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フィーカスのショートショートストーリー

倹約家の母

作者: フィーカス

 母は異常なまでの倹約家で、常にお金のことを考えていた。

 それは、父と付き合っている時から、いつもそうだったらしい。


 高校時代に父から告白して付き合い始めた両親だったが、当時はお金がなかったため、デートと言えば、どちらかの家に行って、一緒にテレビを見たり、ゲームをしたりすることが多かったそうだ。

 たまに外に出ても、歩いていける距離の川や公園がデートスポットだったし、食事も、外食はお金がかかるからといつも母が弁当を作っていた。


 月日は流れ、二十三歳、父が就職して一年後に、父はプロポーズをした。母から、「高い指輪なら受け取らない」と言われていたので、宝石店のセール品でプロポーズしたそうだ。

 お金がもったいないからと、二人だけでひっそりと籍を入れようよしたが、さすがに父は結婚式をしないのは気の毒に思ったのか、後日知り合いの神父にお願いして結婚式を、親しい友人と家族だけを集めて、小さな披露宴をしたそうだ。

 父は結婚した時のために、新築マンションを買う資金を溜めていたのだが、母は家を建てるお金もアパートを借りるお金ももったいないからと、父方の両親と同居することになった。

 それを聞いて、私の祖母は驚いていたが、同居は歓迎していた。祖母と母との仲も、きわめて良好だった。


 子供、つまり私を身ごもっている間も、私が生まれてからも、お金がないからと言う理由で母は働き続けた。

 身重の時は負荷のかからない仕事を選び、私が生まれた後は子育ての合間に内職をしていたという。

 保育園などの施設に預ければよかったのだが、お金がもったいないからという理由で、働いている間は私は祖母に預けられた。両親のいない寂しさはあったが、代わりに祖父母がほぼ毎日家にいたので、あまり寂しい思いはしなくて済んだ。

 小学校に入ると、周りの友達は塾に行っていたので、私も塾に行きたいと母にお願いした。

 しかし、母はお金がかかるからと行かせてくれなかった。代わりに、食事が終わった後に家庭教師をしてくれた。高校の勉強内容も理解しており、母はかなり頭がよかった。

 父には毎日弁当を持たせたが、冷凍食品はお金がかかるからと、毎日おかずを作っていた。夜にまとめて作っていたので、そんなに手間はかからなかったらしい。

 そのおかずも、カロリーや野菜の摂取量を考えて作られたもので、健康管理には厳しかった。理由は、「病気になるとお金がかかるから」らしい。おかげで、私は高校を卒業するまで無遅刻無欠席だった。

 その割には、保険はやたらとかける。事故や火災、病気やけがになった時に保険金が支払われないのは損だからだとか。


 父の会社の付き合いもあるので、父の小遣いは必要最低限準備していたが、飲み会があるときはタクシー代がもったいないからと、毎回母が車を出すか、近場であれば歩いて迎えに行っていた。

 ただ、父が言うには、昼食は弁当があったし、酒やたばこもせず、パチンコなどのギャンブルもせず、使うのがせいぜい月二回程度の飲み会くらいだったので、月一万円でも余っていたらしい。

 趣味が釣りで、休みになるとよく釣りに行くのだが、母からは遠くに行くと交通費がかかるからということで、近場の海や川で済ませていた。

 エサは当然のように現地調達、道具はもう二十年も新しいものを買ってないらしい。たまにテグスや釣り針は補充していたが、浮きや竿は学生時代から使っている丈夫なものだとか。

 一度、かなり遠くまで会社の人と釣りに行ったことがあるが、その時の母はものすごく落ち着きがなかったように見える。

 もちろん、釣った魚は食費削減のために、全てその日の我が家の食卓に出されるものはもちろん、母はその魚で干物を作り、保存食にしていた。


 高校からの進路については、迷わず大学に行けと言われた。学費がかかるのでは、と尋ねたが、「大卒や院卒の方が給料がいいから」とのことで、結局私は大学院まで進学することになった。

 学費が安くなるように、国立大学を目指した。どうやらここで、母に叩き込まれた勉強の成果が実ったようだ。

 もちろん、アパートを借りた場合と実家から通学した場合を計算し、実家から通学することになったのは言うまでもない。

 

 そんな母だが、さすがに趣味の一つもない状態で働き続けるのもつまらないと思ったのか、私が大学に行った頃にようやく趣味を持った。

 しかし、お金がかかる趣味や、後に残らない趣味は嫌だと言って、父の実家の庭を利用して家庭菜園を始めた。今まで少なかった食費がさらに少なくなった。


 大学院を卒業し、無事就職をしたものの、いろいろな事情があって四年で会社を辞めることになった。

 そのことを両親に話すと、「早く失業保険の手続きをしに行きなさい」と真っ先に言われた。会社を辞めたことは特に何も言われず、結局しばらくフリーターとして過ごすことになった。


 フリーター生活をしている間に、母方の祖父と祖母が相次いで亡くなった。

 母には兄がいて、葬儀や墓の手配はすべて母の兄が行ったが、母同様倹約家だったので、新しい墓を建てることをせず、先祖代々の墓に祖父母の遺骨を入れた。

 

 やがて私も新しく仕事を始め、しばらくは順調に仕事に励んでいた。

 しかし、仕事を始めて二年が経った頃に父方の祖母が、四年経った頃に祖父が亡くなった。

 祖父の葬儀の後、父の代々の墓がかなり傷んでいたのでそろそろ建て替えようという話が出た。そしてここでも母は倹約家っぷりを見せ、知り合いの墓石屋に頼んで立派な墓を安く作ってもらった。

 痛むとまた立て直すのにお金がかかると理由で、頑丈な大理石をお願いしていた。骨壺の入るスペースも、随分と広くなった。

 

 働き始めて五年、私はかねてより付き合っていた会社で出会った女性にプロポーズをし、結婚した。

 嫁は両親との同居をあまりよく思っていなかったので、私たちはアパートを借りて住むことにした。

 しかし、ここでも母親は倹約家ぶりを見せ、少し不便だが圧倒的に敷金、礼金や家賃が安いアパートを探してくれた。

 家具は嫁がいくつか実家から持ってきたが、残りの家電は母が量販店に行き、これ以上ないほど値切り交渉をしてくれた。

 

 私にも子供ができたころ、母は今までの仕事を辞め、家でできる仕事を始めた。

 しばらくは私と嫁は共働きだったので、よく子供を母に預けていた。嫁は保育所に預けようと考えていたが、母が「私が預かる」とかたくなに譲らなかったので、結局嫁が折れた形となった。

 息子が小学生になった時、嫁が塾に通わせようとしたが、やはり母が「私が勉強を教える」と聞かなかった。五十を過ぎたというのに、母は今の中学高校の教科書を息子以上に勉強し、高校まで勉強を教えていた。そのおかげなのだろうか、息子は高校卒業まで、上位の成績を維持していた。

 息子は県外の大学に卒業し、一人暮らしをすることになった際も、母が安くてよい物件を探してくれた。引っ越しは、もちろん自家用車。

 母がいつの間に仕込んでいたのか、料理もできるようになっていたので、息子はコンビニ弁当に頼ることなく、自炊するようになった。

 母に言われていたのか、息子は大学大学の修士課程まで進学し、その後、研究室の教授のつてで私が働いているところよりも有名な大手の会社に勤めることになった。


 息子がいなくなってしばらくは夫婦で水入らずの生活をしていたが、ある日父が亡くなったという連絡をもらった。

 既に定年退職をしていた父は母と一緒に暮らしていたが、定期健康診断で見つかっていたがんにより病死したとのこと。

 父が病気になった時は、さすがの倹約家の母も父をよい病院に入れ、少しでも早く治るようにと必死に看病していたが、その母の努力も実らなかった。

 高齢で年金生活になった後もなお倹約家だった母は、父の葬儀は身内だけの控えめなものにした。経費を抑えるために、母も会場の設営を必死で手伝っていたのを覚えている。


 しばらくして母も病院生活に入ったが、父の後を追うように、母もすぐに亡くなった。七十五歳と、少し早い気もするが、死に際の母はとても幸せそうだった。

 生前から、「新しく墓を建てるのはお金がかかるから、父さんと一緒の墓に入れてくれ」とずっと言い続けていた。最初からそのつもりだったので、私は母の遺骨を父方の墓に一緒に入れた。



 母はとんでもない倹約家だったが、今思えば愛情に関してはとんでもない浪費家だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 目に止まったので感想を。 人生を振り返る内容で細かく描かれていたので、最後の一文には説得力がありました。確かに倹約家であり浪費家ですね。 ただ、疑問が一点。今作って小説じゃなくてエッセイ…
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