決意
京子を送った後、月人は帰路を歩きながら意を決した様に携帯を取り出し川島に電話をしていた。
「川島さん。是非学校を卒業後そちへ就任させてください」
電話が繋がるや月人は川島にそう切り出した。
「突然だね。こちらは何時でも歓迎だが何か心境の変化でもあったのかな?」
川島は突然の月人の変化に不思議に思ったのかそう問う。
「つい先程、視認できる化け物に遭遇しました。そいつは物体ではなく、こちらの接触を通り透かしました。
不可解な事はそればかりでなく、白銀の髪の男が突如として現れ透過する筈の化け物を剣で切り殺しました。
更に今まで事件の度に目撃された女性も男と一緒でした」
月人が更に声に苛立ちを持たせて続ける。
「つい一ヶ月前まで平和だった日常から何かおかしな事が次々と起こっている!こんな馬鹿げた茶飯事は直ぐに終わらせたい!…卒業まで後半年、その時…必ずそちらへ伺わせて頂ます」
月人が声高に言うと受話器の向こうの川島から嬉しそうな口調で返事が来た。
「私の見込んだ通の男だよ。君は。怖じけづく事無く立ち向かう事を選ぶのだね。あと半年待ち遠しいが待つとしよう。
…それから君の遭遇した先の話しは恐らく月の周期の乱れから来る予兆だ。
重力が変化し、磁場が変動したのだよ…その結果出来た時空の歪みから本来ここに有らざる者達が流れ出てきた。
磁力がプラスからマイナスへと流れ出るように地球へ一方的に異界から地球へ来ているのだ…
しかし最近の研究で後二年は滅亡は防げる。
皮肉な事にマヤ文明の暦通りに事がはこんでいる。
私達もあらん限りの手を尽くすつもりだから月人君も半年で身の回りの整理を頼む」
切れた受話器越しに月人は決意を新にするのだった。
「よお!月人。ここにいたんだな」
翌日月人が大学の広間で終わりかけた夏の日差しを愉しんでいると雅治が上機嫌で歩いて来た。
相変わらずだなと月人が屈託の無い含み笑いをしていると雅治が両手を合わせて軽くお辞儀をしてくる。
「頼む!月人、今週末の連休は空けといてくれ!千奈ちゃんをキャンプに誘ったのだが、月人が来るなら行くと言っていてな。…それならばと京子も来れば盛り上がるのでは無いかと画策しているんだが」
雅治は熱心に千奈のバイト先の居酒屋にマメに足を運んでいた。当然目当ては千奈なのだが月人は雅治の情熱に感心さえ覚えてしまう。
「お前の頼みなら断れないさ。いいぜ、バイトは休みを入れとくよ。京子には俺から頼んでおく…しかし変わりに頼み事が有るんだ。雅治、俺ともし連絡が取れ無くなったらこいつを京子に渡してほしい」
少し陰りを見せて月人が便箋を雅治に差し出した。雅治は理由はあえて聞かずにそれを受けとった。
「…お前の事だ。また他人を気遣かって直接渡すよりこうした方法を選んだんだろ?理由は聞かない。預からせてもらうよ…しかし月人」
少し間を空けて雅治が月人を真剣な眼差しで見る。
月人がその様を感じ取ったのか、真顔に戻り姿勢を正した。
「決してお前一人では無い、俺や京子も居る。
…俺達、仲間だろ」
軽く微笑む雅治…月人はそんな雅治に微笑み返すのだった。
「丘を越え行こうよ〜口笛吹きつつ…あーっ!見えてきた!見えてきた!ねっ、王子!あそこが僕たちがキャンプする場所だよね?」
数日後雅治の画策?通り富士山の麓まで来た月人達は雅治の運転する四輪駆動車で湖畔の外れに有る山林まで来ていた。
「ねぇ王子〜なんで助手席に座ってるんですかぁ?」
車の後部座席では千奈がバタバタとはしゃいでおり、一方運転は雅治、助手席でナビゲーションを月人が引き受け雅治のサポートをしている。
千奈が後部座席から顔を覗かせ助手席の月人にチョッカイを出していた。
「ムフフ…そんな王子にはお仕置きなのだ!」
千奈が月人の頬っぺたを両方つまみ、グニグニと回し始める。
「クールで格好いー王子もオテモヤンに大変身!」
千奈が月人の頬を極限まで引き伸ばす。
「イテテ…千奈、大人しくしてるんだ」
以外と落ち着き切った月人。地図から目を離さず雅治に的確に道幅やカーブの情報を伝えている。
「そうよ。千奈ちゃん。女の子なんだからはしたない格好はよしなさい…パンツまる見えよ」
後部座席でおしとやかに千奈の隣に座ってる京子はかがみ腰でスカートから下着が見えている千奈に半目で注意している。
「僕の勝手だよーだ!京子さんは女だから見えたっていーのだ!…それより王子のクールさの謎が気になる」
ニコニコと月人の頬っぺたを相変わらずグニグニといじくり回す千奈。
「月人…運転代われ…俺が千奈ちゃんにグニグニされてやる。何も言うな、寧ろ俺が千奈ちゃんに頬掴まれたい」
サングラスをしているため雅治の表情が分からないがさぞかし悔しそうな顔をしているのだろう…月人が引っ張られた頬のまま雅治に言い返す。
「いいが…痛いぞ」
真顔で落ち着いて地図を見ながら返答する月人。
「構わん、代われ」
雅治と月人の会話を盗み聞きしていた千奈がハシャギながら声高に話す。
「僕は雅治さんは京子さんとお似合いだと思いまーす!…だからぁ王子の助手席で僕がナビゲートしちゃいます!雅治さんは後ろで京子さんと仲良くしちゃってくださぁーい」
「千奈…道狭くなって行くぞ」
千奈のリクエスト通り運転を月人、助手席に千奈とローテーションした後、事件が起きた。
ナビゲーションをする千奈の通りに月人が車を進めていると真近くまで来ていたキャンプ場は遠ざかり次第に森の奥深くまで来てしまっていた…辺りは日が沈み初め、森のざわめきと沢の激流の音が不気味に鳴り響いていた。
「お、おかしいなぁ…王子があんなにスイスイ案内しているから簡単かと思ったら、い、以外と難しいみたい」
顔に冷や汗を浮かべポリポリと頬をかく千奈。
しかし雅治は上機嫌、京子は呆れていた。
「仕方ない、ガスも無くなってきているから今日は日が沈む前に野営の支度をしよう。これ以上進むのは危険だ」
そう言って車を道の脇に止めた月人は沈みかけた日を頼りに適当な空き地を探し始める…後に続いた三人は以外と早く見つかった空き地に車から装備を運び込み、何とか日没迄に野営の準備が出来上がった。
焚火を囲み買っておいた食材でバーベキューをする頃にはすっかり日が沈み漆黒の闇に焚火の火の粉がきらびやかに吸い込まれて行く…梟が彼方から鳴き幻想的な光景が出来ていた。
相変わらず元気な千奈が不意に月人に抱き着いてくる。
「王子の顔が焚火で綺麗に光ってますよ。ボク、あのおっかない事件の後じゃなくても王子にどこかで会ったらきっと王子の虜でした」
顔を月人の肩に寄せこれ以上ない笑みで微笑む千奈。
「そか、ありがとう。少なくとも他人に好意をもって貰うのは嬉しい…雅治、悪いが女の子二人を頼む。俺は少しここら辺を散歩してくる」
そう言って千奈の腕を優しく解いた月人は森の奥に一人で歩き始めた。
「危ないから遠くへは行かないほうがいいぞ」
雅治が月人の背中へ話す。
「目が夜に馴れてきた…平気さ。暫くしたら戻る」
そう言いながら月人の姿が闇へ消えて行った。
「王子追わなくていいんですか?」
キョトンてした目で京子を見る千奈。
「月人君なら平気よ。彼は人一倍勘が鋭いの。それに…一人にさせてあげたいの」
少し愁いの眼差しで千奈を見る京子。
「アイツは昔から不思議な男さ。高校からの付き合いだが正義を当たり前にやりこなす…しかし無謀では無い、実力が伴ってるんだ」
雅治がにこやかに焚火のマキをひっくり返し話の続きをする。
「中学の頃俺はイジメの対象だった…酷いもんだったよオヤジが有名な企業の取締役で顔が知れていてな。それが妬まれ中一の頃は人を信じられなく成りかけていた…しかし月人が中二から編入してきて状況が変わった…アイツは誰ひとり関係なく純粋に接して来るんだ…他人に一生懸命でな」
雅治の顔が焚火の炎で揺れている…その表情は穏やかさに満ちていた。
「ある日クラスメイトの拓って奴が親の会社の倒産の借金で中卒を余儀なくされる事件がおきてな。一番陰湿だった奴さ…みんな自業自得だと影では笑っていたよ。しかし月人は違った゛タクちゃんが居なくなっちゃうから゛って密かにアルバイトして拓の家の家賃を払おうとしてさ…無論拓は最初は突っぱねたが月人が出世払いでと融通を効かせてな。お陰で拓は何とか働く事は辞めて学校に通い月人と一緒にアルバイトをしたよ。それからクラスの連中が月人に無条件で慕う様に成って行った。そして月人はそれを裏切る事は一度たりと無かった」
雅治の話を京子と千奈が暖かな眼差しで聞いていた。
「中学卒業の時には皆お互い別れを惜しんだよ。中一の頃には想像もしなかった光景がそこにはあった、月人は生まれながらにリーダーなんだ…アイツの卓越した才能と人を疑わない精神が有れば…俺もオヤジの会社にアイツと一緒に勤めたいと夢見たがやはりアイツはもっとデカイ事を夢見ているらしい」
雅治が話終えると千奈が雅治を優しい眼差しで見上げていた。
「ボク、雅治さんの王子を慕うひたむきさ、好きです」
軽くほっぺにキスされる雅治。不意の出来事に雅治が驚いている。
「さて、王子の帰りを待つ間に花火をすこーしやっちゃいましょー」
千奈が脇に置いてあった花火を一袋持ち出すと沢の方へ走って行った。
「おーい!千奈ちゃん俺も混ぜてよ」
千奈の後に続く雅治。
「月人くん…あなたは…やっぱり…うんん、きっと大丈夫」
京子が焚火の明かりに何かを呟きうずくまるのだった。
「沢が逆流している?」
何かに導かれる様に山林の沢を上る月人は小さな洞穴に来ていた。
「懐かしい…ニホイ…オモヒデ…イデルバショ…ココロイズルバショ」
月人はうわ言の様に口ずさみながら洞穴に入って行った。