「ゴリラ女」と蔑まれてきた私、うっかり王子様の呪いを握りつぶしてしまう
約5千5百字。タイトルの割にはハートフル(一応ざまぁ要素はありますが、そっちはオマケです)
婚約を破棄された。
理由は、私の身体が大きすぎるからだという。
「お前のようなゴリラ女を妻に迎えるなど、考えただけでも恥ずかしい。親同士の決めたことだからと耐えてきたが、やはり婚約はなかったことにしてもらう」
元婚約者は、私を蔑むような目で見ながら、そう言い放った。
私の身長は成人男性よりも頭一つ分ほど高く、肩幅も広い。おまけに筋肉がつきやすい体質で、ちょっと運動しただけでも腕や足が太くなってしまう。
おかげで、昔から散々な言われようだった。
大女。筋肉女。そして、ゴリラ女。
もちろん、好きでこんな身体に生まれたわけではない。
それでも許嫁である彼だけは、いつか私の内面を見てくれると信じていたのだが……どうやら、無駄な期待だったらしい。
「……はあ」
私は公園のベンチに腰を下ろし、ため息をついた。
婚約を破棄された令嬢に、次の縁談などそうそう来ないだろう。まして、私のような大女を妻に迎えたい男性がいるとは思えなかった。
これから、どうすればいいのだろう。
そんなことを考えていると、
「わっ……!」
小さな悲鳴が聞こえた。
振り向けば、少し離れた小道で、車椅子が大きく傾いている。
乗っていたのは、まだ十歳にもならないような少年だった。しかも、頭から腕まで包帯でぐるぐる巻きにされている。
「危ない!」
私は慌てて駆け寄り、倒れかけた車椅子を支えた。
どうやら、車輪が石畳の隙間にはまってしまったらしい。
そのまま車椅子を持ち上げ、平らな場所へ戻してやる。
「大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか?」
「あ……はい。大丈夫です。ありがとうございます」
少年は驚いたように私を見上げた。
「すごいですね。こんなに重い車椅子なのに、簡単に持ち上げちゃうなんて」
「ふふっ。力だけは自慢なんです」
そう答えると、少年は目を輝かせた。
「いいなあ。僕もそんなふうに強くなりたいです」
「……え?」
思いがけない言葉だった。
私の体格を見て、怖がる人は多い。けれど、羨ましがられたことはほとんどなかった。
少年はそんな私の戸惑いにも気づかず、少し寂しそうに笑った。
「僕、ずっとこんな身体なので。走ることもできないし、外に出るのも大変なんです」
「まあ……」
「いつも家の中にいるから、友達もいなくて。今日はどうしても外に出たくて、お願いして連れてきてもらったんですけど……」
少年は申し訳なさそうに車椅子を見下ろした。
「一人で動こうとしたら、この有様です」
その声があまりに寂しそうで、私はつい口を開いた。
「……実は、私も似たようなものなんです」
「お姉さんも?」
「ええ。私は身体が大きすぎて、昔から周りの人に嫌われてばかり。ゴリラ女、なんて呼ばれているんですよ」
「ゴリラ女?」
少年が眉をひそめた。
「ひどいです! お姉さんは、こんなに優しいのに!」
「……ありがとうございます」
「それに、大きくて強いなんて、格好いいじゃないですか。僕なんて、こんな身体ですから……」
少年は包帯に覆われた腕を見つめた。
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
私がずっと嫌っていた身体を、この子は格好いいと言ってくれる。
お世辞などではなく、心からそう思っているらしい。そのまっすぐな言葉が、なんだか嬉しかった。
「……ところで、少し聞いてもよろしいですか?」
「はい?」
「そのお身体は、何かのご病気なのでしょうか?」
少年の表情が、少しだけ暗くなった。
「……いいえ。病気ではないんです」
「そうなのですか?」
「はい。これは、呪いなんです」
「……呪い?」
思わず聞き返した私に、少年は小さく頷いた。
「僕が小さい頃、誰かに呪いをかけられたそうなんです。それからずっと、身体が痛くて、自由に動かせなくて……」
そう言いながら、少年はそっと腕の包帯をめくった。
そこには、黒い蔦のようなものが幾重にも絡みついていた。
「……まあ」
私は思わず声を漏らした。
呪いというものが存在することは知っていた。けれど、実際に見るのは初めてだった。
「お父様もお母様も、できる限りの手を尽くしてくださいました。でも、誰にも解けなくて……」
「そうなのですか……」
「だから、たぶん、一生このままなんだと思います」
少年は寂しそうに微笑んだ。
確かに通常、呪いとは神官や魔導師でなければ見ることすら難しいと聞く。
それが、ただの一般人である私の目にまで、これほどはっきり映るとは。
恐らく、それほどまでに強い呪いなのだろう。
(可哀想に……)
こんなに小さな子が、ずっと苦しんできたなんて。
私は改めて、その呪いに目を向けた。
黒い蔦は少年の腕に巻きつき、ところどころで太い結び目を作っている。
「……あの、包帯を巻き直して差し上げたいのですけれど、触っても大丈夫でしょうか?」
「あ、それは大丈夫です。人に移るような呪いではないと、神官様がおっしゃっていましたから」
「そうですか。では、少し失礼しますね」
「ありがとうございます」
私は少年の腕に手を伸ばし、めくられた包帯を元に戻そうとした。
ところが、そのときだった。
(……あら?)
指先に、何かが触れた。
見ると、黒い蔦の結び目が指に引っかかっている。
(これ……触れるのですね)
なんとも不思議な感触だった。
硬いものかと思っていたのに、実際にはゼリーのような、ぷにぷにとした弾力がある。
試しに指先で軽く押してみると、結び目が少しへこんだ。
(……あらあら?)
少年の話では、誰が何をしても解けなかった呪いらしい。
けれど、こうして触っている分には、案外柔らかいというか……。
(これ、少し力を入れたら潰せそうな気もしますけれど……)
もちろん、そんな簡単に壊れるものではないのだろう。
そう思いながらも、ほんの少しだけ、指に力を込めてみた。
(なんてね。こんなことで壊れたら、さすがにシャレにならな――)
ぐしゃっ。
「…………ぐしゃ?」
妙な感触がした。
慌てて手を開くと、黒い蔦が粉々になり、煙のように消えていく。
「…………」
私は自分の手を見た。
少年の腕を見た。
もう一度、自分の手を見た。
「えええええっ!?」
「えええええっ!?」
私と少年の声が、見事に重なった。
「い、今、呪いが……!」
「き、消えましたよね……?」
目を凝らしてみても、先ほどまで巻きついていた黒い蔦は、跡形もなくなっている。
私たちはしばらく、顔を見合わせたまま固まっていた。
が、先に我に返ったのは少年だった。
「……あれ?」
「どうしました?」
「呪いが消えたってことは、もしかして……」
少年は、おそるおそる指を握ったり開いたりする。
「……痛く、ない?」
「え?」
「痛くない! 全然、痛くないです!」
少年は夢中になって包帯をほどき始めた。
すると、その下から現れたのは、傷一つない綺麗な肌だった。
「すごい! 本当に治ってる!」
「まあ、本当に!?」
「はい! ほら!」
少年は勢いよく両腕を振った。
そして、そのまま車椅子から立ち上がろうとする。
「わっ、危ない!」
私は慌てて支えた。
けれど、少年は私の腕につかまりながら、ゆっくりと地面に足をつけた。
一歩。
もう一歩。
「……歩ける」
少年の目から、大粒の涙がこぼれた。
「僕、歩けます……!」
「……まあ!」
「お姉さん! ありがとうございます!」
少年は私に抱きついてきた。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
私は戸惑いながら、その小さな身体を抱きとめた。
いったい、どうしてこんなことになったのか。正直、さっぱりわからない。
ただ、少年はこんなにも喜んでいる。
(……まあ、いいでしょうか)
私はそう考えることにした。
「よかったですね。これで、お外でも遊べますね」
「はい!」
少年は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔につられて、私も笑った。
つい先ほどまで婚約破棄のことで落ち込んでいたのが、なんだか嘘のようだった。
◇
それから数日後。
私は、なぜか王宮に呼び出されていた。
しかも、呼び出したのは国王陛下ご本人だという。
いったい何事だろう。
不安を抱えながら謁見の間に入ると、そこには国王陛下と王妃殿下がいらっしゃった。
そして、そのお二人の間には……。
「あっ! お姉さん!」
「……え?」
見覚えのある少年が、嬉しそうに手を振っていた。
あの、公園で出会った少年だ。
包帯も車椅子もなく、今は立派な服を着ている。
「えっ……あ、あの……?」
混乱する私に、国王陛下が微笑みかけた。
「よく来てくれた。まずは、我が息子を救ってくれた礼を言わせてほしい」
「……息子?」
「うむ。第一王子のカリアンだ」
「…………」
私は少年を見た。
少年は、にこにこと笑っている。
もう一度、国王陛下を見た。
「……えええええっ!?」
第一王子!?
「お、お待ちください! 私の記憶が正しければ、たしか殿下は……」
そう。
第一王子殿下といえば、確か十年ほど前にお生まれになったものの、幼くして亡くなられたはずだ。
長らく子どもを授かれなかった王家に誕生した待望の王子。国中が沸き立ったのも束の間、ほどなくして舞い込んだ突然の訃報に、王都が悲しみに包まれたことを私も覚えている。
「そなたが驚くのも無理はない。たしかに余はかつて、世間に対してそのように公表した。……表向きはな」
「……表向き?」
「うむ」
陛下は静かに頷かれた。
「息子は幼い頃、何者かの呪いを受けた。一命こそ取り留めたが、身体は不自由になってしまってな。息子を奇異の目に晒すのは忍びなかったし、何より生きていると知られれば、再び命を狙われる危険もあった。ゆえに、存在を隠して育てるしかなかったのだ」
「そ、そうだったのですか……」
「その後、何人もの神官や魔導師に解呪を試みさせたが、誰にも解けなかった。それを、そなたは一瞬で破壊してしまったというではないか」
「い、いえ! 私にも、何が何だか……!」
そう。あれは本当に、偶然だったのだ。
しかし、陛下は感心したように頷かれた。
「宮廷魔導師たちに調べさせたところ、どうやら、そなたは呪いを構成する魔力そのものを握りつぶしてしまったらしい」
「……魔力を?」
「うむ。通常、呪いを解くには複雑な術式を読み解かねばならぬ。だが、そなたは圧倒的な力で、その仕組みごと粉砕してしまったのだ」
「…………」
つまり、私は呪いを力ずくで壊してしまったらしい。
そんなことができるなんて、初めて知った。
「もっとも、それによって思わぬことも起きたがな」
「思わぬこと、ですか?」
「呪いには、術者以外の者によって破壊されると、かけた本人へ跳ね返る性質があるのだ。そしてそのおかげで、長年わからなかった犯人が判明した」
陛下は一枚の書類を取り出した。
「そなたの元婚約者だ」
「…………はい?」
元婚約者?
あの、私をゴリラ女と呼んで婚約を破棄した、あの方?
「かつて金銭目当てで犯行に加担したらしい。本人も罪を認めておる。今は呪いが跳ね返ったせいで、見るも無惨な姿だそうだ」
「……まあ」
「王族に呪いをかけた大罪人だ。厳しく裁かれることになるだろう」
「…………」
なんということだろう。
あの方が、そんな恐ろしいことをしていたなんて。
しかも、あの少年を長年苦しめていた張本人だったとは。
婚約を破棄されたときは、あれほど悲しかったけれど……。
(……むしろ、破棄していただいてよかったのかもしれませんね)
私はしみじみと思った。
「さて、まあそれはともかくとして……」
「はい?」
「今日呼び出したのは、そのことを伝えたかったからだけではない。そなたにもう一つ、頼みごとをしたかったからだ」
「頼みごと、ですか?」
「うむ。実はそなたに、カリアンの教育係になってほしいと思っている」
「!?」
きょ、教育係……? 私が、殿下の?
「これまで息子は、ずっと限られた者たちの中で暮らしてきた。学問の教師はいるが、外の世界をほとんど知らぬ」
陛下は穏やかに微笑まれた。
「そなたには、あの子にいろいろなことを教えてやってほしいのだ」
「ですが、私などに務まるでしょうか……?」
「学問については、これまで通り教師たちに任せればよい。そなたには、もっと身近なことを教えてほしいのだ。それに……」
陛下は、ちらりと隣を見た。
すると。
「お姉さん!」
カリアン殿下が、ぱっと駆け寄ってきた。
「僕、お姉さんとずっと一緒にいたいです!」
「で、殿下!?」
「お姉さんが教育係になってくれたら、毎日会えますよね?」
「そ、それは……」
「僕、いっぱい勉強します! だから、お願いします!」
少年は期待に満ちた目で私を見上げていた。
その姿に、思わず笑みがこぼれる。
私を怖がらず、格好いいと言ってくれた子。
そして、この大きな身体のおかげで、助けることができた子。
そんな子が、私と一緒にいたいと言ってくれている。
だったら、断る理由なんてなかった。
「……私でよろしければ、喜んで」
私は陛下に頭を下げた。
「教育係、謹んでお引き受けいたします」
「おお、そうか!」
「やったあ!」
カリアン殿下が、嬉しそうに飛び跳ねた。
その様子を見て、国王陛下も王妃殿下も微笑んでいらっしゃる。
つい先日まで、私は自分の身体が大嫌いだった。
けれど、今は違う。
この身体だったからこそ、あの日、少年を助けることができた。そして、こんなにも素敵な出会いがあったのだ。
だから、もう自分の身体を恥じるつもりはない。
そう、心から思えた。
◇
こうして、私は第一王子殿下の教育係となった。
カリアン殿下は毎日元気いっぱいで、勉強にも遊びにも熱心に取り組んでいらっしゃる。
ただ、一つだけ困ったことがある。
私に憧れた殿下が、最近すっかり筋トレに夢中になってしまわれたのだ。
「やりました、お姉さん! ついに重しが100キロの大台を超えました!」
……できれば、算術のお勉強にも、もう少し熱心になっていただきたいものである。
最後までお読みいただきありがとうございました。もしよければ、↓の☆評価をもらえると嬉しいです!




