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櫻坂学園物語  作者: ヒトミ


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2/12

寮室で

文化体育祭で和人と琉生のクラスは優勝した。


夜の寮食堂でクラスメイトたちと喜びを分かち合った後、みんなそれぞれの部屋へと引き上げた。


和人は風呂で汗を流した後、タオルで頭を拭きながら琉生との共用スペースまで歩いた。


琉生はソファに座って、テーブルの上にあるパソコンで作業していた。


和人は冷蔵庫からお茶を取り出し、無造作に一口飲んだ後、そのままの姿勢で声をかける。


「生徒会の仕事か?」

「ん? そう……って和人……」


パソコンから顔を上げた琉生が、頭だけ和人の方に向けて言葉を詰まらせた。


彼は夜だけ着けてる眼鏡の縁を軽く押さえた。


「生乾きだと風邪引くよ」

「あぁ。後で乾かす」


和人は首に巻いたタオルで、横髪を持ち上げ、そこまで濡れてないと思い、生返事をした。


「……俺より庶民的なの、たまに驚くんだけど」

「乾かすの面倒(めんど)い」

「それが本音だよね。こっち来て。乾かしてあげる」


パソコンを閉じた琉生が、テーブルの片隅に置いてあるドライヤーを片手に、和人を手招いた。


大人しく彼の横に座る。


「いつも悪いな」

「悪いと思ってない癖に」


琉生は立ち上がると、ソファ越しに和人の後ろに回り込んで、ドライヤーのスイッチを入れた。


首筋に温風と琉生の指先が触れてくる。


ピアノに触れる時のような繊細さ。線が細いように見えて、その実、しっかりとした骨格を持っている指。


触れられる心地良さに目を閉じ、口を開く。


「バレたか」

「分かるに決まってるよ。もう五年は和人の髪を乾かしてるんだし」


琉生の指が耳先に触れて、(くすぐ)ったい。


無意識に彼の手首を押さえて、目を開く。


「そうだったか?」

「そうだよ。だって、同じ部屋になった中一の時からなんだから」


琉生に言われて少し感慨深くなる。


小学生の頃は実家からの登校で、中学に上がった途端、寮生活になり結構大変だった。


日常生活に慣れるのに精一杯で、髪をしっかり乾かすことまで気が回らなくなっていた時、琉生が見兼ねたのか乾かしてくれたのが始まりだった。


もう五年も経ったんだな。この生活もあと一年で終わりか。


「なあ、琉生。前に話したことなんだが」

「あの話? 断ったと思うけど」


琉生を見上げて提案する前に、食い気味に返答された。


なぜ駄目なんだ。琉生だってピアノを弾くの、好きなんじゃないのか。あんなに感情が乗った音を響かせているのに。


彼の手首を握る手に力が入る。


琉生の表情は硬く、その視線は和人の後頭部に注がれ、目が合わない。


「……はい。乾いたよ」


ドライヤーの風が止み、琉生の手がするりと掌から逃げて行こうとする。


逃がすまいと掌に益々力が入った。


「……なぜだ?」

「和人」


ソファから身を乗り出して琉生の姿を見る。


腕を引こうとしている彼の表情が、少し曇った。


「……痛いんだけど」


感情を押し殺したような声。


しまった。力を入れすぎた。


「……っ。ごめん」


一気に手から力が抜ける。


和人の掌から解放された手首を、琉生は淡々とした仕草で(さす)った。


「怪我してないか?」

「……大丈夫だよ。あ、そうだ。俺、明日から少し忙しくなるかも」


手首を摩るのを止めた琉生がいつもの微笑を浮かべる。


何事もなかったような声音で、予想外の事を伝えられ動揺する。


視線を彷徨(さまよ)わせて、唾を呑み込む。


「忙しくなる……?」


掠れた声が出た。これは不味い。怒らせたのかもしれない。


自身の眉が下がった気がした。不安が表に出そうになる。


「嘘じゃないよ。転校生が来るんだ。俺は副会長として案内を任されたんだよ」


和らいだ声に安堵するが、それでも違和感は拭い切れなかった。


副会長が案内する必要は果たしてあるのか。必要があるとしたら、その転校生は何者なんだ。


言葉にならない不快感に、和人は眉間に(しわ)を寄せた。


「さっきパソコンで見てたのは、転校生の資料ってことか?」

「そうだけど。気になるの?」


琉生がソファ越しに斜め上から覗き込んでくる。


不意打ちに体が少し仰け反った。


「そりゃ、櫻坂は中高全寮制だろ。高二からの転校生ってだけでも珍しいのに、副会長が案内するのは……」


普通は担任が必要な案内をした後、クラスメイトに託す。寮生活では、同室の生徒が案内するはずだ。


例外だとしたら、担任や同室生が案内して、何かあった場合問題になるほど力のある家の子どもだ。


「……どこかの御曹司か?」

「それが……よく分からないんだよね。訳あって櫻坂に転校してくるってことしか」


琉生がソファの背もたれに手を突いて、テーブルに視線を向けた。


パソコンの資料の事を考えているのかもしれない。


「大丈夫なのか?」


琉生は副会長だが、一般家庭の生徒だ。万が一のことがあったらどうする。


「学園長は何を考えてるんだ。琉生の心労を増やすつもりか」

「心配し過ぎじゃない? 俺に声がかかったのは、俺で対処できるってことだよ」


琉生が和人の肩を軽く叩いた。


「という訳で、しばらく別行動になるけど、浮気、しないでね」


耳元で悪戯げに囁かれ、咄嗟に耳を押さえる。


──俺は耳が弱いんだ! 怒ってないのは分かったが、わざとだろ。


「反則っ! ……?!」


大きく開いた口元を片手で覆われ、目を白黒させる。


「もう夜中だよ。大声は外に響くから。じゃ、おやすみ」


琉生は耳元で好き勝手に囁いた後、さっさと自室に向かって行った。


和人はソファの背もたれに頭から崩折れる。


頬が火照って、体に熱まで()もってしまう。


「……仕返しにしても……酷くないか」


この熱をどうしてくれる。


そんなに、あの提案が嫌なのか。どうしてなんだ。理由くらい教えてくれ。じゃないと諦めきれない。


恨めしげに琉生の部屋を睨んでも、部屋の扉は閉じたままだった。

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