理想
翌日。琉生は昨日のことがなかったかのように、和人に接してきた。
あまりにも普段通りなものだから、和人自身も戸惑いながら、普段通りに接しようと努力した。
定期考査の時期も近く、昼休みの教室はいつもより静かだ。
いや、琉生とか人気な生徒の周りには人集りができていて、その騒めきが静かな中で浮いていた。
和人の席には、いつものメンバーが集まって問題集片手に頭を抱えていた。
涼太と仲がいい友人たちだ。
和人と涼太の席が近いから、固定メンバーみたいになっている。
「補習だけは勘弁」
「同感。夏休が減る。ひいては、彼女をつくるチャンスが減るということ!」
勉強になっていない彼らを横目に、イヤホンを着けようとして、はたと思い留まる。
──聴くなって言われたんだった。
禁止されると益々聴きたくなる。眉を寄せて、手の中でイヤホンを転がした。
「和人は余裕そうだよね。もしかして、彼女いたり……!?」
「……は?」
唐突な涼太からの疑いと、周りからの視線に疑問の声が出た。
「いや……いないが」
「良かった、仲間だー。じゃあ、理想の彼女は? 俺は優しくて可愛い子!」
理想か。彼女が欲しいと思ったことはないんだが。
「そうだな……好きなことをして輝いている人に、心惹かれる」
例えば、琉生。それから、雅。琉生ならピアノを弾いている姿が眩しいし、雅はモデルとして既に完成している。何かに一生懸命な人を見ると支えたくなるんだ。
──その中でも、やっぱり一番は琉生なんだよな。俺が見つけた……最初に。
「それ、一人のことじゃないじゃん……軽薄」
授業開始のチャイムが鳴り響く中、いつの間にか隣の席に戻ってきていた雅が、ぼそりと呟いた。
あいにくなことに、みんなが席に戻る雑音に紛れて、よく聞こえなかった。
和人は首を傾げて、問題集を片付けた。
◆◆◆
授業中、和人は板書をしながら眉間に皺を寄せていた。
時おり、横からじっと見られている感覚があったからだ。
何か言いたいことでもあるのかと雅を見ても、その時にはすでに視線を逸らされていて、彼は首を傾げるばかりだった。
そうこうする内に、授業が終わり放課後になった。
鞄を持って琉生の元へ移動しようと席から立ち上がった時。
横下からブレザーの袖を引かれ、体勢を崩しながら犯人の方を見る。
「ねえ、カズって勉強できたよね。その頭脳貸して」
相変わらず前髪で顔の半分以上が隠れているが、隠れた目が和人を捉えているのが何となく分かった。
「あー、すまん。今日は無理だ」
手助けしたいのは山々だったが、今から琉生の演奏を聴くという逃したくない約束がある。
和人がさほど悩むこと無く言った途端。
引かれていた袖が、背後からの手で離された。
そして肩に腕が乗ってきて、琉生の冷ややかな声が聞こえてきた。
「橋宮君。和人は俺と用事があるから、他を当たってくれるかな」
「は? 割り込むの辞めてくれる? 不快なんだけど」
「……君は、人の神経を逆撫でしないと生きていけないのかな?」
二人の雰囲気がどんどん険悪になって行く。
何が問題で争っているのか。琉生の機嫌はピアノの音色にも響くだろう。できれば、穏やかな気持ちで演奏してもらいたい。
和人は小さくため息をついた。
「なあ、みや……楓雅。俺、今から琉生のピアノ聴くんだ。勉強見るのはその後でもいいか?」
「ピアノ?」
二人が同時に和人の方へ振り向く。雅が小さく呟いた。その言葉に軽く頷くと、雅はゆっくりと唇に笑みを浮かべた。
「……面白そうじゃん。俺も聴きたい。いいよね、副会長!」
琉生の方に顔を向けた彼が決定事項のように告げる。
雅の言葉に琉生の横顔が一瞬、険しい表情のまま固まったかのように見えた。
その後、口元を少し引き攣らせて。
「……もちろん。好きに聴いて」
そう答えた後、和人の肩から腕を退かしてそっぽを向いた。
乗り気では無さそうな様子に、和人は本当にいいのかと、琉生と雅へ交互に視線を向け、結局なにも言えずに音楽室へと移動することになった。




