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5話目

芳美の宣言に面食らった男は「 ? 」と真顔になった。頭の中で言葉の意味を考えているのだろうか。どこか、ぼんやりとしている。

 芳美はその隙に、近くに置いてあった漆の箱を手に摑む。


「わわっ、ちょっと待って。良く考えてよ、消えちゃうんだよ ? この子達も君の幸運も。君はそれで良いの ? 」

「うん。だから、私のラッキーはこいつ等の為に使うって言ってるじゃん。それに、こんなちっこい奴が虐げられてるの、何か気持ち悪い。嫌だよ。私、そんなに鬼じゃないし。思うんだけど、ここで良い事しておけば、めぐり巡って帰って来るかもしれないよね。そしたら正々堂々、受け取るよ、その方がずっと嬉しい」」


 運と、お金と、幸運は、巡るもの、だと芳美は常々思っている。


「・・・・・・・・」


 それまで笑っていても気だるげな空気をまとっていた男が、一瞬、密かに眉間に皺を寄せる。途端、軽そうな印象が一変した。その顔は神経質で、気難しそう。どこか近付き辛い雰囲気がある。

 だが、手に持っている箱に集中していた芳美は、その一瞬の変化には気が付かない。勢いのまま、手の中の箱のふたを開く。

 途端、中から白粉の粉を撒き散らせながら、二匹目のケサランパサランが飛び出した。わぁっ ! と驚いている間に、その白い毛玉は芳美の頭の周りを2~3週回り最後、顔の辺りで止まると、ふわふわ上下に漂った。まるで挨拶をしている様に見えた。

 そして、男に掴まっていたケサランパサランも何時の間にか近くに浮いていて、寄り添い一緒に漂い始めた。


「あは。何かマジで嬉しそう。良かったじゃん、お前」


 その仲睦まじい姿に、芳美は満足そうに笑って頷く。それに返事をするように、ケサランパサラン達はふるるるっと、身体を震わせたかと思ったら・・・・・・・・パフォン ! 

 

「あっ ! 」


――――と、消えた。

 瞬きをする間の一瞬の事だった。


「す、凄いっ。本当に消えた ! 」


 手品に喜ぶ子供の様に、芳美は目を輝かせた。不思議とその心に、残念と言う気持ちは無く良かったと言う思いばかりが強く胸に残っていた。


「よし。一日一善完了。いやぁー良い事をしたな。後は、『良い事』が巡ってくるのを待とうじゃないか」


 テストでだって、おまけで点を貰うより、実力で勝ち取った方が、ずっと嬉しいに決まってる。例え、それが一点ぽっちだったとしても。

 芳美は満足感に満たされた顔で、白粉塗れの自分の手をぱんぱんと叩いた。


「ふっ、くっ ! くく、くくくくっ・・・・あは、あははははははははっ ! 」


 突然の笑い声。横に居た男が堪らないといったふうに、笑い出したのだ。

 その、くしゃくしゃにして笑う顔には、今までの婀娜っぽさも、気だるさも、何処かへ吹き飛んだ様に無くなっていた。

 芳美は小さな店に轟く笑い声に、首を傾げる。


「なに ? なにがそんなに可笑しいの ? 」

「だって君 ! ちっこいのって。はははっ ! あ、あれはれっきとした妖怪だよ。場合によっては人の生き死にだって左右出来る。それを・・・・ちっこいのって ! だいたい君自身だって、ちっこいのじゃないか、それを ! ははははっ」

「あいつ見た目は凄く小さかったでしょっ。それに、私はそんなに小さくないからっ ! 」

「うんうん、良いよ良いよ。そうだね、うん。あーーー、君、面白いね。くふふ。じゃぁ、そうだねぇ、良い物をあげようかな」


 やっと男が笑いを納める。そして肩を怒らせる芳美に背を向け、机の引き出しをガサゴソと探り出した。

 何か、帳面らしき物を引っ張り出し捲ると、そこにペンを走らせる。

 ぺりり。一枚を切り離し芳美に差し出した。


「はーい、これ」

「 ? 」


 手渡された薄い紙は請求書。

 請求額の欄には、流れるような筆跡で――――¥2,000,000の文字が燦然と納まっている。


「こ、これ・・・・」


 予想外の展開に芳美の手が震える。


「うん、請求書。だって、君の逃がしたケサランパサランは家の店の商品だったわけだから。責任とってもらわなきゃ。ね ! 」


 そうだった。自分は目先の事にばかりに考えが向いていて、他は抜けていた。

 しかし、それにしてもあれが二百万だなんて・・・・。

 芳美は先ほどとは違った意味で気が遠くなった。


「に、二百まん・・・どうやって・・・・」


 グルグルと、芳美の頭の中を紙封をされた札束が巡る。ぐるぐるぐるぐる。目も回りそうだ。

 半ば放心状態の芳美を男が見て、うふふと笑う。


「私もね、ちっこいのが悲しんでいるのを見るのは忍びない。鬼じゃないし。だから、一日一善をしようと思うんだ」

「はぁ」


 今だ放心状態の解けない芳美は気の抜けたような返事を返す。


「うん、だからね、君は家の店で働けば良いよ。それで労働力で返して ? その負債」

「この店で、私が ? 」


 男は芳美に、ここで働けと言っている。それは分かる。だが、「労働力で返せ」と言う言い方に何故だか不安を感じた。


「良かったねぇ。これで丸く収まるってものだよ。君の言うところの、幸運が巡って訪れた、のかな ? 」


 仕掛けた悪戯を見守る子供の様に、男の目が爛々と輝く。少し、笑う声に混じるのは毒か。

 はっきりして来た頭で、よくよく聞いてみれば、男が言っているのは芳美に対する強烈な嫌味とも受け取れる言葉。


(だけど、だけど ! 受けないわけにはいかないっ。何ったって、二百万っ !! )


 芳美の中のプライドが、二百の重さに圧し折れた。

 だが、心まで売り渡したわけじゃない。こんなの、ただのバイトだと思えば良いのだ。簡単簡単 ! 働いても、お給料が出ないだけだ。・・・・え、それってただ働き ? いやいや、考えちゃ駄目。悲しくなっちゃうからっ ! よし ! 


「やるよ。やります。やってやる ! そんでもって、労働力で返す。きっちりね ! 」

「うん ! よろしくね」


 空元気に疲れた芳美は、机の端に手を付いた。

 反対に男は元気そのもの。いや、気だるさが無い今は、さっき以上に生き生きとしている。


「それじゃ、遅ればせながら自己紹介。私はこの店の店主、越後。よく悪代官とつるんでる越後屋と書いてそのまま、えちごと読んで。で、君は ? 」

「松山芳美。高校生だよ。あ、・・・・いえ、高校生です。あのぅ、聞きたい事は色々有るんだけど、その前に一つ、良いですか ? 」

「ん、なに」


 焔のような髪を掻き上げながら首を傾げる色男に、芳美は今更だが、とっても大事な事を口にする。


「こ、ここは―――― どこですか ? 」



 怪しい店。

 不思議な商品。

 おかしな店主。

 それよりも、ここはいったい、どこですか ?! 


 

  

 ここまでが1話です。物凄く長くなっちゃった。けど、1話。

 続きは他の連載モノが終わったら、と考えています。でもその場合、話しの内容が、行方不明の友人を探す話になるので暗くなりそう。嫌かも。

 では、ここまでお付き合い下さった方々、有難うございました ! 


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