放射P6
「あのー京太郎?」
「ん、ああ?」
七草は客間に入ると、思わず京太郎に声をかけていた。
「お前が背負ってたのはニンゲンでない?」
「俺、ヒトを持ってた覚えなんてないけど。なんなの?」
「覚えてないって……あの男子高校生を背負ってたのを?」
「ていうか、何それ?」
普段ならボケることのない京太郎が本当に困惑して、七草を見た。
「本当に知らないのか?」
「うん、知らねえよ」
「マジ?!」
「マジ」
七草は諦めて、京太郎の細い手首を掴んだ。
「じゃあ、ちょっと来い」
「い、いいけど」
京太郎も行く意思を示したが、ほとんど引きずられた状態で、床を這っている。表情も引きずられる苦痛に歪められている。
「ひ、ひきずんなよ!」
「うるさい、”ちょん“!」
「あ、テメェ、なんで俺の本当の名前知ってんだよ」
「べっつにィ」
まだまだ引きずられていた。だが、それも七草の部屋でとまっていた。
「なに、連れ込んだんだ?」
「冗談ゆうなっ!」
七草はガラガラと和室の扉を横にひく。
そして――、
「スゥ――――――――――――」
中ではのんびりとした空気が流れているようだ。少年が気を失ってからは、どうも爆睡を続けているらしい。
「で?」
「お前が連れてきた客人だよ」
「俺が連れてきた? 本当に? もしかして和真がいつの間にか載せていたのか?」
京太郎は憤慨して、指を噛んでいる。どうも癖らしいが、時々血を流しているのを見ると七草は「一種の精神病だよ」と自分に言い聞かせている。そしてその癖を治すには、
「ニャー!! 首、首、くっび―――ィイイイイ!!」
首をつかむのだ。京太郎の弱点はそこである。
「な、な、何をする!!」
口調まで変わるのだから相当のショックに違いない。
「でもって、姐さんに訊いてみたほうがいいかもしれないな」
七草は一人納得して、部屋を出た。が、京太郎を俯いているのを見て、
「さっさと来い」
またも首根っこを掴んだ。そして、京太郎は巨大な廊下を轟かし絶叫した。
「どうしたのかしら、七草」
「姐さん、ちょっと来てください」
と早速本題に入るべく、2人は客間にいた。
目の前には「着物」の美女と「エプロン」少女だ。が、何故かこの2人が一緒にいても違和感がしないのがとても不思議だ。
「七草、今はとても大切な話の途中よ」
木戸が口を挟む。
「そうね、どれくらいで終わるの?」
和真はそれを無視して話を進める。
「たぶん……、直ぐ」
京太郎が即座に答えた。
「案内しなさい、京」
「和真さ、」
木戸は途中で口を閉ざし、渋った顔で腰を上げた。
「七草、あんたあの異常者を協力者にしないといけないのに。どうしてこんなときに邪魔をするのよ。今じゃなきゃだめなの?」
「んー、そうでもない。まあ、行ってみりゃわかるさ」
木戸が「って、あんたは」と吐き捨てた。
「なによ、京太郎。七草の部屋?」
和真が自嘲気味に笑った。
「あれ、あの子だよ。あんた、誘拐でもしたの? それともあーいう趣味?」
訊いてみるが和真は横たわる少年を見下ろしたままだ。
「スゥ――――――――――――」
少年の規則正しい呼吸が安穏な空間へと仕立てている。
「さっきの、マネキンじゃないのね。あんたが気を利かせて買っててくれたと思ったら……このダメネコ。私の家での許容人数は既に上限値に達しているわ」
まるで京太郎が玩具を拾ってきたかのような物言い。
「あんた、知らないのか?」
「知るわけがないわ。私の細腕でこんなに健康な少年を持てるわけもないじゃない」
和真は完全否定だ、結果的に。
じゃあ、この少年は一体? となるが、この場にいる京太郎、和真、木戸、七草の4人には心当たりが全くない。
「起こす?」という目配せで七草が一人ひとりに確認する。全員一致で頷く。
「んじゃ、イかせてもらいまっす――!」
京太郎の瞳に鋭い光が走る。空手のように構えをすると、
「グ――――テンタークッ!!」
という掛け声とともに、肘が少年のみぞおち辺りに入る。
木戸と七草がその光景に目をみはる。対して和真は無表情で様子を見て、事を起こした京太郎は肘をさすっている。
「グフッ」
少年から息が漏れるが、かえって気絶したのか一向に起きる様子が見られない。
「七草っ」と京太郎が呼びかける。「コイツ腹硬すぎだよ! 何で鍛えてんの?」と、少年本人に聞くべきであろう言葉を七草へと問う。
「知るかよ」
と七草はつぶやき、京太郎の首を掴み外に連れ出す。相も変わらず京太郎は絶叫し、七草に説教される近未来も考えられないのだった。
「おお、えらいは、七草」
和真が手を叩き、2人の背中を見送る。
そして、振り返ると混乱する木戸を見る。
「和真さん、あの少年は何者ですか?」
「――ひとつ訊くわ」
和真は木戸の言葉をひとつとも耳に入れていなかった。木戸がうなだれるも「はい、なんでしょう?」と返す。
「この家って敷地内は、すべて結界の領域だったわよね」
「はい。私の力で“門”を護っておりますので」
「そう……」しばらく和真が手を組み目を閉じる。どうやら考えているらしい。一分ほど部屋で優雅に立ち尽くして、突然目を見開いた。
「な。どうしたんですか?」
「この子、私と同類かもしれないわ」