承の4
この狐娘は本当に箱入りだったのだろう、もしくは
高貴な産まれなのかもしれない。火は自分で起こさないし
獣の姿のままだというのに鶏を皿に盛れとまで言う。
その後もやれ口元を拭けだの、やれ茶を煎れろだの。
本当にどんな生活だったんだか、想像も出来ない。
挙句に湯を用意しろとは、ここまで来ると呆れを超えて
どこぞの綺麗好きな婆様鴉の神様かと笑いすら出る。
そんなわがまま放題な生意気娘は食うだけ食って、言うだけ言うと
さっさと俺の祠を我が物顔でねぐらにして寝てしまった。
「よっぽど疲れていたのか、それとも、、」
言いかけて止めた、気を張って居たのか、なんて当たり前の事だ
こんな山にまで逃げて来たのがまだ昨日の昼で、俺と会って
まだ1日しか経って居ないんだ、それでも当の本人はクークーと
軽い寝息を立てては居るが、わざとそう振る舞って居たのか、
それともそういう肝の持ち主なのかは別にしても、今の
自分の置かれている状況は把握しているだろうし何より
楽観はしていないのは、こんな俺を半分脅してまで協力させている事で
容易に想像出来るって話だ。そんな事を思うと、何ともやるせない。
「起きる気配は無い、かね。」俺はふと思い立って
そっと人の姿になり、娘を起こさないよう極めて静かに
祠の奥から小奇麗な服を一着出すと、そそくさと着て山を下りた。
人の姿で隣の山に伸びる街道を歩き、途中の茶屋で店主を呼ぶ
「すまん、居るか?」「おやぁその声は、珍しいねぇ。」
奥から肩辺りまで伸びた黒い髪をまとめもせずにだらりと
垂らした、作務衣姿のひょろりと背の高い男が出てきた。
「山猫、いや。今はえーと」
「こんな時間だ、客も居ないんだろ?山猫で構わんよ。」
「まぁそぉだねぇ。なら山猫のぉ珍しいじゃないかぁ。」
「おう、まぁな山犬、急になんだが少し入用でな。」
そうこの茶屋はあの山犬の店なのだ、あくまで人の姿の
時ので、本来はこの茶屋から見える少し尖った山の祠が住処だが
山犬はここで旅人と関わる事を趣味としている。
おかげで人の中で流れる物や話を山に流す事が出来ているので、
主達や妖怪達からは便利屋として重宝されている。
かくゆう俺もここの常連だ、まぁほとんど寄る事は無いけど。
「で、今日は何が要るんだぁ最近は特に珍しいに話も
物も流れては来てねぇぞぉ。」
「いや今日は女物の服が欲しくてな、出来れば
なるだけ綺麗な物が良い、あと湯を入れる桶も。」
「ふぅん。」そう言うと山犬は俺の額に手を当てる
「何の真似だ?新手の挨拶か?」
「いやぁ、珍しい病でも患ったのかと思ってねぇ。」
「そいつはどういう意味だ。」山犬の手を叩く
「お前が女物の服ってのでも驚くのによぉ、湯と来たら
病気じゃなきゃ、雪か嵐か地震でもおきそうだろぉ。」
失礼な犬っころだ俺を何だと、と思ったがそうだな。
いきなりそんな事を言い出せば、誰でもそう思うか。
「女物はあれだ、山で迷子になった人の子を助けてな、
湯もその子供のためだ。」
我ながら苦し紛れにこんな事を言ってしまった、やばい
だれがこんな話を信じるものか、俺が人を助けるなんて
「そりゃあ大変だなぁ、待ってろよぉ確かこの辺りに。。」
信じちゃったよこの男は、流石山犬、山犬でも犬は犬だ、昔から
疑う事をしない男とは知って居たがここまでとは。
「これこれ、良い生地だろぉ、あと桶なぁ。これで良いかぁ?」
声がすると店の奥から紅い生地の仕立ての良い着物と、
ちょうど人が入れる大きさの桶を持って山犬が出てきた。
「おお、それならちょうど良いな。桶もばっちりだろう、
二つで幾らになる?あいにく俺はそこまで金は無いからな
安くしてくれたら嬉しいんだがよ。」
「んぃ、二つでこんだけでどうだぁ。」山犬は指4本
「せめてこんだけでどうかね、、」俺は指3本
山犬は少し考えた後でしぶしぶと
「んー仕方ねぇなぁ、3本半だなぁ」
「よし、それなら良い、すまんな。」
俺は腰の袋から4本の幣枝を出してそのうちの1本を
半分に折り、残りと合わせて3本と半分を差し出す。
この幣枝とは俺たちの様な類の中での通貨だ、と言っても
人の通貨とは少し意味が違う、これで神の加護を買うのだ。
だいたい1本で草木の神なら木に実や花を付けてくれ、
獣を管理する神なら兎くらいは与えてくれる。
つまり3本と半分は、俺にしては中々に大きな出費だ。
「毎度ありぃー、こいつはオマケだぁ。」
御枝を受け取った山犬が、燈色の液体の入った小瓶を
戸棚から持って来て差し出してくれた。
「うん?何だこりゃ、スンスン。」匂いを嗅ごうと
瓶の栓を抜いて鼻を近寄せて。
「くっせえぇっぇぇっぇぇ!」
何とも言えない、何とも甘ったるい、痛みすら感じる程に
甘い匂いの凝縮された液体。
「ばかだなぁ、そいつは香水って物だぁ。何でもこいつは
ほんのすこぉし体に付けたり、湯に入れると良い香りが
するらしいんだとよぉ。」
まだ鼻が痛い、何て代物をおまけにするんだ。
「何で、こんな物を、、おまけにしやがった。」
まったく鼻水まで出てきたぞ、酷い目に会った。
「そりゃあ、お前がなんだか狐臭いからよォ。」
鼻水の次は冷や汗が出たよちくしょう。