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青絹の女  作者: くらげ
狐の婿入り
12/17

妖怪と人

 宿屋の主人と黒義たちは残り火がないことを確認して、無事だった新館に戻った。

 老夫婦は新館に新しく用意された部屋で休んでいるが、他の面々はそうはいかない。

  

 宿屋の主人が警吏に失火の原因を誤魔化している間、湯を用意されたが、旱魃(かんばつ)の妖怪である青蓮はもちろん使えない。

 

 (ああ、今だけは自分の体質が恨めしいわ)

 

 軽くはたくとすすは剥がれ落ちるが、どうもさっぱりしない。


 (で、向こうはもっとさっぱりしないわね)


 青蓮は顔を乾いた布で顔を拭きながら宿屋の主人と妖狐たちを見る。 

 宿屋の主人は旧館を燃やした犯人よりも、明鈴に気遣ってもらっている妖狐の方を睨みつけている。


 妖狐を攻撃しようとしたら髪を引っ張られたことも考え合わせれば、いくら青蓮が人間のことに疎いとは言え、答えは導き出される。


 青蓮は小さく息をつき、宿屋の主に向き直ると正座のまま深々と頭を下げた。

 

「まず、今回の騒動の一番の元凶は私です。銀狐(ぎんこ)様には一切のとがはございません。彼方かのかたは、この火事に乗じて明鈴様を攫うことも可能でしたのに、私の失態の後始末をしてくださいました」


 延焼を防げたのは、狐が雨を降らせたからだ。黒義の扇だけではとても間に合わなかった。

 雨を呼び、それでも足りなければ池の水を龍のようにうねらせて火の勢いが収まらない旧館にぶつけたのだ。

 その前にも偽の妖気で黒義を明鈴から引き離し、狐火で青蓮を脅した。


 多彩な術を使うとは聞いていたが、これほどまでとは思っていなかった。

 魃の妖気を押しのけて雨雲を呼んだ影響か、続けて大技を使った影響かは知らないが、さすがに青い顔をして明鈴にもたれかかっている。

 

「ぬぅ」


 宿屋の主は腕を組んだまま、うなる。

 銀狐が犯人だったほうが、まだ宿屋の主人はいろいろ納得できただろうに、仇敵に救われたのだ。

 これほどの屈辱はない。


 しかし、このままにらみ合っていても、仕方がない。

 青蓮は面紗を自ら取っ払い、依頼主に尋ねた。


「“お父様”。なぜお二人の結婚に反対なのですか?」


 それまで、成り行きを見守っていた黒義が目を剥き、依頼主が顔を真っ赤にして怒鳴る。 


「寿命が違うし、生きる世界も違う!」


 部屋を震わす父の声に明鈴が身を竦めながらも、妖狐を守るように肩を寄せる。

 青蓮は身じろぎすることなく言葉をつむぐ。


「人間もそれぞれの天命は違います。生まれる時も、死ぬときも。共に生き、共に死ぬのが夫婦というのですか?」

「ぐっ」

「では、お父様はなぜ、奥様に殉じて亡くならなかったのですか?」

 

 イタチと夫婦になった医者がいる。一人荒野をさ迷った同族の妖怪は伴侶を欲した。

 泉の中に男を引きずり込もうとした水妖もいた。木精を愛した男は恋人に寄り添う『連理の林檎』になった。

 結婚に不安を抱いていた女性は、今では夫と冗談を言い合い、笑い合う仲になっている。


 青蓮は想う。


「住む世界が違うのですか? この広い大地(せかい)に流れる永い永い時のほんのひと時触れ合えて、互いを想い合える……それが夫婦なのではないでしょうか」


 この三年半、人間と妖怪を見続けた“彼女”の答え。


「こら」


 さすがに黒義が止めに入る。


「ご、ごめんなさい」


 館を燃やした放火犯が言うことではない。

 ……だけれどどうしても言いたかったのだ。


「あんたは……その男と……」


 宿屋の主から漏れた呟き声に青蓮は首を傾げる。


 宿屋の主は「いや」と軽く首を振ると退治屋の二人を部屋から追い出した。

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