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青絹の女  作者: くらげ
狐の婿入り
11/17

銀狐襲来

 今、部屋の中は青蓮と明鈴の二人きりだ。


 黒義は、妖怪の気配がしたとかで、外の様子を見に行った。

 青蓮の方は旱魃関係の妖怪以外の気配を感じることはできない。


 青蓮は狐の襲来に備えて、山海経の『天狐』の記述に目を通している。

 暇な時、読み物として読んだことはあるが、妖怪の弱点などはとんと興味がなかった。

 今更付け焼刃で勉強しても間に合わないが、何の予備知識も無しに待ち構えるのは無謀だ。


 明鈴は一言もしゃべらない。


「顔が真っ青です。何か温かいものと、甘いお菓子を頼んできましょうか?」


 青蓮の言葉に明鈴ははっと顔を上げる。恐ろしい妖怪に狙われている状況で一人になるのは心細いだろう。

 青蓮は思い直して、浮かせていた腰を下ろした。

 卓の上で組まれている明鈴の手に自分の手を重ね、安心させるように微笑んだ。


「大丈夫ですよ。必ず黒義様が守ってくださいます」


 ふと明鈴が、窓の外を見る。青蓮もつられて外を見てみると--


 月光の元、銀色の髪の男が立っていた。 


 (黒義様が抜かれた!)


 身体能力はほんの少し人間よりか強いとはいえ、青蓮は戦いに慣れていない。


「あなたは何者か!」


 せめて敵が接近したことを知らせようと声を張り上げる。

 はったりでも構わない。弱いところを見せたらつけ込まれる。妖怪を睨みつける。


 いくつもの炎が銀狐の周りに浮かぶ。

 それを見て、逆に腹が据わった。拍子抜けしたといっても良い。


(ちゃちな炎)


 あちらも“はったり”だ。

 しっかり明鈴の肩を抱き、怯えた振りをする。


(まだ……)


 十分敵が近づいたのを確認して、青蓮は明鈴から手を離して欄干を飛び越え、自ら狐火に突っ込む。狐はさすが驚いて仰け反る。もう一歩で手が届く距離。

 どんなに狐がすばしっこくても、この距離でははずしっこない。


(捕った!)


 改心の笑みを浮かべて、神火を放った瞬間、


「やめてっ!!」

「いたっ!」


 後ろから髪が引っ張られた。


 青蓮の口から放たれた火球が放物線を描いて旅館の旧館を直撃する。


 数瞬の後、青蓮、明鈴、狐の視線が旧館に集まるのを待っていたかのように、轟音とともに旧館に巨大な炎の玉が爆発する……。


「「「あ」」」


 三人が三人とも間の抜けた声を漏らしてしまう。

 黒義が怒涛の勢いで、走ってきた。


「この、ど阿呆!!」


 地面が揺れるような大きな声で、怒鳴ったかと思うと、そのまま走って旧館にたどり着く。雷水扇を開くとすごい剣幕で、青蓮に命じる。


「お前は、さっさと旧館に人がいないか確認して来い!」

「ひぃーん」


 こぉーーーん


 妖狐の口から獣の声が漏れる。


 ぽつ。


 にわかに空が掻き曇ったかと思えば、先ほどまで欠片も雨の気配が無かったはずなのに、雨が降り出した。


「ぎゃあ!!」

「って、お連れさん炎の中に突っ込んでっていますよ! 止めなくて良いんですか!」


 青蓮が悲鳴を上げて、旧館に飛び込む。明鈴は青蓮に無茶な命令をした道士に食って掛かった。 


「外にいるくらいなら、炎上する建物の中に入ったほうが何ぼかましです」


 そう言ったのは、炎の館に飛び込んだ青蓮だ。

 振り返る青蓮の姿を見て、明鈴が息を呑む。火球を放った時点で正体を現していたはずだが、先ほどは暗闇で気づかなかったのだろう。


「頭上にだけは注意しろよ。柱やら、壁やらが崩れてきて下敷きになったら厄介だ」

「はい!」


 青蓮は、黒義から聞いていた池の見える部屋を中心に見て回る。すると二階の廊下で老夫婦を発見した。

 火の粉が老婦人に降りかかる前に何とか滑り込めた。


 とは言っても、このままでは老夫婦とも大火傷を負いかねない。

 青蓮は、躊躇なく青絹の衣を脱ぎ、老婦人を担いで、脱いだ衣を老婦人に(かず)かせる。


 この青絹の衣は青蓮がどんなに炎を吐こうが燃えないし、ここにたどり着くまで、焦げ目一つ付かなかった。


 彼女は老人に肩を貸し、できるだけ衣が老人にかぶさるようにして、出口に向かった。 



 すすけた顔の青蓮が老夫婦を抱えて戻ってきた。


「本当にすみません。私の未熟な術を館にぶつけてしまい、お二人を危険な目にあわせてしまいました」

「いや。無理に泊まったのはこちらじゃ。冥土の土産に珍しいもんを見れた」

「ほんに綺麗じゃのう」


 炎に巻かれ、恐ろしい妖怪を見たはずなのに、老人は孫を見るような目で青蓮を見て、老婦人は銀狐をポーっとみている。


「こりゃ、どこを見ておる」

「若い娘さんに目を細めたのは旦那様の方が先です」


 そんな老夫婦のどうでもいいやり取りに、青蓮たちはどっと力が抜けた。

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