白銀の騎士
深紅のマントの男はゆっくりと歩きだした…背中の長身の剣をしなやかに抜き、異界の怪物に向かって行く。
まるでファンタジー映画のワンシーンの様な光景が展開されて行く…深紅のマントをたなびかせ、ブーツのカツカツと言う心地好い音を響かせながら白銀の髪が揺れている…
顔面は全ての悪を許さない鋭さを放ち、漆黒の闇に垣間見える怪しい位美しい目…
怪物の恐さも忘れ月人と京子は見とれてしまう。
「いっちょ初めますか」
軽いジェスチャーの様に剣を持ち上げ男は怪物に剣を向けた。
それが合図かの様に怪物が男に向かって突進してくる。
「雑魚相手で退屈だがな」
男がボソッと呟いた刹那、勝負は決していた。
男が突き出した剣は怪物が男に到達するより早く一瞬で怪物の首を切り払っている…物体で無いソレは何故か男の長剣にいともたやすく切り払われ、黒い灰の様な物体を蒸発させながら消えて行く。
「もう終わりか?ショボイな。少しは骨が無いと萎えちまう」
長剣を鞘に仕舞いながら男は肩をすくめた。
「貴方は一体何者?」
月人が男に話しかけると聞こえて無いかの様に無視しながら京子の所へ真っ直ぐ歩いて来る。
「お怪我は無いかい?レディー」
先程の殺気はすっかり消え、垢抜けた表情で男が京子の手の甲に軽くキスをする。
「聞こえていて無視をしないで欲しい。アンタ一体何者だ?」
月人が横柄な態度の男に少し苛立ちを覚えて肩を掴もうとすると次の瞬間男が一瞬で剣を鞘から抜きだし月人の眉間に切っ先を紙一重の所まで突き出していた。
「貴様に用はないね。それともなにか?ここで殺されたいか?」
男は剣の切っ先を寸分違わず月人の眉間に合わせたまま冷たく言い放った。
そのまま男は淡々と言葉を続ける。
「そのこの世全ての憂さを背負った様なしみったれたツラを見るとヘドが出る。いいか?だいたい助けてもらっておいて礼も無い、揚句に何者か?だの最近のお子ちゃまは礼儀を知らないらしい…貴様みたいなシュガーボーイは此処で死んでしまった方がマシか?」
剣を握る手の筋がピクリと動き今、正に剣が月人に刺さろうとした瞬間京子が叫んでいた。
「止めて下さい!…突然の計り知れない出来事で私達混乱していたんです!私の名前は京子。彼は月人と言います。無礼をお許し下さい!」
京子が男の側に寄り深々と頭を下げ嘆願する。
「そうと早く言っていればいいんだ。勉強不足な坊ちゃんはお嬢さんに救われたな…しかし切っ先を突き付けられ、殺されそうになっていても屈しないか。…それにさっきの化け物に冷気を浴びせられてまだ平気なツラをしているガッツは認めてやる。
…しかし、ご褒美が欲しい所だな」
相変わらず垢抜けた仕草をしながら男は再び剣を肩の鞘に収めマジマジと京子を見始める。
「…お前、美しいな」
男は目を細めて京子の顎に自身の片手の指先を添えた。
「褒美にしては十分過ぎるが…この唇を貰っておく」
夜空の雲が流れて行き、月明かりが灯り初めた。京子が見る先に男の顔が改めて写し出された…曇りの無い瞳、色白だが決して弱々しく無い整った顔…女性の様に綺麗だが、男の様に強さを持った深紅のマントの男…容姿端麗という言葉だけでは言い尽くせない姿をしたその者は京子を抱き寄せお互いの唇を重ねていた。
「きっ!貴様!京子から離れろ」
月人が突然の出来事に慌てて男に殴りかかろうとする。
しかし男は京子を抱き寄せたまま踊りをするような身軽さで翻し華麗に跳ね退けた。
「分かっちゃ無いな。貴様みたいなシケた面のチェリーボーイに彼女は勿体ない…ま、彼女がこれ以上は許しちゃくれないみたいだからこの辺でおいとまするか。
アバヨ、お嬢さん。また会えるといいな」
男は街灯の方へ歩き出した…いつの間にか街灯の灯る下には大きなバイクが見えている。
…男が足早にまたがった直ぐ後に官能的なバイクのエンジン音が鳴り響いた。
良く見るとタンデムシートに男と似た白銀の髪の女性が乗っていた。
「まっ!待て!お前には話しがまだある」
月人の叫びも虚しくバイクは走り出そうとした…瞬間、後ろに乗っていた女性が月人に振り返る。
「アッ!アンタは!」
バイクが走り去る最後に見た残像は後部席に乗った女性の顔だった…白銀の髪、着衣は着ているが間違い無く月人が二度に渡って見た事件の女性だった。
「クソッ!やりたい放題しやがって…京子、大丈夫か?」
バイクのテールランプが遠くなって行くのを見て追い掛ける事を諦めた月人は直ぐさま京子へ駆け寄った。
「私は平気よ」
京子は少し呆けながら月人に向き直る。
「歩けるか?」
月人が先程の摩訶不思議な出来事と横柄な男の様に複雑な表情をしている。
しかし、それとは逆に京子が何か切なげな表情で胸に手を添えていた。
「京子?平気なのか?」
月人が様子がおかしい京子に不安を覚えるとそれを察した様に京子が我に返り話し出す。
「ご、ごめんね。私は平気なんだけどさっきの男の人…そ、その私に口づけした時何かとても寂し気で悲しい顔を一瞬していたから…それに最後に見た彼女、以前事件が遭った時に見た幻想の人にそっくりだった。」
二人は暫くそこに立ち尽くし理に解せぬ出来事を残して帰路に着くのだった。