起の4
「おい山猫よぉ、飲んでるかぁ?」ドカッと俺の横に山犬の野郎が座る。
「あ?あぁ、飲ませてもらってるよ。」俺は酒の入った杯を、軽く持ち上げて眼だけを
山犬に向け応えた。「お前こそ飲んでるのか?」聞くまでもない事なのは、こいつの手の酒瓶を見れば
分かる事なんだが、一応の問答の流れってやつで聞き返す。
「当たり前だぁ、ここに来て飲まないなんて勿体ないだろうがぁ。」もう出来上がってやがる。
ここは三輪山、大物主の根城の神社を拝する三輪山の山頂にある屋敷の大広間。
近隣諸国の山々の主が、大も小も入り混じって百畳敷きのこの広間で宴会をしている、今宵の会場だ。
目の前の皿には山の幸も海の幸もと、まさに豪華絢爛、満漢全席。流石は大物主の宴会と思わせられる
こんな豪華な料理が振る舞える程の信仰を、今の世も維持し続けている、それはそのまま主の格だと
さっき来た猿の野郎が元から赤い顔を酒で更に赤くして、さも自分の凄さのように教えてくれた。
確かに俺の住むあの山じゃどんなに頑張ってもこんな飯は出せねぇ、まぁ元より出す気も無いのに
そんな事を思って感心してしまった。
「ところで山猫よぉ、またなんでお前ぇ、来たんだぁ?」肩に腕を回しながら、山犬は酒臭い息を
吐きながら俺の顔を覗き込む。「来ちゃ悪いのかい?なんてな、もうお前なら誰かから聞いて知ってるんだろ?俺があの山の主に成ったって面倒な話をよ、その話をきっちり断ろうと思ってな。」
「あぁ~知ってるさぁ、なんせ推薦したのはこの俺だからなぁ。」なるほど、こいつが原因か。
「そうか、お前かぁ、俺を主にしたのは。」にっこりと笑みを作る
「おぉよぉ、どぉせお前暇だろうしなぁ。前回の集まりにも来なかったしよぉ。」
そうかそうか、なるほどなるほど、ふむふむ。
「表に出やがれこの犬野郎がぁぁぁぁ!!!!」笑顔から一転、俺は肩に回されていた奴の腕を掴むと
思い切り広間の外の庭に向けて投げ飛ばしてやった。
「おぉ!喧嘩か!?」「誰じゃ!誰じゃ投げ飛ばされたのは!!」野次馬好きの主達は嬉々として
立ちあがり、何人かの気弱そうな主達はオロオロと「い、、いけませんよ!大物主様の屋敷で!」
などと狼狽している。
「おっとあぶねぇなぁ、酒が零れるだろうがぁ。」しかし投げられた本人は、ヒラリと体を捻り
空中で着地姿勢を取ると、庭の岩の上に音も立てずに着地して酒を一口煽る。
「このぉぉぉぉ、犬野郎がぁ、よくも俺を面倒に巻き込みやがったなぁ。」カチカチと歯が鳴る。
全身の毛が逆立ち、針に様に鋭く硬くなっていく様な、形容詞しがたい感情が頭をめぐる。
「おいおい山猫よぉ、頭に血が上ってもう人の姿じゃなくなりかけてんぞぉ。」
ヘラヘラと笑いながら山犬は立っていた岩にドカッと胡坐をかくと、酒瓶を飲み干すや、
自身も長く白い尾を腰の辺りからゾロリと出し、白い尾の毛をゾワゾワと逆立てて揺らしている。
席から立ちあがる俺と岩の上で胡坐をかく山犬、お互い戦闘準備は完了だ。
「やめんかこの坊主ども、まったく相変わらずだのぉお前たちは。」
凛とした、しかしゆっくりと諭すような口調で巫女服を着た女が声を上げた。
「オババよ、流石に止めないでくれや。」「おぉ、ばぁさん、邪魔すんなよぉ。」
俺たちがそう言った次の瞬間。
「誰がババァじゃ?若造どもよ?」声か聞こえたのは、俺たちが二人同時に庭の岩にズドンと
鈍い地響きと共に頭から叩きつけられる一瞬前だった。




