転校生
教室の片隅で、和人は窓の外を見ながら小さく欠伸をした。
「和人。寝不足?」
「あぁ。昨日、よく寝れなかったんだ」
「俺も! 優勝した興奮で寝れなかった」
前から声を掛けられて、軽く応じた。
寝不足の原因は琉生だったが、詳しく説明する必要はないだろう。
「何日か寝れないかもしれないな」
「有り得る!」
他愛ない会話を小声で続けていると、担任が琉生と転校生を連れて教室に入ってきた。
「ちょっ、琉生様の隣にいるのは誰なの……」
「こんなの聞いてないよ」
「近い近いっ」
そこかしこの席から精一杯抑えられた阿鼻叫喚の声。ほとんどが琉生の親衛隊だが、一般生徒も混じっている。みんな不意の出来事に混乱していた。
「静かに。海縁は転校生を案内しているだけだ。海縁、ご苦労だった。一旦席に戻りなさい」
担任が一喝したことで、騒めきは落ち着いたが、ひそひそ声は続いていた。
琉生は担任に返事をした後、和人の近くの通路を横切り後ろの席に着いた。
横切る瞬間、ちらりと視線を向けてきたが、その顔に微笑はなく、それどころか小さく眉間に皺が寄っていた。
「じゃあ、橋宮。軽く自己紹介するように」
「……橋宮楓雅。絡まれんの嫌いだから、声掛けてこないで」
担任が絶句したのが分かった。後ろの席から小さく舌打ちが聞こえた。琉生が怒ってる、本気で……珍しい。
クラス全体も転校生に敵意を剥き出す。
「強烈……」
「なに、厨二病?」
「頼まれても声掛けねーよ、生意気!」
次々に上がる声の中、和人は一人首を傾げていた。
橋宮の声に、聞き覚えがあった。
動画サイトか。いや、それよりも、もっと身近で。
背後からの両手を打ち合わせる澄んだ音。
「先生。橋宮君を席に移動させてください。みんなも一度落ち着いて。まずは授業に集中しよう」
琉生がクラス全体の注意を引いたことで、やっと少し空気が緩んだ。
我に返ったように担任が咳払いする。
「橋宮。葉柳の隣に座るように」
「……葉柳……?」
転校生の視線が和人に突き刺さる。
──あ、はい。葉柳は俺だが? なぜ、そんな凝視してくる。前髪でよく見えないが、多分凝視されてる。
かと思えば、彼は足早に隣の席まで歩いてくると、座るや否や、和人の方に見を乗り出して、見上げてきた。
「久しぶり。このクラスだったんだ」
「……えっと、やっぱり知り合いか? すまん、名前に聞き覚えがないんだが」
橋宮、はしみや……駄目だ。思い出せない。
頭を抱えて考え込んでいると、転校生は興味をなくしたように、自嘲気味に笑って、姿勢を正した。
授業が始まっても、和人の意識は転校生に向かっていた。
知り合いなのは間違いない。橋宮楓雅か。過去の記憶を漁っても、そんな名前の知り合いはいなかった。
顔が見えれば思い出せるんじゃないか。
横目で隣を見る。あの前髪が邪魔だな。
無意識に腕を楓雅の横髪に伸ばすと、気配を察知したのか手首を掴まれる。
「なに? 触らないでくれる?」
「……っと、無遠慮にすまない。顔を見たら思い出せる気がしたんだ」
「隠してるのが分からないの? カズがこんな奴になってるだなんて、最悪」
彼の毒舌に二の句が継げなくなっていると、掴まれている手首が解放された。
いやいや、隠されてたら気になるだろ。ましてや楓雅は思わせぶりな発言もしてきているんだ。
だったら、顔も見せてくれても良くないか。勝手に幻滅されるのは不本意なんだが。
内心で文句を垂れているうちに、チャイムが教室に鳴り響き、授業が終わった。




