起の5
「いてぇ、くそっ、あのばぁさん本気で投げ飛ばしやがった。」
「へへへっ、お前は相変わらずだなぁ、怠けてたんじゃねぇかぁ?」
「うるせぇよこの野郎が、俺よりでかいたんこぶ出来てるじゃねか。」
「そんなわけ有るかよぉ、、お?、、、いってぇええええ!」
「アホめ。」
「なんだってぇ?この猫野郎がぁ。」
「あぁ?やんのか?いいだろうやってやんよこの犬野郎!」
「このぉぉぉ、、、戯け共が!!」
ガツンと鈍い音が二つ鳴る。
「「いてぇ!!!」」
本日二度目の衝撃と痛みが、俺の頭に叩き込まれる、このばぁさん相変わらず何て怪力だ。
「大体貴様らは周りを良う見んか!皆貴様らの悶着に肝を冷やしておったのだぞ!良いか?
まずここはだな大物主の屋敷の中で、、、、」
今俺の前で説教を繰り広げているこの主、見た目は人の姿で十を過ぎたかどうかの
少女のそれだが。中身は何のそんな年なぞはるかに超越して、神代の時代から熊野の山に君臨する
三つ足烏。つまりは俺にしてみても、かなりの年上でまさに大大大婆様なのであ、、、
「聞いておるのか!この戯け!!」
怒声一言鉄拳制裁。
「ふぎゃん!!」
「くふふふ、もうその辺りにして許しておやりよ、ヤタ。」
扇子で口元を隠しながら、畳に顔から突き刺さった俺を見るのは妖艶な笑みを浮かべる主。
「そうは言うがの、、、まったく、、タマモに感謝せよ若造。」
一先ず助かった、、、これ以上殴られたら頭蓋骨まで砕かれそうだ、何で俺にばかり
あの烏婆様は拳を振るのか、犬なんてさっきの一撃の後すぐに口を閉じ、酒を飲み飲み
もうしれっと元の席に戻り、我関せづの素知らぬ顔だ。
「ほれ山猫の坊、そろそろ席に戻るんじゃ、お目当ての大物主が来るぞ?くふふふふ。」
どうやら俺の状況も心境も来た理由も、この狐は知って居るんだろう。
俺は首を軽くコキコキと鳴らし、烏婆様から受けた鉄拳の痛みを取りながら席に座る。
「相変わらずよぉ、あの婆様に意見できるのはあの狐だけだなぁ。」
席に戻るなり酒を飲みながらそれでも首が気になるのか手で時折擦りながら山犬が声を掛けてきた。
「お前のせいでっ、、はぁ、もういいや、まぁそりゃ、相手があの九本だからな。」
この山犬は、さっきの事が無かったように話しかけて来る。まったく、こいつのこういう所を
俺は嫌いじゃないが、かといって好きでもない。つまりはこの場合は嫌いな方だ。
九本、そう呼んだ主は悪名高き九尾の狐。出は大陸らしいのだがどうだか知らん、ただし
過去はどう有れ、京都を中心に今もご健在の大妖怪の一人であり、稲荷系神社の総大将で
その素性だけでも十分過ぎるほどあの狐の凄さを物語っている。
熊野の烏の婆様叱り、尾割れ九本の狐叱り、どちらも大妖怪、どちらも大主である。
「しかし山犬、何時もあんな大物がここには顔を並べるのか?」
俺がそう山犬に声をかけた時。
「ん~まぁ、毎回って訳でもねぇんだがよ、今日は特別ってやつだ。」
いきなり背後から声がした。




