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4話目

 芳美を覚醒させたのは男の手を叩く音と、鮮やかな髪の色だった。

 

「はい。おあずけー」


 何時の間にか芳美の近くまで来ていた男が、件の漆器をヒョイッと手に取り、背の低い芳美に届かない高さに持ち上げる。

 勝手に触るな。そう言うことだろう。


「わっ、私っ、私っ・・・・何か変っ。だって別にそんな箱、欲しくないのに。さっきもそうだった。足が勝手に動いて・・・・。頭だって、ぼーっとしちゃって・・・・。何なんだろうっ。どうかしちゃったのかなっ」


 頭に割り込む誰かの思考。


 うれしい、こっちだ、はやく、はやく、はやく、と。


 こんな可笑しな事、今まで無かったのに。自分の身体なのに思うようにいかない。・・・・恐い。

 得体の知れないモノへの恐れと戸惑いに、芳美の小さな体が細かく震えた。

 それまで箱を片手に、じっと様子を観察していた男が「あ、もしかして~ 」と、芳美にぐっと近付く。いちを、年頃の女子である芳美は慌てて仰け反った。が、男は構わず顔を寄せてくる。正確には芳美の耳の辺りに。


「な、なに ? やっぱり何か可笑しいのっ !? ももももももしかしてっ、む、虫っ ?! 」

「あは。虫じゃないよ。それに、可笑しくも無い。どっちかって言うと、運が良い。めでたいね ! ・・・・へぇ、この子。自分じゃここから逃げられないのかぁ。うんうん、これはこの先安泰だね」


 耳を覗き込み、羨ましいと言う男に詰め寄る。


「は ? この子 ? 逃げるって何が ? って言うか、やっぱ何か居るんじゃんっ !! 」

「んー、何って、そりゃ『ケサランパサラン』だよ」

「ケサランパサラン ? それって、白い綿毛みたいな、ふわふわしてる奴 ? 正体不明の ? あれ ? 」

「そうそう、あれ」


 男が喋りながら手を芳美の耳の辺りに触れるか触れないかの距離で翳す。目で動かないでと制された芳美は、身体を強張らせながら言う通りに固まった。


「君の耳の中にはね――----、ほら」

「へ ? わっ」


 ほら、と目の前に差し出された手の平には、白い綿毛状の物が、ちんまりと鎮座していた。口でふぅっと吹いたら飛んで行ってしまいそうな程、小さい。


「こ、これが、ケサランパサラン ? こんなのが私の耳の中に入っていたって言うの ?! 」


 ゾッとした。こんな正体不明のUMA (ユーマ)が自分の体の中に居たなんて ! 

 ショックを受けた芳美は、耳を押さえ後ろに跳び退る。

 対照的に男は、その物に別段嫌悪も気味悪がる素振りも見せない。面白そうに手の中のそれをコロコロと転がして遊んでいる。それどころか余裕に、恐がる芳美を面白がる素振りすら見えた。


「これは正真正銘のケサランパサラン。間違いないよ、本物だ。どういう訳だか君の耳の中に入ってしまったらしいねぇ。――あ、不味い。私が持っていると逃げられるかも。ちょっとこっち来て、また戻すから」

「はぁ ?! 戻すって、私の耳に ?! これを ? 冗談でしょっ」


 耳を押さえたまま、毛を逆立て叫んだ。

 黒猫が机を飛び降り、音も無く芳美から離れる。うるさかったらしい。


「えー、そうだよ。だって、君の耳の中だと逃げられないみたいだし。君だって逃がしたくは無いだろう ? こんな面白い物」


 「ほらほら、おいでよ」と男が手招き。


「ななななっ何言ってんのっ !? 逃がしたい、てか、追い出したいに決まってる。せっかく耳の外に出せたんだからっっ。わわわっ ! こっち来ないでっ !! 」


 男が右手に、優しく左手でフタをする。場所が川辺なら、蛍でも捕まえたような赴きある姿。だが実際は、そんな風流なモノではなく、未確認生物。得体が知れないモノだ。


「ふぅーん、勿体無い。じゃぁ、耳が嫌なら箱に入れて飼えばいい。白粉を入れて飼えば、ずっと生きているよ。運が良ければ増えるかもしれないしね」


 こんな感じにさ。と男が机の上に置いて置いたさっきの漆器を顎で指し示す。

 それで芳美は気が付いた。

 (じゃあもしかして、あの箱の中には・・・・・・・・)


「その中身って、今、貴方の手の中にあるモノと同じ・・・・だったりする ?」

「うん、そうだよ。さっきから君は、この漆器に執着しているようだったから、もしかしたらケサランパサラン絡みかなぁって思ったんだ。どうやら、当たりだったみたいだね。ふふふ」


 何が楽しいのか男が笑う。

 私は凄く恐いのに、意地悪だ。と、むくれる芳美に男が追い討ちを掛ける様な事を言い出す。


「君のケサランパサラン、この漆器の中に居る奴と引き合っているみたいだね。そんな習性、聞いた事無いんだけど。ううぅん、珍しい。面白い。ねぇ、これ、売ってくれない ? 高く買い取らせてもらうよぉ。どう ? 」


 急に男の顔が商売人のそれになった


「・・・・・・どうって。まさかそれ、その箱に入れて二匹セットで売るってわけ ? 」


 買う奴の気が知れないが、ケサランパサランは珍しいモノらしいし、しかも二匹セットなら付加価値が付いて、高く買ってくれる客が居るのかもしれない。きっと需要があるのだろう。

 それに自分の耳に居た奴は、箱の中に居る奴と会いたがっていた。だから、たとえ商品にされようとも、二匹が一緒になれるのなら、全て丸く収まる気がした。

 だが、男は頭を振る。


「まさか。これは別の箱に入れて売るんだよ。ふふふふっ、何が良いかナァ~。この蒔絵の箱なんてどうかな。平安時代の恋の歌を題材にした柄なんだけど、この子にピッタリじゃない ? わびぬれば~~~なんてさっ ! 」


 男は、もう芳美からそれを買い取った気になって浮かれている。次々と、高価そうな箱物を取り出してきては薀蓄をたれる。

 芳美はその話を聞きながら、何と無く納得出来ない気持ちになっていた。

 二匹を一緒にしてやった方が、良いのではないだろうか。勝手に体の中に入られ、好き放題をされていたとは言え、誰でも小さい者には庇護欲を感じるものだ。

 それに、体の中に入られていたからこそ分かる。あのケサランパサランは心から欲していた。箱の中身を。それはそれは切ないくらいに。


「ねぇ、それ、一緒にしてやってよ。その方が珍しいし、高値で買ってくれる人が居るかもしれない」

「無理無理。それは駄目。だってね、ケサランパサランって、一年以内に二匹目を見ると幸運の効果が消えるんだよ。私が思うに、この二匹。一緒にしたら効果どころか本体も消えるね。そうなったら君だって嫌だろう ? せっかく確定している幸運が無くなるなんてさ」


 まるで、ゴミの日か何かを教えるように気安く言う。その言いぶりは、芳美が拒絶するなんて考えもしない風だ。


「幸運・・・・」


 箱を開けて一緒にすれば二匹とも消える。そして、もう既に約束されている(らしい)芳美の幸運も又然り。

 でも、そもそも良い事って何だろう。

( 宝くじが当たる ? 彼氏が出来る ? テストの点が良くなっている ?背が伸びる ?  杏子みたいな美人になれる ? )

 初詣や七夕で、神様にお願いする事トップ5が出揃う。

 極々、普通の女子高生である芳美には、どれも皆、魅力的な『良い事』だった。この中の一つ、いや、もしかすると全てが叶うかもしれないのだ。先のことを考えると、わくわく感が止まらなかった。


(でも、私が幸せに浸っている時、こいつ等は・・・・・・・・)


 自分が笑っている時こいつ等は泣いているのだ。逢いたい。逢いたい。逢いたい。と、願った相手に再会出来ずに。

 そう思うと素直に喜べない。胸の中に何かが支える。これが後ろめたいと言う感情なのだろうか。


 (こういうの私らしくないな。なんか、気持ち悪い。それに良く考えてみたら、宝くじって、当たったその後が大変らしいって言うよね。だいたい宝くじ買ってないし。彼氏って言っても、今、好きな子居ないし。杏子みたいな美人には・・・・なりたいけど、自分の顔だって嫌いじゃないし。・・・・・・・・なんだ。絶対叶えたい願いなんて、ないんじゃん ? どれもこれも、だったらいいなぁーー位の物じゃん。私の願いなんか、あいつ等の苦しみに比べたら・・・・)


 芳美は進む道を決めた。常日頃から道に迷う方向音痴だが、自分の気持ちには迷わない。思い切りが良い。それが芳美の長所だ。

 

「あのね、私の幸運はそいつ等に使うよ。そいつ等が『相方に再会出来る事』を、私に起こった幸運、良い事って事にするっ ! そいつ等の幸せが、私の幸運 ! 私の望みっ ! 」

 



 

私は一日に一度は耳掻きをしないと気持ちが悪いです。でも何だか最近、赤いものが出てきます。それが気持ち悪い。もっと、ほじほじしなければ !

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