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山猫と狐の子  作者: 本蟲
14/22

転の3

 ここは三輪山。

神社の本殿に人の姿は無い、しんと静まる

本殿の前に、首一つ。

供え物の様に石畳に作られた祭壇の

上に置かれ、生気を失ってもな、お眼を

開き、生前の様に本殿を見つめている。

 人の姿は無いがそこに一人の男の姿、

首の主の物だろう返り血で赤く、

紅く染まった神職の服を着て本殿に

向かって膝をついて頭を下げている。

その姿は一見すると人の様だが、その後ろで

豊かな毛を蓄えた尾をダラリと

冷たい石畳に這わせている。

 「愚かな奴じゃのぅ。」

幼い少女の声がする。

「そうかしら?素敵じゃない。」

艶の有るけれど、どこか毒っぽい

妖艶な女の声。

「何にしてもさ、」

軽薄な青年の声が、

「彼には似合いの最後さ。」

本殿から三者三様の声色と言葉。

その姿は簾のためにはっきりと見れはしない、

それでも少なくとも、哀悼では無く。

彼は彼女たちは侮蔑や嘲り、それと少しの嫌悪を

物言わぬ、それでもその眼は口ほどに、

口で語るよりなおはっきりと、敵意を

剥き出して見つめる首に向けて居た。

 「では、これでよろしいですね。」

膝を付いて居た男が口を開く、その

声はどこか無感情で、研ぎ澄まされた

日本刀の鋭さと冷たさを感じさせる。

「そうじゃの。確かに。」

「ですわね、私も良いですわ。」

「二人にも見てもらったんだ。」

青年の声の主が立ち上がるのが簾の

向こうの影で分かった、そして

「間違いなく、彼は死んだね。

では、処分は彼等に任せるよ。」

 青年が手をぱんぱんと叩くと、本殿の

屋根に無数のカラスが集まってきた、

その眼は一斉に首を見つめて居る。

「相変わらず、何とも悪趣味ですわ。」

汚らわしそうに、でも可笑しげに

声の主が立ち上がり。

「のぅ、、、大物主よぉ。

どうせならアレはワシにおくれよぉ、

あんな輩には勿体ない馳走じゃあ。」

先ほどの幼い声の主は先ほどとは変わり

どこか熱を帯びた様な、甘えた様な

トロリと粘度を感じる話し方で立ち上がる。


「あらあら、ヤタ様ったら、そんなお顔珍しい。」

ギャリッ。

石畳に小さく爪の食い込む音がする、

「何を言うか、奴の首じゃぞ。

食えばそれはそれは美味いに違いない。」

はふぅ、と吐息を洩らす少女。

「まったく、仕方ないなぁ。

良いよ、好きにしなよ。」

 青年が言うが早いか簾から眼を見開き

頬を染めた幼い姿の少女が、

祭壇の首の前に飛び出し、首を

両手で持ち、まるで大切な宝物でも

見る様な眼で見つめたと思った瞬間。

グリッ、ブチブチッ。

その小さな口を、一杯に広げ

首を貪りだした。

豪華な装飾の施された冠、

繊細で緻密な装飾と、刺繍を施された着物

見るからに高貴な姿にも関わらず

その一切を気にせず首を貪る。

「グチッ。美味いのぉ。

ブシッ。お主は美味いのぉ。」

肉を食む音、紅く染まる姿、

一噛みするたび石畳を血が染める。

この姿を見て、誰がこの少女を信仰するのか。

 「あらら、ヤタ様ったら。

あんなに嬉しそうに惚けて、ふふふっ。」

「じゃあ、君は下がって良いよ。」

「はい。」 

石畳の男は返答と同時に立ち上がり。

それ以上何も言わずに無言で一礼すると、

おぞましいその食事に背を向けて歩き出す。

「そうだ、一つ聞いて良いかい?」

言葉が男の足を掴む。

「友の首を刎ねるのはどんな気分だった?」

そして言葉は男の心にざくり、と刃を立てる。

「とても、言葉では言えませぬ。」

そう言うと、掴まれた言葉を引き千切り

男はゆっくりと歩みを進める。

「そうかい。御苦労だったね、山犬。」

無言の背中に言葉が刺さる。

辺りには男の石畳を歩く音と

「ブチュ。ブジッ。はあぁぁぁ。

本当にお主は美味いのぉ、、

のぉ、、山猫よぉ、、グジュルッ。」

貪り喰らう少女の声が有るばかり。





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