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青絹の女  作者: くらげ
ゴロツキとイタチ
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イタチ退治

青蓮がゴロツキに絡まれていた時の黒義です。

 大きな街で久々に二泊した朝。出立直前に妖怪退治の依頼が来た。


「お前は先に行け」


 黒義が青蓮に命じると青蓮は顔を不安げにゆがめた。


「どんなに長くてもお前が街に留まれるのは二泊三日だ。俺の仕事が終わって無くても三日目には、お前は次の町に行くんだ。そういう約束だ」

「一人で?」


 まだ不安げな青蓮を安心させるべく、黒義は彼女の肩に手を置き、力強く言った。


「必ず追いつくから、な」


 青蓮--ばつの能力を確かめるべく行った実験。

 雨の気配のある地域のできるだけ大きな街に嫌がる魃を引っ張って行って、そこで泊まるという非常に地味な実験だ。 


 最初は大きな街で一泊。一週間後、初めて二泊で泊まった。しばらく一泊と二泊を繰り返しても、特に泊まった街の天候異常の噂は聞こえてこなかった……が、三泊目を試した時にはっきりとわかる異常が出た。 


 三つ進んだ先の街の飯屋で客が黒義が三泊した街の名を挙げて「今の時期、あの街が一週間も雨が降らないのは珍しい」と言ったのだ。


 一日二日なら、ほとんど天候に影響は無いが、四日を超えるとどんなに大雨が降っていても、ぴたりと止み一週間以上晴れが続く。

 恐ろしくて三泊四日までしか試していない。


 そんな理由で、青蓮は『同じ街に二泊以上泊まらない』と黒義と約束を取り交わしたのだ。

 黒義は青蓮に天候が荒れそうな方向を聞き出し、道順を決めておく。


「いいか。絶対この道を外れるなよ」


 こくこく頷く青蓮に黒義はさらに言葉を重ねる。


「で、ここまで行って、俺が追いつかなかったら、後は雨の気配のする方向にひたすら歩いていくんだ」


 退治屋の仕事に危険は付き物だ。別れたまま、黒義は息絶えるかもしれない。 


「離れ離れになってしまいます! 黒義様がいなければ、どうやって人のふりをすればいいのかわかりません……」


 人に追われていた頃を思い出したのだろう。がたがた震えて、今にも泣き出しそうだ。


「顔が崩れるぞ。大丈夫だ。必ず探し出す」


 黒義も死ぬつもりはないし、青蓮が人間の中で平穏に暮らす術を身に着けるまでは面倒を見るつもりだ。

 青蓮に旅をしながら稼げる職を覚えさせなければならないのに、死んでいられない。 



 黒義は青蓮の出発を見送ってから、依頼人の医者に詳しい話を聞いた。


 夢の中で美女に「助けろ」と脅されて、攫われそうになったということで、それくらいならほっとけばいいのだが、朝起きたら薬坊が荒らされていたと言う。


 『あの美女が本当にいるのなら、もう一目だけ見てみたい』とのたまわっている医者はとりあえず放っておいて……


 念のため、荒らされた薬房を確認したら、獣の匂いが微かに漂っていた。床をよくよく見てみると獣の小さな足跡。


「いる」

「本当ですか!!」


(いや、薬房を荒らした犯人が小動物ってだけで、“本物の”美女がいるとは限らないんだが)


「本当に妖怪だったらどうする気だ」


 黒義は小さくため息を零した。



 その日の夜--


 棒で隙間を開けたざるの下に米を蒔くというべたべたな罠を張る。


 夜闇の中、一匹のイタチが薬房に忍び込む。

 が、ざるの前でぴたりと止まる。


 ぽわん


 と気が抜ける音と共に煙が立ち、掻き消えた後に一人の美女が現れた。

 切れ長の瞳に、真紅の紅をひいた鮮やかな唇。雪花石膏のような白く滑らかな肌。

 

(ありゃ化粧の白さだな)


 黒義がそんなことを思っている横で医者はぽぉーと美女を見つめている。

 彼はどうしても美女を一目見てみたいと譲らなかったのだ。


 美女は

「馬鹿にしぃなや!」

 と腹立たしげにざるを蹴り倒した。


(おっし。仕留めやすい大きさになった)


 美女の気がざるに向けられている隙に、背後から雷水扇を振るう。

 美女は自分に雷が接触する直前に気づいて、イタチになって逃げる。


「あんなか弱い女性になんてことするんですか」

「お、おい。妖怪に逃げられる!」 


 医者を振り払って、妖怪を追う。


 すでにかなり距離を取られているがまだ視界に捕らえている。

 黒義は雷水扇でいくつもの雷を呼ぶ。


 人が多いところでは無理だが。こんな深夜に出歩いている人間はそうそういない。


 イタチはすばしっこく、雷を避けて逃げ続け-- 


 (ちっ。物陰に隠れられた)


「なぜ、この医者をつけ狙った! 『助けろ』とはどういう意味だ」


 先ほど、確かに妖怪は人間の言葉を発した。

 と言うことは人間の言葉を理解できるはずだ。


 だが、イタチは出てこない。


「これ以上イタチごっこをするのなら、本当に成敗するが、もし、出てきて理由わけを話したら、助けてやらんでもない」

 

 イタチが、物陰からそろりと顔を出す。


 黒義はゆっくりとイタチに近づいていき--雷でイタチを撃つ。

 

「ひ、卑怯者」


 イタチがひるんだ隙に籠の中に放り込んだ。


「交渉は、こちらの安全を確保してからだ。ほれ、言ってみろ」


 イタチは「きぃー」と甲高い鳴き声をあげて黒義を睨んでいたが、やがて観念したように重い口を開けた。


「実は……」



 寝台には小さなイタチがすやすや眠っていた。


 その側で子イタチを見守りながら、イタチ女は雷でできた火傷の手当てを受けている。

 彼女の話によると息子が人間の罠にかかって、大怪我をしたと言う。

 昨夜訪れた時には、医者がなかなか起きてくれなくて、仕方なく一人(匹?)で薬を探したが、たくさんありすぎてどれが息子に効くのかわからなかったそうだ。 


『夫に先立たれて、女で一つで息子を育てて参りました。この上息子に死なれたら、何を支えに生きていけば……よよよよ』


と言う話がどこまで本当か知らないが、医者はすっかり同情して、快く子イタチの治療を引き受けた。

 

 子イタチはかなりタチの悪い罠にかかったらしく、後ろ足が今にも千切れそうな状態だった。

 黒義はもし助からなくとも、医者を逆恨みしてはいけないと条件をつけて、治療に協力した。


 と言っても、妖怪は(魃が水に弱いように)人間にはなんとも無いものでも命に関わる弱点になりうると助言して、力を振り絞ってきぃきぃ鳴き暴れる子イタチを寝台に押さえつけただけだったが。


 ……噛まれた黒義の治療は当然一番最後になった。


 一晩中寝ずにイタチを追い立てて、耳元で鼓膜が破れるかってほどの甲高い声を聞かされた上に、子イタチに噛まれ……報酬はスズメの涙。自分でも阿呆だなと思う。


 まあ、イタチ姫とお近づきになれて上機嫌な医者が傷薬やら腹痛薬、解熱薬を報酬に上乗せしてくれたから良しとしよう。


 で、今回のイタチのお礼は川魚。それもこんもり一山。

 はっきり言って、川神様の怒りを買いそうな量だ。三ヶ月前の魃退治の直後ならあの村に戻って、魚を押し付けていたのだが、もう結構あの村を離れている。


(半分は痛まないうちにこの街で売り払って、残り半分は道中、がんばって一夜干でもするか)


 長い旅に路銀と薬と保存食は重要だ。

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