第0話 「序幕」
12月25日。
ある雪降る夜に彼女、不知火結愛は訪れた。
予定より1時間が遅れてしまっている。
いつもより寂れた街もこの季節、記念日ともあってカップルで溢れかえっている。
いつも乗っている電車がその記念日のせいなのか。
それとも別の理由があってなのか…
結果的には1時間ものタイムロスを
発生させてしまった。
―――彼はいるだろうか。
白いコートとグレーのタイツ。
ふわっとしたマフラーを巻いて
ポケットにいれてあった
カイロを手に取る。
カイロとは言えども局部しか暖かさは集中せず
また継続的な暖かさはない。
―――寒い。
待ち合わせは駅にある時計の塔のような場所。
そこで彼は待っている……だろう。
なにせ遅れてしまっている。
普段から時間に厳守してる私が遅れてしまったことに
彼はとても不満を抱いているだろう。
もしかしたらその不満に火がついて
帰ってしまっているのではないか……?
だがまだ見ていない。
着いていない。
だから望みはある
……まぁ高望みだけにはならないよう心掛けるとして。
タイル状のコンクリートをスタスタと紅のヒールを
鳴らし出口へと向かう。
唯愛「(健一…どこにいるのかな?)」
―――帰っていませんように……!
と内心、聖母様に祈りを捧げるように
両手を合わせていると
彼は自分の腕時計をちらちらと見ながらまた
辺りをちらちらと見て、そして目があった。
その瞬間、恥ずかしくなり顔を
隠したい気持ちでいっぱいになる。
そしてその刹那また顔を赤らめてしまう。
―――ちゃんといた。
でもこんなにも大遅刻してしまった私を
彼は快く迎え入れてくれるだろうか。
否。
なんらかの理由かをつけて怒ったり
冷めたりするに違いない。
そう思うととてもじゃないが
健一には近付けなかった。
だがそのことは健一にとって知る由もない。
健一が近付く。
結愛「(来る…!)」
何故かそのときだけ健一のかけてある眼鏡の
奥の瞳は見れなかった。
それだけ恐ろしく思ってしまった。
昔からの悪い癖だ。
だからこそ人見知りの私を好きになってくれた彼を
遠ざけてしまうときがある。
唯一信じられる存在なのにー…
健一『結愛!!』
だがその不安はすぐに打ち消された。
むぎゅっ…!
赤面してた顔は疑問とまた同時に
羞恥と嬉しみを増した。
結愛『けっ…健一…?』
健一は抱き締めくれたのだ。
それもめいいっぱいの力で。
ちょっと苦しい。
けれど嬉しい。
マフラーと健一のお腹が顔に当たる。
マフラーにつく冬の匂いと健一の暖かい匂い。
もうちょっと……こうしていたいな……。
そう思いながら顔をうずめた。
しばらくしてから
高身長の健一に対して比較的背が
圧倒的に小さい私はお腹から離れ聞いた。
結愛『どっ…どうして抱き締めてくれたの?』
健一『どうしてって、遅かったからだよ。』
心の中で、何かが割れた音がした。
現実ではない、心のどこかが割れた。
ううっ…と思っていると
健一『ー遅かったから、心配してたんだよ。
事故に巻き込まれてないか心配で心配で…』
と思いもしなかった答えを言った健一は
その場でへたりこむ。
そして私の頭を撫でながら言った。
健一『でも安心した。
結愛は生きてたしこうして抱き締めることができた。』
結愛『うにゃっ…うーむ…ありがとう。』
照れながら私は健一に笑う。
すると健一も照れながら笑みを返してくれた。
すっと手を繋ぐ健一は驚いて呟いた。
結愛『冷たっ!』
健一『あっ…えと手袋…しなかったから…』
すると何故か顔が火照りまた恥ずかしく
なってしまった。
健一『いいよ。握って暖めてやるから』
そしてまたの不意打ち。
うーんと下唇を噛みながらうつむく。
恥ずかしい。
なんだろうこの気持ちは。
胸が締め付けられるけど痛くはない。
でもそんな感じでまたも赤面してしまう。
健一『なぁ…結愛』
私はうつむきながら健一と歩く。
うん?とほとんど耳に入ってこないような
音で私は喋る。
健一『俺ら付き合ってもう何年か経つよな』
小さい私はまた小さい歩幅で歩く。
背が大きい健一はその私に合わせて
歩いてくれている。
それがなんとも歯痒かった。
小学までは良かった。
結構伸びてた方だ。
体育とかは苦手でいつも本を読んでいた。
でも発育は良かった…気がする。
太るということは無かったし、
逆に痩せるなんてこともない。
適度な食事と運動は心掛けていたし。
それでも背が140㎝以下というのは
あまりにも低すぎないか。
家系はまだ高い方だ。
高校生になってからも身長は伸びず
代わりに胸や体つきが女らしくなっていく。
―――もうちょっと身長伸びて良いんじゃないかな?
でもだからこそだと思う。
図書館で居合わせた彼…健一と会ったのは。
健一の身長は180以上もある。
いつも眼鏡をかけ若干白髪が混ざった彼は
いつも学校の図書館にいた。
私もそこにいたからお互い通ううちに話し始めて
仲良くなった。
そして付き合った。
それから何年が経っただろう。
とはいってももうお互い結婚しても
大丈夫な歳ということは分かっている。
健一『結愛!』
結愛『へっ?!』
あまりにも変な声が出るが
何かしらを健一は喋っていたらしい。
―――聞いてはいなかったのだが。
結愛『あっ……ごめん……なさい。』
健一『……悪い。
怒鳴りつけるつもりはなかったんだが……話……聞いてたか?』
結愛『ううん。聞いてなかったわ……ごめんなさ』
健一『結婚しよう。』
……。
えっ?
目がパチパチと瞬く。
結愛『えっ……。けっ、結婚……?』
そういうことって父母の了解とか
必要なんじゃないか
と思っていると
健一『ああ。家族にはまだ言ってないけどさ、
これからも結愛とずっと一緒にいたいんだ。
絶対にお前を何からも守ってやる!!
だっ、だからけっ……結婚してください……!!』
どうしよう。
え?どうしようなんて……決まってるじゃない。
私は……
結愛『健一……私もあなたのことを愛してい』
ます。そう呟いたつもりだった。
白く輝いていた周りの風景は一瞬光るとそのまま赤く燃え上がった。
同時にその音と目の端に映る光に思わず二人は振り向く。
そして言葉を続ける前に、周りの喧騒と悲鳴でかき消される。
私は健一の後ろを見ながら目が細くなった。
健一も気付いた。
それもいち早く。
だからこそ免れられたのかもしれない。
『あぶない!結愛!!』
健一が私を身を挺して守る。
ドサリと寝るように
倒れた私の上に健一がまたがった。
何が起こったのか。
分からない。
でも1つだけその光景を表現するならば
―――火の海だ。
駅前にある大きなビルに飛行機が墜落し崩壊した。
それだけじゃない。
あちこちが火で覆われている。
人間も火で覆われまるで悪魔のような
形相で叫び、悶えている。
その光景を前に健一は庇い、私を抱き締めてから轟音を確認する。
青ざめる健一は立ち上がって背中に乗るよう促す。
健一の背中に乗ると健一はただただそのまま喧噪の中を走っていく。
私に危害が無いようにして火で覆われた道路や
車と車とが激突した道を避けて抜け、比較的火のまわっていない道を通る。
健一『何が起こったんだよ……?!』
と走りながら言う健一の顔は必死だった。
私は何も出来ずにいたが生き延びることが
今自分に出来ることだと感じた。
・
それからしばらくの年月が経った。
しばらくとはいっても数十年単位だが。
俺、鬼原健一は彼女である不知火結愛とお互いの両親とも連絡がつかないまま、結婚した。
とはいっても入籍するための市役所はない。
華々しくあげる結婚会場は純白ではなく真紅に染まっている。
あの後、世界は大規模なテロに覆われたと言われたが
実際は人間によってではなく自然的に産み出されたとされる
俗称"魔物"というナニカによって何もかもが乱されてしまった。
―――と……聞く。
俺はその魔物に対抗するべく立ち上げられたとする
狩人機関というところで研究を行っている。
主に魔物の生態を利用しての武器の製作だ。
紅『―――…それ娘さんですか?』
健一『ん?ああ、紅か。』
俺がそう独り言のように思っていると俺と同じく研究部に所属するいわば同業者。
韓紅という赤い長髪の男が言った。
韓紅という名字か名前か分からない名前を
名乗ってはいるがそれは敢えて突っ込まないでいる。
身寄りがなくなったやつも多くいると聞くし、この乱された時代で家族全員が
生き残ってるやつなんて早々いない。
いたとしても遠く離れ離れになっているだろうし。
そして俺はこの時代でも復旧はしている携帯電話を
取り出して写真を見ていた。
―――この数年かで俺は二人の娘を結愛との間に設けた。
健一『俺の名字は"鬼"がつくんだしお前の名字で良いんじゃないか。』
結愛『夫婦別称だなんて。別に気にしなくていいのに。』
と、この時代、何があっては嫌だから"不知火"の名字で
長女の方を真夏日の真夏と書いて"真夏"
次女の方を生まれてからもずっと静かな子だから静と書いて"静"
不知火真夏と不知火静で名前を通している。
真夏はもう5才にいったか…活発でいたずらっ子。
俺によく似てるようだと結愛は言う。
静は4才、結愛に付きっきりで物静かで大人しい。
結愛にそっくりだと俺は言った。
―――可愛い可愛い俺達の宝だ。
紅『可愛いですねぇ……』
健一『やらんぞ』
紅『いや、良いですよ。』
と即答にたいして紅はへらっと笑った。
健一『お前も嫁さんを貰えば良いんじゃないか?』
紅『いえいえ……僕はまだ若いのでいても結婚なんて難しい話ですよ』
紅は俺よりも10才若い。
10才若いということはつまり
あの乱れた時代の瞬間時、学生であったことが伺える。
俺はそのことを思い出してその話を避けた。
健一『そうか。で、何かあったのか?』
紅『……ええ。なんか上がこれを見てほしいと。』
少し話のタイミング?
いや、話す間隔が若干乱れたが
まぁ良い。
こいつもこいつなりに考えてはいるんだろう。
健一『なんだ?…じゅけん?』
紅『いやいや、もう学生じゃないんですし、受験はしませんよ』
健一『知っとるわ。じゅけん……いや、呪刀か?』
上からの報告が薄い一枚の紙に
手書きで書かれている。
そこにはこう書いてあった。
【竜ヶ峰島より発見されし黒き魔物の死体に
突き刺さっていたのは、それを握り鞘を抜くことで
使用者に何らかの呪いを与える刀が
無数にあった、というものである。
死亡者は2桁には満ちていないが
この呪いが明らかに力及んでいるのは確かなこと。
これを研究し力を解明してほしい。
また、鞘を抜くときは刀身に触れないように。】
死亡者が2桁に満ちていない。
つまり1桁台にはいるということだ。
またなんだこの竜ヶ峰島というのは。
聞いたことがない島だしこの国にある記憶もない。
そして……黒き魔物?無数の突き刺さった刀?
……謎がありすぎる。
健一『……ふぅん…面白い。』
紅『えっ……何が面白いんすか?』
紅が真顔になって問い詰めてくる。
俺はそれにスッとは答えたつもりだった。
健一『いや……この時代、こういったオーパーツというか、ファクターというか
謎が多すぎて面白いなと思ってだな。しかし何をどう、手をつけていいのか……』
ああ、そういうことなら。
と紅は薄茶色の長い木箱を取り出した。
紅『中にその刀があるそうです。
何でも鞘に名前が掘ってあって"白刃護"と。』
健一『しらはご?……聞いたことはないな。どれ……』
と俺は木箱に取り掛かる。
興味の湧くものに集中すると周りの声が一向に
聞こえなくなるのは昔から悪い癖だ。
お陰で誰が来たのかも分からないまま適当に
気の抜けた返事を出す。
木箱の蓋を開ける。
中には重々白いお札が無数に貼られ、
一瞬で呪われている。と感じ取られるような
殺風景が広がっていた。
刀を素手で取り出そうとしたとき
それを紅が掴んだ。
健一『……何をする?』
紅『書いてあったでしょう。素手では駄目です。
素手で掴み呪いにかかった人が多くいると、
さっきの紙に、ほら。』
では呪いとはなんだ。
と問い詰めようとしたとき紅の後ろにいる
客人に目がとまった。
一際小さい身体。
とは言ってもこの場には俺と紅しかいないのだが。
健一『真夏……!!』
自分の娘である不知火真夏がいた。
もじもじと一応そぶりは出しながら
俺が気付くと飛び掛かってきた。
真夏『おとーさん!』
紅『そうだ、来るんでしたっけ。奥さんからのお弁当だそうですよ』
紅のフォローを片手に俺は真夏を抱き締めた。
健一『真夏……一人じゃないよな?
お母さんと一緒に来たのか?』
真夏『うんっ!下に静もいて先に来ちゃった!』
満面の笑みでニヒヒと笑う真夏とそれに苦笑する
俺を見て、紅もくすっと笑った。
健一『なんだ?』
そう言うと紅は
紅『いや似た者同士だなぁと』
とまた笑った。
溜め息混じりで目をそらしながら笑った。
真夏のことは子供好きな紅に任せて
俺は結愛を呼びに行こうとした。
真夏『ねぇ、お父さん!これなあに?』
真夏はそう、机にある薬瓶を指さし、
健一は見えるように真夏を持ち上げ説明する。
健一『ああ、それはだな……』
??「―――おと……!」
健一「んん……」
真夏「起きてお父さん!!」
ドスッ。
健一「ぐはっ?!!」
寝ている最中お腹に重いものがのし掛かる。
昔とは大違いに成長した不知火真夏だ。
健一「おっ……おまえ……みぞ……おちは……」
真夏「起きたら良いんだよ~
結果オーライってやつ?」
ニヒヒと笑う。
朝ご飯出来てるからと部屋から出ていく
その一瞬に言う。
俺は上体を起こし開かれたカーテンを覗く。
「あれから11年か……」
空は濁ってた。
余談:※タイトル変換について
元々この作品は【魔善keep-out!!】という作品を
改めて完結させるために執筆しています。
元々、魔善という意味は
"「悪」のイメージを持った魔物が
「善」のイメージを持つような作品"にしよう!
から込められていましたが、構
想を練って改変に改変を重ねた結果、上に挙げたイメージがなくなり
これだとタイトルの言葉が何の意味も脈絡もなくなってしまう!!
ということで変えさせて頂きました。
新タイトルして名付けました"狩ル者"は
改変後の作品内のイメージに合わせてつけました。