転の1
おかしなもので、その日からの生活は
俺のこれまでの生活を一変させた、それも
思っても居なかった程に。
相変わらずのわがままだし、こいつは
以外にもよく泣く、もっと強いものだと
勝手に思って居ただけかもしれないが。
少しの勘違いで噛みついて来たかと思ったら
いきなり涙を流してしゃがみこむし、
そうかと思えば泣きもせずに俺に怒鳴るし。
本当にコロコロと感情を表現する姿は
俺自身も意外だった程に俺を楽しませた。
今までこんな生活では無かった、毎日を
ただ思うままに生きて来た、好きな時に寝て
好きな時に起きる、好きな時に食べて、好きな時に
好きな事を好き放題やってきた。
思えばこいつはどうだったのだろうか。
好きな事をやって来たのだろうか、伊吹の山で
思うままに生きて来れたのだろうか、もしくは
そうでは無かったのだろうか。
俺と違い、良い暮らしをしていたのだろうその
言動を見ればそう思う、でもそれは暮らしであって
こいつの思う生き方では無かったのでわないか。
生きたいから生きて居たのではなくて。
生きて居る、それだけだったのだろうか。
俺とは違う、でも何か違うと思えない、
そんな風に感じるのは変なんだろうな。
「早く死にたい。」
ある日あいつはそう言った。
「俺は生きて居たいな。」
俺はそう思うと言った、死ねば何も無い、ソレは
俺の唯一の恐怖だ、そう言った。
「意外だな、案外と臆病なんだね。」
ニヤリと笑った顔が妙に嬉しそうだった。
どうしたのだろうか、何でこんな事を
俺は一人思い出してるんだろうか。
まだそんなにもこいつとの時間は長くないはずだ、
俺の今までのほんの一瞬程度の時間しか
こいつとは関わって居ないはずだぞ。
なのに、なんだ、なんでだ。
とても短いんだが、俺の今までの何よりも
鮮明に思い出せる。
この感覚は何だ、山犬との喧嘩も。
人の住む都で、悪戯に屋敷を燃やした時も
俺の今までには確かな記憶が有る、
あの頃の感情も、あの時の記憶も、
確かに俺は覚えていて。
なのにそのどれもがどうでも良いように思う。
一体この感じは、一体何だ。
「やまねごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
あぁ、まただ。
またあいつは、泣いてるのか。
本当によく笑い、よく泣くな。
「起ぎでえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
待ってくれ、もう少しだけ寝かせてくれよ。
そうすりゃ、朝飯と湯の用意をして、その後は
山犬の店で団子でも食おうや。
だからさぁ、もう少しだけで良いからよぉ。。
「さぁ、帰るよ天狐の娘さん。」
誰だ、お前、聞き憶えが有るぞ。
「嫌だあぁぁぁぁぁ!!」
あぁ。
そうだ。
思い出した、思い出しちまった。
「おい、、待てよ、、この蛇オヤジ。」
足がうまく動かない、それに頭は割れた
みたいにガンガン痛む、体がねっとりと
濡れてるが、これは多分俺の血だ。
「おやぁ、まだ動けたんだね。」
この眼、見覚えが有る、誰の眼だったか、
かなり昔に見た事が有る気がする。
「なぁ、蛇オヤジ。お前、
昔の俺に会った事が有ったかい?」
「何の事かな。」
「まぁ良いや、イテテ。
取りあえずよぉ。」
俺はこんな奴じゃ無かったのにな。
どうしてかねぇ。
のんびり生きるのが好きだったのになぁ。
「取りあえず、なんだい?」
イライラするんだよ。
「どうしたのかな?山猫。」
イライラするんだ。
「無視かな?この大物主を。」
何でかな、本当にイライラするんだよ。
「一つだけ、言わせてもらっていいか?」
「何だい?聞こうじゃないか。」
この状況にイライラする。
この感情にイライラする。
この感覚にイライラする。
あれも、それも、これも。
そして、何よりも。
狐が泣いてる、この現実に
心の底から、腹の底から
全身全霊の徹頭徹尾。
イライラするじゃないか。
「早く言ったらどうだい?」
言ってやるさ、あぁ言ってやるとも。
「俺の嫁に手を出すんじゃねぇよ。」