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深夜の微笑

作者: 穂高胡桃

パソコンをシャットダウンして、もう誰も残っていないフロアを見渡し壁に掛けてある時計に目をやる。

PM11:23

自分にとってはいつも通りの時間の流れだ。

帰社してから2時間半、パソコンに向かい続けた目の奥は鈍い痛みと慰労を感じていた。

イスの背もたれに体重を預けて、瞳を閉じる。

嫌な疲れではないが、体は安息を求めている。

体を起こしデスクの上を片付け立ち上がり、背もたれに掛けたコートと床に置いてあるビジネスバッグを手にする。

そして最後にデスクの引き出しから薄い箱を取り出し、フロアを出る。


廊下を歩き、エレベーターに向かわず休憩スペースに寄る。

自動販売機でホットのダージリンティを買い、灰皿のあるテーブルに向かう。

バッグとコート、そして今買ったペットボトルをテーブルの上に置いてイスに座り、背もたれに力を抜いて体重を預けネクタイをゆるめる。


「フ~」


ため息ではない、体の力を抜くよう呼吸を瞳を閉じながらかすかに吐き出す。

ワーカホリックのように残業ばかりして過ごしている。仕事は好きだけど、昇進したいとか認められたいとかそういう気持ちはなかった。

男だったら野心は必要なのかもしれないが、ただこの仕事を突き詰めて行くことが自分にとって自然のことだった。

一息ついたとこでスーツのポケットから赤いタバコの箱を取り出し火をつける。

ゆっくり吸って煙を吐き出してを繰り返し、その揺れる煙をぼんやり見つめる。


働き始めて仕事ばかりしているけど、女の存在がないわけではない。

でも彼女という存在はない。

昔から自分の周りにはいつも女の子達が笑顔でそばにいた。

それに笑顔で答えると、その子達は熱い視線に変えて独占欲を見せた。

そんな感情に適当に付き合い、すり抜けて行くのが自分の付き合い方だった。


学生時代は「好き」と言われてそれなりに彼女という存在も何度か作ったが、それが愛情かというと違った。


そこまでの興味がなかったからだ。


だから去って行く子もいたし、それでも離れない子もいた。

それに対して特に感じることは、何もなかった。

そんな子達を見ながら自分は自由に生きていたと思う。


でも働き始めてそのスタイルを変えた。

社内の女の子達から話しかけられれば昔と同じように笑顔で答えたが、食事の誘いは「仕事が残っているから」と伝え、告白には全て断りの言葉を告げてきた。

それは自分の中で気持ちの変化があったから。


気持ちに不器用な彼女を見る度、気になってしかたなかった。

それが恋だということに気付いて自分でも驚いた。

それは苦しいという気持ちではなく、温かいフワッとした感情だった。


社内では変わらずアピールしてくる人達はいたが、彼女は違った。

僕のことなど目に入らない様子で、ただただ自分の恋心を追っていた。


僕はそれでもいいのかもしれないと思った。彼女を見守れればそれでいいかなと。

元来自分は熱い感情を持った人間ではないのだろう。

だから彼女のそばにいて、何かあれば助けてあげたい・・そんな悟りきったような気持ちになっていった。


特別ではあったけど、それはもう好きという感情ではなかったのかもしれない。


さっき買ったストレートティーのキャップを開け一口飲んで、またタバコを口にする。


感のいい人っているもんだ。

自分ではおくびにも出さずに彼女を想ってきたのに、それに気付く人がいた。

繊細で頭のいい人なのだろう。

気付いていることを直接口にして確かめてくることはない。

そして僕と同じように同性の彼女を大切に思っている。

自分だって人のことを心配してる場合じゃないくせに・・


「全くね・・」


思い出してつい一人で笑ってしまう。

短くなったタバコを灰皿で消して、さっきテーブルの上に置いた薄い箱を手に取り、中からチョコレートを一つ取り出し口に入れる。

いつも深夜残業で疲れた体への僅かな糖分補給。

口に広がる甘さを感じながら、未だに浮かぶその顔を思い出し、また微笑をたたえながら席を立ち、休憩スペースを後にした。







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