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02. 長谷川きらりの会談


「よくぞ参った」


 国王様はこれまた穏やかそうな人でした。

 王冠を被っているわけでもなく、重厚なマントを羽織っているわけでもなく、廊下ですれ違った人達とあまり大差ない服装をしている。清貧を心掛けている人なんだろうか。上に立つ人はこうあるべきだと私は思っている。

 映画俳優に詳しくないので、誰に似てるとも言えないんだけど、バリトンボイスが素敵な渋いおじ様である。ダンディで非常によろしい。

 王様と話をするっていうと、ひざまずいて許しを得るまで顔を上げない、声が小さいと届かないんじゃないかなってぐらい離れて会話するイメージだったんだけど、会談場所は思った以上に狭い場所。応接セットがあって、座るように促された。なんだろう、本当に社長室みたいだ。

 執事的な銀髪の男性が、湯気の立つカップを置いてくれる。色合いからして紅茶っぽいんだけど、味はどんなもんだろう。


 こういう時って、どうするのが正解だったか。出されたお茶って飲んでいいんだっけ?

 何かの折に教育されたビジネスマナーが頭を巡る。営業向けの資料だから、それ以外の人にはピンとこない内容で、なんとなくしか覚えていない。

 私と一緒にやってきたテオルドさんが隣に座り、国王の顔を窺う。王は頷き、そして立派な椅子に腰かけた。執事がすかさず茶を入れて、背後に控える。全員が配置に着いた所で、まずテオルドさんが口を開いた。


「ローガン様、こちらがお話したウミト様です」

「お初にお目にかかります、小林文乃と申します」

「ふむ、キラリ様とご同郷であるとか。ウミト様」


 フミノってよっぽど発音しにくいんだろうか。

 もうそこには突っ込まず、敬称について言及させていただく。


「たしかに私は聖女様と同じ国出身なんですが、私自身は何の力もない一般人です。様付けは必要ありません」

「だが――」

「国王様にそのように呼ばれてしまうと返って恐縮してしまいます」

「そうか。では、希望に沿わせて頂こう」

「恐れ入ります」

「ウミト殿」


 殿できたか。ますます男っぽくなったな。


「我々の不手際により、こちらへ招いてしまったこと、国の長としてお詫びさせていただく」

「もったいないお言葉です」

「何故キラリ様の代わりに貴女が召喚されたのか、原因がわからない。術式自体は間違っていないし、発動もしている。考えられる要因としては、貴女とキラリ様に共通する何かがあるということだが、心当たりはあるだろうか?」

「そう言われましても、私の知人に長谷川きらりさんは居ませんし」


 そもそも長谷川という人が周囲に居ないのだ。学生時代にまで遡れば同じ学校内にはいるかもしれないけど、そんな昔の共通点が現在に影響を及ぼすとは考えにくい。

 しばし沈黙がこの場を支配する。司会進行役のヴ・テオルドさんが、唐突にならない程度の声量で話しはじめる。空気読むの上手いなーさすが部長ーと思っていたら、内容は空気を読んでいなかった。


「事態がはっきりするまで、ウミト殿にはキラリ様の代わりを務めて頂きたいと考えているのですが、如何でしょうか」


 如何じゃないよ、なに勝手に言ってんだハゲ。


「ご覧の通り、ウミト殿はキラリ様に似ていらっしゃいます。鎮圧の為に遠くから姿をお見せする程度であれば、キラリ様として君臨は可能かと思うのです」

「いや、そんな無茶苦茶な……」

「大丈夫です。聖女の騎士は健在です。五人がウミト殿をお守りします」

「ですが、その人達はキラリ様の守護騎士さんなわけですよね。偽聖女とか気を悪くされるんじゃないかと思うんですが」

「キラリ様の名声と名誉を守ることに繋がるのですから、これもまた立派な騎士の仕事でしょう」

「いや、でしょうってそんな適当な……」

「騎士に関しては、私が命じれば済むことだ」

「ご配慮いただき、感謝いたします」


 勅命ですか、そうですか。


「ウミト殿が倒れられた後、目覚められたことは伝えております。キラリ様ではないとわかった為、面会は待機させている状態です」

「賢明だ。事を大きくするべきではないからな」

「この件に関しましては、当面はキラリ様ご本人として扱い、ウミト殿のお名前は伏せておきたいと考えております」

「その方がいいだろう。別の騒ぎが起きかねない」


 勝手に話が進んでいく。

 私は文乃でもウミトでもなく、キラリと呼ばれるらしい。マジ勘弁。


 具体的な内容になると話に入っていくことが出来ず、手持無沙汰な私に執事さんが近づいてきて、紅茶を入れ直してくれた。マドレーヌっぽい焼菓子も小皿に盛り、「どうぞお召し上がりください」と微笑まれた。なんという紳士、素敵です。

 優雅とはいえない手つきでカップを手に取り、口をつける前に匂いを味わう。際立った香りは感じられない。火傷に気をつけて少しだけ口に含むと、仄かな甘みが広がった。やっぱり紅茶だな、これ。この味だとミルクティーが合いそうだなーと思いながら、マドレーヌらしきお菓子も頂く。口内に広がるバターの風味、甘みも抑えられており、大変美味である。


 高級菓子を堪能しつつ、会話を漏れ聞いているかぎり、私の処遇は決まりつつある。

 キラリ様を召喚したことになっているので、キラリ様として過ごしてもらいたいこと。世話係を付けるので、わからないことはその人に訊くこと。五人の守護騎士が居るので、私自身はそこまで前に出なくても良い。むしろ隠れている方がいいらしい。あれか、貴人は使用人に全部やらせて自分は踏ん反り返ってるだけっていう。――人にやらせてばかりなのは性に合わないんだけどなぁ。でも、私はキラリ様のことを何も知らないわけだから、下手に喋るとボロが出るわけで。そう考えると、騎士さんにまるっとお任せしてしまう方がいいような気もする。


「おっしゃりたいことはわかりました。ひとつ確認させて頂きたいんですが、よろしいでしょうか?」

「なんですかな」

「私、いつまでキラリ様でいればいいんでしょうか」

「正直なところを申し上げれば、確定したお約束はできない状態です」


 ぶっちゃけすぎだろ。

 数日で解決して欲しい。そうでないと無断欠勤になるじゃないか。

 幸いにも今日からお盆休み。土日にかかり、さらに会社の指定する有給付与日と合わせると、一週間の連休だ。五月がゴールデンウィークで、秋の連休がシルバーウィークと呼ばれるなら、今回のは何色だろうね? と、部署の皆で命名を考えたことを思い出して、私は急に現実感に襲われた。

 今まで、見るもの全てが非現実すぎて、若干どこかでまだ夢の可能性を捨て切れていなかったんだけど、急に冷静になる。冷汗が出て、ずんと指先まで冷たくなった。心臓の音が耳に響いてうるさいぐらいだ。


「どうされましたか?」

「……あんまりにも日数がかかると、帰ってから無職になるかもっていうか、警察沙汰とかになってたらどうしようっていうか」

「帰還時間に関しては、ご心配いりません。召喚した時間と場所を固定してありますので、その座標に戻すことが可能なのです」

「そうですか」


 一息つく。それに関しては安堵した。

 長い冒険の後、元の世界に戻ったら一晩しか経っていなかった――というのは、よくあるパターンだけど、こちらの召喚魔法というのは、時間軸を固定しての移動が可能らしい。滞在期間に合わせ、誤差は生まれます、とのことだが、数日程度の差なら問題はないだろう。連休万歳。

 とはいえ、キラリ様と間違えて違う人を呼ぶ召喚魔法だ。本当に信用できるのか、わからないといえばわからないんだけど、もう信じるしかないよね、これ。今すぐ帰せと訴えたところで、準備もあるみたいだし、慌ただしく発動させて別の場所に行かされる可能性を考えるとそれも恐い。

 間違えちゃったみたいテヘ的な説明のおかげで、召喚というものに不信感が残るのは仕方ないと思いますよ、ええ。


 世話係は人選して手配いたします、ということで、部屋で待機することになった。

 例の守護騎士達との対面は、その後でということにしてもらい、どうなるかわからないので、最初はテオルドさんにも立ち会ってもらうことをお願いし、了解を貰っている。キラリ様情報がまったく足りていないので、彼女の軌跡を教えてもらうことも、合わせてお願いしておいた。知ってないと困るし。

 部屋に戻って、また身の置き場に困りながら、長椅子に座る。

 鮮やかな模様の布張りが目に煩い。こういうのは無地か、もしくはワンポイントでいいと思うんだ。綺麗は綺麗だけど、ずっと見てると疲れる。

 当時のキラリ様は十五歳。若い女の子向けとして選ばれた品なんだろう。三十路を超えた身には、ケバケバしく思えてしまうけど、我慢我慢、今の私はキラリ様。

 コンコンと控えめなノックがあり、テオルドさんが入ってくる。その後ろから付いてくるのは、母親ぐらいの年齢の女性だ。一緒にやってきたということは、この人が世話係とやらだろうか。


「ウミト殿、こちらが世話係のヴ・メルエッタ。事情は全て説明しておりますので、ご安心ください」

「ヴ?」

「私の妻です」

「奥様ですか」


 なるほど。身内で固めておくわけですね。


「ウミト様、よろしくお願いいたします」

「いえ、こちらこそ」


 深々と頭を下げられ、こちらもお辞儀じぎをする。お辞儀合戦を繰り広げていると、テオルドさんが苦笑まじりに止めにはいり、やっと私は相手に向き直る。

 金髪というよりクリーム色に近い髪を、ゆるく後ろで結わえている。エプロンドレスの生地は紺色で、おおメイドさんだーとちょっと感動した。色白の肌に非常に合っていて、すっと伸びた背も美しい。ううむ、やるな部長。奥さんめっちゃ美人じゃん。


 部長が退室した後、メルエッタさんに部屋について説明をしていただいた。

 メルエッタさんはキラリ様付きではなかったらしいが、王宮で働く女官の一人。貴人の世話をする機会も多く、お嬢様の世話係には慣れているそうだ。

 いや、お嬢様なんて年じゃないんですが――と漏らすと、年齢を訊かれる。素直に三十三歳ですと答えると、目を剥いて驚かれた。日本人は童顔に見られるというのは、世界共通なんだろうか。

 年齢に応じた色合い――つまり、あんまり可愛らしいのは心が折れるので避けてもらい、普段着る服を用意してもらう。

 下着は淡いピンクだったけど、まあそれぐらいならいいか。ちなみにゴムは存在しないせいか紐パンだった。人生初の紐パンです。上は丈が長めのキャミソール。フリルはさすがに止めてもらった。なんだっけ、ベビードールだっけ? あれが似合うのは色っぽいナイスバディーな人だけだ。かろうじてBカップの私には縁がないシロモノなのである。

 ちなみにカップ付のインナーで、異世界でもこんな発想があるのかと感心していると、帝国時代に周辺地域から流れてきた文化らしい。

 召喚術がある世界、ひょっとしたらどこかに異世界人が居て、ブラがなくて困った末に開発したのかもしれない。現代人にとってコルセットは日常的じゃないからなー。


 そんな感じで日常生活を送る上で必要な話をしている途中、外が騒がしくなった。

 複数の足音が近づいてきたと思ったら、「キラリ!」という声と同時に扉がバンと開いた。勢いが強すぎたのか、内開きの扉が悲鳴を上げる。

 硬直する私の目に飛び込んできたのは、五人の男達。


 あれ? なんか既視感デジャヴ



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