結の3
山犬はその男の姿でおおよその予測は出来た。
黒髪に白髪の混じった髪、その瞳は金色で、どこまでも
傲慢な視線を放ち続けて居る、一際質の良さそうな洋服を着ては
居るが、がっしりと体格のせいだろう、正直不釣り合いだ。
見た目の印象は何ともふてぶてしい悪趣味な男。
それが山犬の感じた男の印象。
そして、この男こそ。伊吹山に君臨する主。
神代の時代からこの地を支配する暴君にして。
狐の逃げた理由であり、山猫が死んだ原因。
伊吹山の荒神白猪。
「おぉ、我が愛娘よぉ!散歩は終わったんだねぇ!」
大きな声と共に白猪が狐に駆け寄り、その腕で
軽々と狐を抱き上げ、頬を擦りよせ鼻をひくつかせ。
「うっ、やはり外の匂いがするぞ。よしよし、
汚いから早く湯の用意をしようねぇ。
おい!!グズグズするな!湯を!湯を用意しろ!!」
狐に対する態度と大きく違い使いの者に怒鳴り散らし、
怒気すら感じさせて命令している。
「はっ!!急ぎ用意いたします!」
目に見えて狼狽した使い達が屋敷の中を駆けて居る、
「何とも気の毒だ。」口には出さずに山犬は思った。
この暴君っぷりは大物主が可愛く思える。
こちらに挨拶も無く、「来い」と指先で意思表示する
だけでこちらを見向きもしやしない、ヤタ様が言っていた
「くれぐれも、まともに相手はするでは無いぞ。」
その意味が良く分かる。
腕に抱かれ屋敷に連れて行かれる狐の表情を見る事は
出来ないが、見ずとも分かるというものだ。
「おやぁ、その汚い物は何だい?」
白猪は狐の腕の中の赤い包みに気づく。
「こちらはお嬢様が大切に持っておりました荷物で御在ます。」
狐の変わりに老人が答えると、、
「そんな臭い物は捨てて、、」
白猪がそう言いかけた時、狐は白猪の手を爪で掻き
次いでその腕から抜け出し包みを抱きしめ怒りを全身から放つ。
元々力の強い娘だと思ってはいた山犬だが、猪の腕を振り払うほど
の怪力だとは思ってもいなかった。
しかしそれも尤もだ、最愛の者を臭いなどと言われたなら。
きっと誰でもこうなるだろう。
それでも件の猪には何の傷にも成らない様で、軽く手を
払うと何の事も無かったように。
「こらこら、そんな我儘言うんじゃないよぉ、私を困らせて
何か欲しい物でも有るのかい?よぉし!それなら、、」
気にするどころかこの猪は狐の怒りを感じてすら居ない、
その証拠に、怒り狂う狐に対し懐から菓子を出し
「ほぉら、お前が好きな菓子をやろうねぇ。」
正しく暴君。まさに荒神。
他者の感情も干渉も感傷も無関心の無意識。
己が全てで、全てが己。思う通りに成るんじゃい。
思う通り、なのだろう。
叶えたい願いも無く、叶って居るのだ。
きっとこの猪は明日世界が終ると自分が言えば、
世界が終わると思っている。
だから狐が何故怒って居るのかも、何故逃げたのかも
理解出来ないのでは無く、理解するという行為そのものが。
この男には理解出来ていない。
「白猪様。お嬢様は湯に早く入りたいので御座いますよ。」
この状況を動かしたのはこの男だった。
「なるほど、そうかそうか。なら素直にそう言いなさい。
まったくお前は昔から恥ずかしがりやで困るのぉ。」
ニコニコと笑いながら白猪は近づき、その爪に
腕や顔を掻かれながら、抱き上げると屋敷に向かって
歩き出す。屋敷の扉をくぐるまで、狐の爪を
食らい続けながらも。
「おぉよしよしぃ。元気で可愛いのぉ。」
頬を緩めて平然と歩いて行く。