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青絹の女  作者: くらげ
絹の道
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帰郷

 黒義と青蓮が出会って三年後。絹の道を辿って世界を巡っていた二人は再び故国の地を踏んだ。

 本日は帰郷の挨拶に、久々に知り合いの妖怪医を尋ねたのだ。 

 青蓮は、『妖怪同士の大事な話があるから』とイタチ妖怪の貂姫てんひめに連れて行かれた。


 しばらく待っていると茶菓子をお盆に載せた男の子が部屋に入って来た。


「おー。元気していたか? えーっと……」

綱由こうゆうです。おかげさまで」


 この10歳ぐらいの子供があの子イタチだ。彼の肩に乗っている“弟”も「きぃ」と挨拶する。

 綱由こうゆうは黒義と青蓮が二年ほど西域をうろついていた間に、人化の術を覚えたようである。

 

 三年前に負った怪我もすっかり直ったようで足を引きずる様子も無い。


「親父殿はよくしてくれているか?」

「ええ、とても。父のほうは今ちょっと患者が多くて、手を離せないんですよ」


 とても黒義を噛んだ子イタチとは思えない礼儀正しさで、茶と菓子を黒義の前に置く。

 イタチの子供を助けた医者の噂は妖怪たちの間に広まり、この家の主はあの事件以来、昼は人間を、夜は妖怪を診る妖怪医になった。

  

「繁盛して何よりだが、親父殿の体調だけは気遣ってやれよ。人間は妖怪よりも多くの睡眠と食事が必要だ」

「はい」「キュィ」


 子イタチ二匹が素直に返事をする。


 妖怪は弱点にさえ気をつければ、人間よりずっと丈夫だ。

 丈夫だと、『人間が脆いもの』だと言うことをどうしても忘れがちになる。

 長く一緒にいると自分と同じだと錯覚してしまいかねない。 


「それとたまには人化の術を解いて、しっかり山で遊べ。罠に引っかからないようにな」


 それは人間にも言えることだ。妖怪にとってはやはり人化は不自然な状態だ。

 長いこと無理をして、結局、妖怪の世界に帰ってしまったり、最悪弱って死んでしまうこともある。


 綱由こうゆうはびっくりしたような顔をして、すぐににっこり笑った。


「はい」


「で、雨がひどい地域とか、妖怪がらみの事件なんか知らないか?」

「洪龍村って所が毎年、夏頃にすごい豪雨に悩まされるとか。

妖怪がらみの事件のほうは……すみません、あんまり仲間を売るような真似はしたくないので」

「ああ、すまんすまん」


 菓子を手に取る。一口食べた瞬間、酒の香が口の中に広がる。

 うまい、と感心してたら、弟の子イタチが寄ってきた。


「こら。それはお酒が入っているから食べたらダメだってば」


 綱由こうゆうが小さな弟を摘み上げ、肩に乗せる。

 その様子を微笑ましく思いながら茶をすすっていると、


「三年も経っているのにちぃーっとも、触らせてくれないんですよ!胸」


 いた。間違いなく青蓮の声だ。


 兄イタチの方が顔を赤くして壁と黒義を交互に見て、弟イタチが首を傾げる。

 黒義は「いや、違うから」と自分でもよくわからない言い訳をするしかなかった。



 貂姫てんひめは今夜中に、二人の仲がどこまで進んだか聞き出したかっただけなのだ。

 何せ明日には、彼らは旅立たなければならないのだ。


「知り合ってから三年も経っているのに、ちぃーっとも、触らせてくれないんですよ。胸!」

「いや、妙齢の女性が大声で叫ぶことじゃないから」 


 とは言っても、こうなったのは、貂姫てんひめにも責任がある。

 胡桃と葡萄の菓子に液体が苦手な青蓮のためにほんの少し酒粕を混ぜたのがいけなかったのか。

 そりゃ、ちょっとは『口が滑らかになるかな~?』とは思ったが、妖怪相手にここまで効くとは思っていなかった。

 青蓮も最初は酒粕の香りを気にして、おそるおそる口につけたものの、中の葡萄が気に入ったらしく、一個目を食べ終えてからは次々と手に取って食べていった。


 五個目を食べる頃には青蓮の顔はすっかり赤くなってしまった。


「そりゃ、私は妖怪ですよ? でも、ちょっとくらい触らせてくれたって良いじゃないですか。そんなに私のこと嫌いなんですか?」


 青蓮がなぜそんなことに固執しているのかは不明だが……


 貂姫てんひめはおんおん泣き崩れる青蓮の肩を左手でなでて慰めてやり、


「とりあえず、あんたらの関係がまったく進んでないことだけはわかったわ」


 右手でこっそり茶菓子を自分の後ろに隠した。

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