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1話目

 芳美は、手に持ったメモ用紙を視線の高さまで掲げ、実際の風景と重ねるように見比べた。

 左へ行くとコンビニ。その角を右へ曲がり、前進の後、左へ曲がると耳鼻科・・・・の筈が、またコンビニ。


「何なんだっ ! 何なんだっ ! あっちへ行ってもコンビニ。こっちへ行ってもコンビニ。コンビニ、コンビニ、コンビニ、コンビニ・・・・この世にはコンビニが多過ぎる ! これじゃ、目印にならないじゃん!! 」


 不本意だが、芳美は自他共に認める方向音痴だ。初めて訪れる場所は勿論の事、通い慣れた通学路ですら見失う時がある。


――――おおっ、この小道、ちょっと素敵。

――――あれ ? この路地、何処に繋がっているんだろ。

 

 見慣れない道があると、つい、そちらに足が向く。好奇心旺盛。そう言えば聞こえは良いが、実際は単に後先を考えない短慮な子供なだけだった。

 迷う度にSOSを出される親や友人達からしたら堪ったものではない。その度に地図帳やネットで道を調べ、誘導する必要があるし、それでも分からない場合は迎えに行かなくてはならなくなる。

 芳美の方向音痴は他者も巻き込む迷惑この上ない、習性、癖なのであった。


「はぁ、駄目だこりゃ。全っ然、分からないぞ。どうしようかな、予約の時間まで・・・・後、二十分かぁ。ぎりぎりだな」


 芳美は当てにならない地図の書かれたメモを頼りにするのを諦め、ぐしゃりとポケットに突っ込む。そしてそれとは替わりに携帯電話を取り出すと、素早く友人のアドレスに掛けた。

 地図が駄目なら、目的地の耳鼻科までナビをしてもらおう。元はと言えば彼女が紹介してくれた耳鼻科なのだし、場所に関してはあっちの方が詳しいに決まっている。そう考えたのだ。

 何とも他人任せだが、本人は速く耳鼻科に辿り着きたくて仕方が無いので、その辺の事には、あえて目を瞑る事にしたらしい。


「んーーーー・・・・・・ ? 出ないなぁ」


 何度、呼び出しても彼女は出なかった。耳慣れたトゥルルルルっ~という呼び出し音だけが空しく響く。


(あっれぇ・・・・おかしいな。杏子、今日は別に何の予定も無いって言っていたのになぁ。――――ん。待てよ)


 そう言えば彼女は別れ際「暑いからコンビニで、アイスでも買って帰ろうかなぁ~」とも言っていたのではなかったか。

 だとしたら買い物に夢中のあまり、携帯の呼び出し音に気が付かないのかもしれない。それに、彼女のよく行くコンビニではクラスメイトがバイトをしている。もしかすると、その子と話し込んでいる可能性もある。でなければ意外と面倒見の良い彼女が、自分からの電話に出ない訳がない。

 

「ま、しゃーない。後で掛け直すか・・・・っつ !? あっ ?! わわわわっ !!! 」

 

 カシャカシャカシャ―――・・・・。

 諦め、がっくりと肩を落としたとほぼ同時に、芳美は小さく悲鳴を上げ、手で右耳を押さえた。そして我慢出来無いと言わんばかりに、そのまま力任せにごしごしと擦る。お陰で摩擦された耳はみるみると赤くなっていった。それは痛々しいほどに。

 だが、そこまでしても耳の中の強烈な違和感は依然消えない。ガサゴソと、くすぐったいまま。その感触は、まるで中に「何か」居るような錯覚を起こさせる。

 (何かって、た、例えば、・・・・・・・・・・む、虫とか ? まさか、く、黒いアイツっ。イニシャル、Gィィ !? )


「いっいやややややややややーーーーっ!! 病院っ、病院っ、病院っっーー !!! 」


 耳の穴の中の状況を思わずリアルに想像してしまい、ぞわっと背筋が粟立った。堪らない。一刻も早く耳鼻科へ行き、何とかしてもらわなくては。

 芳美は妄想の中の黒いヒットマンを消し去る事が出来ず、冷や汗を掻きながら一目散に駆け出した。

 この違和感こそが、芳美が耳鼻科へ行く事になった原因。

 数日前、突然感じた耳の中の異物感。これは日に日に大きくなるばかり、今ではこの様に無視も出来ない位だ。


「はぁっ、はぁっ」


 それから暫らく懸命に走った。違和感を振り切るように。

 だが、どれだけ速く走っても耳の異物感を忘れられる訳が無い。それに、場所が分からないまま闇雲に走っているだけでは、永遠に目的地に辿り着く事は無い。堂々巡り。走るだけ無駄である。

 それに第一、息が続かなかった。暑い最中のマラソンは自殺行為に等しい。芳美はそれを身を持って感じ、早々に走るのを止めてリタイア。道端の電信柱に片手を着いて、ゼイゼイと喘いだ。


「はぁ、はぁ・・。まっ、まいったっ。これじゃ予約の時間に間に合わなっ――――、ん ? おお」


 芳美の目が、電柱の影の一点で止まる。


「ワン」


 クルンッとした、ふわふわのしっぽ。何処にでも居そうな茶色のミックス。

 (・・・・・・・・犬だ)

 そして、絡まり合う目と目。一人と一匹のつぶらな瞳が、束の間交差する。

 さすがに一目合ったその日から~~とはいかなかったが、艶々の鼻が気に入った芳美は背中に背負っていたリュックから、子供用のボーロを取り出すと、犬に向って話しかけた。


「おい、わん公。ボーロ食べるか ? ボーロ」


 そう言うと、地面に数個をばら撒く。

 わん公と呼ばれた犬は、フンフンと鼻を鳴らし匂いを嗅ぐと、安心したのかボーロに口を付けた。奥歯で菓子を噛み砕く小気味良い音。

 ぼりぼりぼり。ぼりぼりぼり。

 そして、次は ? と目を上げる。


「はいはい。良いよ、食べな」


 袋の中に残っていた分を全て地面にばら撒く。今度は警戒せず、犬はそれを嬉しそうに食べた。しっぽが激しく左右に振れている。ふりふりふりふり。しっぽ全体で歓喜を表す。

 芳美はそれを満足げに見ながら、その場にしゃがみ込んだ。

 暫らくは大人しく、菓子に夢中の犬を眺めて居たのだが段々と飽き始め、なんと犬相手に愚痴り始めた。

 

「だからさ、場所が分かんないのは看板が無いせいなんだよ。病院ったって、客商売じゃん ? 待ってるだけじゃ、お客は入らないって思う。もっと分かりやすくして置くべきだよ。ね、わん公もそう思うでしょ」

「・・・・ワ、ワゥゥゥン」


 若干、戸惑いを含んだ声色。

 意味を理解している訳は無いのだろうが、妙にタイミング良く合いの手が入る。それに調子付いた芳美は、更に愚痴を続けた。

 今の芳美は傍から見たら不審者以外の何者でもない。道端にしゃがみ込み、延々と愚痴を垂れ流しているのだ。きっと、この状況を見たら皆、眉を顰める事だろう。「なに、あの子。いい歳こいて・・・・」と。

 だが、運良く通りを歩く人は居ず、芳美の名誉は守られた。

 

「ねぇ、お前。この辺の野良だよね。じゃ、道とか詳しいんじゃない ? だったら私を目的地まで、案内してくんないかな ? 」


 なーんてな。っと、半ば本気の冗談で茶化して立ち上がり、地面に付いてしまったスカートの裾を手で乱暴に払った。そしてキャラクター物のマスコットの付いたリュックを肩に引っ掛ける。


「よいしょっ、と。じゃ、行くか。じゃぁね、わん公、バイバイ」


 犬に手を振り、今度こそ耳鼻科を目指し歩き出した。あぁ、今回は長い旅になりそうだ。だが、芳美は諦める訳にはいかない。何せ、既に診察を予約してしまっているのだ。ドタキャンは流儀に反する。

 思いも新たに勇ましく、足を前へ進める。その時、


「ワフッ、ワフッ ! 」

「ん ? 」


 後方で今まで大人しかった犬が鳴く。不審に思い振り向くと、犬は芳美を呼ぶように吠えていた。小さな目が意思を持って何かを訴える。

 「残念。もう、お菓子は無いよ」両手をパーの形にして言うと、犬は突然走り出し芳美を通り越して先に行き、そこで後ろを向いて、また、


「ワンッ ! 」


 それを二~三回繰り返す。


「えーと、もしかして付いて来いって言ってるの ? 」

「ワフッ、ワフッ ! 」


 また、絶妙なタイミングで返る返事。本当に会話が成立しているようだ。

 この時、芳美は思った。

――――さっき視線と視線が絡まりあった時、きっと心が通じ合ったのだっ ! と。


「うんっ ! 分かった、付いて行くよ ! 私、あんたを信じてるっ !! 」


 芳美はボーイッシュな短い髪を風に靡かせ、期待に胸を躍らせた。

 平々凡々の自分に訪れた、非日常の足音。今までに無かった「楽しい事」の予感に、芳美は目を輝かせ、先で待つ犬に向って走って行った。


――――なんて、ファンタジー ! なんて、メルヘンチック !  これではまるでアニメの中の主人公の様ではないかっ。きっとこれから目くるめく大・冒・険が私を待っている !!

 筈 ! 








 



 




 芳美の友達の杏子さんは、別作品の「いつか魔王と高笑い ! 」のヒロインです。じみーに、繋がっております。もし、よろしければそちらもどうぞ。何て言ってみたりして。

 たぶん、始まりの終わりでエンドマークを付けるつもりです。5~6話位で終われると思います。

 一人称、三人称、入り乱れてゴチャゴチャですが、どうぞ暖かい目で御見守りくださいませ。ではでは。

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