3話目
声と共にポワワッと、キノコ型のランプに明かりが灯る。
暖色系の暖かな光が、一つ、二つ、三つ。
それだけで室内を確認するには十分の明るさになった。
「雪柳が珍しく鳴いていると思ったら、随分と可愛いお客さんを連れてきていたんだねぇ」
「か、かわっ !? 」
ランプの向こうから聞こえて来たのは、まだ若い男の声。
予想が外れた。こんな寂びれた骨董屋などを営んでいるのだから、きっと店主は歳を取った気難しい爺様なのだろうと思っていたのだ。白髪頭の丸眼鏡。ベストに髭に松葉杖。少々ベタだが、そんな王道を予想していた。が、この声の感じでは松葉杖どころか、白髪すら生えていない年頃だろう。
だが、若いと言っても、無造作に置かれた品々が邪魔をして、入り口に居る芳美からは相手の顔が良く見えない。その為、何歳位なのかまでは検討が付かなかった。
しかし今の芳美には、男の顔や年齢よりも「可愛い」と言われた事の方が大きくて、その他の事は二の次に。この年頃の女の子は「可愛い」に弱いのだ。
可愛い物が好き。可愛い人が好き。
可愛くなりたい。可愛くありたい。
可愛いと、言われたい。
御多分に洩れず、それは芳美も同じで「可愛い」に、とても敏感だった。
(かかかかかっ、可愛いって言われた ?! それも男の人にっ )
見た目、可愛らしい女の子と言うより活発な少年を思わせるボーイッシュな芳美は、余り言われ慣れぬ言葉に浮き足出す。お世辞、常套句だと分かっていても落ち着かない。なにせ相手は知らない男性。親戚の叔父さん達とは違うのだ。
「あ、あの。ごめんなさい。勝手にはいっちゃーーーー・・・・・」
「ん、なに ? 」
軽く頭を下げて謝りながら前へ進む。その際、通路を浸食するガラクタはヒョイヒョイと除けた。
そして、男の居るオーナーデスクの正面へ辿り着いたのはいいが、芳美は男の姿を見た途端、言葉を失った。
(うっわぁぁーー、真っ赤 ! )
まず目を奪われたのは髪の色。
それは暖色系の照明に照らされているせいもあるが、目の覚めるような見事な赤い色だった。だが、赤といっても血を連想させるような重い色ではなく、
(赤、朱、紅、と言うより、苺色。ストロベリィーーーって感じだ。なんつーか・・・・う、美味そう ! )
顔に浮かべる緩い笑みと軽い口調からか、ポップで軽い言葉が頭に浮かぶ。だが、ストロベリィなどと横文字を並べてみたが、彼からは『洋』より『和』を強く感じた。
男らしく丹精に整った顔と、多少ラフだが充分粋に着込んだ銀鼠色の着物が、そのポップな色味とチグハグかと思いきや、以外にマッチしていて派手だか浮いた感は無い。まさか地毛では無いだろうが、取って付けた様な染めた感じも無い。それ程良く馴染んでいる。
それに、男盛りの男性に向ける言葉ではないかもしれないが、婀娜っぽい。妙に色気を感じさせる人物だった。
これまで芳美が出会った事の無い性質。不思議な男。
「ナァ」
「あ、猫ちゃん」
芳美が男に興味を惹かれ、正直、見惚れていると、それを遮るように黒猫が鳴き、男の前の机に飛び乗った。そして芳美に向って目を細める。寝かせた月型の向こうから、金の色が光っていた。
「ふふふふ。そいつねぇ、君が私に夢中なものだから、気に食わないと言っているのさ。なぁ、雪柳 ? 嫉妬深い男は、古今東西時代を問わず嫌われるよ。ね ? 」
ね ? の部分で芳美に視線を流す。
動作が一々艶めいていて、その度ドキリとさせられる。
「え、あの。そのっ、じろじろ見ちゃって、ご、ごめんなさいっ ! なんか、凄く美味しそうだなって思ったら、ついっ」
言ってしまってから、はっとした。いくら髪の色が好物の苺を連想させたとしても、初めて会った人に向って「貴方、美味そう」だなんて、私は何を口走っているのか。こんな言い方では可笑しい人だと思われる事請け合いだ。
案の定、言われた男は一瞬きょとんとし、その後、噴き出した。盛大に。
「おっ、美味しそう ? この私が ? ふふふ・・・あははははっ ! いいね。いいよ。光栄だよ ! こんな可愛らしい子に食べられるのなら喜んで火の中に飛び込もう ! 」
自らの身を食料として捧げるべく、火の中に飛び込んだ神話のウサギをなぞって笑う。腹に手をやり、堪らないとばかりに身体を苦の字に折り曲げて。笑いで肩が揺れる度に、毛先が赤いランプの灯に溶けた。その姿は健気なウサギと言うよりは、ウサギを飲み込む炎のようだ。
――――ユラユラしてて火の粉みたい・・・・きれい。
揶揄されても芳美は性懲りもなく同じ事を繰り返しそうになり、慌ててそこから目を引き剥がした。
「ちっちが、ご、ごめんっ。そうじゃなくって、さっきのは貴方の髪が苺みたいで美味しそうって意味であって、貴方自身をを食べたいとかじゃなくて、あ、だからさ、その・・・・・・・・・・・あぁぁっ、もうっ !! 」
口を開けば開くほど、自分が何を言っているのか分からなくなっていた。焦りの余り、敬語の中にため口が混じるのにも気が付かない。それに、また可愛いと言われた事が焦りに拍車を掛けていた。
だが男は、変な汗を掻いている芳美を前に楽しそうに笑うばかり。
そして一頻り笑った後、背中を伝う長い髪を掻き上げる。空気にふわりと香りが乗った。眩暈を誘発する官能的な香り。香だろうか。
「ふふふ。あぁ、そう、ありがとう。この色良いでしょう ? 気に入っているんだ」
「う、うん。良いと思う。凄く」
舐めてみたら苺の甘酸っぱい味がするかもしれない。そう思わせる色に、深く頷く。
芳美は苺が好きだ。だからだろうか、この男と居ると無性に喉の渇きを覚える。
ごくり、気付かれないように唾を飲み込む姿を、黒猫が下からじっと見ていた。何と無く気まずくなった芳美は、そっと黒猫の頭を撫でる振りをして、その何もかも見透かすような目を隠した。
それを見ていた男がニヤッと口の端を歪める。
「あれあれ、雪柳。撫でてもらって御機嫌だねぇ。私が撫でようとすると怒るくせにねぇ」
「雪柳 ? なんか対照的だね。この子真っ黒なのに」
率直な疑問を、猫の頭を撫でながら言う。慣れだろうか、話す言葉から敬語が無くなっていた。
「そりゃ、雪は白いけど、その下って見たことあるだろ ? 降り積もった雪を退けると、真っ黒だ」
ふぅん、成る程ね。と納得する芳美に「雪って、色々汚い物も隠してしまうだろ。つまり、腹に一物ある。腹黒いって嫌味で付けたんだぁ」と、男。
目を丸くする芳美。腹黒いと言う意味の名を持つ黒猫は、剣呑な視線で主人を振り返り、尻尾を荒々しく振り回す。明らかに機嫌が悪い。
だが、そんな視線も男には暖簾に腕押し。軽い口調で芳美に向き合う。
「で、ここは古道具屋な訳なんだけど、何か気になる物はあったかい ? 」
男が話しを切り替えると共に、机に頬杖を突いた。口元は今だ笑みの形をしている。
「あ、ごめん。この店には偶然って言うか、猫ちゃんに誘われて何と無く入っちゃった感じなんだ。冷かしで、本当、ごめん」
謝って、踵を返そうとした芳美は気付く。
この人なら、耳鼻科の場所を知っているのではないか、と。
「あの、迷惑ついでに聞きたい事があって・・・・この辺に、耳鼻科ってありますか ? 」
「うん ? 耳鼻科ぁ ? 無いなぁ、それ以前に、この辺りには全般の医療施設が無いよ。なに、君、どっか悪いの ? 」
普通、聞き辛い事を軽い調子で男が聞く。
「うん。暫らく前から耳がおかしくて。だから速く病院に行きたかったんだけど、丁度テスト期間中だったもんだから、中々、行けなかったんだ」
「成る程。それで、テストが終わって、やっと病院に行けると思ったら迷子になったんだね。方向音痴も大変だねぇ」
「えっ ! な、何で知ってるの、私が方向音痴だってっ」
驚いて一歩下がる芳美に、男がサラリと言う。
「何で知ってるって ? だって君、そういう顔してるじゃない。いかにも方向音痴って。ふふふっ」
「えええぇぇー」
そういう顔 ? いかにも ? 私の顔っていったい・・・・・・・・。
知り合ってまだ数分の他人にまで言われ、困惑した芳美は両手で自分の顔を挟む様に覆った。
その時だ。
――――――――ザ、ザザザッ、ゴゾゴゾゴッッッ !!
「 !!! 」
また、あの違和感。
いや、今度は違和感だなんて言えないほどの異常。その蠢きは、さっきよりも確実に大きくなって来ている。
芳美は、自分の身体はいったい如何してしまったのだろう。と、恐ろしくなった。
「いっ、うぅぅぅーーーーっ」
堪らず、両手で耳を押さえる。行き成りの事に、その場にしゃがみ込もうとするが、自分の意思とは裏腹に足はふらふらと入り口に向って動く。
こっちよ。
こっちよ。
――――こっ、ち ?
こっち、こっち。
――――こっち、ね。
蠢きに奪われる理性と身体。
入り口、通りに面した壁。ショーウィンドー代わりのガラス窓まで来ると、そこで足が止まる。
今の芳美の目には、黒く光る漆器しか映ってはいない。
これ、これ、これ、よ。
「こ、れ・・・・・・・・・・・・・」
漆器に手を伸ばす。そろそろと。
「はい、ストップ」
「っ !! 」
パンッ ! と、鋭い音と共に眩しい程の赤が目に飛び込んで来て、目が覚めた。いや、覚めたと言うより、無理やり引っ張り上げられた感じだ。目がシパシパしている。
「んー、その箱に触るのは、ちょっと待ってね 」
お色気キャラ、お色気キャラ、お色気キャラララララ~と、念じながら書きました。
目指せ、富士子。
お色気、気だるげキャラ×ノーお色気キャラで頑張りたい。