千年の記憶
……凄まじい閃光にやっと目が馴れ始めた時、月人は先程の男性が胸の辺りから出血し倒れている光景が先に視界に入ってきた。
なぜだろうか、不安 怒り 憎悪 妬み 恐怖…色々な感情が吹き出して来る…吐き気さえして来そうだった。
込み上げる感情を堪えながら辺りを見渡すと他の客や雅治、京子も虚ろな目をしている…店内にただならぬ空気が漂う…
「おい!!どうしたんだ!?大丈夫か!」
血を流した男に声をかけたが既に絶命していた…顔は苦痛に満ちた表情をしている。京子と雅治にも声をかけたが聞こえているのだろうか?微動だにせず無言のままだ。
…すべてが異様だった。店内には先程の賑やかな人々の話し声も無ければ、店員も立ち尽くしたままだ。物音と言えば、店内に流れる音楽と厨房の炒め物の音だけ…
状況を確認しに月人がとにかく店の外に出てみると外の様子も同じだった。車は停車したまま動く気配が無く、人は立ち尽くしたままだった。
「…何が起きているんだ」
月人が呆然とし、無性に空を見たくなった。
「なっ、星が!」
空を見て驚く月人。
初夏の空に今時珍しく星がひしめき合っていた。良く見ると多くの星々が形を成し河の形が見受けられた。
「なっ?なんだ!?」
異常な空だった。
ふと、気づくと頬をつたい涙が出ていた。訳も解らず涙を拭いながらも雅治と京子が心配になり店内に戻る月人。
店内に戻った月人が目にしたのは相変わらず生気の無い虚ろな人々と雅治達…ふと、テレビに目を移すとニュースの途中だったのだろうか?虚ろなレポーターを転がったカメラが地面から写していた。恐らくカメラマンも無気力な状態なのだろう…画面には静止画像の様な映像が映し出されている。
暫くして見覚えのある人影が映り月人は思わず声をあげた。
「あっ、あれは!この前の事件の時の女!!」
店内のテレビを凝視する月人。テレビには事件の時の全裸の女性が金色のオーラを放ちゆっくりと歩いていた。
「この映像見覚えがある…ここの近くだっ!」
深夜の暗がりで映像が解りづらかったが見覚えのあるたたずまいに確信を得た月人は無意識の内に走り出そうとしていた。しかしテレビから目を外そうとした瞬間、画面の女性がフッと消えた。
「…あの時と一緒だ」
月人が呆然としているとざわざわと話し声が聞こえてきた。
「…何て言う夢だ!」
「いっ!いやぁ!なんなの!?」
「気分が悪い、救急車を呼んでくれ!」
月人が目にしたのは店中に響き渡る人々の泣き声や、呻き声、悲鳴だった。
「月人くん!…怖いよ!離れ無いでいて!」
そう叫んだのは京子だった。
「京子!無事か!?何が有ったんだ?」
京子の所へ駆け付け何が起こったか聞こうとする月人。
「女の人が…喰われて…朽ち果てていって…千年位顔だけになったまま泣いていたの…アダム、アダムって…うわ言の様に言っていて。でも女の人の耳から出てきた蛇が這って耳元で呟き続けてたわ、アダムは諦めろって。」
そこまで言うと京子は恐怖と悲しみに満ちた顔で抱き着いてきた。
「私、あんなに切なくて怖い思いしたの始めて…夢って解りながらずっと、千年位あんな思いしたなんて」
月人に顔を埋めながら無く京子。
隣に居た雅治が京子の話しを聞いて驚いていた。
「…俺の夢も全く一緒だ」
頭を抱えながら辛そうに言う雅治。
「そんなことが有るのか!?大体千年って…どうしてわかる?皆がおかしくなっていたのはせいぜい30分位のはず」
驚きながら雅治に尋ねる月人。
「解らない…でも夢の意識では太陽が昇りまた沈んで…恐らく夢の女性が刻んだ時間が意識に入り込んだんだろう…しかし…似ている」
額の髪を片手でかき上げたままテーブルを見つめて呟く雅治。さらに話しを続ける。
「アダムとイヴは確か聖書ではイヴが蛇にそそのかされ善悪の実を食べたことにより楽園をアダムと共に追い出されたと言う…アダムは数百年生き、イヴの行方は解らぬまま。さっきの夢、女性はアダムを探していた…頭に入り込んだ蛇…まるでメデューサそのもの…彼女は一体!?」
考古学の探究心が疼くのだろうか?雅治は興奮していた。
暫くして町中にサイレンが鳴り響き、困惑ぎみにレポーターが報道を始めた。
この現象は世界中で起こり世界中の人々が経験した…ただ事件前に不可解な死を遂げた男性と、たった一人だけ夢を見なかった月人だけを残して……
事件は人々の中に憶測や推測を呼びモニターに写った女性と共に混乱を呼ぶのだった。