第一章 プロローグ 桜が舞い散る中の龍
春先のとある日に、少女は二つ上の少年と出会った。
「君は、何も持っていないというのに、幸せなのか?」
少年が問うと、少女が答えた。
「何も持ってはいないけれど、兄様がいてくれる、それだけで私は幸せなのです」
屈託のない笑みを浮かべて答える少女は、貴族にも劣らない美しさ、可憐さ、何より謙虚さが備わっていた。そんな彼女に、少年は言った。
「俺は、君に力を与えたい」
「力に………御座いますか?」
少年が言う力には、どこか、自分には不釣り合いなのではと、少女は思った。
少女はまだ七歳。その二つ上をいく少年は九歳。幼い子供である少女にとって、それは恐るるべきものであったに違いない。けれど、その恐怖を振り払い、少女は、
「その、力とは?」
少年に問うた。
「君に、〈龍〉という苗字を贈ろう」
「〈龍〉に御座いますか?」
〈龍〉。
その言葉を聞いても、少女にはピンとこなかったが、それを贈った少年には、その意味が解っているのだろう。
「君が大人になれば、俺は君を迎えに行く。その時に、初めて、〈龍〉を名乗れるようになる」
「では、この苗字は、誰にも明かしてはいけないのですか?」
少女が不安げに聞くと、少年は苦笑しながら首を振った。
「いや、君の兄には、教えても構わない」
「はい」
少女は少年の答えに満足したのか、また屈託のない笑みを浮かべて頷いた。すると、少女を呼ぶ声が聞こえ、彼女はその声に振り返る。
「もう、時間なのか?」
「はい」
「なら、最後に君の名を教えてくれ」
歩いて行こうとすると呼び止められ、少女は少年の方を向くと、鈴を振るような可愛らしい声で、一つの名を紡いだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー朔弥と。