結の2
あの後狐は山を二つ越えるまで
泣き続けた。何度も何度も。
今はもう会えない、会ってはいても会えない。
彼の名を呼んで。
大和の使者として付いて来た山犬は
その声を聞きながらも、平然と籠に続く。
むしろ伊吹の使者の方が辛そうに見えるほど、
山犬は表情一つ変えずに、静かに前だけを見て
籠の列の最後尾から付いて来る。
まるで何かを押し殺すように。
そうして歩く一行が伊吹の山に入ったのは
大和を出て4日目の夜だった。
山の入口には大きな、見上げるほどの大門、
その大門の前には迎えの者共だろう妖怪が、
南蛮風の服を着てずらりと整列している。
最近やっと山犬の居る山でも見るようになった、
燕の様な上着の黒い服で、燕尾服と言うらしい。
大門の左右に立つ彼等の前に、一人だけ
見るからに風格を感じさせる男が立って居る。
どうやらその男が彼等の長なのだろう、
白髪頭に立派な髭を蓄えた老人。
山犬がその老人達の出で立ちに眼を取られて居ると
その男の前で籠が下され、扉の錠が外され、
久しぶりに狐が姿を現す。
澄んでいたはずの眼は赤く腫れ、瞳は虚ろで
目尻には涙の跡がくっきりと残っている。
強く噛み締めたのだろう、口元には薄く乾いた
血の跡も見える。何よりその姿。
煌びやかな着物を着せられては居るが、その
顔から感じる印象の正反対さ、それでもその手には
赤い布に包まれた山猫をしっかりと抱きしめて居る。
それが余計に狐の深い、深い悲しみと絶望を感じさせ、
山犬は胸がギリッと締めつけられる様な痛みを感じる。
「参りましょう。」
籠から降りた狐を男が促す。
言葉は簡潔で、感情も敬意も思いやりも、
なにも感じさせない男の言葉と態度。
これが伊吹の狐に対する扱いなのだ。
その一端を感じ、山犬の胸は更に痛んだ。
その痛みを感じながら、狐の後に続いて
大門に向かおうとする山犬に、振り向きもせず
背を向けたまま白髪の老人は嘲りを込めて言う。
「大和の使者殿、ここよりは伊吹の聖域、
普段は田舎者が入る事を許しておりませんので。
どうか、獣の毛を精々散らさぬよう、お上品に
付いて来て下さいませ。」
左右に並ぶ従達からクスクスと嘲笑が聞こえる。
何とまぁ、自分は嫌われたものだ。山犬はそう思い。
「そうか、気を付けよう。」
出来うる限り穏便にと尾を一振り。
「あと、無駄に血を流さないで頂きたい。」
「失礼、それは今初めて言われたので。」
笑った者の首を刎ねて自身の返答とした。
老人と狐の後を山犬は歩き、大門をくぐる。
一瞬目の前が白い光に包まれ、視界が白く染まる。
そして次の瞬間光は消え、目に世界が戻る。
そこには、神が住むにはふさわしくは無いであろう、
見事な洋館が堂々と建っていた。
薄茶の煉瓦で屋根は白く尖り、玄関であろう
入口は弓の様な曲線で門の様に作られている。
山犬は人との関わりを楽しむ事を知る主で、
話には聞いた事は有るが、実際に見た事は無く、
こんな屋敷を見るのは初めてだ、話に聞いた
帝都の街は、今はこんな建物も多く有るらしい、
南蛮の文化が広く浸透し、帝都は正に
文明開化などと言われるらしいが、大和はまだまだ
開花には程遠い様だ。
そんな思いを抱きながら山犬が物珍しそうに
目の前の立派な屋敷を眺めていると。
ギイイィィィ。
重々しい音と共に扉が開かれ、中から一人の男が現れた。
ついに結の話ですね。出来るだけ簡潔に話を進めてきましたけど
ここできっちり結べるかな。。正直不安ですw
読んで下さってるかた、ありがとうごいます。
登録6人でしたっけ。本当に感謝です。
もう少しで終わります、あと少しお付き合い願います。