従弟
琉生を除いた生徒会役員が去ると、食堂の喧騒は表面上落ち着いた。
楓雅は一人で食事をすると言って、和人たちを残して去ってしまった。
和人と琉生は顔を見合わせ、琉生の食事を持って寮室に戻った。
共有スペースのソファに座って、琉生がため息をつく。
和人は隣でくつろぎながら、琉生の顔を覗き込む。
彼の顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。
「御曹司というより、問題児だったな。無理するなよ?」
「……やけに、彼のこと気にしてるよね。なんで?」
和人の視線から逃れるかのように、琉生が俯く。
その前に見えていた彼の目は、薄暗く揺らいでいた気がした。
「知り合い……というか、従弟に似ているんだ。従弟のはずはないんだが、どうにも」
「……え? 和人って従弟、いるの?」
勢いよく顔を上げた琉生が、和人に乗り上げてくる。
ソファに背中を押し付けられて、思わず顔を顰めてしまう。
「……言ってなかったか?」
「聞いてないんだけど。仲良いの? どんな人?」
肩を押さえてくる腕に、膝に乗せられた体。線が細そうに見えても、琉生は同じくらいの身長だ。流石に重い。
和人は小さく呻き声を発して、琉生を見上げる。
彼の目は鋭く細められ、揺らぎながら自身を射抜いてきていた。
不自然に心臓が跳ねる。頬に熱が篭もるのを感じた。
「る……い? 近い……」
「答えて」
耳元でダイレクトに響く声。首筋から背筋にかけてぞわりと刺激が走り、咄嗟に耳を庇う。体が固まり息を呑む。
──腰にくるから止めてくれ!
「離……っ!?」
「そんなに答えたくないの?」
耳を庇っていた手が引き剥がされる。執拗に耳元で問い詰められて、目元が潤むのを感じた。
──答えられなくしてるのは琉生だ!
「……おちつッ……知っ?!」
耳たぶにツキンとした痺れが走り、目を見開く。
一瞬、呼吸を忘れた。か、噛まれ。耳たぶかまれた。
「……和人」
「ひとの弱点! えぐるの、やめてくれ! 話すからッ」
吐息が耳元に落とされ、肩が震える。本当にやめて欲しいんだが。
琉生が頭を上げて視線を合わせてくる。重苦しい沈黙が流れた後、琉生の暗かった目にいつもの光が灯った。
「……取り乱してごめん」
「本当にな」
熱が篭った体を冷ますのには、時間が掛かるんだ。
和人は潤んだ目で、軽く彼を睨みつけた。
◆◆◆
「言っとくが、琉生も知ってるやつだぞ」
「……誰?」
琉生に乗しかかられた体勢のまま、和人は話始めた。
退いてくれとお願いしても、琉生は微笑を浮かべ無言の圧力で、断固として動いてくれなかったからだ。
窮屈な体勢の中、ポケットからスマホを取り出す。
目当ての画像を検索して、琉生の目前に突き出した。
「モデルのみやび。本名、宮之橋雅って言うんだが、知ってるだろ?」
「……あー、確かに。よく見ると、小さい頃の和人に似てるね」
和人が琉生にスマホを渡したことで、琉生の上体が離れて圧迫感が薄れる。
「似てるか? その画像、最近のなんだが。それに、纏う空気感が違うだろ? 磨かれた宝石みたいな……」
「随分褒めるね。そんなに仲がいいの?」
琉生が淡々とした様子で、和人の手元にスマホを返してきた。
流れで和人の手の甲に口元が寄せられ、彼の唇が触れてくる。なぜ口付けられたのか分からず、動揺に目が見開く。無意識に手を引こうとするが、逆に引き寄せられた。
スマホごと握られた手の力が強い。上目遣いで向けられる視線に、和人の体が固まった。
「仲は……普通だ。親戚の集まりで遠目に姿を見るくらいで。俺は話したいんだが、そんな機会もないな」
脈打つ鼓動を抑えながら、言葉を絞り出した。空いている方の手で、琉生の肩を押し返すが、びくともしなくて和人の視線が揺れた。
「……そうなんだ。で、その従弟が橋宮君に似てて? だけど、名前違うよね」
「ああ。だから、俺の思い違いなんだろう。けど、向こうも俺を知ってるみたいだから、戸惑っているんだ」
カズだなんて呼ばれたら、気になって仕方ない。例え従弟ではなかったとしても、幼少期に関わりがあった人物には違いないだろう。
未だに和人の手に顔を寄せている琉生が、上目遣いから眉をひそめて、少し首を傾げた。
吐息が手の甲にかかってくすぐったい。
──心臓に悪いんだよな。いい加減、上から退いてくれると助かるんだが……。
「……幼稚園が俺たちと同じだったのかもね。そこまで気にする必要ないんじゃないかな」
琉生が長めに沈黙した後、和人へ言い聞かせるように真っ直ぐな視線を向けてきた。
「そう……か?」
「うん。橋宮君の方から何か言ってこない限り、気にし過ぎるのは、逆に迷惑かもしれないし」
──琉生の言う通りだ。
一日中、楓雅のことを見続け、邪険にされたことを思い出し、和人は納得した。
琉生の圧迫感に流された部分もあるかもしれないが、和人は彼の言葉にゆっくりと頷いていた。
「……俺のことだけ……」
琉生がいつにも増して綺麗な微笑を浮かべ、和人の指先に長めの口付けを落としてきた後、名残惜しげに立ち上がる。
やっと彼の重さから解放され安堵していると、琉生はお休みと言ってマイペースに部屋へ去って行った。
和人は琉生の温もりが残る指先を、じっと見詰めてソファに深々と沈み込む。
──琉生は最後、なんて言ってたんだ? 俺のことだけ??
どっと疲れが押し寄せ、和人は微睡みの中に落ちて行った。




