火球ドン!
出会って十日後
彼女は、雨の中で待ち続けていた……
一人静かに雨音に耳を傾けていた。
小さな雨の粒が絶え間なく降り、「さぁー」と言う静かな音が耳に届く。
誰も訪れるはずのない世界で、愛おしい人を--
☆
「きゃっ!」
悲鳴と共に、顔を隠していた薄絹が、燃える。
可愛らしい顔が一転。ひび割れた顔の一つ目女が、口を大きく開けて火球を吐く!
女を人質に取ろうとした妖怪は、盛大な轟音と共に黒い灰を残して消し炭になってしまった。
「『きゃっ!』じゃねえ!」
えらいモン拾っちまった。
☆
「いいか。人間に絶対っ、あの力を使うなよ」
楽 黒義は目の前の女に箸を突きつけて、できる限り押し殺した声で言った。
騒音のひどい食堂の中で彼らを気に留めているものはいないが、万一会話を聞かれてしまったら困る。
「ええ。もちろんです。これ以上、人に追われたくありませんから」
わかっているのかいないのか。魃--青蓮はのほほんと微笑んでいる。
彼女は、汁物を黒義に渡し、彼女自身は先ほど買った干しイチジクをリスのようにちょびちょび齧っている。
食事も睡眠も人間ほどには必要では無いらしいが、とにかく水気に弱い。
湯気が立っている包子でさえ、手に取りたがらない。
「三日で燃やしちまうとはな。雨衣と傘が無事だったのは良かったが」
元から着ている青絹は焦げ跡一つ無いのに、後付のベールは跡形もなく燃えて消えてしまった。
「すみません。あの……今、顔のほうは大丈夫でしょうか?」
魃は水の気配を感じたり、力を使ったりすると、人間の姿を保てなくなる……らしい。
本人は自分の顔の変化に気づかないようだ。
(小さな手鏡でも買ってやるか……)
「ああ、人間の顔をしてるよ。だが、口から火の玉吐くなんて聞いていないぞ」
「いろいろお詳しいですから、てっきりご存知かと」
おかげで、妖怪は形も残さず消し炭だ。
「はあ」
黒義とて妖怪退治屋業をはじめるに当たってそれなりに勉強はしたのだ。
妖怪の弱点を知っているのと知らないのとでは、大きな差がある。
魃……旱神。元は神の娘だったという。神々の争いの際、父神を助けて、雨の神を倒したまでは良かったが、力を使いすぎて天に還ることが叶わなくなった女神。
その上、父神に北の地に幽閉されたとか。まあ、伝説がすべて真実とは限らないが。
彼女が女神だったか、どうかはこの際どうでも良い。問題は……
『証拠』を跡形もなく消し去ったことだ。
手ぶらで「妖怪を退治したから大丈夫」と言うよりも、妖怪を倒した証拠があった方が報酬金額があがりやすい。
前回の魃退治の時は、青蓮の姿を村人達に見せて、旱魃を憂えた貴族の令嬢がこっそり村の様子を確認しに来たのに、魃に間違われてしまった『勘違い』だということで村人を丸め込んだ。
実際は妖怪を退治したわけではないので、多額の報酬を受け取るのも忍びなく村人達からは結局必要経費以外受け取らず、嘘がばれる前に早々に村を立ち去った。
二回連続で収入減になった上に、余計な荷物が増えてしまった。
いくら少食で妖怪とはいえ、自分だけ宿屋に泊まって、彼女を野宿させるわけには行かない。
黒義がもう一度ため息を付いた向かい側で、青蓮が湯気が完全に消えた冷めた炒飯をおいしそうに食べ始めた。
魃。湯気にさえ怯える。 干し果物が好物。
本当に厄介なもの拾っちまった。