人と妖怪
「すみません。館を黒焦げにした上、お仕事に口を出してしまって」
「いや。君があそこまで、食いついたのには驚いたがな」
「すみません。出すぎた真似を致しました」
青蓮はもう一度、深々と謝って、
「人間の中にいることが間違っていると言われて、嫌だったのです。追われて、それでも寂しくて、知らず近寄ってしまう。ただ、側にいたいだけなのです」
それだけ言うと、彼女はうつむいてしまった。
「旧館焼失の件は宿屋の主人と老夫婦の判断を仰ぐ。分かっているとは思うが、宿屋の主人にお前の弱点を聞かれたら、俺は答えざる得ないからな」
「はい」
物騒な妖怪を使役した道士として黒義も処断される可能性もあるが、宿屋の主人は狐のことで頭がいっぱいだ。
あの様子なら、館の黒こげ事件はお目こぼしもありうるだろう。元々壊す予定だったらしいし。
が、しっかり釘を刺しておかないと、次もまた同じことをしかねない。
青蓮はうつむけていた顔を恐る恐る上げた。
「でも、なぜ今回はあの二人を助けなかったのですか? 画家が木になるのを止めなかったのに」
彼女の問いに黒義は渋い顔をする。
黒義は妖怪退治屋であって、妖怪縁結び屋ではない。
「あのな。うちの妖怪が館を全焼させた直後に、俺が口を挟めるわけがないだろう。それに今回の依頼主は、この宿の主だ」
元から、妖怪に対して甘いところがあるのは自覚しているが、青蓮を拾ってからは、さらに妖怪に甘くなってしまった。
「俺自身は人間と妖怪が共に暮らすのは不自然だと思っている。
依頼主が、明鈴殿のほうなら、妖怪と一緒になる不利益をさんざん教えて、それでも狐と一緒にいたいというなら親父殿の説得に力を貸したかも知れないが……画家の時はそもそも説得すべき家族もいなかった」
画家の時も、木になってしまえば手足がなくなり、山火事があっても、日照りが続いても逃げられない、いつかは人間に伐採されるかもしれないとさんざん説明した。
近隣住民は、一晩で林檎の木に寄り添うように生えた木を『縁結びの木』とありがたがっていたので、しばらく伐られる心配はないだろう。
「明鈴殿も妖怪の世界に行くなら、家族を捨てなければならない。人間と妖怪が一緒にいることはどちらかが、あるいは両方が、何かをあきらめなければならない。お前も気づかないうちに何かを捨てているのだろう」
青蓮はわずかの間考えて、
「でも、捨てたものより拾ったもののほうが多いような気がします」
ほんわりと微笑む。
(俺は……捨てて困るようなものもないな)
自分を思い返してみても、両親はすでに亡くなっているし、兄弟もいない。
「なあ、ひととき、触れ合えて、互いを想い合えるのが夫婦だったら、俺らも夫婦になってもいいよな」
「はい?」
青蓮は目を瞬かせた。
「あのアパオシャとか言う妖怪のことが好きか」
「ええ、大好きですよ」
青蓮はめいいっぱい元気よく答える。
天真爛漫な彼女の笑顔に黒義の心が折れそうになる。
「俺が俺が死んだ後にアパオシャの所に行こうが、別の誰かと旅しようが構わないが、俺が生きている間はずっと俺の隣に……い、いてくれないか?」
「アパオシャさんの所に行ったら、大旱魃になりますよ」
「いや、重要なのはそっちじゃなくてな」
黒義に言われて彼の言葉を思い返す青蓮。
彼女はやっと気づいたようで、目を大きく見開いた。
「ずっと側にいても良いのですか?」
黒義と青蓮の取り決めでは、彼が青蓮の面倒を見るのは、彼女が人間のフリを覚えるまでとなっていた。
旱魃を起こさない生き方。雨に怯えなくて済む方法。
渇いた体を癒す甘い果物。欲しい物を手に入れるために旅をしながらでも稼げる方法を覚えた。
青蓮は人の中でおびえずに暮らせる日を夢見ていたが、人に近づくたびに、別れの時も刻一刻と近づいていた。
「黒義様、本当にずっと……ずっと側にいていいんですね?」
青蓮が頬を桃色に染めて黒義の首に抱きついた。触れ合った服からやわらかい熱が伝わる。
「ああ。宿屋の主に水をぶっかけられなければな」
出会った頃とは違って、黒義は青蓮を振り払うことなかった。
彼女の背中に遠慮がちに手を回しながら、もしもの時のために彼女を逃がす算段を考えていた。
☆
翌朝。
銀髪の男が黒義たちの部屋の扉を開けて言った。
「こっちが別々の部屋だったのに、なんで同じ部屋にいるんだよ」
宿代節約のためである。今回は依頼の遂行を完全に失敗したのだ。宿代を請求される可能性がある。
「いや。部屋が一緒なのはいつものことだし。こっちは、お前が明鈴殿を攫わないか一晩中寝ずの番だったんだ。それより、よく追い出されずに済んだな。妖術で無理やり説得したのなら、再戦するが?」
「それはご苦労なことだ。“次は”化かされないように気をつけることだな」
妖狐の小馬鹿にした笑い。
昨夜、偽物の妖気を追っかけてしまうという痛恨の失敗を犯した黒義は、言い返すことができず、拳を握りしめた。




