どちらと結婚するのですか?
ふと思いついた、何の設定もない物語。作者、設定作るの嫌いなので、こんなのばっかりです。
ふと、目を開けると、鏡に自分の姿が映っていた。
丁度、侍女が口紅を塗り終わって、下がっているときだった。
髪は、後ろで侍女が、まだ編み込んでいる途中だった。
「あら・・・?私、こんな顔だったかしら?」
自分の顔に違和感を覚え、鏡の中の顔を触ってみる。
「ひっ……!?」
かしゃん。
悲鳴と軽い音に目を向けると、真っ青な顔をした侍女が、紅刷毛を取り落して震えていた。
「お化粧がお気に召さなかったのでございますか?お許しください!すぐにやりなおしま・・・」
「ああ、違うの。気にしないで」
今にも卒倒しそうなほど震えながら言うので、手を振って落ち着かせる。
お化粧が違うとか、そういうことではないのだ。
なんだか、きれいすぎると言うか、美人だなあというか?
「大丈夫よ、ありがとう」
侍女に安心させるように微笑むと、部屋にいた侍女全員が驚いたようにこちらを見てくるのが分かった。
あら?何かしてしまったかしら。
髪が結いあがって、鏡で確認すると、繊細な編み込みでどこもきれいになっていた。
ドレスは、瞳とおそろいのグリーンで、その上に、人房だけ垂らした金髪が揺れる。
「今日の予定は何だったかしら?」
道具の片づけをしている侍女に話しかけると、びくっと肩を揺らしてしまった。
「あら、驚かせてしまったわね、ごめんなさい」
「い、いえっ?ブランデル様をお呼びしてまいります!」
すぐに姿勢を正して出ていく侍女を見送って、仕事中に申し訳ないことをしたと思う。
この片づけは、私がしておこうかしら。
「お、お嬢様!?そのようなこと、私どもが致しますので、どうぞ、こちらに」
顔を上げると、別の侍女が紅茶を準備してくれていた。
ティーセットに、小さなケーキが揃えられていて、とてもかわいい。
「おいしそうね。ありがとう」
「は、はい!」
……どうしたのかしら。
今日はずいぶん、みんな驚くわね。
というか、私がおかしいのかしら。ああ、なんだかとっても違和感があるのよ。
椅子に座ろうとしたときに、ノックの音が響いた。
「失礼いたします。今日の予定をお伺いとのことでしたので」
ドアを開けたまま、一礼して、回り込むように部屋に入ってきた。
「本日は、王宮へ王太子殿下をご訪問する予定がございます。そろそろ出発のお時間です」
あら、まあ。
そういえばそうだったわ。
どうして忘れていたのかしら。そのために、着替えもしていたはずなのに。
「紅茶が無駄になってしまったわ。ごめんなさいね、せっかく入れていただいたのに」
ケーキも食べたかったわ。
けれど、殿下をお待たせするわけにはいかない。
私が無理を言って、お忙しい中、時間を取って約束をしていただいたのだから。
……。
「ブランデル」
「はい」
「今日、私、殿下に急ぎの用があったのかしら?」
「いいえ?そのようなことは聞いておりませんが」
そうよね。なぜ、無理を言ったのかしら。
ああ、でも、殿下にお会いできるなんて。心が躍るわ!
心が・・・
「踊らないわ」
「は・・・?」
何でもないの。つぶやくように言って、部屋を出た。
特に楽しみでもない。
それよりも、ケーキを食べたかったと思う私は、多分、数分前の私と違う気がする。
馬車に揺られ、30分程度で王宮についた。
王宮では、豪華な室内の真ん中に、二人分のお茶の準備がされていた。
ソファかと思うようなクッションのいい椅子に、大きなテーブル。
まさか、二人分じゃないわよねと思わせる、タワーにのった色とりどりのお菓子。
―――ああ、違う違う。
これは二人分よ。というか、殿下は召し上がらないから、私の分。
そして、私は、すこーししか食べないから、大半は無駄になるもの。
もったいないわ。
「今日はおとなしいな」
目の前で書類を広げた殿下がおっしゃった。
熱心に書類を見ている人に、話しかけるのも話しかけづらいですからね。
「お忙しい中、お時間を取らせて申し訳ありません」
一応、謝っておこうかしら。
殿下が、器用に片眉をあげてこちらを見た。
金髪碧眼の麗しい顔はどんな表情をしても似合うわと、全然関係ないことを考えた。
今更か。
心の声が聞こえそうなほど、如実に表情に表わしてくださってありがとうございます。
この紅茶おいしいわ。
マフィンもおいしい。
あと、どうしましょう。
まだ来たばかりで、「それではさようなら」もできないなと思いながら、目の前に広げられている書類に目を落とす。
私に理解できるはずがないと、堂々と広げられる書類は、予算書だ。
いや、見積書か?
………。
はっ。無意識に一生懸命見つめてしまった。
数字を見ると、つい癖で。
……癖って何。私にそんな癖があるはずがない。
「殿下」
「なんだ」
「この数字、間違っています」
「はあ?」
ようやく顔を上げた殿下が私の手元を覗き込んできます。
「ええと、しっかり計算しないと正確には分かりませんが、この数字の合計が、こんな大きな額になるはずがありません。これをもとにした数字がこちらにありますが、これからはじき出すと、これも、数字が大きすぎです。この材料・・・単価は適正でしょうが、計算がしっかりとできていませんね。この合計額をもとに予算立てしていくと、余剰金が多く出てしまうはずですが」
「貸せ」
その書類をじっと見ていた殿下は、ドアのところに立っていた使用人に声をかけます。
「算術師を呼べ」
「算術師!?」
思わず大きな声が出てしまいました。
「・・・なんだ?」
「あ、いいえ?いや、でも、それ、ただの足し算と掛け算ですよ。その程度の計算、私でもできます」
殿下は突然、不機嫌そうに私を睨み付けて、
「ほう?この計算を、その程度、とは。やってみせてもらおうではないか」
あっれ~?
なんで挑戦的なんでしょう?
小学生でも解ける問題ですよ?
「はあ…」
不思議に思いながら、頭の中で計算していく。
単価×個数も、いくつか間違っているなあとおもいながら、それを訂正しながら、合計を出す。
「元の数字と、これだけの差額が出ますね」
さらさらっと横に数字を書き込むと、殿下が固まっていた。
顔を上げると、算術師と呼ばれる方がいた。
殿下よりも少し年上の、精悍な顔立ちをした方が、じっとこちらを見ていた。
「少々お時間をください」
そっと私から書類を奪って、大仰な計算機を使って計算を始めた。
なんだろう、あの機械。
いえ、あれは計算機。
知っているのに、違和感があふれてくる。
………。
少々というには、時間たちすぎじゃないですかね?
「殿下・・・」
厳しい顔をした算術師が近づいてきて、殿下に耳打ちした。
「全て、アリティ様の計算が正しいようです」
アリティ様・・・?
アリティ=チェズアーレ侯爵令嬢。
ぐわん。
部屋が一回転したような眩暈に襲われ、違和感の正体に気が付いた。
なんだ、この世界は。
日本じゃない。
ああ、日本であるはずがない。
私は、生まれた時からここで生きてきた。
ここは、ここは・・・。
頭の中を一生懸命に整理しようとしているところで、ノックがして、すぐさま誰かが入ってきた。
殿下も私も許可をしていないのに、あり得ない。
そんなことを頭の片隅で思いながら、ドアへ視線を向けると、愛らしい令嬢が、必死の形相で立っていた。
「マリエ!ちょっと待て・・・」
殿下が厳しい声を出しても、その令嬢は止まらなかった。
「アリティ様!私、殿下をお慕いしているのです!」
その後ろに付き従うは、近衛騎士団副長と魔術師帳。
切なそうな顔をして、そう叫ぶマリエ様を見て、私に厳しい視線を向けます。
「だ、だから、私、殿下に婚約者として、認めていただきましたの!」
王太子の婚約者を殿下が認めるって、どういうこと?
そんな重要事項を、おひとりで決められるわけがない。
・・・ちょっと頭が痛い。
「そうですか」
無視するのも何なので、一応、返事をしてみる。
他に何を言えっていうのよ、この状況で。
そんな反応に、本気にされていないと感じたのか、むっとした様子で言い募る。
「私、殿下に愛していると言っていただきましたの!それに、指輪だって!」
「その前に、よろしいですか?」
大きな椅子から立ち上がり、令嬢の前に正面から向かい合った。
後ろにいた近衛が動こうとしたが、視線だけで留める。
「あなたは、誰ですか?」
「……は」
「侯爵令嬢たる私に、まず挨拶も、名乗ることもせず、ファーストネームで呼びつけるあなたのお名前をうかがっています」
冷静な反応が返ってくるとは考えていなかった令嬢が、助けを求めるように視線をうろつかせる。
が、答えられる者がいるはずもない。
「マリエ=ランドルーザと申します」
小さな声だったけれど、一応名前は聞こえた。
「ランドルーザ・・・子爵家の令嬢が、何故ここへ?」
後ろに控える近衛に視線を移すと、びくりと、その体が揺れた。
「私が殿下と・・・」
「あなたには聞いていません」
後ろの近衛・・・ディシール副長へ向き直る。
「この部屋は、殿下の私室です。言っている意味が分かりますか?」
「……はい」
ディシールは、真っ青な顔になって、直立不動のまま動かない。
殿下の私室は、厳しい警護がつけられている。
殿下が居室にいらして、侯爵令嬢の私までいるのだ。
そう簡単に、人を通していいわけがないのだ。
王族、公、侯爵家に連なるものならまだしも、私に名前さえ知られていない貴族の令嬢。
なんの爵位も権力も持たない者が、ノックひとつでこの部屋に入ってきた。
「ディシール。あなたにはがっかりしました。ご自分の裁量がどこまでかも、理解していなかった、ということですか?」
「返す言葉もございません」
視線を横にずらして、呆然と立ち尽くしている殿下を見る。
「殿下、婚約者とのことですが」
「あ、ああ・・・」
歯切れが悪い。
「そうです!婚約者なのに、許可がいるとおっしゃるのですか!?」
うるさい。
「シア、黙らせなさい」
魔術師に視線もむけずに命じれば、沈黙の魔術が動く気配がした。
驚いたように目をむくマリエが、魔術師に向く。
「私がいるのです。当たり前でしょう。殿下が私に許可を得て、その上で入室を許可したならば、このような状態にはありません」
マリエが身についけている指輪に目を走らせれば、細い指に不釣り合いなほど大きな宝石の付いた指輪をはめていた。
「殿下、婚約はどのように決定するか、ご存知ですか」
「……知っている」
ええ、知っているのは分かって訊いた。
「私との婚約はお嫌だったようで」
「そんなことはっ……!」
殿下が叫ぶ手には、計算機がある。
私の価値が高まったということだろうか。
王太子という立場にある殿下の婚約者となれば、将来は王妃となる。
資質も、才能も、家柄も、民からの人気も必要となるのだ。
それを見極めるために、元老院が動く。
一朝一夕に決定されるものではない。
そのために、アリティも努力していた。
認められるために。
というか、資質、才能、家柄までは、アリティはクリアしていたので、問題は性格だったのだが。
傲慢でワガママ。
けれど、外で猫を被れるのだから、民からの人気も得られるだろうと判断されそうなところまでいっていた。
それが、王太子は気に入らなかったのだろう。
可愛い花嫁が欲しかったのか、マリエに気持ちが向かったのだ。
今日、何故ここに来る予定を立てたのか。
何故、今日、私は思い出したのか。
「筆頭書記官」
「……はっ!」
気づかれていると思わなかったのか、驚いた顔のまま、ドアの陰に隠れた書記官が出てくる。
「ここでの行われる予定だった内容を語りなさい」
「いえ、何も・・・」
首を振り、否定しようとしたところを、手を上げて制する。
「アリティ=チェズアーレが命じます。偽りを述べることは許しません」
誰もかれもが真っ青になって立ち尽くす。
王太子に婚約者がいない今、王妃に次ぐ、女性での最高権力者。
その名前の元の命令は絶対だ。
命令が実行できない時は、即、極刑。
そのため、この命令を実行したことはなかった。
命令には失敗がつきものだ。
失敗して、極刑は、刑が重すぎる。
どんなに傲慢にふるまっていたとしても、アリティには矜持があり、民は守るべき人だった。
だから、『真実を話せ』ではない、『偽るな』なのだ。
知らないことは知らないと言えばいい。
行われたことを公にして、開示する権限を持つ筆頭書記官がここにいるということは、ここで、なんらかの事を起こす予定だったはず。
「何のために、あなたはここにいるのですか」
書記官が味方を探すように、視線をさまよわせ、マリエと目が合うと、マリエに無視をされ、青かった顔が、白くなった。
けれど、それでも、決意したような顔をするので、これ以上は無理だと判断する。
「分かりました。沈黙してください」
そう簡単に、筆頭書記官を失うわけにはいかないのだ。
例え、女に惑わされ、道を誤ろうとした者であっても。
「では、宣言を」
折角した決意を、簡単に取り消され、ぽかんとした書記官に告げる。
「アリティ=チェズアーレは、オルガ=ブラックストーンと婚姻しないことを決意します」
その場にいた、マリエ以外の人間が目を剥く。
「待て、アベル!その宣言は記録するな!頼む、アリティ、話を聞いてくれ!」
書記官が持ち上げる石板を押しとどめながら、殿下が割り込んできた。
「違うんだ。アリティ、私はあなたと婚約するつもりでいる。もちろんだ」
しらっとした視線を殿下に向けて、マリエを見ると、大きな口を開けながら何か抗議している様子が見える。
黙らせおいてよかった。
「では、この令嬢がこの指輪をしているのは、令嬢がこれを盗んだということですか」
王妃に贈られるべき、指輪。
それを盗むなど、重罪。判明すれば、よくて生涯幽閉だろう。
まだ、王太子たる殿下が、何故この指輪に手を付けられるのか分からないけれど、母親に借りてきたのだろうか。
「この部屋に入り込んだのは、この令嬢の独断。近衛はそれを止めることさえできなかったと」
「あ・・・ああ、そうだ」
「書記官」
「嘘でございます!」
自分を犠牲にしても令嬢を守ろうとしたアベルは、令嬢を切り捨てようとした殿下を裏切った。
今の書記官は、偽ることができないため、今の言葉は真実だ。
忠誠を誓うべきはどちらかと問いたくなる行動だが、今の状況的には満点だ。
「記録を」
「はいっ」
書記官が石板を掲げると、石板が光り、今までのことが記録される。
「私の宣言も記録されていますか?」
「はい」
「上出来です」
ほっと一息ついて、にっこりと笑った。
「な、何故、アリティ、私を好きだったろう!?」
「いいえ?」
「「「「え?」」」」
全員の言葉が重なって。まあ、気が合ってよかったこと。
「王太子妃なんて、好き好んでなるはずがないでしょ!監視されるし、窮屈だわ、一日中猫かぶってなきゃならないわ!褒められもしないのに、文句だけ言われて。あー、いや、絶対いや。だけど、この家に生まれた責任ってものがあるわけよ。教育を受けてきて、その責任は嫌だから放棄しますなんて言えないものなの。権利があれば、それ以上の重さの義務を負うのは当然でしょう?それを一緒に乗り越えようという相手が、ちょっと可愛い子がいたから手を出してみるなんて阿呆だったら、もう目も当てられない。無理だ~とか思ってたら、そっちから、いろいろ仕掛けてきてくれるなんて、やったあ!とか思っても仕方ないでしょ。そうよね?それにのっかって、婚約しません宣言しちゃったりするのは、私の腕だと思うのよね!出来がいいわ、私ってば!」
えっへん。
胸を張ってしゃべりつくすと、呆然としている書記官から石板を受け取って、魔術師に渡す。
「司法院に送りなさい」
「はい」
正気に戻った殿下が駆け寄ってくるけれど、近衛に視線をやれば、殿下をとどまらせてくれる。
銀色の綺麗な光が舞って、石板がこの場から消える。
「マリエ様」
「は・・・い」
魔術師は、別の魔術を使用したので、すでに沈黙の魔術は効力が切れている。
「お幸せに」
「えっ!?いや、ちょ・・・」
「大丈夫ですわ。この部屋に、勝手に入ってきたことぐらい、揉み消します。指輪も、まあ、どうにかなるでしょう」
マリエが、慌てて指輪を外して、殿下に返そうとしている。
まあ、目の前で、自分一人に罪を被せられそうになったわけだし。
けれど、他に婚約者候補はいない。
マリエが名乗りを上げるのなら、それもいいだろう。
近衛も、魔術師も、書記官も、その様子を呆れたように眺めていた。
さあ帰ろうと、振り返ると、驚くほど近くに算術師がいた。
「アリティ様」
「はい?」
すごくびっくりはしたものの、しっかりと返事をした。
「私と結婚してください」
「……はい?」
「よかった!では」
「ちょ、ちょ!その、はいじゃない!待ちなさい!」
「身分は大丈夫です。私は殿下の従兄弟ですので」
「知ってるけど、待ちなさいって!」
「先ほどの、麗しい姿に一目ぼれしてしまいました。しかも、大変優秀だ。手に入れたいと考えても無理のない話でしょう?婚約もなくなったことだし、私と結婚しましょう。私には特にしがらみもないので楽ですよ?さあ、行きましょう」
「どこに!?ってか、あんた公爵でしょ!?どこがしがらみがないって…どこ触ってるの!」
「もう爵位も継いでるし、地位も権力も持ってるから。あと必要なのは既成事実くらいですね」
「ちょーっ!抱き上げないで!止めなさい!ディシー・・・」
「おっと、もう他の男の名前を呼ぶ気ですか?潰しますよ?」
「怖いこと言わないで!無理――!」
「大丈夫です。しっかりと、愛しつくしましょう。声も出ないほどにどろどろに」
「いやあああぁ」