起の3
その男はいとも簡単に動かなくなった、岩から山を駆け降りて木と木の間を駆け抜けて
ひょいと姿を現して脅かしてやろうと思ったのに、やはり銃を向けられるとつい手が出てしまった。
もう少しこの貴重な人間とのやり取りを楽しみたかったのに、残念、という感じだ。
しかしだよ俺を見て「オオカミか!?」だとは失礼な話だ。確かに俺の体はオオカミと
同じくらいの大きさだけど、奴らはもう吉野山のバアさまを数えても、もう今では多分2、3人
だろう数少ない奴らなんだし。何より俺は山猫なのだ、狼と間違われるなんて不愉快極まる。
さてと、それにしてもこの勘違い男をどうしてくれようか、どうしてやろうか、どうしようか。
こんな姿を山に晒すのも流石に忍びないし、何より汚いことこの上ない。カラスが掃除するだろうけど
奴らのうれしい悲鳴の鳴き声が響くのなんて、それこそ不愉快極まる話だ。
「あ、、、りがとう、、、ございます。」
忘れていた、完全にこの声の主の存在を。こっちこそ本当にどうしたものか。。。意図せず
こんな風に助けてしまったこの狐の存在を俺は忘れてた、失念ってのはこういう意味だな、多分。
とにかくここは内心の戸惑いと、少しの後悔をこの場で表に出す場合じゃない。
「いやいや、お前はそんなの気にすんなよ?正直こんな事態は俺の想定の外なんだよ。
本当は少し脅かしてふざけるつもりだけだったんだが、いきなり銃を向けられて仕方なく、
そう、そうだよ、本当に仕方なく咄嗟の突然に自然と手が出ちゃっただけなんだ、、、まぁ
手だけじゃなくがっつり爪も出たんだけどよ。」
我ながらなんとも見事な言い訳である、これじゃ完全に馬鹿野郎だと思われるだろうな。
「まぁ、助かってよか、、、、」振り向いて驚いた。「った、、ですねぇ」で無駄に気持ち悪い
妙に丁寧な話し方。
驚いたったら驚いた、この現状の惨状も今後の人間の始末も、ぜーーーんぶぶっ飛んだ。
小汚い銀狐で考えもしなかった、その可能性を完全に考えも想定してなかった、むしろそんな
想定をしてこの現状を作る奴は居ないと思う、居ないはずだ、いや。絶対に居ない!
俺の目の前に居る狐は、何と女だったのだ。まぁ女ってだけも珍しいのにその上、
更に驚く事が、いや、驚く物が二つ有るのだ、赤い、いや紅い二つの眼。
何が驚くって、狐の女なんて神社に居るものでこんな山に、いやいやそんなどころか神社の境内から
外に出る事なんて絶対に無い事だ、そのうえこの眼だよ、紅い色は稲荷の神社にも使われている
象徴の色だ、そんな色が体に、しかも眼に有るなんて稀有な狐の女がここに居る、もうこれだけで
本当にこの現状がただ事ではないと教えてくれる。
面倒な事に手を出してしまった、その事実がずっしりと頭に乗ったのを感じた。
「あの、、、大丈夫です、、か?」助けた相手に伝わる程にずっしりと。




