寮食堂で
一日の授業が終わるまで、和人は楓雅のことを気にし続けていた。
さり気なく見過ぎて、何度か彼に文句を言われる羽目になった。
本当に、顔さえ見えればこの違和感も落ち着くというのに。
楓雅に隙はなかった。
寮食堂でため息をつきながら夕飯を食べていると、食堂の入口から騒めきが広がってきた。
食事から顔を上げると、生徒会役員が勢揃いで入口を占拠しているのが目に飛び込んできた。
アイドルグループさながらの美形集団。いつもなら個別に来ているのに、今日はなぜ集団行動をしているのか。
騒めく生徒たちを掻き分けて歩いてくる彼らを見る。
こちらに近付いてくるにつれ、金髪碧眼の生徒会長が小柄な生徒へしきりに話し掛けているのが見えてきた。
「話しかけんな、近寄んな、うざい!」
小柄な生徒から発された鋭い舌鋒。
楓雅だ。今日何度も毒舌を浴びせられたからすぐに分かった。
「つれない態度も可愛いな」
「……きっつ、触んなッ」
会長が怯む様子も見せず、楓雅の前髪を持ち上げようとして、その手を彼の拳で振り払われた。
周りでその様を見ていた会長の親衛隊たちが、甲高い怒号を発している。
穏やかだった食堂がたちまち不穏な空気に包まれてしまう。
「会長。あまり彼を刺激しないでよ。というか何で一緒に来たのかな。まだ仕事残ってるよね?」
会長の隣にいた琉生が、疲れ気味の声で会長を諭しながら、彼を楓雅から引き離した。
これで場が落ち着くかと見ていると、今度は書記と会計の二人が楓雅を囲む。
「なんで顔、隠してるの? 気になる」
「会長に気に入られるなんて絶世の美少年とか?」
二人の生徒会役員を見上げて、拳を握り締めている楓雅。
口を真一文に引き結び、肩を震わせている。
楓雅は拳を振り上げようとして、近くに座っている和人に気が付いたように、ぴたりと腕の動きを止めた。
そして、猫のような素早さで二人の間を抜け、和人の隣の椅子に腰掛けてきた。
「……防波堤になるくらいできるでしょ。あいつらに突き出したら、カズの大切な琉生を襲うから」
楓雅が拳をちらつかせながら、ドスの効いた声で物騒なことを言ってくる。
琉生を襲うとか有り得ない。
小柄な人物が大柄な人物を攻撃することもできることを、和人は経験から知っている。
琉生が怪我でもさせられたら、自身は冷静では居られないだろう。
楓雅に苛立ちを覚えながら、和人は無言で頷いた。
「動くの早くて驚いた」
「隠れてないでこっちおいでよ」
書記と会計が空いている対面の席に座って、楓雅に話しかける。
その視線を遮るように、楓雅は和人の体を盾にしている。
肩に当たる楓雅の体。怒りなのか怯えなのか、小刻みに震えていた。
「なぁ。彼、怖がってるからもう少し距離感、考えたらどうだ?」
「怖がってない!」
間髪入れずに、肩越しから小声の抗議が聞こえてきた。
「きみ、転校生君の何? てか、誰?」
「俺知ってる。スポーツ推薦の葉柳? バスケの」
書記に認知されてて驚く。いや、スポーツ推薦じゃないが。
和人はどの推薦枠の生徒でもない。一般入学だ。推薦枠と言うなら、琉生こそ学力推薦を貰っていたはず。
テーブルに影が射す。
「近すぎ」
誰だと考える前に琉生の声が聞こえ、肩口から楓雅の重さが遠退いた。
横に視線を向けると、楓雅が琉生に肩を掴まれているのが見えた。
「……強火オタク引くんだけど。だったらこいつら追い返して」
楓雅が琉生の腕から抜け出そうとしながら、琉生に向かって小声で要求している。
「誰に物を言ってるのかな?」
「副・会・長さま! うっざぃなぁ」
いつの間に仲良くなったのか。軽快な遣り取りに、少しだけ心が乱される。
琉生と一番仲が良いのは自分だと思っていたのに。
「副会長。会長は?」
「小野田君と、百合枝君。二人も仕事、残ってるよね。会長の真似してないで、やる事やっておいで」
書記が琉生に質問を投げ掛けると、琉生がいつもより低めの声で二人に向かって指示を出した。
「忘れてた。ごめんね副会長ー。やって来るよ」
会計が軽い口調で答えて、固まっていた書記を促し席を立った。
そのまま会計は和人たちみんなにウインクを飛ばして、書記を連れ立って去って行った。




