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櫻坂学園物語  作者: ヒトミ


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7/12

従弟

琉生を除いた生徒会役員が去ると、食堂の喧騒は表面上落ち着いた。


楓雅は一人で食事をすると言って、和人たちを残して去ってしまった。


和人と琉生は顔を見合わせ、琉生の食事を持って寮室に戻った。


共有スペースのソファに座って、琉生がため息をつく。


和人は隣でくつろぎながら、琉生の顔を覗き込む。


彼の顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。


「御曹司というより、問題児だったな。無理するなよ?」

「……やけに、彼のこと気にしてるよね。なんで?」


和人の視線から逃れるかのように、琉生が俯く。


その前に見えていた彼の目は、薄暗く揺らいでいた気がした。


「知り合い……というか、従弟(いとこ)に似ているんだ。従弟のはずはないんだが、どうにも」

「……え? 和人って従弟、いるの?」


勢いよく顔を上げた琉生が、和人に乗り上げてくる。


ソファに背中を押し付けられて、思わず顔を(しか)めてしまう。


「……言ってなかったか?」

「聞いてないんだけど。仲良いの? どんな人?」


肩を押さえてくる腕に、膝に乗せられた体。線が細そうに見えても、琉生は同じくらいの身長だ。流石に重い。


和人は小さく呻き声を発して、琉生を見上げる。


彼の目は鋭く細められ、揺らぎながら自身を射抜いてきていた。


不自然に心臓が跳ねる。頬に熱が篭もるのを感じた。


「る……い? 近い……」

「答えて」


耳元でダイレクトに響く声。首筋から背筋にかけてぞわりと刺激が走り、咄嗟に耳を庇う。体が固まり息を呑む。


──腰にくるから止めてくれ!


「離……っ!?」

「そんなに答えたくないの?」


耳を庇っていた手が引き剥がされる。執拗に耳元で問い詰められて、目元が潤むのを感じた。


──答えられなくしてるのは琉生だ!


「……おちつッ……知っ?!」


耳たぶにツキンとした痺れが走り、目を見開く。


一瞬、呼吸を忘れた。か、噛まれ。耳たぶかまれた。


「……和人」

「ひとの弱点! えぐるの、やめてくれ! 話すからッ」


吐息が耳元に落とされ、肩が震える。本当にやめて欲しいんだが。


琉生が頭を上げて視線を合わせてくる。重苦しい沈黙が流れた後、琉生の暗かった目にいつもの光が灯った。


「……取り乱してごめん」

「本当にな」


熱が篭った体を冷ますのには、時間が掛かるんだ。


和人は潤んだ目で、軽く彼を睨みつけた。


◆◆◆


「言っとくが、琉生も知ってるやつだぞ」

「……誰?」


琉生に乗しかかられた体勢のまま、和人は話始めた。


退いてくれとお願いしても、琉生は微笑を浮かべ無言の圧力で、断固として動いてくれなかったからだ。


窮屈な体勢の中、ポケットからスマホを取り出す。


目当ての画像を検索して、琉生の目前に突き出した。


「モデルのみやび。本名、宮之橋(みやのはし)(みやび)って言うんだが、知ってるだろ?」

「……あー、確かに。よく見ると、小さい頃の和人に似てるね」


和人が琉生にスマホを渡したことで、琉生の上体が離れて圧迫感が薄れる。


「似てるか? その画像、最近のなんだが。それに、(まと)う空気感が違うだろ? 磨かれた宝石みたいな……」

「随分褒めるね。そんなに仲がいいの?」


琉生が淡々とした様子で、和人の手元にスマホを返してきた。


流れで和人の手の甲に口元が寄せられ、彼の唇が触れてくる。なぜ口付けられたのか分からず、動揺に目が見開く。無意識に手を引こうとするが、逆に引き寄せられた。


スマホごと握られた手の力が強い。上目遣いで向けられる視線に、和人の体が固まった。


「仲は……普通だ。親戚の集まりで遠目に姿を見るくらいで。俺は話したいんだが、そんな機会もないな」


脈打つ鼓動を抑えながら、言葉を絞り出した。空いている方の手で、琉生の肩を押し返すが、びくともしなくて和人の視線が揺れた。


「……そうなんだ。で、その従弟が橋宮君に似てて? だけど、名前違うよね」

「ああ。だから、俺の思い違いなんだろう。けど、向こうも俺を知ってるみたいだから、戸惑っているんだ」


カズだなんて呼ばれたら、気になって仕方ない。例え従弟ではなかったとしても、幼少期に関わりがあった人物には違いないだろう。


未だに和人の手に顔を寄せている琉生が、上目遣いから眉をひそめて、少し首を傾げた。


吐息が手の甲にかかってくすぐったい。


──心臓に悪いんだよな。いい加減、上から退いてくれると助かるんだが……。


「……幼稚園が俺たちと同じだったのかもね。そこまで気にする必要ないんじゃないかな」


琉生が長めに沈黙した後、和人へ言い聞かせるように真っ直ぐな視線を向けてきた。


「そう……か?」

「うん。橋宮君の方から何か言ってこない限り、気にし過ぎるのは、逆に迷惑かもしれないし」


──琉生の言う通りだ。


一日中、楓雅のことを見続け、邪険にされたことを思い出し、和人は納得した。


琉生の圧迫感に流された部分もあるかもしれないが、和人は彼の言葉にゆっくりと頷いていた。


「……俺のことだけ……」


琉生がいつにも増して綺麗な微笑を浮かべ、和人の指先に長めの口付けを落としてきた後、名残惜しげに立ち上がる。


やっと彼の重さから解放され安堵していると、琉生はお休みと言ってマイペースに部屋へ去って行った。


和人は琉生の温もりが残る指先を、じっと見詰めてソファに深々と沈み込む。


──琉生は最後、なんて言ってたんだ? 俺のことだけ??


どっと疲れが押し寄せ、和人は微睡みの中に落ちて行った。

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