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ある庭師のお話

とある街に、世紀の大盗賊と呼ばれる男がいました。家が貧しく、スラムで育った男は仲間と共に、貴族や王族の屋敷に忍び込んでは金品財宝を盗んで生活の糧にしていました。狡猾な男は絶対に捕まらないよう、緻密な計画を立て、欲に目がくらみ理性を失ってはいけないと仲間に言い聞かせていました。

男にとって、盗むことは生きることでした。そんな自分が唯一誇れるのは、人を殺めないことです。自分の仲間には禁止令を出し、最低限の矜持を守っていました。ところがある日、仲間の一人が誤って人殺しをしてしまいました。忍び込んだ家で泣き叫ぶ赤子に焦ってしまい、口封じに殺してしまったと言うのです。盗賊団のリーダーである男は、生まれ始めて嘆き悲しみました。盗むと言う行為が犯罪だと知っていても、貴族たちの肥えた腹をみれば罪悪感はありません。ですが、人を殺すと言うことは未来の可能性を奪うことです。それは大泥棒の自分でも、王様でも、誰でも返すことは出来ません。


「あれほど、命だけは奪ってはいけないと言ったのに!」


川のほとり、誰も聞いていないと思って叫びました。王様の耳はロバの耳、とはよく言ったものです。頭を抱えうずくまると、ほんの少しだけ心が軽くなったような気がしました。


バシャンッ


大きな物音に、思わず顔を上げます。すると、橋の上に、馬に乗った貴族の男が見えました。ニヤリ、と人悪そうな笑みを浮かべた男はすぐに去っていきます。

何を落としたのだろう、不思議に思い川を覗き込むと布が幾重にも巻かれた物がありました。どうしても気になった男は、寒さ震える身体を叱咤し、川の中へ入っていきました。水を吸って重たくなる布をどうにかこうに岸へあげると。


「なんということだ!」


開いてみてみると、それはまさしく、赤子でした。まだこんなに小さい命、それをいとも簡単に捨ててしまう貴族。恨みにも似た気持ちを抱きました。

でもこれは神様が男に与えたチャンスではないか?ふとそう思えば、正解な気がしました。

男は決意しました。残りの人生をこの子の為に生きようと。

それが贖罪になるかはわかりませんが、なけなしの理性が赤子を救え!と命令します。そうすれば、自分を許せるだろうか。考えながら、帰途に着きます。








盗賊団は仲間の一人に引継ぎ、男はただの平民に戻りました。男は元々手先が器用で、自分の唯一の特技でもありました。その特技を生かすため、庭師になることにしました。幸いにも拾った赤子は女の子で、聡明でした。技術は自分が、花の知識は娘が、そうやって分担することで、街で人気の庭師になっていきました。


「もうお父さん、あまり無理してはだめよ。また霜焼けになっちゃうんだから」


可愛い娘を養うために、身を粉にして働きました。おかげでまだ45歳なのに、白髪だらけの男は還暦手前に見られるようになり、そして優しい娘はよく働き過ぎだと叱ります。美しく育った娘に教育を受けさせたくて、学校にも通わせました。ベネンの街で一番の美少女と呼ばれる娘は、父の為に率先して仕事を手伝ってくれます。本当ならもう嫁にいっても良い歳でしたが、老いていく一人の父を心配して、男たちからの交際を断っているのです。


「大丈夫だよ。まだまだ現役だからね」


自分でも慈愛に満ちた顔をしているのがわかります。男は、盗賊の頃と比べ物にならないほど幸せでした。人に労ってもらうことの温かさを初めて味わっているからです。









とある日、男が請け負った仕事は、ある貴族の庭の剪定でした。赤子を拾った思い出の川を脇目に、男と娘は大きなお屋敷に向かいました。


「あぁ!よく来てくださいました。ベネンの街、一番の庭師と言うのはあなた方ですね。お願いですから、息子が笑顔になるような庭にしてくださいな」


出迎えてくれたのは貴婦人でした。綺麗なドレスを着たその女は、困り果てた顔をしていました。


「息子は16歳になってから病に倒れ、お医者様にみせても良くなりません。自分の部屋の窓から見る庭だけが癒しなのです。だからどうかお願いします」


貴族と言え、我が子は可愛いと言うことでしょう。あの貴族の男の顔を浮かべて、少しだけ胸が痛みましたが、男は気が付かぬ振りをして頷きます。


「必ずやご子息の笑顔を取り戻しましょう」


男と娘はさっそく仕事に取り掛かります。いつの間にか、食べる為の仕事は男の誇りになっていました。自分の腕が褒められれば、やはり嬉しいのです。


「お父様、頑張りましょう」


娘もやる気に満ち溢れた顔をしていました。そのことに、より一層男は笑みを深めました。


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