに存在していた。
しかし、情報は遅れるものだ。
今ある情報は一昨日の夜のもの――軍は互いに互いの伝令を狩ることに力を注ぐ。
特に敵を挟んだ現状、それを迂回する伝令は長大な距離を走る必要があった。
直線距離でいうなれば百里を超える程度のもの。伝令の足であれば半日の距離であったが、丸一日を迂回に取られている。
それ以降の報告はないが、未だにあちらに存在しているのか、それともこちらに伝令が走っている最中か。
現時点でそれは定かではない。
情報は常に、考慮に値するものだ。
けれど遅れた情報に身を預け、安心することほど愚かなこともない。
『――自分の力を疑えセレネ。自分に何が出来、何が出来ないのか。自分が賭けに勝てるか否か、負けてもそれを取り返せるのか否か。常に自分の能力の全てに問いかけて過ごせ。一軍の将には過信も油断も決して許されはしない。わかるか?』
「――戦は決闘ではない。逃げて勝てるならば恥じることなく敵に背を向けよ。我らが求めるべきは栄光と名誉ある敗北ではなく、無様で滑稽な勝利なのだ……なんて、ふふ、耳が壊れちゃうくらいお父様には何回も言われたわ」
セレネは父の言葉を呟いて、ため息をつく。
クリシェならば、ここで戦う。
父でも、そうするのかもしれない。
青い瞳を天井へ向けて、流れる金の髪の一房を手に取った。
それをさらさらと掌から零す。
ここにあるのはクリシェと違う、金の髪。
――セレネ、あなたはどうするの?
問いかけて、答えを出す。
「わたしはまだまだ未熟で、あなたたちへおんぶに抱っこ。将軍とは名ばかりで、不測の事態が生じた場合二人を助けるにはあまりに弱いわ」
まだまだおんぶに抱っこ――そう、彼等にも、クリシェにも。
息をついて、三人の軍団長に目をやる。
全員がセレネの目を見ていた。
「ここにいるのがクリシェでも、お父様でも、戦うことを選んだかも知れない。でもわたしは臆病で、二人に比べれば能力に欠ける」
期待に応えたい。
後ろは任せて、安心してくれと言ってやりたい。
彼等にも――クリシェにも。
けれどそう告げることができないくらいに、自分はまだまだ未熟者なのだ。
「……ガーレンの提案通り、可能であれば半日でもいいから戦わずに時間を稼ぎたいと思うの。どうかしら?」
今の自分が求めるべきは最高の結果ではなく。
ただクリシェの勝利まで生き延びること――そんなみっともない、最低限の結果。
エルーガは苦笑し頷き、コルキスは笑う。
「はは、セレネ様は誰より立派な将軍だってことは、英雄に仕えた俺が保証しますよ。……そのセレネ様の決断に、俺が言うことはありません」
テリウスは渋面を作ったものの、しかしふっと力を抜いて柔らかく微笑んだ。
「――懸念の理由はこちらにもあるでしょう。私に比べればセレネ様の方がずっと冷静にこの戦を考えておられますな」
「……ごめんなさい。とはいえ、こちらに来るなら半日――個人的には敵が後方を狙う可能性よりも、こちらに向かってくるほうがありえるとは思うの。わたしの妹に勝てないと踏んで、わたしを狙いに来たんだって」
セレネは少女のように、姉の顔で笑みを浮かべた。
「わたしは自分が未熟だって思うのと同じくらい、クリシェのことを信頼してるの。わたしは自分が正面切ってここで勝つことよりも、あの子が勝つことに賭けたいわ。それまでわたしを守ってちょうだい、……頼ってばかりで申し訳ないけれど」
「は、否応ありませんな」
テリウスが苦笑し、ガーレンが手を叩く。
「――決まりのようだ。動くなら早い方がいいでしょう」
「ええ。言ったとおり、私が殿を。将軍に何かあっては、クリシェ様に顔向けができない」
「ふふ、頼むわ。クリシェにはファレン軍団長がとっても頑張っていたって言っておかなきゃいけないわね」
「くく、ではそれを嘘にせぬよう努力をせねば」
頬を吊り上げるように。
無数の皺が深く刻まれ、遠目に見ていたミアがじりじりと後ろに下がる。
同じくエルーガの邪貌に怖じ気づいていたアーネは、ミアのそんな姿にひっそりと謎の友情を膨らませていた。
エルーガは立ち上がり、セレネの側までいくとその肩に手を置く。
「……このような場ではっきりと、場に飲まれず、栄誉に目を奪われず、そのように告げることが出来る者はそうはいません。私はその臆病さが何よりの大切にすべきあなたの美点だと思いますよ」
「……お父様が見ていたら笑っているんじゃないかしら?」
「はは、笑っているかも知れませんな。……けれどそれは、自慢の娘を誇る笑いでしょう」
怖い顔――であるが、クリシェが懐くのもよく分かる。
セレネは頷き、ありがとうと礼を述べた。
「後ろを任せるわ、ファレン軍団長」
「ええ。お任せを。……それとガーレン殿」
「……? なんでしょう、ファレン軍団長」
好好爺の顔でそれを見ていたガーレンにエルーガが告げる。
「実は前々からあなたとは話してみたいと思ってましてな。戦が終わり、少し落ち着いたならば、共に酒でもいかがでしょう?」
「はは……それはありがたいお誘いです。ファレン軍団長にはクリシェも良くしてもらっている……こちらからも一度、礼を述べたいと思っておりました。喜んでお受けしましょう」
「ええ、酒の肴は十分にある。老人同士、若い者に負けぬよう頑張ろうじゃないですか」
百に近いエルーガと、六十手前のガーレン。
年齢としては四十年ほど差があったが、魔力保有者のエルーガと見た目上は変わりなく。
皺の寄った自身の手を眺めて、ガーレンは苦笑する。些細な事だった。
老いを感じるには十分なくらいのことが、これまで多くあった。
「確かに。酒の肴は十分にある。……酒の肴になる日は、まだまだ先のようですな」
懐かしむように寂しげに笑って、ガーレンは頷いた。