雨待ち人
一年に一度、洪水の被害に遭う村があった。
ある年、明日・明後日には川が決壊するだろうかという大雨の日に一組の男女が現れた。
男は普通の旅装だったが、女は貴族が着るような鮮やかな青の絹衣を纏っていた。
否、女のすべてが青尽くめであった。青の雨衣を目深に被っている上に、顔を青の薄絹で隠し、同色の傘まで差している。
村人が逃げる中、二人は逃げようとしていた宿屋の主人に一夜の宿を願った。主人はこの村には明らかに不釣合いな女を連れた男に逃げるように忠告した。
忠告された二人は宿代を主人に握らせ、逃げるよう言うと自分たちは宿に残ってしまった。
翌朝。三日は降り続くだろうと思われた雨はぴたりと止んだ。
宿屋の主人が宿に戻ると、男と青絹の女は既にいなかった。
翌年。滝のような雨が降る中、またあの二人連れが村に現れ、宿を願った。
宿屋の主人が二人を泊めると翌朝やはり雨は止んでいた。
宿屋の主人は、『毎年洪水の被害が多くて困っていた。二年続けて洪水の被害がないのはきっとあなた達のおかげだ。ぜひ、村に住んで欲しい』と願ったが、二人は首を縦には振らず、やはり去っていってしまった。
それ以来、二人は大雨が降ると必ず村を訪れたが、噂を聞いた村人達がどんなに乞うても、一晩より長くは留まらなかった。
村人達は当初二人を女主人と下男だと推測したが、宿屋の主人が尋ねれば、男は笑って否定し「自分は『楽』と言い、妻と共に旅をしている」と答えた。
男の妻は少々風変わりで、宿に入れば傘はさすがに閉じるが、宿の中であっても人前では決して雨衣を脱がなかった。
人々はきっと男が妻の美しい顔を見られたくないから隠しているのだろうと噂した。
ある年、青絹の女に興味を持った若者が、連れの男が離れている隙に、女の雨衣と面紗をはがすと、そこには乾ききってひび割れた大地のような肌と、大きな一つ目があった。
驚いた若者は『化け物だ』と叫び、雨の降りしきる外に女を引きずり出し、村人を呼んだ。
女は悲鳴を上げ、集まった村人達の前で、泥のように溶けて消えてしまった。
その間、村人達は誰も女を助け起こそうとしなかった。
泥まみれになった青絹の衣と村人達のこわばった表情と『化け物』と言うささやき声で、女の死を知った男は、青絹の衣を拾い上げ、静かに泣いた。
村の男達が鍬や鋤を持って取り囲むと、男は青絹の衣だけを持って逃げ去った。
その翌日から村には一滴の雨も降らなくなり、作物や木々が次々と枯れていった。
翌年、青絹の女が死んだ日に、村人が待ち望んだ雨が降ったが、洪水で苦しんでいた数年前よりさらに倍も多い大量の水が人も村もすべて押し流してしまった。
その後、男がどうなったか誰も知らない。
◆
◆
私は、雨の中で待ち続けている……
一人静かに雨音に耳を傾ける。
小さな雨の粒が絶え間なく降り、「さぁー」と言う静かな音が耳に届く。
誰も訪れるはずのない世界で、愛おしい人を--
最後までお読みいただきありがとうございました。




