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青絹の女  作者: くらげ
絹の道
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オアシスの道

「青蓮ちゃん。どこにオアシスがあるんだい?」


 青蓮は、じっと砂漠の空と大地を見つめた後、地図に視線を落とす。


「こことここに水の気配があります。緑洲オアシスかどうかは見てみないとわからないですが」

「そう言って、今まではずしたことがないじゃないか。一ヶ月と言わず、ずっと一緒に旅して欲しいくらいだ」


 青蓮は自分の身を脅かす雨や水の気配に敏感だ。


「私などを連れて行ってしまったら、水の神様にそっぽを向かれてしまいます」


 柔らかな笑顔には、ほんの少し寂しさが浮かんでいる。


 それでも、妖怪退治の仕事もなく、雨の気配が感じられない時は、隊商にくっついて“雨が降らなくともおかしくない”砂漠を行くしかない。いつもは一ヶ月ほど、用心棒としてお世話になって、蘭州に向かう別の隊商にくっついて帰って来る。


「大秦国まで、一年弱。こっちに戻るのは二年後になるが、行ってみるか?」


 黒義とて、大秦国など行ったことは無いが、枯れ果てた大地しか知らない彼女が、人の街を見てあんなに驚き喜んでいたのだ。

 青蓮には世界はもっともっと広いものだと知ってほしい。


 黒義はそう思うのだ。



 青蓮は広大な砂漠の中から正確に水の気配を探り当て、まだ知られていないオアシスをいくつか発見した。 隊商からは喜ばれ、長安で売れ残ったという竪琴を貰った。

 

「水の女神様の前ではアパオシャも近づきようがないでさぁ」

「アパオシャ?」

「旱魃を起こす悪い神ですぁ」


「あはは」


 なんて、引きつった笑顔でごまかしていたら、数日後に本当に人間に化けた『アパオシャ』が現れた。



「なんか身体が熱い」


 青蓮がぽつりと呟いた言葉に、隊商の皆が騒然となる。


 確かに彼女は熱に浮かされたような顔をしている。

 (現在は顔を隠す目的ではなく、砂塵を防ぐための薄いベールを着けているだけなので、顔の様子くらいは伺える)


「一番近い隊商宿まで、結構あるぞ」


 じりじりと砂を焼く太陽はいっそう輝きを増す。

 旱魃の妖怪である青蓮に限って熱中症なんてことは無いはずだが、とりあえず岩陰で休ませる。

 

「ほら、塩水だ」


 隊商の人が水を差し出すが、青蓮は力なく首を振る。

 そして遠くを潤んだ瞳で見る。


「来る」


 彼女が見ている方向に人影が見えた。

 禿頭とくとうの男だ。それが人間ではありえない速度で、まっすぐこちらに突撃して、


「そのぱさぱさの肌! 艶のない髪! すべて私の理想だ。我が永遠の伴侶よ。結婚してください!」


 青蓮の手を取り、そんなことをのたまう。

 手を取られた青蓮の方は顔を引きつらせている。どうやら、熱は一瞬にして引いたようである。


「求婚の前に、せめて名乗れよ」


 とは言っても、男の顔を見れば、正体は一目瞭然。


「類は友を呼ぶ」


 黒義がぼそっと言い、


「馬と結婚するのはちょっと……」


 青蓮はわりと手ひどく振った。


 妖怪は、人間に化けていても、元の妖怪の特徴が出ることが多い。

 そのおかげで、青蓮の肌は潤いが足りていない。

 お肌を整えようと思っても、ヘチマ水などでは顔がきれいになるどころか、顔が溶けてしまう。


「確かに馬面(うまづら)だな」


 黒義がそう付け加える禿頭(とくとう)の馬面--アパオシャは黒義をねめつけた。

 数日前に聞いた隊商の話によるとアパオシャは毛のない黒い馬だそうだ。


「さっきから、お前は何なんだ!」

「あ? この女の夫だ」


 隊商に護衛として同行している間も、余計な面倒を避けるため夫婦だと言うことにしているが、黒義は魃が悪さをしないように見張っているだけで、せいぜい手のかかる妹くらいにしか思っていない。

 隊商の人たちは面白そうに黒義達のやり取りを眺める。


「そうか! この男さえ始末すれば、君は僕の愛を受け入れてくれるんだね」


「突っ走ってるなー」

「突っ走っていますねー」


 黒義と青蓮の反応は生ぬるい。が、黒義の顔が瞬時に険しくなる。

 禿頭とくとうの男の姿が、陽炎のように揺れ……


「ぎぃよぉあーー!?」


 盛大な悲鳴が上がった。


「変身中を襲うのは基本だな」


 黒義は広げた扇を閉じ、懐に仕舞う。

 さすがに体が溶けるようなことは無かったが、青蓮と同じように水に弱かったようだ。

 水に濡れた上半身だけ、変身が解けた。


「これが妖怪かぁ」

「初めて見た~」

「本当にいたんだな」


 隊商の人たちが、人身馬頭の妖怪を物珍しげに見る中、青蓮は乾いた布で馬面を拭いてやる。

 

「ごめんなさい。本当に寂しかったんです。また枯れた大地をさ迷うのは、嫌なんです」


 青蓮は苦しげな言葉にアパオシャは安心させるように、彼女の手に自分の手を重ねた。


「今度は僕も一緒だ」


 青蓮は顔を伏せ一言。


「ごめんなさい」


 言葉とともに一粒の涙が頬を伝う。 


「そうか……。そいつに……人間に愛想を尽かしたら、いつでも来てくれ」


 人の姿を取り戻したアパオシャはとても優しい目と優しい声で彼女に告げた。


 ☆


 最後に分かり合ったような雰囲気が気に食わなかった。

 彼女がどこか苦しそうな顔をしているのも気に食わない。

 姿が見えなくなる距離までは絶対振り返らなかったのに、30分後の今になって、後ろを振り返ってアパオシャを探しているのが、何より気に食わない。


「そんなに気になるんなら、本当に結婚したら良かったのに」


 からかうように言った黒義に彼女は首を振る。 


「たぶん、一目ぼれだったんだと思います」


 軽々しく言った言葉は、刃になって黒義の心に返った。


「いえ、彼の姿を見る前から、彼に惹かれていました。この世に一人じゃないんだと分かって嬉しくて……。求婚の言葉はダメダメでしたけれど。

 彼も……一人じゃ寂しくて、私に出会って喜んだんだと思います。

 人の世界を知らなかったら付いて行ったかもしれませんし、他の生き物に迷惑をかけないのなら、彼をこの旅に誘っていたのかもしれません」 


 黒義は、アパオシャが現れる直前の強い日差しを思い出す。

 一人でも、四日も一箇所に留まれば天候に影響が出るのに、二人でいたら相乗効果で影響する期間、範囲が倍増するかもしれない。


「本当に嬉しかったんです」


 それだけ言うと青蓮はそれ以上は後ろを振り返ることは無かった。


「大丈夫。妖怪の命は人間よりずっと長いんですから……きっとまた会えます」


 彼女の小さな声が黒義の心の奥をじりりと焼いた。


 




 一年後、彼らは蘭州への帰路に『草原の道』を選ぶ。

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